元メスガキさんをお持ち帰りした件   作:黒樹

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壊して、壊れて、愛して

 

 

 

リビングから逃げ出すように飛び出した私は、階段を駆け上がっていく。

 

「–––ッ!」

 

その途中、足を踏み外して脛を打った。

一刻も早くその場を離れたかった私は、脛の痛みと胸を引き裂くような痛みを堪えながら逆の足を踏み出す。そうしてなんとか階段を上りきると、自分の部屋へ駆け込んで鍵を閉めた。

 

そこでようやく張り詰めていた糸が解けて、私はその場に崩れるように座り込む。

 

「……」

 

あれは間違いなく“彼”だった。

私が十二年間、恋焦がれた男の人。

生まれて初めて恋をして、今も忘れられない初恋の人。

 

それが今や妹の彼氏で。結婚の挨拶に来ていて。おまけに妹のお腹には子供まで出来ていて。その事実が、私の心にナイフを突き立てた。

 

「……嘘よ、嘘っ、なんでよりによって都なのよっ!」

 

母が同じで。父が同じで。顔も同じで。髪の色も同じで。遺伝子的にも同じで。好きな音楽だって。食べ物だって。肉体を構成するものに違いはなくて。全部同じで。

だけど私の方がおっぱいが大きくて男性が好む体型をしている。都は美人でスタイルも良くて、だけどやっぱり胸の大きさは私の方が上だ。

出会ったのは私が先なのに。積み重ねた時間も私の方が多いはずなのに。

 

–––何故、都なんだろう。

 

「うわぁぁぁぁぁ–––!!!」

 

ふと写真立てが目に入る。それは、親友に頼んで撮ってもらったツーショット写真だ。

 

私は胸の中で燃える衝動に突き動かされて立ち上がり、フラフラと机に近づく。そして、机にあるものを薙ぎ払うように私は腕を振るった。

飛んだ二つの写真立てが床に落ちて割れる。ツーショット写真と、家族写真諸共粉々に砕け散った。

それだけでは飽き足らず、本を収納するスペースにあった卒業アルバムや学校行事などで手に入れた彼の写真を集めたファイルも掴み、床に投げ捨てた。

 

激情のままに八つ当たりをしても、私の心はより引き裂かれるように痛むだけ。むしろ傷痕は広がり、今も拡大を続けていく最中だ。

 

「–––どうして…どうして都なのよ!よりによってどうして……!」

 

都でいいのなら、私でもよかったじゃないか。私だったらなんでもするのに。彼のためだったら本当になんでも。どんなことだってする。どんな嫌なことだって彼のためなら我慢できる。お金もあげる。体もあげる。爪先から頭の先まで、全部全部あげるのに。私の子宮だって子供が欲しいなら産んであげる。直接掻き回したいなら腕を突っ込んだっていい。どんな乱暴なことをされたって好きだから受け入れられる。

 

投げるものがなくなって、私は再びその場に座り込んだ。

階下からドタドタと足音が聞こえて来たのはその時で、次にドアノブを捻る音が聞こえたけど、それは施錠した鍵に邪魔されて叶うことはなかった。

 

「愛理!愛理!開けて!ここを開けて!」

「今すぐここを開けるんだ愛理!」

 

両親の声が部屋の外から聞こえたけど、私は鍵を開ける気にはなれなかった。

今は誰にも顔を合わせたくない。こんな私を、誰にも見せたくない。

 

「……嫌。みんな来ないでよ。一人にして」

 

力ない言葉を振り絞り、ようやくそれだけ伝える。

それでもなお、部屋の外では鍵を開けようと躍起になっている両親がいた。

 

「お願いだから顔を見せて……!」

 

母の悲痛な叫びが、私の耳を劈く。

私を心配する声すらも、今の私には煩わしかった。

 

「放っておいてよ……」

 

膝を抱えて蹲ったまま耳を塞ぐ。

もう、誰の声も聞きたくない。もう、誰とも会いたくない。もう、消えてしまいたい。

 

知りたくなかった。見たくなかった。あの人が幸せになるところなんて、知らない方が幸せだった。

せめて相手がどこの誰とも知らない相手で、私の知らないところで幸せになってくれたのなら、私はまだ希望を持って生きられたのに……。

妹が相手なんて許せるわけないじゃない。私を振っておいて、よりによって妹を選ぶなんて。まるで神様が私を嘲笑っているようで、あり得たかもしれない未来を見せられているようで、余計に惨めになる。

 

「もういい……どうでもいい……」

 

涙で視界が滲む。

そして、そのまま私は目を閉じた。

 

 

 

 

 

気がついたら部屋は真っ暗だった。

太陽が沈み、月が昇る。

その光すらも、曇天に遮られて空は真っ黒。

雨の音が聞こえた。どうやら雨が降っているらしい。

部屋は変わらず、物が散乱している。

 

「……喉渇いた」

 

掠れた声が出た。

自嘲気味な笑みが零れて、おかしくなる。

 

部屋を出るために鍵を開けてドアを開く。

廊下も真っ暗で、今の私にはこの暗がりが心地良い。

電気もつけずに手探りで廊下を進み、階段へたどり着く。感覚を頼りに一段一段下りて、階下を目指した。

 

リビングからは明かりが漏れている。そのことに気づいて部屋に戻ろうかとも思ったけど、喉の渇きが私に訴え続けているのだ。

 

「あ……」

「愛理!」

 

リビングにはテレビもつけずにソファーに母が座っていて、私に気がつくとすぐに立ち上がり足早に近寄ってくる。そして、そのまま私を抱きしめた。

 

