元メスガキさんをお持ち帰りした件   作:黒樹

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同じ気持ち

 

 

 

車に揺られて一時間。そこは知らない街だった。

近所の人も、会社の人も、友人も、知り合いもいない。

何処かでばったり会う可能性もあるけど、少なくとも可能性は低いから、秘密のデートをするには最適だった。

 

「なんだか大きなショッピングモールね」

「大型の映画館が併設されているので、ここで映画を観る予定なんですよ。だけどその前に–––」

 

直人君が私の手を握る。自然な感じで握られたから抵抗する間も無かった。彼はそのまま私を先導するように手を引く。

 

「ブランチを食べましょう。この近くにいい店があるらしいんですよ」

「……ショッピングモールの駐車場に車を置いて、別の店に行ってもいいのかしら」

「利用客以外は基本利用禁止ですからね。だけど、基本的に利用さえすればいいんですよ。近くの店で食べてそのまま買い物に寄るなんて誰でもやってることですよ」

 

横断歩道を渡って、路地裏を進む。

数分ほど歩いた場所にこじんまりとした喫茶店があった。

 

「いらっしゃいませ〜」

 

入店すると元気なウエイトレスに出迎えられる。

シャツにチェック柄のエプロンドレスに身を包んだ可愛らしい店員だ。

 

「何名様ですか?」

「二名です」

「それじゃあお好きな席へどうぞ」

 

店内は落ち着いた雰囲気で、カップルがちらほらといる。ちらりと来客に反応した一部の人が私達を見る視線を感じた。

 

「それじゃあ、あそこにしますか」

 

直人君が選んだのは、窓際の席。

私と直人君は手を繋いだまま席まで歩いた。

手を離して、対面に座る。

ウエイトレスはテキパキと水とおしぼりを置いて、別の接客へと向かった。

 

「……なんだかまだ見られている気がするんだけど」

 

視線はまだいくつもこちらに向いている。あまりの気恥ずかしさに萎縮して直人君を見ると、ニヤニヤと楽しそうに笑っていた。

 

「……やっぱり見られてるわよね」

「まぁ、志穂さん綺麗ですからね」

「そうかしら?」

 

確かに普段身に覚えのある胸部への視線や、男性からのねっとりとした性的な視線を感じる。

カップルで来た男性が相方の女性に頰を抓られたり、耳を引っ張られたりしているのはちらほら見えた。

 

「それと俺達の関係を勘繰っているのかもしれないですね」

「親子ほどの歳の差があるものね」

 

そういう風に見られないのはわかってる。覚悟はしていたけれど、思いの外ダメージを受けている私がいた。

 

–––私はなにをやっているんだろう。

 

『他の男に抱かれてほしい』という夫の願いを受け入れて。娘を裏切って。娘の夫まで巻き込んで。

 

考えないようにしていたのに思い出すと悪い考えばかりが浮かんで、穴があったら入りたいくらい恥ずかしくなってくる。

 

そんな気持ちが口からこぼれ落ちた。

 

「……ごめんなさいね。こんなことに巻き込んで」

 

私の謝罪に直人君は不思議そうな顔をした。

 

「なんで謝るんですか?」

「だって、こんなお願いおかしいでしょう?」

「それは確かに」

 

自覚はあったけど、正面切って言われるとへこむ。

–––今から中止を切り出すべきだろうか?

そう思ったけど、口に出せない私がいた。夫がどうとかじゃない。私が–––。

 

それ以上は口に出すのも、考えるのもダメだと、私が無理やり考えないようにした時だった。

 

「NTRなんてやらない方がいいですよ」

 

直人君はそう言って、私達夫婦の考えを全否定する。

ただ思わず見てしまったその顔は、どこか悲痛に満ちているのを感じて私は目が逸らせなかった。

 

「寝取られるのって結構キツイですよ。信頼していた相手が知らない間に誰かに抱かれて、誰かのものになって、別れを告げられるのは」

「え……?」

 

