夜が明ける直前まで、起きていたのを覚えている。
いつの間に眠っていたのやら、目を覚ました頃には既に部屋は夏のように暑かった。
寝苦しさに負けて、目覚めた俺は重い身体を転がし、その先で見つけたのは真紅の双玉だった。
「おはようございます。せーんぱい♡」
蠱惑的な笑みを浮かべる都がいて、裸の都は胸元から下をシーツで隠している。それは見るからに柔らかそうで、脳裏に彼女のスタイルのいい身体がフラッシュバックする。
「ついにしちゃいましたね〜。教育担当に夜の性的し・ど・う♡」
蠱惑的というか、小悪魔的というか、満更でもなさそうな様子で都はこちらの痛いところを突いてくる。
「はぁ……」
「むぅ。何が不満なんですか」
「不満がないのが不満なんだよ」
こんなこと桜ちゃんに知れたらなんと言われるだろうか。教育担当に手を出した、なんて知れたら……クビにはされないだろうけど、懇々と説教される気がする。
「もしかして、私に手を出したの後悔してます?」
「後悔はしてない。反省はしてるけど」
あまり都を不安にさせるのも本意ではないので、この件については俺の不徳の致すところとするのが落とし所だろうか。
「……確かに、先輩のあれ朝から元気ですもんね」
「男の子は朝から勃つんだよ。意味もなく」
昨日の余熱と都の裸に触発されて、と理由も追加しておく。
「本当ですか〜?」
「なんなら確かめてみるか?」
都が起き上がり、身を寄せてくる。
その肩を抱いて、抱き寄せた瞬間だった。
–––ドタドタドタドタッ!
廊下を走る音が聞こえてくる。
その音は、ペンギンの足音にしてはやけに大きかった。
「おや、朝ごはんの催促ですかね?」
「……いや、この足音は」
俺が確信を得た瞬間、寝室の扉が勢いよく開かれた。
「おはよう藤宮君!ちょっと聞きたいことがあるんだけ–––あぁ、やっぱり!」
元気いっぱいに響いた声の主は、ベッドで絡み合う俺と都を見つけるとその顔を複雑怪奇な顔へと変化させる。
「藤宮君が他の女の子連れ込んでる!!」
犯行現場を見た同僚女性さんは、見たままの事実を叫んだ。
◇
「–––それでどういうことか説明してくれる?」
朝ご飯の催促をしにきたピナによって、場所を変更することを余儀なくされた俺たちは、リビングへと移動していた。
何故か床に正座させられている俺は、ガンガンにクーラーを掛けた部屋でパンツ一枚である。
「どういうことか説明してくれって言われてもなぁ。流れでああなったとしか」
「絶対嘘でしょ。初犯じゃないでしょ」
何を根拠に初犯じゃないと言い切るのか。
疑いの目を向ける片桐に、俺は切り返す。
「本当にその予定はなかったんだよ」
「へぇ〜、じゃあ、これはなに?」
片桐は落ちている衣服の中から女子高生の制服を摘み上げる。
「あのね、藤宮君。初めてで制服エッチとか普通しないよ」
「……確かにやんねぇなぁ」
成人女性が初めてで高校時代の制服で性行為。そんなのどこの同人誌探したって見ない。
「まぁ、その予定がなかったことは信じてあげる。藤宮君はね」
そして、今度は懐疑的な–––否、確信犯を見る視線が都に固定される。
「それに比べてこっちはやる気満々だったみたいだねぇ。制服だけじゃなく、自前のベビードールまで着てるし。っていうかなんで服着てって言ったのにベビードールなの?」
同じく正座させられている都は、大人可愛い黒のベビードールを身に纏っている。
「だって替えの服がないんですよ。あ、先輩からシャツでも借りましょうか」
「それはダメ」
代案を即座に却下した片桐は、どこからともなくスケッチブックを取り出した。
「それじゃあキリキリ吐いてもらおうか。私が一人寂しくご飯食べて一人えっちしてる間、藤宮君は何をしていたのか事細かく」