「……なに?お母さん?」

「ご飯食べれる?すぐに温めるわよ」

「……いい。食欲ない。飲み物取りに来ただけだから」

「そう」

 

母はそれ以上何も言わなかった。問うことで私が壊れるとでも思っているのだろうか。

 

「……お父さんは?」

 

いつもなら真っ先に声を掛けてきそうな父の姿がないことに気づき問い掛けると、母は困ったような顔をしながらこう言う。

 

「あの人はデリカシーがないからちょっと外に出てもらってるわ」

 

あれこれ言う父の姿がなくてほっとする。今は何も聞かれたくないし、言われたくないから。

私の心に触れないようにする母の気遣いが、今の私にとって救いだった。

 

「……都は?」

「……」

 

母はその問いに答えることなく、私を心配そうに見つめる。

母は私が本当は何を問いたいのかわかっているのだろう。

 

「……あの二人には、今日は帰ってもらったわ。そういう話をする状況じゃなくなったから」

「……ごめんなさい」

「謝ることないわよ。あなたは何も悪くない」

「でも、私が……」

 

–––都の邪魔をした。幸せになる邪魔を。結婚を。あんなに嬉しそうに恋の相談をしてくれていたのに。

 

「ごめんなさい……」

 

今のは誰に対して謝ったのだろう。……私にもわからなかった。

 

 

 

 

 

 

あの日から休職した。

体調不良を理由に、私は部屋に引き篭もった。

一ヶ月が経って、休職が退職になった。

それでも私は部屋から出れず、ズタズタになった心の痛みを抱えながら生きている。

 

階段を上がる足音に怯えて、私は毛布の中に包まる。その足音が私の部屋の前で止まった。

 

「お姉ちゃんいる?」

 

部屋の外から聞こえてきたのは、妹の声で、愛しくも憎い相手の声だった。

 

「はいるよ」

 

妹は勝手に扉を開けて入ってくる。

私が引き篭もっていることを知りながら身勝手に。

 

「うわっ、なにこの部屋!?」

 

勝手に入ってきた妹は、部屋の惨状を見て容赦ない感想を口にして、カーテンを勝手に開く。

 

「……全部聞いたんでしょ。私を嗤いに来たの?」

「嗤いに?いや、なんで?」

「昔好きだった相手を妹に奪られて、引き篭もってる姉をよ」

「まぁ、確かに。酷い状況だよね」

 

部屋の惨状を明るい部屋の中で再確認して、都はしゃがんで落ちている写真立てを拾った。

 

「先輩とお姉ちゃんのツーショット写真だ。……二人とも仲悪そう」

 

仏頂面の直人と私が写った写真を見て、都はそっと机の上に戻した。そして、今度はアルバムを拾い上げる。

 

「お、こっちは先輩の写真集」

 

中をぱらぱらと捲って流し見る。目を輝かせて楽しそうに。本当に嬉しそうに眺めて、

 

「お姉ちゃん、これ頂戴」

「……嫌よ」

 

おねだりされて、私は逡巡してから拒否。

都は不平不満を垂れるでもなく、アルバムを机の書棚に戻す。

 

「初恋の人だっけ。……今でも好きなんだよね」

「……そうだって言ったら、譲ってくれるの?」

「あげるわけないじゃん。私だって好きなんだから。お姉ちゃんと一緒、本当に大事だからあげられない」

 

そう言って、アルバムの背表紙を指でなぞる。

 

「それに先輩との思い出はこれから作るもん」

 

今度は、家族写真を拾い上げる。

彼と私のツーショット写真に並べて、都は微笑んだ。

 

「……何しに来たのよ?」

 

私が毛布から顔を出すと、都は真面目な顔をして言う。

 

「私はお姉ちゃんにも先輩との結婚を認めて欲しいんですよ」

「……勝手にすればいいじゃない。なんで私に聞くのよ?」

 

投げやりに答えた私は、そのまま背中を壁に預けてただ二つの写真立てを眺めた。

表面の保護ケースは割れているけど、中の写真は傷ひとつない。今も変わらないあの時の光景がそこにある。手を伸ばしても決して届かない彼の隣が。

 

「お姉ちゃんのことも、好きだから、じゃないですかね」

 

妹は曖昧な答えを口にして苦笑する。

 

「まぁ、一応許可は得られましたしよしとしましょう。お姉ちゃんが本当にそれでいいならですけど。子供が生まれてから結婚式をするので、入籍はともかく結婚式はお預けですね」

 

『子供』と聞いて、羨望と嫉妬が同時に湧いてくる。都は私のそんな様子も気づかずに話を続けた。

 

「ただ結婚に不安があるといえば、あるんですけどね」

「……不安があるなら辞めちゃえばいいのに」

 

–––そしたら私が……。

 

そんな考えが浮かんだところで、都は困ったような顔をする。

 

「先輩って結構性欲強めなんですよね。だから、私が妊娠している間浮気しないか心配で……。先輩は巨乳好きですし、お姉ちゃんみたいなグラマラスな体型の人なら我慢できずに手を出しちゃうと思うんですよね」

 

……私なら、あの人が浮気しても許すのに。そんなに不満があるなら私にくれたらいいのに。

昏い欲望が渦巻き、私の心をぐちゃぐちゃにしていく。

 

「あ、そろそろ晩御飯作らないと。そろそろ帰るねお姉ちゃん。今度遊びに来てよ。先輩も会いたがってるから」

 

そんな私の様子に気づかないまま、都はそれだけ言うと家へと帰って行った。彼と住む愛の巣へ。

 

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