三者面談も無事に終わり、夕方になった。
都のリクエストでは焼肉を食べたいということで、少し高めの焼肉店に行くことになった。
面子は志穂さんと京介、都。それと俺と愛理の五人。
午後五時の開店時間に合わせて行くと、待ち時間もなく入店できた。
「いらっしゃいませ〜。何名様でしょうか?」
「五名です」
俺を父親と勘違いしたのか店員の視線が俺に向き、手で人数を表しながら答えるとすぐに席へと通された。
通されたのは角のボックス席で、落ち着いて食事ができるいい席だった。
「それじゃあ直人君、一緒に座りましょうか」
「「お母さんはあっち」」
「あら、残念」
適当に奥へと座った京介の隣へ、志穂さんは渋々座る。
もう片方に愛理、俺、都が座った。
「当店の利用は初めてでしょうか?」
「いいえ」
「それではあちらのタッチパネルでご注文できますので、画面切り替わりましたらそちらからご注文ください」
店員はコンロの火をつけると、おしぼりを人数分置いて去っていった。
「取り敢えず、何頼む?飲み物先に頼んでおくか」
「兄貴、俺、コーラ」
「お兄さん、私はオレンジジュースで」
「私は烏龍茶」
「直人君、私はお酒頼んでいいかしら?」
「いいですよ」
「それじゃあジンジャーハイボールで」
自分の分はジンジャーエールを頼んで、一度注文を確定させる。飲み物だけで千円越えだ。
「取り敢えず、肉頼むぞ。塩タン、牛ハラミ、イチボ、ミスジ、マルチョウ、あとカルビも」
黒毛和牛を中心にお気に入りの商品を片っ端から追加して、注文確定ボタンをタップした。
「あとはサラダとライスどうする?」
「俺、大ライス」
「お兄さん、私は石焼ビビンバで」
「私は小ライス。お母さんは?」
「私はあとで直人君に白いのたくさん貰–––いたっ!?」
志穂さんが下ネタを口走った瞬間、どこからか脚が飛んで脛を蹴った。その痛みに彼女は涙目になる。
「うぅ……冗談じゃない」
「酔ってもないのに、外で変なこと言わないで」
愛理に嗜められて、「はーい」とおとなしく返事をした志穂さんはそれ以上何も言わなかった。代わりにテーブルの下で脚を伸ばして、俺の脚にそっと爪先を絡ませてくる。
やられっぱなしも癪なので、俺も靴を脱いで反撃した。
志穂さんの脚先からスカートの中に脚を侵入させ、そっと太腿を撫でる。ガーターストッキングの薄い感触を直に感じられないのが残念だった。サンダル履いておけばよかったと切実に思う。
「取り敢えず、ほら。あとは好きなの頼め。あ、志穂さんつまみに何かいります?」
「そうね。カクテキとナムルお願いしようかしら」
適当にそれも注文して確定する。それから京介にタブレットを渡した。
「……なぁ、食べ放題とかの店じゃなくてよかったのかよ。割といい値段するんだけど」
タブレットを見て、京介が引き攣った顔を浮かべる。その顔には遠慮が見え隠れしていた。
「遠慮するなよ。俺も昔は食べ放題ばかり行ってたんだけどな、この歳になると量より質ってことに気づいてよく通う店だから」
「それにこれはお兄さんが浮気した罰ゲームですからね」
都が横から余計な補足を入れて、京介の表情が驚きに変わる。
「マジかよ。兄貴浮気したん?相手誰?」
「京介のよく知ってる人ですよ」
「……鈴姉?」
「それ絶対選択肢他になかったろ」
京介と共通するよく知る知人といえば、桜か黒川のどちらかということになる。他は交友関係に引っ掛かるほど接点はないので、京介の中では除外されるはずだ。
まぁ、絶対にわからないだろうなぁと高を括り、店員がさっそく持って来たジンジャーエールに口をつけた瞬間だった。
「わかった。母さんだ」
「ぶはっ!?!?!?」
「げほっ、えっほっっっ、えほっ……!」
同じくジンジャーハイボールを飲んでいた志穂さんが、咽せて苦しそうに喘ぐ。
「……なんでその選択肢が浮かんだ???」
