「これとこれどっちがいいと思う?」
店に戻った俺を待っていたのは、究極の二択だった。
愛理が両手に持って比べるようにしているのは、俺が選んだトップスに合わせたスカートである。一見どちらも愛理に似合うような気はするのだが、ここで「どっちでもいい」なんて答えるとまず間違いなく機嫌を損ねるだろう。正直、どちらも見てみたいし、どちらも似合うと思うのだが本質はそこではない。
この場合、二つのパターンが存在する。
一つは、彼女の中で既に答えが決まっているパターン。
彼女の好みを熟知しているか、試そうとしているのか、あるいは共感してほしい場合だ。
その場合、ハズレを引くと恋愛ゲームだと好感度が下がる。
もう一つのパターンは、純粋に想い人の好みを知りたい場合。
意中の異性がどんな服装を好んでいるか、リサーチしているのだ。
好きな人の好みに合わせようと必死なのかもしれないが……。
愛理の場合、後者の方だろう。
今までの行動パターンを考えると、それ以外考えられない。
「どっちも似合いそうだけど、俺はこっちの方がいいと思う」
なので俺は純粋に愛理に似合いそうだなと思った方を選択した。すると彼女は顔を赤らめて、試着してくるわねと一言伝えてから試着室へと消えていった。
「–––その、どう?」
試着室から出できた愛理は思った通り、選んだ服がとても似合っていた。
「おう、いいんじゃないか……?」
「あんたがそう言うならこれ買おうかな。最上級の褒め言葉も貰ったし」
「別にそこまでは言ってないだろ」
「だって、直人が本気で見惚れた時は視線を逸らして、恥ずかしそうに口にするんだもの」
俺が彼女のことを理解しているように、愛理も俺のことを理解しているらしい。褒められた彼女は本当に嬉しそうに、笑顔を見せていた。あの程度の褒め言葉で。
「次はこれなんてどうかしら?」
褒められて嬉しくなったのか、愛理は次々と試着していく。
その様子を、店員さんの微笑ましそうな視線を背中に受けながら、なんとかやり過ごす。
気がつけば購入予定の品は十点を超えていた。
本当に、彼女はどれを着ても似合うのだ。
一部始終見ていた俺からすれば、愛理に着てほしい服は沢山あるのだ。
一通りの試着が終わったあと、試着室から出てきた彼女は籠を見て渋面を浮かべた。
「流石に多すぎるわね……」
「まぁ、大丈夫だろ」
軍資金は軽く諭吉が十枚くらいある。
ゴールデンウィークにパチンコ屋で散財していた頃に比べれば、むしろ軽すぎるくらいだ。
普段世話になっているのもあるが、俺自身彼女を着せ替えたのも趣味のようなものなので、これくらいの散財は痛くも痒くもない。
むしろ等身大の触れる着せ替え人形が手に入って、楽しくなってやりすぎたのは俺の方なのだから。
「でも、さすがに散財すると痛いし……」
「え、俺がプレゼントするって話じゃなかったっけ?」
「それにしたって多すぎよ」
愛理が選んだ服をさらに厳選する。半分ほどを戻そうとしたところで、俺は彼女の腕を掴んで止めた。
「な、なに?」
「それはもう一回着てほしいなぁ、と」
「ふーん、これは外せないんだ」
その中の一つを籠に戻して、愛理さんは小悪魔めいた笑みを浮かべる。最近何処かで見たような、イタズラっぽい微笑みは天使の中に悪魔が潜んでいるようだ。
改めて半分ほどを戻して、会計に並ぶ。
密着するほど近づいた愛理が、そっと腕を掴んできた。
そして、小首を傾げる。
「ねぇ、さっき誰かと会った?」
「ん?いや、別に……」
「……そう?あんたから他の女性と密着していたような匂いがするんだけど」
これが女の勘ってやつなのか、見ていないはずなのに的確に言い当ててくる愛理に、やましいことはないはずなのに俺は風邪を引いた時のような悪寒を感じた。
「随分と親しげだったみたいだけど」
「ちょっと絡まれてる女の子がいたから、知り合いになっただけだよ」
「ふーん、こんな風に密着する知り合い、ねぇ……」
腕を抱きしめる力が、圧迫感が少し上がった気がする。
それから、ふっと威圧感を解いて愛理は離れて店の奥へと消えた。
戻ってきた手には、薄手のベビードール。
それをぽいっと籠の中に投げ入れる。
「えっと、その……お会計でよろしいでしょうか……?」
一部始終を見ていた店員さんは、プロの営業スマイルで見て見ぬ振りをした。ただその頰は、少しだけ赤くなっていたように思う。
そのあと休憩室で缶コーヒーのブラックを大量に飲む店員さんが発見されたとかされなかったとか。