その告白には間違いなく感情が込められていて、言葉の真意を測る前に彼は表情をいつもの仏頂面に戻す。本当に一瞬のことでさっき見たのが幻だったかのようだった。

 

「それじゃあ、なんで夫にそれを言わなかったの?」

 

もしあの日、その話をしていたら……。

この計画は頓挫して、白紙に戻ったかもしれない。

それは私も困るけど。

私はそれを言わずにはいられなかった。

 

「なんでってそれは……」

 

直人君はそこまで言って、私の顔を見つめる。その顔が悪戯っぽく歪められたのはすぐだった。

 

「なんでだと思います?」

「……直人君って時々意地悪になるわよね」

 

焦らす直人君の態度に弄ばれているのを感じてジト目で睨むと、彼は楽しそうに笑ってからとんでもないことを口にした。

 

「俺が志穂さんを抱いてみたかったからです」

「……ふぇっ!?」

 

驚いたどころか間抜けな声が喉から漏れ出る。

娘の夫からの直接的な「抱きたい」発言は驚いたのも事実だけど、同時に嬉しさも感じていて、狼狽してしまう。

 

「……あの、いまさら言うのもなんだけど、私おばさんよ?」

「プールに行った時も思いましたけど、それが気にならないくらい美人じゃないですか」

 

お世辞で言ってるわけじゃないのがわかるから、直人君の言葉責めに私の頰は熱くなってしまう。それでも直人君の言葉責めは止まらない。

 

「俺実は今日楽しみで昨日中々眠れなかったんですよね。っていうか、一週間眠れませんでした。本当は今すぐ志穂さんをホテルに連れ込みたいくらいなんですよ」

「〜〜〜っ」

 

あまりにも恥ずかしい言葉責めに、私の体温は急上昇する。熱烈な求愛をされて、恥ずかしいやら嬉しいやらで私は真っ直ぐ彼の顔を見られなかった。

 

「……も、もういい。わかったから。それ以上言うのはやめて」

 

本当は私もすぐに抱いてほしい、だなんてはしたないセリフを言えるはずもなく私はなんとか言葉責めをやめさせる。

いや、むしろ今ので心の準備が必要になった。デートのあと凄いめちゃくちゃにされるだろうから。

 

「–––と、いうわけで俺も楽しみだったので志穂さんは気にする必要ないですよ」

 

どこまで本気だったのか直人君はメニューを手に取る。

 

「それでも信じられないなら、こっちにも考えがありますけど」

 

直人君はそう言って、店員を呼んだ。すぐにやってきた店員が対応する。

 

「すみません。カップル限定ブランチセット一つ」

「それではカップルの証明をお願いします」

 

できるよなぁ?という店員の視線を感じてメニュー表を見ると、隅の方に小さく頰にキスをすると注意書きがされていた。

夫の前でしたキスに比べれば難易度は下がるものの、気恥ずかしさがないわけではない。直人君の顔を見れば、注意書きにも事前に気づいていたようだ。

 

「……そっちがその気なら、私も手加減はしないわよ」

 

私はテーブルに乗り出して、直人君の頰にそっと優しいキスをした。

 

 

 

 

 

 

おしゃれな喫茶店でブランチを食べたあと、私達は映画館に向けて歩き出した。

彼は喫茶店を出ても自然と手を繋いでくれて、恋人繋ぎに繋がれた手からは確かな温もりを感じる。

妻の母ではなく、女性として扱ってくれるのは本当に嬉しかった。久しぶりに女に戻れた気がするから。夫が扱ってくれない“女”へと。

 

擦れ違う人、全てが私達を見る。でも、今はそれも気にならなかった。歳の差とか、つり合わないとか。気にしても仕方ないことを、直人君が教えてくれたから。

 

「さて、何が観たいですか?」

 

大型ショッピングモールに併設された映画館にたどり着くと、上映中の映画を見比べながら直人君はそう言って私の顔を窺う。さっきまでカッコよくエスコートしてくれていたのに、相談してくれているのだろうか。

