重い瞼を開くと見知らぬ天井が視界に入った。
途端に不安で胸がいっぱいになる。おまけに全身重くて疲労しているのがわかった。
ただそれは仕事の疲れからくるものではなく、運動した後の疲労感に似ていて不思議と気分は悪くなかった。
小さなカチカチという聞き慣れた音がする。音がする方に首を巡らせると、ソファーでパンツ一枚の直人君がノートパソコンの前で何か作業をしていた。
身を起こすと掛けられたシーツがずり落ちる。
その下から自分の裸が見えて、思わず「きゃっ」という悲鳴が漏れ出てしまった。
直人君がこちらを向く。同時に昨日あったことを思い出して、顔から火が吹き出そうなくらい恥ずかしくなってシーツを胸元に慌てて引き上げた。
もう何時間と見られ、貪られた熟れた肉体。それはわかってるけど改めて考えてみると恥ずかしくて死にそうだった。
「おはよう。……志穂」
彼に名前を呼ばれるだけで心が温かくなって、喜んでいる自分がいることに気づく。
ただ彼は慣れない呼び方をしたみたいで、少しだけぎこちなかった。それが少しだけ寂しくて、私はシーツを捨てて彼の元へ行く。
「おはよう直人君。なにしてるの?」
背後から彼に抱きつき、パソコンを覗き見ると何やらデータの複製を行っているようだった。
パソコンにはビデオカメラとUSBメモリーが接続されている。
どうやら昨日の動画を複製して、USBメモリーに移行しているようだった。
「……データなら、ビデオカメラのチップそのままあげればいいのに」
「これは観賞用と保存用、布教用–––もとい譲渡用です。俺も欲しかったので」
「そういえば直人君も欲しいって言ってたわね」
「志穂も要る?」
「いらないわよ」
「昨日のこと思い出して一人でするにはちょうどいいと思いますけど」
「もう、直人君!」
揶揄ってくる直人君の胸板に爪を突き立てる。食い込んだ爪が彼の皮膚に傷をつけるのを見て、私は少しだけ溜飲を下げた。
直人君は痛い思いをしてもケラケラと笑っている。たぶん背中に当たる胸の感触を楽しんでるのだろう。私は昨日、彼という存在を学習したのでわかる。
「–––お、終わった」
最後のUSBメモリーにデータを保存し終えたのか、直人君はパソコンからUSBメモリーを取り外してケースにしまう。同様にビデオカメラとパソコンを繋いでいたケーブルも外して、バッグの中に詰め込んだ。
「はい。これ、旦那さんの分」
「……」
さらっととんでもないものを受け渡してくる直人君だけど、私は素直に受け取る気にならずただ彼の手を見つめる。
よく考えたらこれを夫に渡さないといけないわけで、その役目は当然家に帰って顔を合わせる私になる。
「……ねぇ、直人君。直人君から夫に渡してくれないかしら?」
「えぇ……」
嫌そうな顔をして直人君は私を見る。
わかる。私も直接渡すのは嫌だ。できるなら私の知らないところでやり取りして欲しい。
「……昨日、私の恥ずかしい動画撮ったくせに」
「……わかりました。俺が渡します」
ジト目で訴えると私の思いが通じたらしく、直人君は渋々請け負ってくれた。
諦めてUSBメモリを掌に握り直して、それを無造作にケースの中に突っ込む。
「–––と、電話だ」
ソファーの上からスマホの着信音が鳴る。
直人君は放っていたそれを拾い、着信画面を見た。
画面には『鹿島愛理』の文字。
娘からの着信に、私の心臓はバクバクと早鐘を打つ。
彼は無造作に通話ボタンを押すと、耳に当てて娘と目の前で通話を始めてしまった。
「おはよう」
『おはよう。今大丈夫?』
「大丈夫」
『……浮気してない?』
あまりにも鋭い一声が聞こえて、電話に出ていない私の方がドキッとした。
「大学時代の友達と遊びに行くだけって言ったろ」
『でも、大学時代はさぞモテたそうじゃない。元カノじゃなくても、女友達の一人や二人いたんじゃないかしら』
「残念ながら大学時代の友達は全部男だよ」
どうやら愛理達には『大学時代の友達と遊びに行く』と嘘をついていたらしい。本当は私(嫁の母親)とこんなことをしているなんて知れたら、なんて思われるか怖くなってしまう。
「夕方には帰るから」
『……待ってる』
「おう。じゃあな」
直人君はスマホをソファーに放り投げた。
「はぁ……びっくりした」
「そうですね。でも、俺は帰った後の方が怖いです。あいつら妙に勘がいいんで」
許可が出ているどころかお願いされて来ている私と違って直人君は大変そうだ。
–––ピリリリリリッ。
「きゃっ!?」
突然、別の場所で着信音が鳴る。ソファーの上に置いていた私のバッグからだ。
取り出して画面を確認すると『愛理』と表記されていて、私の心臓は痛いくらいにバクバクと鳴る。
おそるおそる通話ボタンをタップして、通話に応じた。
『おはようお母さん』
「……お、おはよう」
