忘年会
「今年も社員の皆様のおかげで無事に会社を存続させることができました。–––乾杯」
十二月末。
忘年会の挨拶を社長の米倉桜自らが、謙虚な言葉で締め括る。
そうして今年の業務が終わった解放感から、そこかしこから喜びの声と共に手にしたジョッキが掲げられた。
「「「「乾杯っ!!!!」」」」
何処からかカツンというジョッキをぶつけ合う音が響き、各々がなみなみと注がれた液体を口に運び始めた。
そんな後輩社員達の姿を眺めながら、俺達四人も自分の卓へと意識を引き戻した。
「今年の新入社員は活きがいいな」
「そりゃあ、私達四人で会社立ち上げた当時とその次の年の新入社員に比べたらねぇ」
何処か遠い目でビールを喉に流し込む片桐が、実に美味そうに酒を嗜む。一気に半分飲み干したかと思うと、そのジョッキをテーブルにドンッと力強く置いた。
「それにもうあの方達は新入社員ではありませんよ」
「おっとそうだった」
ちびちびと烏龍茶を口にする冬海が、訂正するように言うが当然それはわかっている。
「問題は、その新卒が結構な確率で辞めてくことだよな」
今年も新卒の数人は三ヶ月経たずに退職してしまった。新人教育のその最中である。
まだ起業して数年、忙しい時期ではあるが、激務である起業当時に比べればまだマシな方だ。そんな考えが浮かぶあたり、俺は社畜なのかもしれない。
「本当に直人さん、美月さん、雪菜さんには起業当時は大変お世話になりました。今後とも私と一緒に頑張ってくれると助かります」
改まってお礼とお願いを重ねてくる桜に、俺も片桐も苦笑する。
「気にするなよ。俺は桜ちゃんだからついてきたんだ」
「そうだよ。私達は一蓮托生だよ」
「私もお嬢様についていくと決めましたから」
澄ました顔で当然とばかりに冬海は言う。メイド兼秘書の彼女は何処にいたって立ち位置が変わらない。
「それにチートありきだから激務だったことを除けば、恵まれてる方だぞ」
桜お嬢様が大学生時代、お嬢様自身のコネクションと米倉財閥が支援してくれるという最大限おんぶに抱っこされた状態での起業だ。これで失敗したなら笑い者もいいところなのだ。
最悪失敗しても、米倉財閥の何処かしらの企業には再就職できる。……それも笑い者の種ではあるのだが、そうならなくてほっとしている。
少し離れた卓での喧騒を肴に、お酒を飲む。
だし巻き卵も摘みつつ、お酒を一杯飲み干したところで桜は真剣な顔をする。
「–––それで、話は戻るのですが」
「……どこに?」
「新卒の話です。酔っ払う前にお話しておきたいこともあるので」
女社長としての風格と、彼女自身の柔らかな雰囲気が混ざる。でも、昔から知ってるからか威厳は微塵も感じられない、世間話をするような空気だった。
「そういえばもう就職活動は始まってるんだっけ」
「そうですね。一年を通して大学生は就活してますので」
昔は俺も大変だったなぁ、と他人事のように考えながら、だし巻き卵をもきゅもきゅと口に運んでいると一枚の履歴書がテーブルに置かれた。
「うわ、今時ドリルってお嬢様っぽい……って!?」
氏名は“米倉翠”。これを見て一気に酔いが覚めた。
「あ〜、翠ちゃんか」
「へぇ〜、まさか翠ちゃんが就職してくるの?」
俺と片桐が揃って尋ねると、桜は小さく頷いた。
「はい。この子の教育係を二人のどちらかにお願いしたくて」
その瞬間、俺と片桐は顔を見合わせた。
米倉翠。彼女とは何度か顔を合わせたことはある。高飛車なお嬢様という印象だ。貧乳で、札束で頰をぶん殴るタイプである。あと特徴的なのがシンデレラバストだろうか。大事なことだから同じニュアンスのことを二回言った。
俺は拳を握る。片桐も拳を握った。
「「ジャンッ、ケンッ–––ポンッ!!!」」
俺がチョキで、片桐がパー。
勝者–––藤宮直人。