「いや、母さんの兄貴見る目見てたらなんとなく……?」
ちらっと志穂さんを見ると、こちらを見て恥ずかしそうに頰を染めて、慌てて顔を逸らした。
「…………マジで??」
京介は眉間に皺を寄せて、怪訝な表情を浮かべた。
「……ここまでバレたから言っておくけど、発端はお義父さんだからな」
「親父が?それどういう意味だよ?」
「お父さんがお母さんを他の男に抱かれる姿見たかったみたいで、それを頼まれたのがお兄さんです」
「……なにそのエロ同人みたいな展開」
「そうしてお母さんはお兄さんに抱かれたんです。エロ同人みたいに。エロ同人みたいにっ」
喧しい都の唇を手で塞ぐのも品がないので、俺はそっと彼女の太腿に手を這わせた。すると都はすぐにおとなしくなってしまう。
「じゃあ、遠慮なくこの二千円する馬刺しでも頼もうかな」
「安いですね。もっと強請ってもバチは当たりませんよ」
「じゃあ、こっちの肉寿司もいくか。あとサーロインステーキも」
税込五千円弱。代償は意外に安かった。
「私、税込五千円……直人君、私が体を売るって言ったらいくら払って買う?」
「値段つけられないでしょう。プレミア価格です」
それも誰も手を出せないくらいの。当然俺も手が出せない。
「–––というか、母親が他の男と色々あったんだからもっと何かあるだろ。キレて殴りかかって来たり、罵倒したりとか」
「どっちかっていうと怒るとしたら親父にだろ。そりゃあびっくりしたけど、よく知らない奴に比べたら兄貴の方がまだマシだし」
そう言って、京介は牛脂を網に塗ってタンを焼き始める。
「同人誌嗜む身としては、兄貴って凄えいい思いしてるよなって感想もある」
「おまえ家族が手籠にされてんだぞ。他に何かねぇのかよ」
「都が兄貴のこと好きって時点で色々と覚悟してたし、母さんも親父に不満があったんだしいいんじゃね別に」
一度ひっくり返して両面を焼き、片面に焦げ目がついたところで取り皿に上げる。塩ダレをつけてそれはもう美味そうに食べた。
「おまえ心枯れてないか……?」
「京介は捻くれてますからね」
都も網からタンをサルベージして、塩ダレをつけて食べる。さっぱりとしたタンの美味しさに頰を緩ませた。
残ったタンを取り皿に移しつつ、ミスジを網に載せて焼く。
俺はその間に、届いた豆腐サラダを口いっぱいに頬張る。
「–––というか、兄貴こそよく母さんみたいなおばさん抱けるよな」
「ねぇ、京介。お母さんに向かっておばさんはないと思うの。これでも随分若く見られるのよ?」
本気でショックを受けた志穂さんが、いじけたようにタンを突く。塩胡椒で味付けしたそれを口に放り込み、もぐもぐと咀嚼した。
「そんなことはないわよね?ね?」
「「……」」
娘二人は年齢の話題とあってノーコメント。
ついには、その矛先が俺に向いた。
「……直人君、そんなことないわよね?」
「それは志穂さんが一番よく理解してるんじゃないですか?」
「そ、そうよね。あんなに私で興奮してくれたんだもん。そんなことないわよね」
またテーブルの下でちょっかいを掛けて、慰めておいた。
するとあちらからも嬉しそうに脚を絡めて、ニコニコと上機嫌に微笑んでくれる。
「その話はあとにしてよね。こんなところで誰かに聞かれたらどうするのよ」
「そうですね。あとでじっくり話し合わないといけませんし。今後についてもそう、じっくりと」
話している間にミスジが焼けたらしく、都が皿に入れてくれた。焼肉屋で肉を育てるのは好きだが、ついうっかり焦がしてしまい友人に教えられるのもワンセットだ。
「直人、こっちも焼けたわよ」
「直人君、これもどうぞ」
世話焼き母娘三人に揃って世話を焼かれる。
そんな家族の姿を見て、京介は一言呟いた。
「肉じゃなくて世話焼きに来たのかよ」
ホルモンを網に投入して、火の勢いはさらに強くなった。それが世話焼きバトルになるまで時間は掛からなかった。