元メスガキさんをお持ち帰りした件   作:黒樹

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ささやかな復讐

 

 

 

八月三日。新居が完成した。

その報告を受けて、急いで引っ越しが始まった。

元々七月末から荷造りをしておいたので、その週末には引っ越しができる状況だった。

米倉系列の引っ越し業者に頼み、土曜日に引っ越しを開始。

その日のうちに荷物を運び終えて、あとは荷解きをするだけで引っ越しは完了だ。

 

鹿島家総出と黒川の手伝いもあって、荷解きもすぐに終わりそうである。

 

その昼休憩に女性陣が新品同様のキッチンの使い心地を確かめるべく群がったため、監視と労働から俺と京介は一時的に解放された。

 

「はぁ……。疲れた」

「姉貴達こき使いやがって……本当に容赦ねぇ」

 

疲労困憊の様子で京介は愚痴をこぼす。特に重いものを中心に移動させられたのだ。男使いが荒い女性陣である。

 

「まぁ、いいじゃないか。あらかた終わったんだし」

「欲しいゲームソフト一本で一日って、割に合ってるんだか合ってないんだかわかんねぇよな」

「物によっては五千円超えるし、ただの手伝いにしては高額だろ」

「それ雇い主側のセリフだろ」

「だって俺雇い主だし」

 

ソファーに背中を預けて寛ぎながら、俺と京介は休息を満喫する。片手にはさっき買ってきた炭酸飲料。京介はコーラ、俺はジンジャーエールだ。

 

「でも、よかったじゃないか。一人暮らしの予行練習ができて」

「あー、ああぁぁぁぁぁっ。そうか、引っ越し準備しなきゃいけないのか。めんどくさっ!」

 

一人暮らしの輝かしい未来の前に、現実に叩き落とされて京介は絶叫する。

俺はその様子を見て、ニヤリと笑った。

 

「その前に物件探しだけど」

「あぁ、それは翠がいい物件紹介してくれるって」

「お嬢様の紹介なら大丈夫だろ。……高層マンションとかじゃないよな?」

 

下手すれば前住んでいた場所より家賃が高額なのでは?という事実に気づき、俺は戦慄の表情を浮かべる。

 

「大丈夫。予算通りに探してくれてるから。あと俺高いとこ好きじゃないし」

「それはよかった」

 

ほっと胸を撫で下ろしたところで、ぐーと腹の虫が鳴る。

キッチンからは油の弾ける音と共に、天ぷら特有のいい匂いが漂ってきていた。

他にも蕎麦を茹でた時特有の匂いがする。

予め昼食のメニューについては聞いていたため、余計に食欲を刺激する。

 

「二人ともごはんですよ」

 

都に呼ばれて、俺と京介はダイニングへ。

テーブルの上には、既に茹でて冷やした蕎麦が置かれていた。

そこに揚げたての天ぷらが運ばれてくる。

海老、椎茸、かき揚げ、オクラ、卵、ちくわ、紫蘇、茄子、蓮根、牛蒡、豚、鳥。

種類豊富な天ぷらが山盛りに盛られた大皿が二つ中央に置かれた。

 

「ほら、座って直人君」

 

促されるまま長テーブルの真ん中へ。その左側に志穂さんが座る。

 

「じゃあ、私はここで」

 

右側を都が埋めた。

京介は何食わぬ顔で反対側の隅へ座った。

 

「……」

 

あとから来た愛理が、妹と母を睨んだが二人は澄ました顔で両脇を固めている。移動する気はないらしい。

仕方なく反対側の真ん中に座って、その隣に黒川が腰を下ろした。

 

「それじゃあ、いただきます」

 

各々合掌して箸を手にする。まずは蕎麦つゆに刻み葱と山葵の薬味をつけたし混ぜ合わせて、そこに蕎麦をつけて一口啜って食べる。

口に入れた瞬間、山葵のツンとした香りが鼻を突く。蕎麦つゆと薬味が絡んだ蕎麦は程よく引き締まっていて歯応えもあり、他の麺類では味わえない美味しさが口いっぱいに広がる。

 

「美味い。そうめんじゃなくて蕎麦でよかった」

「俺はどっちでもいいと思うけど」

 

特にこだわりがない京介が、食卓で言ってはならない一言を口にする。おまえ今料理してくれた女性陣敵に回したぞ?