そう言い切った片桐は、油性ペンでキュッキュッと何かをスケッチブックに書いていく。
ピナは音に合わせて「ピィッピィッ」と鳴き、楽しそうだ。
書き上がったスケッチブックの一頁は切り取られ、ビニールの紐を通して俺の首に掛けられる。
『私は指導している新卒社員に手を出しました』
全てがこの一文に込められており、弁明も弁解も必要ない気がする。
「桜ちゃんが知ったらどう思うかなぁ。信頼している役員が新入社員に手を出したなんて」
「返す言葉もございません」
あまりに痛いところを突く片桐は、楽しそうにニヤニヤと笑った。
そんな俺を擁護してくれるのは、一緒に正座していた都だ。俺を庇うように抱きついてくる。
「先輩は悪くありませんよ。誘惑したのは私ですから」
「そうだね。知ってるよ。でも、庇うのは違うかな。っていうか庇うフリして抱きついてるよね!?」
すぐさま片桐が間に入り、都を引き剥がそうとする。
「は・な・れ・て!」
「い・や・で・す!」
二人で押し合い圧し合い争う。
都は俺の頭を掻き抱き、乳房を押し付ける。
それを引き剥がせないと見た片桐は、都よりも大きな乳房をこれでもかと顔にぶつけてきた。
「藤宮君は私の大きいおっぱいの方が好きだよね!」
「いいえ、先輩は私の形の良いおっぱいの方が好きなんです!片桐先輩の大きいだけの垂れた乳なんて興味ありませんよ!」
「そんなことないもん藤宮君は私のおっぱい揉んだり挟んだりするの大好きなんだもん!」
確かに大きさと柔らかさでは片桐の方が分がある。しかし、張りつやは都の方が上のようだ。
男の夢、おっぱいサンドイッチに挟まれながら俺はそう分析する。
「私のおっぱいの方がいいよね!藤宮君!」
片桐はベビードールの都に対抗して、シャツを脱ぎ捨てて、下着に包まれたおっぱいを押し付けてくる。
「ん〜、そんなこと言われてもなぁ」
大きいのも小さいのも等しく愛する身としては、おっぱいはそこそこあればいいので二人は基準値をクリアしている。膨らみかけもそれは素晴らしいものだが、二人には関係ないので割愛しよう。
話は平行線になりそうだ。と、思ったが–––。
「……このままでは埒が明かないですね」
「そうみたいだね」
「決着はお風呂場でつけましょうか」
「そうだね。……身体に訊くしかないね」
二人は睨み合ったまま、俺を挟んでお風呂場へと連行した。
「……朝からとんでもない目に遭った」
男の夢という夢を詰め込んだお風呂タイムが始まり、その勝敗は決着に至らず。両者ダウン引き分けとなった。
勝者がいるとすれば、役得にいい思いをした俺だろう。同僚女性と後輩社員二人とお風呂というご褒美に預かれたのだから、少なくとも敗者ではないはずだ。
その二人といえば、リビングのソファーで仲良くぐでっとだらけている。
二人とも個性的なキャミソール姿で、何故かパンツ姿であることを除けば、休日によくある姿だ。
「お〜、よしよし」
人間ばかり構っていて寂しかったのか、ピナが甘えにやってくる。
翼をパタパタして突撃してくるピナは、脚にひたすら頭を擦り付けるように頭突きしてくる。
あまりの可愛さに抱き上げて、頬擦りしてしまう。
「……なんですかこれは?」
–––と、そこにクーラーでガンガン下げた温度よりも冷たい声が響いた。
「あ、冬海」
リビングの入り口には、ビニール袋を片手に持った私服姿の冬海が立っている。その目はぎろりと睨むようにだらしない二人に向けられていた。しかし、何も言わずにキッチンへと去る。
「おはようございます直人さん」
「おはよう桜ちゃん」
その背後からひょっこり桃色の髪が現れ、挨拶と一緒に視線が俺の手元に向けられる。
「おはようピナちゃん」
「ピィッ♪」
大好きな母の登場に、ピナは可愛く翼をパタパタ振った。
離してやるとトタトタ走って桜の脚にぶつかる。
