クリスマスイブの朝。
何故か、身体がところどころ重かった。肉体的疲労か、精神的疲労か、足に圧迫感を感じる。
おまけに身動きが取れず、寝返りも打てない。
感じた違和感に重い瞼を持ち上げると、奇妙にも毛布がもっこりと膨らんでいた。
「……?」
動いていないのに、モゾモゾ動く塊。
おまけにズボンが引っ張られる感覚がして、俺は毛布を捲り上げた。
「あ……」
毛布の中から出てきたのは、下着姿の都だった。その手は俺のズボンに掛けられており、半ば脱がしかけられている。
「先輩、おはようございます」
「……おはよう。何やってんのおまえ?」
「ナニって久しぶりの先輩の先輩にご挨拶をと」
そう言いながら脱衣を続行する都に、俺は曲げた指を近づける。引鉄の如く引き絞られたそれをおでこの前で解き放つ。
「あたっ!?な、何するんですか先輩!」
「何っておまえなぁ。冬海に言われただろ。イブまで禁欲期間だって」
俺もはっきりと釘を刺されているのだ。イブの日、正確には性夜まで。性行為禁止と。
「そう言ってどちらかに手を出したんじゃないですか先輩?」
「出してねぇよ」
「えー、うっそだぁ。性欲旺盛な先輩がそんな約束守れると思えないんですけど」
断言する都は、つんとテントを指先で突く。
「先輩も、私も、我慢の限界だと思うんですよ。それに黙っていればバレませんし、少しだけ–––」
「何が黙っていればバレないんですか?」
二人きりだった寝室に、第三の声が響く。
寝室の入り口に、白いニットセーターと黒いロングスカートの女性が立っていた。冬海だ。
「仮に摘み食いをしようものなら、夜の九時から朝まで寝室に立ち入らせませんからね」
淡々とペナルティーの話をする冬海に、聞いた都は顔を真っ青にする。
「そ、そんな殺生な……!」
「嫌なら摘み食いをやめることですね」
そこまで言われてしまうと、都はもう何もする気が無くなったのか悔しそうにしながらもベッドから離れた。
「ピィッ」
「–––と、ピナちゃんが呼んでますね。朝ごはんの催促ですかね?」
「たぶん桜ちゃんに挨拶してるんだろ。ちょっと甘えたような鳴き声だったし」
確認のために冬海を見ると、静かに目を伏せて肯定する。
どうやら桜ちゃんは、もう家に来ているようだ。
「あんまり待たせても悪いし、さっさと起きるか」
「そうしてください。それとあなたはさっさと服を着てくださいね」
「はーい」
ベッドの隅に避けられていた服を手に、都がその場で服を着直す。
俺は先に部屋を出た冬海について、寝室から出た。
洗面所で顔を洗うと、いつの間にか控えていた冬海がタオルを手渡してくる。
「こちらをどうぞ」
「ありがとう」
顔を拭いて、そのタオルを冬海が回収した。
リビングへ行くとソファーの上でピナを抱っこしながら、優しく撫でている桜がいた。先に気づいたのはうたた寝しようとしていたピナだった。
「ピィっ!」
「あ、直人さん。おはようございます」
「おはよう桜ちゃん。ピナも」
桜の隣に座ると、ピナはもぞもぞ動き、俺と桜の太腿の間に挟まるように転がり落ちる。そのまますっぽり挟まりながら、ピナは天井を仰ぎ見た。
「ピィッ〜♪」
大好きな二人に挟まれてご満悦のピナは、甘える鳴き声を出して嘴を擦り付けてくる。
「よ〜しよし、朝ごはん食べたか〜?」
「食べさせましたよ。ねぇ〜、ピナちゃん」
「ピィ、ピィッ」
桜がお腹を、俺が嘴や喉を。なでなでと可愛がると嬉しそうな声で鳴くピナ。本当にうちの子可愛い。
「ピナを可愛がるのもいいですけど、二人とも朝食がまだでしょう。食べてからにしなさい」
「「はーい」」
母親のようなことを言う冬海に、二人顔を合わせて小さく笑う。