 

「夏に家で食う麺類なんて基本素麺だろ。俺は蕎麦の方が好きなんだよ。その蕎麦が家で食べられるんだぞ。毎日でもいいくらいだ」

「俺ラーメンの方が好きだし」

「ほう、麺類最強はラーメンだと言うのかね?」

「そうに決まってるだろ」

 

–––ほう。ならば、語ろうか。蕎麦の良さを。と、一触即発プレゼンが始まりかけたが俺は争いが始まる前に戦いを放棄する。

 

「まぁ、人それぞれだからな」

 

この蕎麦の美味さの前では争いなど愚か者がすることだ。特に天ぷらは揚げたてが一番。箸を置いている暇はない。

 

一番好きな海老天を摘むと一口齧る。サクサクの衣の下にはプリッとした身が詰まっており、素材本来の味が感じられる素晴らしい出来だった。

 

「直人君、どう?」

「美味しいです」

「その海老、私が下処理して揚げたのよ」

 

海老担当は志穂さんだったらしく、大きな胸を張りながら自信満々に言う。その胸がぷるんと揺れたせいで、つい視線が下を向いてしまった。

 

「じゃあ、蕎麦は都か」

「……なんでわかったんですか?」

「なんとなく」

 

蕎麦の麺の茹で具合とか。感覚的なことだったので、そう思ったとしか言えない。

 

他の天ぷらにも手を出してみる。蓮根等の根菜類と茄子等の果菜類。他にも鳥や豚、半熟卵の天ぷらなど。まずは一通り全部食べてみた。

 

「どれも美味いな」

「ちなみにお姉ちゃんが処理した天ぷらはどれでしょう?」

「とんでもない無茶振りだな」

「答えないと今後の夫婦生活に支障があるかもしれませんよ」

「ないわよ」

 

口では愛理はそう言うが、当てて欲しそうに見つめてくる。

 

「……豚と野菜だと思うけど」

「おお、正解です。さすがお兄さん」

 

愛理も嬉しそうに頰を緩めているのを見るに、どうやら本当に正解のようだ。

 

「じゃあ、他は?」

「知らんけど、鳥肉は黒川だよな。紫蘇巻きにしたの」

「……藤宮君の舌って変態なの?」

「どういう意味だよそれ」

「……褒めてるよ?」

「絶対そういう顔じゃないだろそれ」

 

目を逸らして合わせようとしない黒川は、ちくわの天ぷらで口を塞ぐ。

 

「確かにお兄さんの舌って変態ですよね」

「「……」」

 

姉と母の二人が黙々と鳥の天ぷらを口にして、さっと視線を逸らしてコメントを拒否した。

 

「……味も癖もしっかり覚えちゃってるのよね。私の弱いところも」

 

左隣からぼそりと聞こえてきた声に、俺も反応をすることなく黙々と蕎麦を啜る。

 

「そういえば直人君に相談があるんだけど」

「ん。なんですか?」

 

牛蒡の天ぷらをぼりぼりと食べていると、志穂さんが改まってお願いをしてくる。全部飲み込んでから返事をすると、彼女は凄く真剣な表情をしていた。

 

「ほら、私って離婚するじゃない。その前にぎゃふんと言わせたいのよねぇ」

「……その話本当だったんですね」

 

反対側で静かに話を聞いていた黒川が、困ったような表情でそうこぼす。どうやら事前に知っていたようだ。

そうでもなければこの場で志穂さんがそのことを口にすることはないだろう。幼い頃から鹿島父夫妻を知っている身としては複雑なのか、その顔色は子供達同様複雑だ。

 

「今回ばかりは冗談で済まないわよ」

「……そうみたいですね」

 

その視線が俺に向けられる。

 

「……ちょっと待て。どこまで知ってる?」

「志穂さんを藤宮君が手篭めにしたところまで」

「その言い方だと俺が寝取ったみたいじゃん」

「事実そうじゃないかなぁ」

 

そう言われて俺は視線を逸らす。口いっぱいに茄子の天ぷらを詰め込み頬張る。

 

「直人君は悪くないわよ。元々あの人との生活には限界を感じていたし、あの人には愛想尽きてたし」

 

未練もないと言わんばかりに志穂さんは言って、

 

「はい、あーん」

 

