元メスガキさんをお持ち帰りした件   作:黒樹

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できたて晩御飯

 

 

 

「よーし、ピナ。帰るぞ〜」

 

金曜日の業務が終了して、パソコンの電源を落とす。

ピナに呼び掛けながらキャリーケースを出すと、プールから飛び出たピナが体を振動させ水滴を飛ばし、こちらへとトタトタ走ってきた。

キャリーケースを開けると、そのままピナが中に飛び込む。外からガッチリと鍵を掛け、これでピナの移送準備は完了だ。

 

それからしばらく待っていると、扉をノックする音が響いた。

 

「おう、すぐ行く」

 

エアコンの電源を切って、副社長室の照明を消す。

扉を開けると、普段と比べて大荷物を持った都が明後日の方向を見ながら待っていた。

 

「……色々と荷物が多いな」

「気にしないでください」

「ん。まぁ、いいけど」

 

ピナを連れてくる日は、決まって車で会社に来る。

今日は当然、車に乗って出勤した。

多少の荷物なら、後部座席に載せられるので何の問題もない。

 

「それじゃあ、行くか」

「……はい」

 

妙におとなしい都を連れて、会社を出る。

駐車場で黒のSUVに乗り込み、都を助手席に乗せる。

後部座席には、特設した特殊なシートベルトでキャリーケースを固定して、都の荷物も一緒に置いておく。

 

「シートベルト締めろよ」

「あ、はい」

 

言われてシートベルトを締める都。ワイシャツの上から食い込むベルトが胸を強調して、つい視線が固定されてしまう。

 

「出発するぞ」

 

一声掛けてから、エンジンを駆動。

ヘッドライトをつけて、会社を出発した。

 

「そういえば先輩、何が食べたいですか?」

 

信号に二回捕まったところで、都がようやく口を開いた。

車窓に映る景色を眺めながら、ちらりとバックミラー越しに視線を送ってくる。

隣にいるんだから、直接見ればいいのに。いったいどういう意図があるのかわからない。

 

「ん〜、迷うなぁ……」

 

王道で肉じゃがとか。普段は食べられないオムライスとか。出来立てなら揚げ物とか。

きっと都なら、何を作っても美味しいものにしてくれると思うからこそ、この貴重な機会を無駄にしたくない。

 

「…………迷うなぁ」

「相当迷ってますね。そんなに難しい話ではないと思うんですが」

「いや、だって色々作って欲しいものが多すぎて」

「欲張りですねぇ。先輩は」

「せっかくおまえに作ってもらえる機会だぞ。無駄にしたくねぇ」

 

あれでもない、これでもないと脳内で議論を始める。仕事では見せない白熱っぷりだ。

 

「別に今日だけじゃなくて、これからも先輩に頼まれれば作りますよ?だから、今日は先輩の一番食べたい料理か、一番好きな料理なんてどうですか?」

 

喧嘩し始めた脳内に鶴の一声が突き刺さり、議論場に静寂が訪れた。そうして俺の中の好物党が声を高らかに宣言する。

 

「–––肉じゃがが食べたい」

「ふふ、それじゃあ肉じゃがを作りますね。あとはお魚を焼いて、卵焼き、雑穀米。それと何かもう一品野菜類を作りましょうか」

 

素早く献立を考える都の姿に頼もしさを感じる。言うなれば、料理に慣れた熟練の主婦だろうか。

 

「よし、まずは食材の確保だ」

 

二人で夕暮れのスーパーに入店。俺が買い物カゴを持ち、生鮮食品コーナーから回る。

 

「ジャガイモ、人参、玉葱、ほうれん草、牛肉、糸蒟蒻。あ、卵。魚は鯖ですよね?」

 

俺の好みを把握している都が、迷いなく食材をカゴに突っ込む。

 

「そういえば先輩、お酒は?」

「今日は不純物なしで味わいたい」

 

せっかくの美味い飯を安酒で台無しにしていいものか。いいや、よくない。俺はそう思う。

 

「取り敢えず、これで全部ですかね?」

 

店内を一周して、カゴの中には様々な食材が詰められている。

 

「それじゃあ、レジへ行くか」

 

夕飯時のピークを過ぎたレジはだいぶ空いている。

最近はセルフレジが多く設置されており、人件費の削減か客が自ら会計を行う店が多い。

ちょうどセルフレジが空いていたので、俺と都はそちらを利用した。

 

「2980円か」

「半分出しますね」

「いや、いいって。俺のわがままで作ってもらうんだし」

「でも、私も食べますよ?」

「それじゃあ、人件費ということで」

 

そこまで言ってようやく説き伏せることができた。都は渋々財布を戻す。

 

会計を終えて、車に戻ると後部座席に荷物を置こうとして、卵が目に入る。

 

「あ、すまん。買い物袋持っててくれ」

「はい、任されました」

「ピィッ!」

「ちょっと待ってな。もうすぐ家だからな〜」

「……先輩ピナちゃんには口調優しいですね」

 

騒ぎ出したピナを宥めていると、痛いところを都に突かれてしまい、俺は微妙な顔で運転席に戻る。

 

「……可愛いんだから仕方ないだろ」

「子供ができたら、甘やかすお父さんとかになりそうですね」

「やめろ。想像できねぇよ」

 

再び車を走らせて、五分ほど。ようやく家に到着した。

車庫に車を駐車して、ヘッドライトとエンジンを落とす。

 