甘える可愛いピナに、桜も破顔して抱き上げていた。
「ふふ。今日も楽しそうですね。ご飯もいっぱい食べて元気いっぱいですね〜。ふんふん。そうですか〜……おや?」
ピナと話していた途中、桜ちゃんの笑顔が固まる。
ギギギ、と錆びついた機械人形のように振り向いた桜は、にっこり笑ったまま命令を下す。
「–––直人さん、正座してください」
「……」
心当たりがありすぎる俺は、無言で顔を逸らす。
「直人さん、正座してください。……指導している女性社員に手を出しましたね?」
罪状を突きつけられて、俺はそっとその場に正座。
「……誰がそのようなことを?」
「ピナちゃんが話してくれましたよ」
告げ口をしたピナは、母の役に立てて嬉しそうだ。ピィピィ鳴いている。
「……そうか。いつも楽しそうに話しかけてると思ったけど、そこまでだったか」
一字一句意思疎通が図れるとは思わず、お嬢様のあまりのハイスペックさに脱帽した。
心なしかダダダ“ダーン”という音がキッチンから聞こえてくるような気がしたが、冬海が胡瓜を切っているようだった。
「誠に申し訳ございませんでした」
「別に怒っているわけではないんですよ。直人さんだって男の子ですから。ええ、可愛い女の子に誘惑されたらそういうこともあるでしょう。わかってます」
聖女の微笑みを浮かべるお嬢様のなんと美しいことか。でも、なんか青少年の青い衝動が肯定されているみたいで少し気恥ずかしい。
お嬢様の慈悲に咽び泣くべきか、平伏しようとした時だった。
「私からは以上です。……私からは、ね?」
とても不穏な言葉で締め括り、桜はピナちゃんを抱いてダイニングへ。そこへ冬海が顔を出す。
「昼食の準備ができました」
「それじゃあお昼にしましょうか」
二人が協力して配膳していく。ダイニングテーブルには美味しそうな冷やし中華が並んだ。
「何をしてるんですか?あなたも早く来なさい」
その様子を見ていた都が、冬海に呼ばれて食卓に加わる。
「……私もいいんですか?」
「ここにいる以上、もてなさない理由はありません」
「ほら、私恋敵ですよ?」
「それで意地悪したら私が悪い女みたいではないですか」
その一言に、都は毒気を抜かれた顔をした。
「……むぅ。なんという余裕。強敵ですね」
ぼそりと一言呟いて、冷やし中華に手をつける。
「……うわ、なにこれ、すごく美味しい」
「美味しいでしょう。雪菜ちゃんの料理。藤宮君の胃袋がっつり掴んでるから」
ご相伴に預からせるふりして、実力を見せつけられた気分だ。
直前まで身体がどうので騒いでた私達が、まるで子供の喧嘩をしていたみたいで悔しい。
そんな顔して冷やし中華を食べている。
「……ところで、俺の分は?」
「材料が足りませんでしたので、あなたのはこれです」
そう言って出されたのは、真っ赤な麻婆豆腐のあんかけそば。いつもの五割り増し辛そうな見た目をしている。
「材料が足りなかったって……」
「そこの新卒さんの分ですが」
「そうですね。すみませんでした……」
おとなしく麻婆豆腐のあんかけそばに手をつける。赤と白と中華麺が絡まった麺は酷い刺激臭を放ちながら、美味しそうな香りも一応放っている。
「いただきます。–––むぐっ!?」
口に入れた瞬間、爆発する辛み–––否、痛み!
辛。うまっ。辛ッ。うまっ。やっぱり辛ッという旨味と刺激の暴力に晒される。
何が酷いって辛くしているはずなのに美味いのだ。
「食べ終えたらプリンをご用意してますから、ちゃんと完食してくださいね」
「…………マジか」
絶望の先にある希望が、早くこっちにおいでよと手招きする。
「今の見た?あれが雪菜ちゃんの飴と鞭だよ。何が酷いって辛いのが苦手な藤宮君のギリギリ攻めてるとこなんだよね」
「……強敵ですね」
このあと頑張って完食した。