椎茸の天ぷらを差し出してきた。

それを口で受け取り、頬張るように口いっぱいに詰めた。

 

「黒川は反対か?」

「……いや、おじさんの言ったことを考えれば妥当だと思うけど。それはそれとして複雑かなって」

 

黒川からしても鹿島父の発言はダメらしい。既にその箸は止まっている。

 

「それよりぎゃふんと言わせるってのは?」

 

閑話休題。話が逸れたので元に戻す。

 

「ダイエットしてもっと体を引き締めてから、惚れ直させて離婚してやろうと思うんだけど」

「なるほど……」

「だから、直人君に付き合ってほしいのよ。仕事終わりだと遅い時間だし、女一人で夜道を歩くのは危険でしょう?」

「わかりました。いつからやります?」

「今日の夜からなんてどうかしら?」

 

思い立ったが吉日。今日から志穂さんのダイエットに付き合うことになった。

 

 

 

 

 

 

午後七時。日が落ち始めた時間に外へ出た。

俺と志穂さんはTシャツにジャージ姿で家を出た。

 

「まずは軽く準備体操から」

「準備体操?」

「ジョギングとはいえ、いきなり動き始めても体がうまくついていきませんし、怪我の予防にもなりますから」

「わかったわ」

 

屈伸と前屈、伸脚、手首足首をほぐして、腰も回しておく。一見使わなさそうな筋肉もほぐすのがポイントだ。

 

「さて、それじゃあ行きましょうか」

「ええ」

 

軽く小走りに走り始める。取り敢えず、地理も何もないので適当な道を直進だ。

 

「……」

 

志穂さんのペースに合わせながら進む。

隣に並んだ志穂さんが一歩踏み出す度に、Tシャツの下でおっぱいが暴れるのを見た。

あまりにも素晴らしい光景につい視線が奪われる。これだけでも志穂さんのダイエットに付き合う価値があった。

 

「ふっ…ふっ…意外にきついわね」

「都と走る時はもっとペース上げるんですけどね。あまり運動慣れしてないと危険ですので」

 

これだけなら話しながら走るのも余裕だ。

そんなことを言っている間に住宅街に到達する。

向かい側からスーツ姿のサラリーマンが歩いてくるのが見えた。擦れ違った瞬間、志穂さんに見惚れて電柱に思いっきりぶつかったのを見てしまう。その視線はやはりおっぱいに向けられていた。

 

「フッ……」

 

その志穂さんの体を好き放題した優越感から笑いが込み上げてきたが、すぐに思考から邪な感情を排除した。

 

「……はぁっ……はぁっ」

「大丈夫ですか?」

「ごめっ、なさい……話すとキツくて」

 

呼吸が荒くなってきた志穂さんは、苦しそうに言葉をこぼす。まだ五分も走っていない。

 

「取り敢えず、今日の目標は三十分ですね。脂肪を燃焼し始めるのが有酸素運動でそれくらいって聞いた記憶がありますし」

「三十分!?」

「5kmとどっちがいいですか?」

「……それってどっちの方が楽?」

「足が速ければ、5kmの方が楽ですね」

 

俺だって十五分かかる。志穂さんの今の脚ではたぶん三十分じゃ5kmは終わらない。

 

「ひっ…ふぅ…さ、三十分。頑張るわ」

 

既に額から汗を垂らしながら必死に走っており、服も汗でベタベタだ。おまけに白Tシャツなのでいい感じに透けていて近くで見れば薄ら肌色が見えていた。

 

「……ベッドの上の方が元気ですよね」

「そ、それとこれとは運動の意味が違うものっ」

 

走るのは苦手らしく、志穂さんは泣き言を言う。

それでも足を止めないあたり、旦那さんを見返したいのだろう。たとえ動機がささやかな復讐だとしてもその執念は本物だ。

 

 

 

走っているうちに完全に日が暮れて、あたりは真っ暗になる。

茜色の空も夜の帳が下りて、漆黒のカーテンがその身にキラキラと輝くスパンコールもとい星を纏い始める。

月明かりの下で聞こえるのは、規則正しい足音と荒い呼吸音。

近辺をぐるっと一通り回ってきたところで、俺と志穂さんは無事に家へとたどり着いた。

 

「はい、ゴール。お疲れ様です」

「はぁ、はぁ、はぁ。……つ、疲れた。もう一歩も動けないわ」

 

