元メスガキさんをお持ち帰りした件   作:黒樹

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時はランデブーあとに遡る。


迷探偵都ちゃんの事情聴取

 

 

 

「ただいま〜〜〜」

 

志穂さんを送り届けて夕方に帰宅すると、出汁と揚げ物のいい匂いがキッチンからしていた。

その匂いに誘われてリビングに行くと、キッチンの方から都が駆けてくる。そして、思いっきり抱きついてきた。

 

「おかえりなさいお兄さん!」

 

ぎゅ〜っと力いっぱいに腕に力を込めて、ぐりぐりと額を胸板に押し付けてくる。そのままスンスンと匂いを嗅いできた。

 

「……女の匂いがします」

「気のせいじゃないか?」

「いえ、確かにしました。安心するような、どこかで嗅いだ匂いが。どこでしたっけ?」

 

不思議そうに都は首を傾げて、「あっ」と小さな声を上げる。その視線は俺の首元に向いていた。

 

「……増えてる」

 

手を伸ばした都は、指先でそっと首筋に触れる。

その言葉の意味は、すぐにわかった。

 

「お兄さん、首元どうしたんですか?蚊に刺されたように真っ赤ですけど」

「え、首?」

 

そう言われた瞬間、ハッとして首元を抑える。昨日、志穂さんにつけられたキスマークだ。

 

「そういえば出掛ける前にお姉ちゃんと私でつけたものでしたっけ」

 

都はニヤニヤと揶揄うような笑みを浮かべ、唇に指を当てて舌舐めずりをする。淫靡に振る舞う様は鹿島家の女性の中では一番手慣れている。

 

「そ、そうじゃないか?それに夏だし蚊の一匹や二匹に吸われるだろ」

 

誤魔化せた気はしないが、誤魔化す努力は怠らない。

都はそれで一旦満足したのか、俺の腕に抱きついた。

 

「その荷物はソファーに置いておいて、ご飯にしましょう。もう用意できているので」

 

言われた通りソファーに鞄を置いてダイニングへ向かうと、テーブルにはおひたし等の小鉢が並んでいた。

キッチンには愛理が立っており、丼に溶き卵のようなものを掛けているのが見えた。

 

「おかえりなさい。あなた」

「あぁ、ただいま」

「大学時代のお友達とのお泊まり旅行は楽しかった?」

「お、おう」

 

配膳にダイニングへ来た妻–––愛理とたあいない会話をするが、言葉の節々には棘のようなものを感じる。

置いた丼にはトンカツが載っており、カツ丼であることがわかった。他にも白味噌の味噌汁、ほうれん草のおひたし、きんぴらごぼうと何かを彷彿とさせるメニューだ。

 

数分で三人分の夕食の準備が終わり、揃ってダイニングテーブルに着席した。

 

「いただきます」

 

三人揃って合掌して、それぞれ食事に手をつける。

長く一緒に生活していると似るもので、三人とも味噌汁を一番に啜っていた。

夏は赤味噌派だが、白味噌のほっとする味もいい。

塩味が効いていて夏の暑さで失った塩分の補給にもよく、身体に染み渡るような旨さだった。

 

「お兄さんどうですかお味の方は?」

「めっちゃ美味い」

「それはよかったです。お姉ちゃんと今日という特別な日のために作ったので」

 

含みを持たせた言い方に、俺は首を傾げる。

 

「今日なんかあったっけ?」

「お兄さんが私達姉妹を放って初めてお泊まりに行った記念です」

 

米が変なところに入った。思わず咽せて、慌てて味噌汁で米粒を流し込む。

 

「……それは悪かったよ」

「いいですよ。あとでじっくり教えてもらうので」

「そうね。だから、早く食べてしまいましょう」

 

何か薄寒いものを感じて、俺はできるだけゆっくり夕食を食べる。だが、俺の普段の食事スピードを落としても二人の食事が終わるより早く食べ終わってしまう。

完食した皿を洗いに行こうとした時には、二人も夕食を食べ終えていた。

 

「直人」

「ん?」

「これ飲んでおいて」

 

愛理がそう言って置いた一本の瓶には、“白夜EX”と書かれており、備考欄には“即効性抜群”“これ一本で朝まで持続”という謳い文句が書いてあった。

 

「精力剤じゃねぇか」

「新婚の妻に一晩寂しい思いをさせたんだから当然でしょ?」

「それはいいんだけどなぁ」

 

文句を言いつつも瓶を開封して、中身を一気に呷る。空き瓶は蓋と分別してゴミ箱へ捨てた。

 