「悪い。そのまま買い物袋持って行って。おまえの荷物とピナ連れてくから」

 

助手席から出る都を尻目に、後部座席のドアを開ける。後部座席からピナと都の荷物を回収して、しっかりと車を施錠した。

 

「–––っと、家の鍵、鍵……」

 

玄関にピナのキャリーケースを置いて、ポケットからキーケースを取り出す。そこから家の鍵を見つけ出し、ドアの鍵穴に差し込み、ロックを解除する。

今朝ぶりの我が家に足を踏み入れ、都の荷物を廊下に置くと、ピナをキャリーケースから出してやる。するとピナはキャリーケースを飛び出し、トタトタと奥の方へ駆けて行った。

 

「ピナちゃんはどこへ?」

「シェルターだろう。暑いからな」

 

シェルターは常にペンギンに最適な温度に保っている。基本的にピナの活動エリアも彼女専用に作った部屋と、エアコンの効いた部屋だけなので彼女はおとなしく閉じこもっているわけだ。

 

再び都の荷物を持ち上げ、廊下を進む。

リビングのソファーに荷物を置き、エアコンを起動して、ようやく腰を下ろした。

 

「あ、荷物ここでいいか?」

「はい。ありがとうございます。私はご飯作りますね」

 

すぐにキッチンに立って、都は白米を研ぎ始める。

 

「それじゃあ、俺は風呂の準備でもしてくるわ」

「はひっ!?」

 

–––妙な声が聞こえた。悲鳴にも似た上擦った声が。

 

「……大丈夫か?」

「だ、大丈夫です。心配ありません。無問題です」

 

一瞬様子のおかしくなった都だが、頰を赤くしたまま料理に戻る。

俺もたいして気にもせず、お風呂の準備のために浴室へと向かった。浴槽を洗い、流し、栓をして、風呂にお湯を溜める。ご飯ができるまで一時間として、少々熱めのお湯を張っておくことにした。

 

それが全部終わると、キッチンへ戻る。するともう既に食材を切り終え、次の行程に移ったところだった。

 

「……俺も何か手伝おうか?」

「いえ、先輩に後ろに立たれると挿されそうで怖いので」

「刺される?なんで?」

「こっちの話です」

 

手伝いの申し出も敢えなく却下され、俺は深くソファーに身を沈める。

ピナは快適なシェルターの中。相手をしてくれそうにない。そうなると手持ち無沙汰で暇なので、やることもない。だけど、何故かキッチンに立っている都を見ていると退屈しなかった。

 

手際の良さは想像以上で、肉じゃがを作っている間に鯖が焼け、卵焼き、サラダができる。

並行して料理するにしても、俺には二つが限界だ。

 

「先輩、できましたのでテーブルに……ダイニングとリビングのソファーどっちで食べます?」

「ダイニングで」

 

それを聞いて都は鯖の塩焼きと卵焼きが載った皿をダイニングテーブルに運ぶ。深皿に盛り付けられた肉じゃがと、サラダを配膳していく。最後に雑穀米を茶碗によそうと、夕食が食卓に並んだ。

 

「おぉ……すごく美味そうな匂いがする」

 

普段食べる弁当は冷めているからか匂いも控えめだったため、食欲をそそる匂いがいつもより強烈だ。

ダイニングチェアに着席すると、鼻腔を擽る匂いが肺いっぱいに襲い掛かる。

 

「それじゃあどうぞ、召し上がってください」

「いただきます!」

 

合掌して、箸を手にする。

まずはメインの肉じゃが。主役であるジャガイモを味わうために、八つ切りにされたそれを丸ごと一つ口に放り込む。

 

「–––っ!?」

 

一口噛んだ瞬間、ジャガイモから出汁の味が染み出す。奥まで染みた味を、ホクホクした食感と共に味わい、米が欲しくなって雑穀米に箸を伸ばす。

 

「うほっ」

 

ちょっと熱くて変な声が出た。だが、箸を止められず、人参、椎茸、牛肉と口に放り込む。素材一つ一つの味もさることながら、混ざり合った状態だと美味しさが何倍にも増す。

 

卵焼きでつゆの味をリセットして、今度は鯖の塩焼きに箸を伸ばす。

 

「先輩って綺麗に骨剥がしますよね」

 

綺麗にぺりぺりと箸で骨を剥がしていると、観察していた都からそんなお褒めの言葉をいただいた。

 

「俺、箸の使い方だけは上手いんだよ」

「女の子の扱いもそこは上手くなってくださいよ」

「俺、おまえに優しくしてるよね……?」

「鈍感なのは減点です」

「えぇ……?」

 

奇妙なダメ出しを受けて、考えてみたものの思い当たらず、俺は再び食卓へと視線を戻した。

 

「都の作る料理すごく美味いよ」

「そうだけど、そういうことじゃないんですよねぇ」

 

さらなるダメ出しを受けて、俺は考えることをやめた。

温かいうちに食わないともったいないと、本能に従い、わからないことはわからないままに食事を再開する。

 

「まぁ、いいです。お風呂上がりにデザートも用意してるので、期待しててくださいね?」

 

甘く蕩けるような声音で、告げた都がこちらを見るその瞳が–––優しさと、愛しさを孕んでいるような気がして、俺は感じた不可思議に首を傾げたのだった。

 

 

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