家の前で倒れるように崩れ落ち、地面に膝をついた状態で志穂さんは文句を言う。それでも完走したあたり根性はあったようだ。

 

「……ねぇ、直人君。もっと効率よくて気持ちいい運動の方法があると思うのだけど……」

「それは愛理に禁止されてるので」

「直人君のいじわる。少しくらいご褒美があってもいいじゃない」

 

地面に手をついたまま志穂さんが抗議をしてきたが、愛理の機嫌を損ねて困るのは志穂さんも同じなのでそれ以上は言わなかった。

 

「それじゃあ、マッサージでもしましょうか?」

「……えっちなやつ?」

「ついうっかりお尻やおっぱいを触ってしまうかもしれませんね」

「それで許してあげるわ」

 

ちょっとしたボディータッチでも嬉しいようで、志穂さんの機嫌が直る。

 

「それより運動後のケア忘れないでくださいね。特にプロテインとか飲んでおくといいですよ。翌日の筋肉痛が和らぐんで」

「それ本当?」

「蛋白質が筋肉作ってくれるんで、補強にはちょうどいいんですよ。飲むと飲まないとでは筋肉痛の度合いが違います。体感なので気のせいかもしれないですけど」

「……買いに行かないといけないのね」

「昼の買い物の時、自分用にすぐ飲めるタイプの紙パックのソイプロテイン買ったのでそれ勝手に飲んでください。味は好きなのどうぞ」

「ありがとう。それより直人君、肩貸してくれる?」

 

そう言って志穂さんは立ちあがろうとした。が、脚が生まれたての子鹿のようにプルプルと震えて上手く立てない。

 

「はい」

 

俺はすぐに志穂さんに駆け寄り、腰を抱くようにして支えた。そのまま肩を貸して家の中へ入る。

 

「ところでどっちから先に風呂入ります?」

「私しばらく動けないから先にどうぞ」

「それじゃあ、お言葉に甘えて先に入らせてもらいますね」

 

リビングのソファーに志穂さんを送り届けたあと、俺は着替えとタオルを片手に脱衣所へと直行した。

手早く汗臭い服を脱ぎ捨てて、浴室に入る。都と愛理のどちらかが風呂の準備をしてくれていたようで、バスタブには湯船が張ってあった。

あまり志穂さんを待たせるわけにもいかないため、頭と体をすぐに洗い湯船に浸かる。十分ほど浸かってしっかり体を温めてから、お風呂を出ようと思った時だった。

 

浴室の外、脱衣所に人の気配がする。

耳を澄ませてみると、衣擦れの音が聞こえてきた。遅れて床に布が落ちる音が聞こえる。

その音が止んだ瞬間、浴室の扉が開かれる。

 

「お邪魔するわね♪」

 

入ってきたのは志穂さんだった。それも一糸纏わぬ生まれたままの姿で、ゆっくりと浴室に侵入すると扉を閉めた。

 

「……志穂さん?」

「大丈夫よ。足腰立たない私を介抱してたって言えば愛理も許してくれるわ」

 

何かを言う前に先手を潰され、もう何も反論できなくなる。

ただこれだけは言わせてほしい。

 

「歩けるじゃないですか」

「ついうっかり足を滑らせて頭でも打って半身不随になれば、寝たきりの体を直人君に弄ばれることになるわね」

「言い方。っていうか最悪の想定にも程があるでしょ」

「あらゆる可能性を考慮した結果よ」

 

志穂さんは悪戯な笑みを浮かべながら、風呂椅子に座ってお湯を被る。そして、そのまま髪を洗い始めた。

 

「はぁ……。いいや、考えるのやめよう」

 

既に混浴という事実が出来上がってしまったので、抵抗するのをやめて潔く志穂さんの裸体を観察することにする。

何度見ても子供を産んだとは思えない体付きで、義父が飽きる理由を探すのにも一苦労だった。結論、俺には理解できない。

 

女性らしい曲線が泡と水滴で美しく着飾るのを見ていると、やがて体も洗い終えた志穂さんがお湯で洗い流して湯船に入ってくる。

彼女はわざとらしく俺の膝に乗り、背中を預けてきた。

 