「それじゃあ食器は洗っておくから、都と協力してリビングのテーブルどかしておいて」

「?……わかった」

「それじゃあお兄さん、行きましょう」

 

キッチンへ皿洗いをしに行った愛理と別れて、俺と都はリビングでソファーの前に設置してあるテーブルを退かす。

 

「どこに退かす?」

「テレビの方でいいですよ。ソファーの前にスペースが欲しいだけなんで」

「了解」

 

そんなことをやっている間に精力剤の効果が出てきたのか、うちの愚息がウォーミングアップを始めた。

完全にテントを建てて一人キャンプを始めたところで、愛理が皿洗いを終えて戻ってきた。

 

「それじゃあお兄さん、ソファーの前に座ってください」

 

いつの間にか探偵帽を被った都が、ソファーに座って言う。

同じくソファーに座った愛理は、無言でそこに座れと視線で訴えていた。

 

–––そこで俺は気づいたのだ。テーブルを退かしたのは、このスペース確保のためだったのだと。

 

「……都、その帽子は?」

「迷探偵都ちゃん女子高生バージョンですが?」

「……」

 

何か途轍もなく嫌な予感がした。

カツ丼、迷探偵都ちゃん、不機嫌な愛理。

俺はこの先を察して、愛理の足元で正座をする。

 

「おや、正座とは殊勝な態度ですね。潔いのは私もお姉ちゃんも好きですよ」

「それはどうも」

「先に言っておきますが、嘘をつくと朝まで辛いままですからね?」

「ちょっと待て、精力剤ってそのために飲ませたのか!?」

「浮気者のお兄さんにはいい罰だと思いますけど」

 

精力剤を出されてエッチなことをするんだ、とウッキウキだったさっきまでの自分を殴りたい衝動に駆られてくるが、そんな余裕はないくらい下半身が熱くなっていた。

 

「それではお兄さん、昨日は誰とどこに行ってたんですか?」

 

そんな状況で、都は楽しそうに尋問を開始する。

ミニスカートで脚を組んだせいで、その奥にオレンジ色の布地が見えた。

艶かしい太腿もそうだが、今の愚息には少々キツイ。つい視線が都のミニスカートに向いてしまう。

 

当然だが志穂さんとのことがバレるわけにはいかない。

俺は咄嗟に嘘を吐いた。

 

「大学時代の友達と隣街で映画館に」

「それは嘘じゃないみたいですね。ショッピングモールには映画館あったみたいですし」

 

ショッピングモールに行ったこともバレているようだ。とくれば、何処に行ったかはバレていると考えた方がいい。

最悪の場合、ラブホテルに行ったこともバレている可能性はある。が、どうにかして切り抜けなければいけない。

 

「ですがお兄さん、一緒に行ったのは本当に友達ですか?」

「……そりゃいったいどういう意味で?」

「私の見立てではメイドさんが本命なんですけど。片桐さんか鈴音お姉さんもありえると思うんですよ」

 

その質問をしてきたということは、まだ相手はバレていないということだ。内心ほっとする。

 

「……大学の友達だって。同性だよ」

「あはは、お兄さん変なこと言いますね。今まで同性の友達に誘われてもお姉ちゃん放って遊びにいかなかったこと知ってるんですよ」

 

ここに来て、日頃の行いが悪い意味で発揮された。日頃悪いことしてなかったのに。

 

「……仮に相手が女性だとしても、何もなかったって」

「ホテルにまで行っておいて?」

 

今まで黙っていた愛理が突然口を挟み、生脚をそっと伸ばすと右脚でテントを張り倒してきた。

うちの愚息は共倒れで、そのまま脚の綺麗な猛獣に踏みつけられる。

 

「ただのホテルだよ」

「嘘よ。私もあなたに連れて行かれたことあるもの。米倉系列のそういう目的のホテルに」

「お兄さんもう観念しなよ」

「……わかった。認める。俺が悪かったから脚を退けてくれ。うちの愚息が泣きそう」

「とか言いつつ、お兄さん私のスカートの中見てますよね?」

「見てるんじゃねえ。見えてるんだよ。というか、なんで俺が何処行ったかわかるんだよ?」

「お兄さんのスマホ、位置情報共有用のアプリ入ってるんですよ。お姉ちゃんと私に現在地ばっちりバレるやつ」

 

何それ怖い。それはさておき、とてもまずいことになった。

“相手”だけは隠し通さないといけない。

 

