元メスガキさんをお持ち帰りした件   作:黒樹

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都視点です。


鹿島都と副社長室

 

 

 

その日、私は奇妙な業務命令を先輩から受けた。

『氷を買って、副社長室の冷凍庫に入れておいてくれ』というものだ。

入社してから一ヶ月近く経つけど、私は副社長の姿を見ていない。同じ新入社員も口を揃えて知らないという。

 

「……いったいどんな人なんだろ」

 

そして、先輩からの指示はまだ見ぬ副社長の部屋の冷凍庫に氷を入れてくること。

 

私はコンビニで買った2kgの氷を手に、今まさに未開の副社長室に挑もうとしていた。

 

「副社長、氷をお持ちしました」

『……』

 

ノックを四回、応答はなし。

応答がなくて出直したいところだけど、私の手には溶けるかもしれない氷。

私は意を決して、副社長室の扉を開けた。

 

「失礼します。……って、さむっ」

 

–––瞬間、冷気が流れ込んでくる。私が普段いるオフィスより低い室温で、体感的には五度くらい下がっただろうか。

 

「……あれ?誰もいない?っていうか何この部屋!?」

 

副社長室は、一言で表せば異様だった。

広い部屋にデスクが一つ、ソファーが一つ。冷蔵庫が一つ。

副社長に冷蔵庫があるかどうかは知らないけど、問題はそこではない。中央にある巨大なプールだ。

なみなみと水を張られたプールが、会社の副社長室に。

この光景を見て、驚いたのは私だけではないはずだ。

 

「–––はっ!?まさか女性社員を呼んで水着にさせて鑑賞するとか!?」

 

だとしたら標的は私!?と、バカな考えが浮かんでしまう。昼間から酒池肉林のパーティーでも行うのだろうか。

 

「……早く出た方がいい気がする」

 

そのまま私の貞操も奪われてしまうのでは?という恐怖に駆られて、私は足早に冷蔵庫へ向かう。

さっさと氷をしまって逃げよう。そう考えた私は、冷蔵庫の上段を開けて袋ごと中に放り込もうとして–––、

 

「……なにこれ?」

 

–––黒い毛玉を見た。

 

「……ぬいぐるみ?」

 

可愛らしいペンギンにも見える。

そんなものが何故冷蔵庫に、と考えるながらも無意識にそっと手を伸ばす。

そして、触れた瞬間、確かな生きた体温を感じた。

 

「へ?」

「…………?」

 

もぞっと動く、ペンギンのぬいぐるみ。

それが、私を見た。

 

「グワァァァァァッ!!!!」

「うわあああぁぁぁぁ!?!?!?」

 

下がろうとしたらヒールが刺さり、尻餅をつくように倒れる。

思いっきり尻を打って、私は痛みにちょっと涙目。

 

「つつ〜〜〜、いったぁぁぁ〜〜〜ッ」

 

呻く私の前を、ペンギンが飛び出していく。

トテトテ走って、プールに飛び込み、すぐに出たかと思うと身を振るって水滴を飛ばす。

そしてまた走り出し、最後はデスクの裏側に回って、副社長の椅子にふんぞり帰るように座った。

 

「グワァ、グワァァァッ」

「……」

 

あまりの衝撃に腰が抜けて立てない私は、ただ呆然と見ているだけだ。

 

「大丈夫か?都」

「あ、先輩!?」

 

聞こえた声に振り返ると、先輩がいた。

いったい何時からいたのか。

少なくとも、扉を開ける音は聞いていないと思う。

私は疑問に思って、それを口にした。

 

「いったい何時からそこにいたんですか?」

「おまえが恐る恐る副社長室に入ってきて、冷蔵庫の中にいたペンギンに驚いているところかな」

「最初っからじゃないですか!」

 

いたなら声掛けろよ、と恨みがましい視線を向ける。

思えば先輩に情けない姿を見られたものだ。

 

「つか、おまえ何時までそこに座ってんだよ?」

「腰が抜けて立てないんですよ!」

「マジかよ」

 

そう言って、先輩は近づいてくる。

 

「ん」

 

そして、手を差し出した。引っ張ってやるから手を握れということだろうか?