 

「直人君は何が観たいの?」

「俺もそれを聞いてるんですけどねぇ」

 

困ったように上映中の映画リストを見上げた私達は、なおも主導権を譲り合う。

 

「俺は別になんでも観れるんですよ。ジャンルも色々嗜みますし、恋愛もホラーも時代劇もアクションもアニメも全部見始めたら最後まで見るタイプですから」

「あるわよね。見始めたらつい終わるまで見ちゃうのよね」

 

思わぬ共感を得ながら、話は振り出しに戻る。

 

「志穂さんは本当に観たいものないんですか?」

「きっと直人君と観たらなんでも楽しいもの」

「そうですか。じゃあ……ちょうど夏っぽいホラーとかどうですかね」

 

“ホラー”と言った瞬間、直人君の口角が上がるのを見た。

私はその瞬間、やられたと思う。

直人君は私がホラー苦手なのを知っていて、わざとそのジャンルを選んだ。情報源は娘達だろう。

 

「……」

「志穂さんが嫌なら、別のにしますが」

 

直人君がスプラッタを好むのは知ってる。娘達の話でよく聞く。都は平気だけど、愛理はちょっと苦手だったはずだ。私に似て。

 

「……一緒に寝てくれるなら考える」

「寝る暇もないと思いますけど」

「寝る暇もないの!?」

 

私、明日生きて帰れるかしら……?そんな不安と期待が胸に去来した。

 

「取り敢えず、決まったしチケット買いに行きますよ」

 

直人君の先導でチケット売り場に向かう。

 

「……ねぇ、直人君。チケット売り場に人がいないわ」

「最近の映画館はぼっちに優しいんですよ。券売機で買えますから。一人でも気軽に来れますよ」

「そうなのね。知らなかったわ」

 

券売機は自由な時間に来れるからか空いていて、私達二人はすぐに券売機にたどり着いた。

 

「カップルシートでいいですよね。割引もできますし」

「カッ……!?」

 

思わぬ不意打ちを受けて、頰が熱くなる。

 

「もうすぐ会場開くそうですよ」

 

券売機で二人分のチケットを買った直人君は、何が何やらな私の手を引いて今度はフードメニューを売っている売店へ並んだ。

そこで二人分の飲み物を購入して、入場口で係員にチケットを提示する。指定されたシアターへと入場した。

 

「あ、あそこだ」

「へぇ〜、あのせ…き…」

 

直人君が指した先には、リラックスできる二人掛けのソファーがあって、おまけに周りから見えないよう横には小さな仕切りがある。何をしても、何をされても見えないように。まるでカップルがちょっとしたスキンシップをするのを助長するかのように。

 

–––わ、私もしかして映画の途中でエッチなことされる!?

 

今後の予定には入っているけど。それはそれ、これはこれ。という言葉が浮かんでぶんぶんと首を横に振る。

 

グロテスクな作品には、ちょっとエッチなシーンもあるとは聞く。

それが回り回って私に反映されるのは、ちょっと違うと思うのだけどそんなことされたら抗えない。

 

「どっち側がいいですか?」

「ど、どっち側……?」

 

直人君の利き手が、私に触れやすい方は。

 

「……右にしようかしら」

「じゃあ、俺は左で」

 

着席すると直人君はまた私の手を握ってくる。

にぎにぎと手持ち無沙汰に私の手を弄び、上映時間になりシアター全体が薄暗くなってもそれは続いた。

映画の告知、カメラ人間、様々な予告映像が流れてようやく本編が始まる。

 

この映画の内容は、とある家族に起きた惨劇の物語だ。

幸せな家族が迷い込んだ洋館で、次々と不幸に見舞われていく。

その洋館から脱出するのが目的らしい。

人形の目がギョロッと動き、それにびっくりして私は直人君の腕に抱きついた。

 

「きゃあっ!?」

 

その後、直人君の腕に抱きつきながら私は映画を鑑賞した。期待したえっちな展開はなかった。

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