元メスガキさんをお持ち帰りした件   作:黒樹

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長い一日の始まり

 

 

 

娘の夫を呼び出した次の週末。

金曜日の仕事を終えて、家へと帰れたのは午後八時を過ぎた頃。予定外の残業を終えた後だった。

日々の疲労と鬱憤が重なり、私のストレスは最高潮にまで達している。

 

「ただいま」

 

もう何度も言った帰宅の言葉を玄関で投げやりに口にして、リビングへと足を運ぶ。閉じられたドアを開けると、夫が一人リビングのソファーで寛いでいた。

 

「おかえり志穂」

「……ただいま、あなた」

 

軽く帰宅の挨拶をして鞄をダイニングチェアに置く。すぐに慌ただしく動き出した私は、寝室でスーツを脱ぎシャツとタイトスカート、ストッキングだけになるとお風呂の準備をした。

そのまますぐに脱衣所で残りの服を脱いで、軽くシャワーを浴びてメイクと一緒に身体の汚れを落とす。風呂に湯船が張ってあったので、十分ほど半身浴をしてからお風呂から上がった。

 

当然髪のケアとお肌のケアは忘れない。明日のことを考えれば、怠れば痛い目を見るのは私だから。

 

念入りに体のケアをした後、お風呂から上がって髪を丁寧に乾かし、寝巻きに着替えた私は再びリビングへ。

まだリビングで寛いでいた夫を尻目に、鞄からコンビニで買ってきたサラダを取り出す。グラスを戸棚から取り出し、ワインを手に私はリビングのソファーへと移った。

 

「……」

 

夫は明日のことを口に出さない。そわそわとした様子でちらりと私に視線を寄越すと、そのまま何も言わずに伏せて手に持っていた缶ビールを呷った。

 

私が他の男に抱かれるのがよほど楽しみなのだろうか。

 

サラダを完食して二杯だけワインを飲むと、まだ中身の残っていたワインボトルを戸棚へとしまう。グラスを軽く洗って水気を拭き取り、同じく戸棚へと戻した。

 

「明日が早いからもう寝るわ。……おやすみなさい」

 

私は洗面所で歯磨きをしてから一人だけ寝室へ入る。夫婦で使っているダブルベッドに入り、毛布を被って目を閉じる。けれど、疲労感に反して眠気は一向にやってくる気配はなかった。

 

「……まるで遠足前日で浮かれる子供みたいね」

 

原因はわかってる。

明日、私は夫以外の男に抱かれる。

 

不安がないと言えば嘘になる。緊張するなというのも無理だ。私は夫以外知らないし、夫以外とそういうことを経験したことはない。

 

–––ちゃんと直人君は私の体で興奮してくれるだろうか?

 

もし直人君が勃たなかった場合、夫の不調は私に原因があることになる。上手く夜の営みをしていたつもりだったけど、自信はなかった。娘夫婦の“あれ”を見れば尚更だ。

 

–––そして、私は夫以外に裸を見せる。

 

夫にさえ裸を見せるのは恥ずかしいのに、それが昔から知っている直人君にだなんて……。

 

「……違うわね。こんな気持ち、夫と初デートする時以来かしら……」

 

それから一時間経っても寝付けなかった。

寝室へ入ってきた夫には寝たふりをしてやり過ごした。

ベッドに入ってくる夫の気配を背後に感じる。

だけど、夫も寝付けないようで確かに起きている気配を感じながら、夜が更けていった。

 

 

 

 

 

 

翌朝、起床した私は夫を起こさないように寝室を出た。

朝から浴室でシャワーを浴びて寝汗を流して、髪質や体毛のチェックをする。ムダ毛がないか確認して処理したあとは、お風呂から上がって髪を丁寧に乾かした。

 

今日のために用意した下着を身につけて、25デニールの黒ストッキングを穿く。

ホルターネックの白いサマーリブニットを着て、紺色のフレアスカートを身につけた。

 

普段の私がするコーディネートと比べると、鏡に映る私は随分と露出度が高い。上なんて肩も脇も見えてるし、下は普段はミモレとか長めのスカートしか着ないのに、膝丈のスカートを穿いている。

 

