「先輩。約束のブツです」
給料日、翌日のランチタイム。
都は仰々しい物言いで長方形の包みを差し出した。
照れ隠しか何かわからないが、俺は妙な都のテンションに従ってこう応える。
「確かにちょうだいしやした」
映画で見た違法取引の現場、その再現。実際は手作りのお弁当を貢がれているという状況だが、独身男性なら垂涎ものだ。
先輩同僚問わず、都はこの会社では人気上位の女性社員である。既にデートに誘って玉砕したという噂すら聞こえてくる、今ホットな話題に事欠かない人物なのだ。
その女性から、俺は手作りのお弁当を受け取っている。他の男性社員に背後から刺されかねない事態である。
「で、開けても?」
「どうぞ。一思いに」
作成者から許可を得て、包みを開く。
中は二段重ねのお弁当箱だった。
大きさから、成人男性が使う大きめのお弁当箱と言ったところだろうか。
蓋を開けると、ご飯とおかず類が姿を現した。
ご飯には海苔が敷き詰められており、おかず類が詰まった箱には色彩豊かな料理の数々が詰められている。
「……なんかめちゃくちゃうまそうなんだけど」
「そ、そうですか。よかったです」
素っ気無い反応をする都だが、緊張しているのかご自慢のサイドテールを指先で頻りに弄んでいる。そわそわと落ち着きのない姿は新鮮でちょっと面白い。
自分の弁当箱は開ける素振りすらなく、ちらちらとこちらの様子を窺っていた。
「それじゃあいただきます」
備え付けの箸を手に、何から食べようか迷う。決して焦らしているわけではなく、本当にどれから食べるか困っているのだ。
いつもなら野菜類から一掃するのだが、洗って詰めただけのプチトマトを先に食べるのも味気ない。
そう考えた結果、ほうれん草入りの卵焼きから食すことにした。
緑の散りばめられた卵焼きは、箸を入れただけでふっくらと柔らかな弾力を返してくれる。焼きすぎない水分がしっかりと蓄えられたそれは、持ち上げるだけで僅かにぷるんと揺れた。
「ん。……うわ、うまっ」
噛めば出汁が染み出し、ほうれん草の深い味わいが卵で混ざり合う。
控えめに言ってものすごく美味い。これ以上は言葉にできないので割愛するが、今まで食べた中で一二を争う出来だった。
「すげぇ。毎日食いたいくらい美味いっ」
「ま、毎日ですか!?」
「うん。出汁の割合もいいし、ほうれん草も満遍なく散りばめられてる。卵に対してほうれん草も多過ぎず、少な過ぎず、本当に最高の卵焼きだ」
熱弁するかの如く饒舌に語り出す俺に、都は頰を赤くしながら身を引く。–––と、すまん。興奮して近寄ってしまった。
「とにかく、美味い。–––あ、海苔の下に佃煮!?」
ご飯が欲しくなって口に入れれば、海苔の下からあさりの佃煮が出てきた。
「……」
「……あの、先輩?」
「あ、ごめん。ご飯食べる時無言になることよくあるんだ」
「い、いえ、すごく美味しそうに食べてくれてるのは、顔を見ればわかりますから」
鯖の味噌煮、きんぴら、どれを取っても美味い。
「……ごちそうさまでした」
ただ惜しむらくはお弁当だから量が少ないことだろうか。
至福の時は過ぎ、会社で唯一楽しみにしていた時間が終わる。
食後に珈琲を飲むのだが、この時ばかりは余韻を珈琲で台無しにしたくなくて、濃茶をコンビニに買いに走った。
「これお前の分な。どれがいい?」
紅茶シリーズ、イチゴ牛乳、缶コーヒー、濃茶。四つ見せると都は目を丸くする。
「……それじゃあ、これで」
都が選んだのは、紅茶シリーズのストレートティー。
「はいよ」
「ありがとうございます」
「弁当のお礼だから」
「……あの、昨日ご飯に連れて行って貰ったお礼で作ったはずなんですけど……」
「あ〜、そうだっけ?細かいこと気にすんなよ。それくらい美味かったってことで」
そう言って、俺は濃茶を飲む。
「あ〜、和食に合う……」
「なんていうか先輩とピナちゃんって似た者同士ですよね」
食後に和んでいると、ようやく半分食べ進めた都が、俺の膝の上で丸くなっているピナを見ながら言う。
食後にお昼寝するのがピナの日課だ。今日は俺の膝でうとうとしている。
「ん〜、そうか?」
「そうですよ。ピナちゃんも食いしん坊ですし」
四匹の魚をぺろりとたいらげたのもつい先程のこと。
他のペンギンと比べてどうかはわからないが、割と食べる方なのかもしれない。
「……また食べたくなるいい弁当だった」
「それならまた作ってあげますよ。二日に一回ですけど」
「それはよろしく頼みたいところだな」
「じゃあ、次は来週月曜日で」
こうしてまた次の約束を取り付けるのだった。
◇
最初にお弁当を作ってもらって以来、都にお弁当を作ってもらう日々が続いている。
ただ施しを受けるだけでは申し訳ないので、俺の方も週に一回くらい食事に誘ったりして、礼は尽くしているつもりである。
しかし、そんな日々に満足していたのは一ヶ月だけ。
人間とは不思議なもので、生活が豊かになれば、望みが叶えば、さらなる欲望が湧き上がる醜い生き物なのである。
確かに都の作ったお弁当は美味い。毎日食べたい。だが、それだけでは飽き足らず、俺の中にはさらなる欲望が渦巻く。
「こんなに弁当が美味いなら、できたてとか美味いんだろうなぁ」
それがつい口に出たのは、いつものランチタイム。都お手製のお弁当を食べている時だった。
純粋な興味と、欲望が、複雑に絡み合った願望。それを口にした俺の隣で、都はこんな提案を口にした。
「……それなら先輩の家で私が何か作りましょうか?」
「え、まじ?」
一も二もなく食いついた俺に、彼女は照れたように微笑む。
「ええ、まあ……はい。私の手料理でいいなら」
「それじゃあ、いつなら来れる?」
「……心の準備が必要なので、金曜日とか」
“心の準備”という単語が引っ掛かったが、出来立ての都の手料理が食えるという事実に疑問を棚に上げる。
「それじゃあ、金曜日に」
「……はい」
この時の俺はまったく気づかなかったわけである。
鹿島都が恥じらう、その理由に。
本編同様胃袋をガッツリ掴まれちゃったわけですね