「……流石にこれは浮気では?」

「だとしたらあの人喜ぶんじゃない?NTR性癖あるし」

「そう言われると何も返せないですね。でも、親権問題で志穂さんに不利になられると困るんですけど」

「都のことでしょ?わかってるわよ。だから、えっちはなしね。これでも十分妥協してるのよ?」

「わかってるならいいです」

 

都も愛理も密告の心配なし。と、なれば全ては志穂さんの独壇場である。誰も咎めることはできなかった。

 

「……えっちはなしって言ってるのに」

「これは不可抗力です。先に上がりますのでしっかり温まってから出てきてください」

 

このまま混浴しているとついうっかり志穂さんに手を出しかねないため、俺は彼女を押し除けて浴槽を出た。

 

体を拭いて服を着る。そうして風呂上がりに水を飲みながら待っていると、リビングに志穂さんがベビードール姿でやってきた。

 

「なんでベビードールなんですか?」

「直人君があの日買ってくれたやつよ?」

「知ってますけど」

 

濃い紫のベビードールはお臍が開いており、大事な部分以外は殆ど隠れていない。生地も薄くて僅かに透けているところもあった。

 

「それじゃあ、マッサージをお願いしようかしら」

「……じゃあ、寝室行きましょう」

 

あの格好で寝室に入られるのは困りものだが、マッサージできるのがそこしかない。二人一緒に寝室へと移動した。

 

「取り敢えず、ベッドにうつ伏せに寝てください」

「ええ、わかったわ」

 

志穂さんは素直にベッドに横になる。

うつ伏せになった彼女に俺は跨った。

 

「まず足首いきますね」

 

膝裏の上に跨り、太腿を揉みほぐす。

 

「んぅっ……あぁ、気持ちぃぃ」

「マッサージの腕は自信あるんですよ。優秀なメイドに教えてもらったんで」

「メイドって米倉の?」

「そうです。なんか将来的に必要みたいで」

「会社員よね?」

「そうですけど」

「会社員に必要な技能なの?」

「さぁ?」

 

十分かけて揉みほぐし、次は脹脛へ手を伸ばした。

 

「本当に気持ちいいわね。毎日やってほしいわ」

「二人とも疲れてる時にやって欲しがるんですよね」

「二人が羨ましいわ」

 

本当に羨ましそうに、ため息を吐いた。

憂いのこもった吐息が、腹の底から吐き出される。

 

「次は腰と背中いきますね」

 

十分脹脛も揉みほぐしたあと、太腿の上に乗る。

背中に指圧するように、体重をかけた。

 

「んっ。……あ、そこ、いい」

「変な声出すのやめてもらえます?」

「だって気持ちいいんだもん」

 

吐息に妖艶さが増して、艶かしい雰囲気が志穂さんから出る。

それからゆっくりと指を動かした、その時だった。

 

「お母さん、電話だよ」

 

寝室に都が入ってくる。

その手には都のものではないスマホが握られていた。

プルプルと振動している。今も着信中のようだ。

 

「誰から?」

「お父さん。–––あ、切れた」

「いいわ。折り返すから」

 

都は志穂さんにスマホを手渡すと寝室を出ていく。荷解きに忙しいらしく、二階へと登っていく足音が聞こえてきた。

 

娘を見送ってから、志穂さんは電話を掛ける。

それからワンコールもしないうちに、通話にお義父さんが出たようだ。

 

「……えぇ、ごめんなさい。今、手が離せなくて」

 

そう言って志穂さんは夫と会話に興じる。

俺はそれを耳にしながら、マッサージを再開した。

 

「んっ。……えぇ、大丈夫よ。問題ないわ」

 

肩甲骨のあたりも押すと何やら肩こりが酷いようで、肩のあたりからバキバキと音が聞こえた。

 

「はぁ……あっ、ん……えぇ、ちょっと直人君にマッサージしてもらってて」

 

艶かしい吐息と共に、志穂さんが現状を報告する。

あくまでも健全な関係だと言わんばかりだ。

ただ電話向こうでは……側で聞いている俺も、喘ぎ声にしか聞こえないので何やら変な汗が噴き出る。

 

「ん。ごめんなさい……切るわね。おやすみ」

 

ピッ、と志穂さんは通話を切った。

 

「……志穂さん、もしかしてわざとやってます?」

「さぁ、どうかしら」

 

悪戯っぽく舌を出して、志穂さんは微笑んだ。

 

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