「直人君の要望に沿ったけど、冒険しすぎじゃないかしら……っていうか、四十代のおばさんがする格好じゃないと思うんだけど……」

 

他にもホットパンツやミニスカートに熱い要望があったけど、断固拒否させてもらった。ホットパンツだって私は恥ずかしい。あんなの着れるのは都くらいのものだ。

 

気を取り直して歯磨きをして、いつもやる程度のナチュラルメイクを施す。

 

そんなことをしている間に、時刻は午前九時を過ぎていた。

 

「そろそろ行かないと電車に間に合わないわね」

 

待ち合わせは午前十時。うちの最寄りの隣駅で合流して、直人君の車で隣街まで移動することになっている。

ご近所で噂にならないよう、会社の同僚に見られないよう、細心の注意を払った結果だ。

 

リビングに移動した私は、昨日そのままにしていたハンドバッグを手に取った。

 

「あと、これも外しておかないと……」

 

左手の薬指から結婚指輪を外して、ハンカチに包んで鞄に入れる。代わりにホワイトデーに直人君から貰ったガーネットのブレスレットを左手につけた。

 

最後に財布とスマホを入れて、家を出ようとした時だった。

 

「あ……」

 

夫がちょうど起きてきた。眠そうな目を擦りながら、だったその目は私の姿を見て僅かに見開かれる。

 

「……もう時間か」

「ええ、行ってくるわね。……明日まで帰らないから」

「……そうか。その、すまないな……」

「……いいのよ。私にとっても悪い話じゃないから」

 

申し訳なさそうにする夫に対して、私は精一杯の微笑みを浮かべる。

 

「いってきます」

「あぁ、いってらっしゃい」

 

夫に見送られて、私は家を出た。

最後の最後まで、あの人は引き止めてくれなかった。

 

 

 

最寄り駅で電車に乗って隣駅へ。

改札を出ると、時刻は九時四十五分くらい。

待ち合わせの十五分前についたことに安堵する。一つ電車に乗れないだけで、遅刻は確定だったのは間違いないから。

 

外に出て周囲を見渡すと少し離れたところに、シャツとジーンズを着てパーカーを羽織っている直人君が待っているのが見えた。もうこちらに気づいているようだ。私は駆け足気味に早歩きで彼の元へ行く。

 

「ごめんなさい。待ったかしら」

「いえ、今来たところです」

 

お決まりのセリフを吐いた直人君のシャツは僅かばかり汗ばんでいる。

もう季節は六月、梅雨に入り始める頃だった。

それでも十分に暑いので、十分も外にいれば汗だくになる。彼がかなりの間待っていてくれたことがわかった。

 

その事実に胸を締め付けられるような思いが湧き、同時に彼を愛おしく感じてしまう。可愛いというか、健気というか、娘が恋焦がれた理由の一端がわかった気がした。

 

「……」

「……やっぱり変かしら?」

「いえ、凄く似合ってますよ。四十代で三人も子供がいると思えませんね」

「も、もう……」

 

服装を褒めてくれる直人君のせいで私の頰が熱くなる。熱烈な視線がしっかり体に向いてるのを受けて、お世辞でもなんでもないのがわかってしまう。

 

「本当に綺麗ですよ」

 

直人君はお世辞でこんなことを言える性格じゃない。それが理解できているから、私は素直に彼の言葉を受け入れられた。

 

「そんな褒めても何も出ないわよ」

 

頰が熱い。私はツンと冷たい態度を取って、くるりと背を向ける。照れた顔を見られるのは嫌だったから。

 

「じゃあ、勝手に貰います」

 

直人君は私の左手を握った。柔らかく私の手を包み、それから指先を合わせるように触れ合うと、そのまま指と指の間に自らの指を滑り込ませてくる。

恋人繋ぎに繋がれた手は夫とはまるで違った感触だった。太くて、ゴツゴツしていて、硬い。

 

「それじゃあ車に乗って移動しましょうか。朝ごはん食べました?」

「いえ、朝から何も食べてないわ」

「それならブランチを食べてから、映画でも見て、買い物にでも行きましょうか」

 

強く握られた手を引かれて、私達のデートは始まった。

 

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