「で、誰なの?誰とやったの?新婚の妻を差し置いて、どれほど魅力的な女性だったのかしら?」

「それは……。黙秘権は?」

「あるわけないじゃない」

「プライバシーは……?」

「あると思う?」

「……だよな。知ってた」

 

グリグリと愚息が虐められているので土下座は使えない。

もういっそ愛理を押し倒して有耶無耶にしてしまうかと考えた時だった。

 

「お姉ちゃん、その相手を特定する方法がありますよ」

「……どうするの?」

「証拠ならそこにあるじゃないですか」

 

そう言って都は、ソファーに放置していた鞄を開いた。

 

「あっ、ちょっ、まっ、それはダメだ–––」

 

中からビデオカメラを取り出して、すぐに起動する。

そこから一つしかない動画ファイルを再生してしまった。

 

「さて、誰が映るかな〜?」

 

都は興味津々にビデオカメラを覗き込む。

俺は止めようとするが、愚息を踏まれていて動けなかった。

 

「…………えっ?」

 

ビデオカメラの画面を見た都から、楽しげだった表情が抜け落ちる。画面を凝視して眉根を寄せると、口をぱくぱくと金魚のように開閉して動揺を露わにした。

 

「なっ、え、や、えぇ……?」

「ちょっとどうしたのよ?」

「……自分で見て」

 

都は愛理にビデオカメラを受け渡す。その画面を見た愛理は、不機嫌だった表情すらも抜け落ち真顔になった。

 

「…………は、ちょっと、うそでしょ?」

 

予想外の人物に驚いた愛理は、愚息の拘束を解いた。

俺はその間に、一歩後退して静かに土下座をする。

息をするように体を丸め、額を床に押し付ける。指は四つ綺麗に揃え、親指は添えるように。

冬海と同棲時代に身につけた土下座の極地だ。

 

「–––ねぇ、あんた、うちのお母さんに手を出したのっ?」

 

動揺に震える声が聞こえる。

俺はそれでも土下座を続けた。

 

「これにはチョモランマより高く、マリアナ海溝より深い理由があってですね……」

 

夏は暑くて汗が出る。が、今は暑さとは別の汗が出ていた。

 

「こんなのバレたらお父さんに殺されるわよ」

「そんなヤクザみたいな。……いや、というかそもそも志穂さんを抱いてほしいって頼んできたのはお義父さんなんですよ」

「…………はぁ???」

 

わかる。その気持ちはすっごいわかる。俺は心底同意した。

 

「そんなエロ同人みたいな展開あるんですね」

「あるわけないでしょ。いくらお父さんでもそんなバカなこと言ったら私縁切るわよ」

「だけど、お兄さんからお母さんに手を出すとは思えないんですよ。仮にも人妻ですから」

「……それはわかってるわよ。だけど、直人が押しに弱いのも事実なのよね」

「私もお姉ちゃんもそこにつけ込みましたしね」

「それは今はいいのよ。それにお母さんだってそんなことするタイプじゃないし……」

 

そこまで言い合って、二人は顔を見合わせた。

 

「……そういえばお父さん、NTR系のAV持ってましたね」

 

決定的な一言を都が放ち、愛理が「まさか……」と現実を否定する。そして、ポケットからスマホを取り出した。

 

「もういい。直接聞く」

「ちょっ、待って待ってお姉ちゃん!誰に電話かける気ですか?」

「お父さん。バカなこと言ったかどうか確認する」

「もし仮にお父さんが無関係だった時、大変なことになります。その前に当事者であるお母さんに確認した方がいいんじゃないでしょうか!」

 

羽交い締めにされながら説得された愛理は、少し冷静になったのか「それもそうね」と言ってソファーにスマホを放った。

 

「もうすぐお父さん出張のはずですし、ちょうど三者面談で有給使うと思うんですよ。お父さんのいない間に事情聴取した方がいいと思うんですよ」

「……わかったわよ。それまでは私も何も聞かない。だけど、直人。その間、お母さんと連絡取り合ったりしたら怒るから。余計なことしないでね」

 

その日まで口外厳禁と約束させられて、俺は逆らえるはずもなく首肯する。

 

「わかった」

「……それはさておき、お兄さんには事情聴取しないとですよね」

「そうね。お母さんとどんなことをしたか知っておかないといけないし、ね」

「私達みたいな瑞々しい果実じゃなく、熟れた果実に手を出した理由をたっぷり聞かないとですね」

 

–––このあと、事情聴取は朝まで続いた。

 

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