「それじゃあお兄さん、今日はテストと三者面談終わったらすぐ帰ってきますので」
七月中旬のとある朝、玄関先で靴を履いた都は振り返って満面の笑みを浮かべる。
夏服のシャツとスカートに身を包み、脚は黒のニーハイが包んでおり絶対領域が健康的な太腿を演出していた。
「いってらっしゃい」
「できるだけ早く帰ってきますからね。変なことしちゃダメですよ?」
都はそう言って、爪先立ちになりながら身を寄せる。
強請るように唇をツンと突き出してきたところに、俺は唇を重ね合わせて応える。
「んっ。……にへぇ、それじゃあ行ってきます!」
“いってらっしゃいのキス”をして、都は玄関を出ていく。その顔はとても愛らしく、見送ったあとでつい見惚れて玄関先で立ち尽くしてしまうほどであった。
「……さて、と。行ったな」
普段なら俺も準備をして仕事に行かなければいけないが、今日は有給休暇を取っており休みである。
学生も社会人も学校や会社があるというのに、休日というこの背徳感。楽しむならば、やはりやることは一つのみ。
「二度寝するか」
他の人間が働いているというのに、自分はベッドの中で惰眠を貪る。それが休日の一番の過ごし方なのは、社会人の共通認識ではないだろうか。
寝室には帰らず、ソファーで惰眠を貪ろうかと寝転がる。暑いからクーラーを起動してそのまま目を瞑った。
二度寝が下手な俺は、すぐには寝付けない。
そのままじっとすること、三十分……。
–––ピンポーン。
ようやく睡魔がやってきて、眠りに就こうとした時だった。
インターホンの音が眠りを妨げた。
こんな時間に何が来たのかとぼやける思考で考える。
宅配便?宗教勧誘?面倒なセールス?だとしたら出るのが億劫だ。
前に宗教勧誘に捕まって三十分ほど御高説を垂れ流されたことがある。あの時はドアを閉めるタイミングを逃して、散々な目に遭ったものだ。
結局最後まで聞く羽目になって、よくわからないチラシを渡して帰って行ったが、俺は無神論者である。今更何かを信仰する気にはならなかった。
–––ピンポーン。
二度目のインターホンが鳴り、眠気が吹き飛んだ俺は億劫になりながらも身を起こす。
「はいはい……今行きます」
のそのそと歩いて、玄関へ。
ドアスコープを覗くと外に女性が立っていた。
アイボリーのボタンブラウスに、紺色のイレギュラーヘムスカート。ルーズサイドテールに垂らした赤茶色の髪は、その豊かな胸元の曲線を描いている。
その姿を見て、俺はすぐに扉を開けた。
「おはようございます。志穂さん」
「おはよう。直人君」
妖艶な笑みで挨拶を返す志穂さんは、いつにも増して魅力的に見えた。
「午後からの半休じゃなかったんですか?」
「半分会社に行くのも面倒だなっと思って、一日休みにしちゃった」
手をお尻の方に回して組んで僅かに前屈みになったせいで、胸が強調されて上目遣いの視線がよく映える。
茶目っ気のある人妻の姿は、中々破壊力がやばかった。
おまけに鮮やかなピンク色の舌をちろっと出す仕草は、癖を刺激して倒錯的な気分にさせる。あの舌にあんなことやこんなことをさせたかと思うと興奮が蘇るようだった。
「取り敢えず、上がってください」
リビングへ志穂さんを通して、キッチンで冷蔵庫から冷たい紅茶をグラスに注ぐ。二人分用意するとそれを持ってリビングへ戻った。
彼女はソファーで寛いでおり、俺はその左隣へ腰を下ろした。
「どうぞ」
「ありがとう。直人君」
そう言って受け取った志穂さんの左手には、いつも嵌められているはずの結婚指輪がない。その代わりに腕にはガーネットのブレスレットが嵌められている。俺が贈ったものだ。
「はぁ……。暑くて汗かいちゃったから美味しいわね」
半分ほど飲み干したグラスを机に置いて、パタパタと手で顔を仰ぐ。その首から下は汗で薄っすらと湿っており、白のブラウスは僅かに肌色が透けていた。
「……あら、やだ、透けちゃってるわね」
恥ずかしそうに言いながら、志穂さんは隠そうともしない。
むしろもっと見てとばかりに、身を寄せてくる。
俺の太腿に彼女の左手が当たり、寄せた肩はくっついた。一つだけ開けられたボタンからは白い首筋が見えて、つい視線がその先を求めてしまう。
「そんなに気になるなら見せてあげようかしら?」
志穂さんはまた一つボタンを外した。