ダイニングテーブルに着くと、ちょうど都がリビングに姿を現した。
「おはようございます。桜さん」
「おはよう都ちゃん」
その直後、玄関から開閉音がして、そのままドタバタと足音がリビングへやってくる。
「おっはよー藤宮君!それとみんなもおはよう!」
遅れてやってきた片桐が空いていた席に座ると、冬海がそこにトーストと小皿を持ってやってくる。
「ちょっと早いですが、みなさん揃いましたね」
–––集合予定時刻は午前九時。今がまだ七時前であることには、誰も突っ込まない。
冬海も全員分の朝食を用意しているあたり、誰もが早く来ることを予測していたわけである。さすがはメイドというべきか、準備に余念がない。
「取り敢えず、食べるか」
考えるのも億劫になった俺は、思考を放棄した。
朝食を食べたあと、軽く掃除をして家を出る。
近所の大型ショッピングモールへ、パーティの買い出しだ。
「そういえば今年はなに作るんだ?」
奇跡的にもイヴが休みだったので、今日手の込んだ料理を作り、明日用には別にシチューとミニフライドチキンを作り置きする予定である。
肝心の今日のメニューが未定のため訊ねると、桜がこれは外せないとばかりに最初のメニューを口にする。
「ローストビーフは決まりですね」
「……ローストビーフか」
「直人さんのは半熟卵をのせたローストビーフ丼ですよね」
ガッツリ食べたい俺としては、大喜びのメニューだ。
「鯖でも一品何か作りたいですね」
「鯖か」
「山芋を使った料理も加えましょう」
「レバーにうなぎもいいらしいよ」
「牡蠣フライも作りましょうか」
スマホを片手に、片桐が言う。いったい何を調べたのか。
「……クリスマスイヴの献立だよな?」
途中から脱線している気がしなくもないが、料理するのは女性達である。俺は黙って女性達について行くことにした。
「そういえば七面鳥とか焼かないんですか?」
クリスマスっぽいイメージとして浮かぶのが、七面鳥の丸焼きだろうか。しかし、主流なのはファストフードのフライドチキンが一番売れるのがクリスマスだ。普通、一般家庭では七面鳥は焼かない。焼くとすれば桜の実家の方である。
そんな都の疑問に、苦笑いしたのは冬海以外の面子。片桐から言っちゃいなよ、という視線を向けられて代表して俺が答えることになった。
「……うちも昔はローストビーフじゃなくて、七面鳥を焼いてたんだけどな」
「あぁ、やってたんですね。……しかし、焼いてたとは?」
「……ちょっと問題があってな」
言い淀む俺に、都が怪訝な視線を向ける。
俺は頰を掻きながら気まずげに答えた。
「……七面鳥焼いたら、ピナが怖がってシェルターから出てこなくなったんだよ。次は自分の番だって」
「あぁ……」
それが約三年前のクリスマスの話。七面鳥を調理する過程を見ていたピナが、同じ鳥を調理していることに何を思ったのか怖がってシェルターから出てこなくなったのである。
それ以来、うちでは大きな鶏肉を扱うことがない。あっても唐揚げやチキンステーキ等のカット後の肉だけだ。
「七面鳥を調理してた冬海なんて、一ヶ月くらい怖がられてたからな」
「…………」
鳥頭とは言うが、ピナはかなり頭のいい子である。
毎週水族館に遊びに行っていた、俺の顔を覚えているくらいには……。
当然、それは一週間くらいなら他のことも覚えているということである。特に自然界では外敵も多いため、危機管理能力くらいはあるだろう。恐怖体験はいくら鳥頭でも忘れないものである、ということだった。
「地味にショック受けてたよな。普段構わないのに」
その日から、一ヶ月に渡る冬海のピナへの餌付けがあったことは、今でも鮮明に蘇る記憶だ。