その事実を確認して、俺は再度拳を握る。
ガッツポーズで勝利のだし巻き卵を口に放り込んだ。
「よっしゃあ!!!おまえドリルの教育係なっ!」
「ねぇ、もう一回!もう一回しよ!いま藤宮君の手を出すタイミングが数秒遅れてた!」
「そんなことないだろ」
審判の二人に視線を送ると、二人は揃って首を振った。諦めろ、と。
「ねぇ、お願い!藤宮君の言うことなんでも聞くから!」
「ほう、なんでもとな?」
「え、えっちなのは……時と場合によるけど……っ」
「それじゃあ、次のジャンケンで俺が負けてもおまえが翠ちゃんの教育係な」
「ねぇ、普通そこはエッチな命令する流れでしょ!?」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ片桐が、縋りつくように首筋に腕を回してくる。胸を押し付けて精一杯のアピールに、うちの愚息が愚かにも反応しそうになった。
「–––ったく、しょうがねぇな」
「本当に女に甘いですね」
「そういうところも私は直人さんの魅力だと思いますけど」
「お嬢様、あの男に騙されてはいけませんよ。どうせこのあと酔った美月をお持ち帰りするつもりですから」
「変なこと言うのやめてくれる?」
根拠はあるのかもしれない。出張先のこととか、色々。
「じゃあ、もう一回いくぞー」
「次は絶対に負けないからね」
そう言って、片桐は拳を構える。
「……と、そうだ」
勝負寸前、片桐は身を寄せてきた。俺の耳元に内緒話をするように、艶かな唇を寄せてこっそりと耳打ちする。
「–––私を勝たせてくれたら、今日の夜私を好きにしていいよ?」
あまりにも蠱惑的な内容以前に、耳を掠める吐息が擽ったくて身震いする。
断じて、決して、卑怯な手段に屈したわけではない。離れた時に「私グー出すから」とか聞こえてない。
「それじゃあいざ真剣に–––」
再び構えを取った片桐。俺も構える。
「ジャンケン………ポンッ!」
俺がパー。片桐がグー。
勝者–––藤宮直人。
その事実を認識した瞬間、片桐は掴みかかってきた。
「ねぇ、なんでぇ!?エッチなことしてあげるって言ったのにぃっ!」
「俺さ、公私混同は良くないと思うんだ」
真面目な顔を装って言う。そんな俺を冬海が胡乱げにジト目を向ける。
「それで本音は?」
「いや、あのお嬢様の相手する方が面倒かなって」
俺が本音を吐露する頃には、片桐は泣き崩れていた。ご丁寧に俺のシャツに涙を擦り付けて。
「おまえの身体で体液拭くぞ」
「あ、それセクハラだから!訴えられたくなかったら教育係交代して!」
「やだなぁ、体液をなんだと思ってるんだか」
バカなやりとりをする俺と片桐を、桜が楽しそうに見ている。仲が良いだなんてそんなありきたりな言葉で飾って。
「そんなに二人だけで仲良しされると嫉妬してしまいますね」
「お嬢様、あれは交ざっちゃいけないタイプの仲良しです」
「……まぁ、女性社員に手を出すのはどうかと思いますが。でも、私だけ仲間はずれというのもね?」
「…………」
意味ありげに微笑むお嬢様に、メイドが凉しい顔で受け流す。だがその首筋は心なしか湿っているようにも見える。
「まあ、それはさておき。直人さん」
「ん?」
「それではこっちの子が、直人さんの担当ですね」
縋りついてくる片桐を去なしていると、社長から声が掛かる。片桐を宥めることにした俺に、さっきとは違うもう一枚の履歴書を差し出してきた。
「うへぇ。やっぱりもう一枚あったか」
どんな奴なんだろうと顔写真を覗き見る。すると目に飛び込んできたのは、赤茶色の髪をサイドテールにした女性だった。
「……?」
何故かよくわからない既視感に、胸がざわつく。
続いて名前を見れば、
「–––鹿島都?」
知っているようで、知らない名前が、胸に突き刺さった。
安定の片桐さん負けヒロインルート。