鎖骨が見えて、綺麗なデコルテが覗いた。
「今日はね、直人君に買ってもらった下着つけてきたの。なんでだと思う?」
三つ、四つとボタンを外すと紫色のレースのブラジャーが姿を現す。その大人っぽいカラーが志穂さんの魅力を何倍にも引き立てていた。
それはまるで胸に実った巨峰とでも言うべきもので、二つの魅惑の果実が瑞々しく汗ばみ輝いている。
–––触れて、揉んでしまいたい。
そんな俺の願望を叶えるかのように、志穂さんは俺の手を取り自らのおっぱいへと当てた。
「……直人君に抱かれた日から、ずっと疼きが止まらないの。だから、ね。私のことまた気持ちよくしてほしいなって思って、つい君に会いにきちゃった」
それだけではなく、志穂さんはスカートを自ら捲り上げる。その下には黒のガーターストッキングと、紫色のパンツまで見えてしまい俺の方がドギマギとしてしまう。
「旦那さんにバレたら不味くないですか?」
「いいのよあの人のことなんて。元々あの人が抱いてって言ったのよ?私は忠実にそれを守っているだけ」
「一夜限りの関係では……?」
「一度も二度も一緒よ。それにこの体はもう直人君のものだから。直人君が好きに使っていいし、もう直人君以外には触らせる気もないわ」
俺専用という響きに男心が擽られるが、今この状況で手を出すのはまずいのではないかと理性がストップを掛ける。
この前は合意の上だったが、今回は状況が違う。慎重になる必要はないと思うが、今この瞬間だけはダメだった。
「ふ〜ん、そこまで堕ちちゃったのね」
第三者の声が、リビングに響く。
「きゃっ!?」
聞こえるはずのないもう一人の声に驚いて、志穂さんはソファーから転げ落ちそうになった。
俺は最初からわかっていたので、冷静に志穂さんを咄嗟に抱き止めた。ガッツリ胸に腕が当たってしまったのは望外の幸福だ。狙ったわけじゃない。
「大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫。それより……」
志穂さんの視線がソファーの裏へ向けられる。そして、いるはずのない人物を捉えた。
「なんであなたがこの時間にここにいるの?愛理」
ソファーの裏には、仁王立ちした愛理–––我が妻の姿が。
平日なのに仕事は?という質問に対して、娘はあっけらかんと答えた。
「有給よ。私も取ったの」
「そんなの聞いてないわよ」
「そうよね。言ってないもの」
「それに靴だってなかったはずなのに……」
「それは靴箱に隠しておいたのよ」
何故そんなことをするのかという質問は、志穂さんも口に出さずとも理解してしまったようだ。
「……嵌められたのね」
「娘の旦那とハメたのはお母さんでしょう」
「……」
とても秀逸な返しに志穂さんは沈黙する。同時に意味を理解した彼女は、観念したかのように首を項垂れた。
だがしかし、このままでは終われないと最後の抵抗を試みる。
「ち、違うのよ。これは……そう、直人君に買って貰った下着を見せてただけで」
「……その言い訳は無理があるでしょう……」
「あ、やっぱりダメ……?」
既に志穂さんも色々と察しており、拗ねた子供のように頰を膨らませて俺を見る。
「直人君も私をハメたのね」
「言い方」
「だって事実じゃない。私をあんなにハメ倒して。ぐちゃぐちゃに犯して。こんな体にして」
志穂さんは俺の手を握る。気丈に振る舞っているがその手は震えていて、不安を覚えているのは確かだった。
その手をしっかりと握り返して、俺は安心させるように強く握る。恋人繋ぎに指を絡ると、嬉しそうにあちらからも絡みついてきた。
「なに嫁の前で母親といちゃついてるのよ」
「いや、どちらかというと同じ立場なもんで」
「直人って本当にうちの母親と仲良いわよね」
「Loveじゃなくてlikeな」
「あら、私のことは愛してくれないの?」
「志穂さん話をややこしくしないでください」
「私は好きよ。直人君のこと」
それがどういう意味で言っているのかわからず、俺も愛理も顔を見合わせて困惑した表情をする。
「取り敢えず、話はあとよ。都も参加したいって言ってたから」
「それじゃあ三者面談までの間、直人君に可愛がってもらおうかしら」
「ダメに決まってるでしょう」
愛理は俺の左側に座り、奪い返すように腕に抱きついてきた。