普段連絡してこないのに急に連絡が来てドキドキする。電話向こうの娘の声はいつも通りなのに、私は不安でどうにかなりそうだった。
「こ、こんな朝早くからどうしたの?」
『ん〜、なんかお母さんの声が聞きたくなって』
「そ、そう……」
『特に用はないんだけど。なんか電話しなきゃいけない気がして』
女の勘というやつなのか愛理でも電話した理由はわからないようだった。そんな直感の鋭さに我が娘ながら恐怖を覚えて、寿命が半分縮んだ気がして胃が重くなってしまう。
『元気?』
「……ええ、元気よ」
『無理してない?お父さんに変なお願いとかされてない?』
「……特にそんなことはないわよ」
今その夫の性癖に困らせられて、あなたの夫と不倫してます。と、言えるはずもなく私は嘘をついた。
『そう。ならいいんだけど』
「う、うん。都は元気?」
『元気よ。替わる?』
「ううん、いいの。それだけ聞けたら十分だから。……直人君とは上手くいってる?」
『そうね。優しくていい夫よ。……都と仲がいいのを除けばだけど』
少しだけ不満そうな声色で愛理は言う。
電話向こうで、愛理はすぐに声音を戻した。
『それじゃあ、切るね』
「うん」
ぷつっと通話が切れる。
私はそれを確認して、ほっと息を吐いた。
「……寿命が数年縮んだわ」
バッグにスマホを戻すと、直人君に腕を引かれる。膝の上に横抱きの形で座らされて、彼に抱きしめられた。
「直人君、さっきの今で神経図太すぎない?」
「嫁にバレるのが怖いなら最初から来てませんよ。それなら楽しんだ方が得です」
そう言って直人君は、私のおっぱいを弄ぶ。
太腿には硬い感触が当たっていて、私もまた疼いてたまらなくなった。
「……ホテルのチェックアウトまで、まだ時間はあるわよね」
「そっちだって乗り気じゃないですか」
「こんなふしだらな女にしたのは直人君よ?」
はいはい、と唇を塞がれる。
キスをされただけで、私のさっきまでの不安は吹き飛んだ。
我ながら単純な女であることが、彼の行動で判明する。
そのままベッドに二人で戻って、チェックアウトギリギリの時間まで恋人気分を楽しんだ。
◇
チェックアウトしたあと、昼食を食べて住み慣れた街へ戻った。
一時間近い運転をしても、直人君は疲れた様子もなく元気そうにしている。昨日あんなにしたのに。
おまけにその視線は時折シートベルトを締める私の胸へと向いていて、卑猥に歪むおっぱいを視覚的に楽しんでいるようだった。
その度に恥ずかしい思いを胸に抱き、同時に女として求められる喜びに酔い痴れた。
「つきましたよ」
そんな時間も、もう終わってしまう。
既に車はもう二十年以上も住んでいる我が家の車庫の中。
エンジンを停止して、キーを抜いた直人君はシートベルトを外していた。
「……えぇ、ありがとう」
シートベルトを外して車を降りる。
私と直人君は、一緒に玄関へと向かった。
玄関扉の前で、私はドアノブを回す前に名残惜しくもこんなことを言い出ししまっていた。
「……ねぇ、最後に一回だけキスしない?」
ご近所さんに見られたら、とか頭に思い浮かぶけどそれよりも私は最後に一回だけ直人君に甘えたくなった。
それが終わったらあの人の妻に、あの子達の母親に戻るから、なんて自分に言い訳をしている。
そんな私に直人君は、行動で示してくれた。
「んっ……」
唇同士で触れ合い、舌を絡め合う。いやらしい音を立てて濃厚なキスを一分近く楽しんだあと、私は彼から離れた。
「ただいま」
玄関扉を開けて、在宅中の夫に声を掛ける。
もうすぐつくことを伝えていたので、すぐにリビングから夫が顔を出した。その顔は様々な感情を綯交ぜにした複雑なもので、後悔と興奮が混ざり合った歪な表情だとわかる。
「……おかえり、志穂」
「ええ、ただいま。あなた」
⬛︎する夫は私を出迎えて、直人君の前で抱擁した。
そこに⬛︎があったのか私にはわからない。でも、はっきりとわかることがある。夫と抱擁しても私はもう何も感じなかった。ああ、それどころか嫌悪感が浮かんでしまう。
あの人はきっと妻は私のものだと目の前で見せつけているつもりなのだろう。それが私は嫌だと思ってしまう。
「約束通り志穂さんをお返しに来ました。それとこれをどうぞ」
「……ああ、確かに」
直人君が差し出したUSBメモリを夫は受け取り、興奮で震える手で握りしめる。
「それじゃあ志穂さん、“また”」
「……じゃあね、直人君」
すぐにさよならのバイバイをして、直人君は玄関を出ていく。残された私と夫は玄関で向かい合ったままだ。
「……私は少し、書斎に籠る」
「ええ、私はいつも通り家事をするわね。夕食の時間になったら呼ぶから」
早く見たくて仕方ないのか夫は先に階段を上がっていった。
残された私は、夫とのキスがないことに内心安堵していた。
懺悔します。遅くなった理由はR-18版を書いていたからです。興味がある方は勝手に見てください。