 

「違う。氷」

 

そう思って手を出したら、怒られてしまった。思わず恥ずかしさに顔が熱くなる。期待してしまった自分が恥ずかしい。解せぬ。先輩のくせに。

 

先輩は氷を受け取ると、ペンギンが出てきた冷蔵庫を閉めて、下段を開けると氷を仕舞い込む。

戻ってきた先輩は、突然私に手を伸ばし–––、

 

「ひゃっ!?」

 

お姫様抱っこをして、ソファーに連れて行ってくれた。

そこに優しく下ろされた私の心臓は、微かに早鐘を打つ。

思わずドキッとしたのが、すごく悔しかった。

だから私は、内心を悟られないように適当なことを口にする。

 

「先輩、ここは?」

「見ての通り副社長室だが」

「いや、何処が?」

 

プールがある副社長室など聞いたことがなく、そう突っ込むと先輩はケラケラと笑う。

 

「いるだろ。副社長が」

 

先輩はそう言って、ペンギンを見る。

デスクには、『“副社長代理”ピナ』の文字が入ったネームプレート。

 

「いや、嘘ですよね?副社長がペンギンだなんて」

「ところがどっこい本当なんだよな」

「嘘だ!まだ副社長が部屋にプール持ってて、女性社員を取っ替え引っ替えしてる方がマシですよ!」

「マジかよ、その会社終わってんなぁ」

「今私はそれより酷い会社にいるんですが」

 

就職先間違ったかな、と本気で悩む。

今からでも転職するべきか。

でも、就職して一ヶ月も経たずに辞めるなんて次の就職先が見つかるかどうか。

少なくとも不利な判断材料にはなるはずだ。

 

「っていうか、なんでプールが?」

「副社長に必要だからだが」

「あの冷蔵庫は?」

「あれは米倉財閥の特注品で、ペンギンシェルターって言ってな。見ての通り、ペンギンを室内飼いするための小屋だが」

 

米倉財閥の特注品。金持ちの道楽はわからないけど、なんとなく説明がつくので理解ができる。

 

「なんでオフィスにペンギンが?」

「うちのマスコットだからだが」

「社長は知ってるんですか?」

「むしろ連れて来ていいって言って、部屋にプール造らせたのは桜ちゃんだぞ」

「……翠ちゃんもお金に物を言わせたことやりますけど、お姉さんの方もなかなかぶっ飛んでますね。主に常識が」

「それはわからんでもない」

 

同意してうんうんと頷く先輩に、ヨタヨタとペンギンが近づいていく。

 

「ピィッ、ピィ〜」

「よしよし、お利口さんだなぁ。あとで魚やろう」

 

甘えるような鳴き声を上げるペンギンを抱き上げて、先輩は破顔して撫で回していた。

 

「それで本物の副社長は?」

「何を言ってるんだ?副社長ならここにいるだろう」

 

ペンギンを抱きかかえて、先輩が言う。まだ言うのか、この人は。

 

「嘘ですよね?」

「うちは人手不足だからな。ペンギンの手も借りたいってやつだ」

 

そこで誇らしげにペンギンを見せつけてくる。

何故、得意げなのか。

 

「……っていうか、あれ?先輩のペットなんですか?」

「ペットとは失敬な。家族だよ。なぁ〜、ピナ」

「ピィ〜ッ」

「ペンギンって個人で飼育できたんですね……」

「そこはほら、お金と権力で」

「財閥の力なんですね。わかります」

 

もうだいたい世の不思議は、米倉財閥の力で説明がつく。

私はそういうものだと、翠ちゃんの傍で学んだ。

 

……いや、でも待てよ?それなら副社長は–––。

 

「……もしかして、先輩が副社長ですか?」

「ほら、うちはペンギンの手を借りたいくらい人手不足だから」

「そのネタはもういいですよ。先輩なんですね?」

 

思えば変だったのだ。先輩がこの部屋にいることも、副社長室に氷を入れてこいという指示も。先輩がこの部屋の持ち主なら説明がつく。何より一番変なのはこの部屋だけど。

 

「肩書きだけな。肩書きだけ。不本意だけど、お飾りってやつ」

 

先輩はようやく、その事実を認めた。道理で副社長を見かけないわけだ。

 

「……世も末ですね」

「仕方ないだろ。人材不足なんだから。本当はこの椅子誰かに明け渡したいんだがな。たとえば翠ちゃんとか。姉妹経営とか面白そうじゃない?」

 

副社長という椅子にも何の執着も見せない先輩は、あっけらかんと言ってみせて、ペンギンの嘴をこちょこちょと擽っていた。

 

「……普通、副社長とか威張ってるものだと思いますけど」

「あぁ、確かに。でも、俺は別に実力でなったとかじゃないし」

 

謙虚に苦笑いしてみせる先輩は、どこかめんどくさそうに欠伸をした。

 

 




やっておかなきゃいけない気がした
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