元メスガキさんをお持ち帰りした件   作:黒樹

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後半です


『Yes』or『No』

 

 

 

今、俺は一つの選択を迫られている。人生を左右する分水嶺と言ってもいいだろう。それくらい大きな選択だ。

目の前には返事を待っている特級の美女が、ちらりと視線を投げて寄越していた。

 

偽物とはいえ、冬海雪菜–––彼女の恋人になれる。

誰もが羨む栄誉を手にするチャンス。

しかし、俺は何故かそういう気にはなれなかった。

甘い誘惑を断ち切るように首を掻き、首筋に手を当てながらその答えを口にする。

 

「あー、その……なんだ。悪いけど、俺じゃ力になれないと思う」

 

明確な断りの文句を告げると、冬海は瞬きをした。そして、ふるふると長い睫毛を震わせる。

 

「……理由を聞いてもよろしいですか?」

「おまえの力になりたいのは山々なんだがな。俺じゃきっと防波堤にすらならないぞ。恋人のフリとかそもそもまともに恋愛したことないし」

 

自信がないというのも理由の一つだ。

他にも理由を挙げれば、キリがなくなる。

そんな俺の思いが通じたのか、彼女は残念そうに俯く。

 

「……そうですか」

 

だけどすぐに、ゆっくりと顔を上げて俺を見つめた。

 

「……先輩、好きな人がいるんですか?」

「いや、いないけど」

「たとえば倉科先輩とかですか?」

 

オカルト研究会の部室の方を向いた冬海は、何を思ったのかとんでもないことを言い出した。

 

「別に好きとかじゃないけど、あの人に嘘を吐き続けるのは無理だな。それにこういう場所だと誰が聞いてるかわからないし」

 

俺はそう言ってオカルト研究会部室の扉のドアノブを回す。すると勝手にドアが押されてころんと麗花先輩が倒れるように廊下に飛び出て来た。「ほら」と実例を見せる。

 

「いたっ。–––あ」

「あ、じゃないですよ。麗花先輩。何してるんですか?」

「盗み聞きしてたわけじゃないよ。君のことが心配でね……ほら、君って女の子に流されやすいし!今頃壺を買わされたり、変な宗教に勧誘されてるんじゃないかと思うとね」

 

その怪しい研究会に引き摺り込んだ張本人が言うと説得力が違う。俺と冬海は胡乱な目を床に四つん這いになる麗花先輩に向けた。

 

「……と、取り敢えず、話の続きは中でしたらどうだい?」

「それもそうですね」

 

廊下だとこんな風に盗み聞きをされる心配があるので、冬海は素直に部室の中へと再び入室する。

俺と冬海が対面するようにソファーに座ると、麗花先輩は何故か俺の隣に座って身を寄せてきた。おまけにこれ見よがしに腕を組み胸を押し付けてくる。

 

「……なんでくっついてくるんですか?」

「狭いんだから仕方ないだろう」

 

嘘だ。あと一人座れるくらいのスペースはある。

俺はため息を吐いて、無視することにした。

割と寂しがり屋なところがあるから、部員を取られるのが嫌なんだろう。そう思うことにする。

 

「随分と仲がいいんですね」

「オカルト研究会は実質二人でやってるからね。付き合いも一年近いものになる」

「そうですか……」

「だから君に嘘とはいえ、部員を取られるのは困るよ。なにせ私以外には彼しかいないからね」

 

私の後輩君は渡さん、という主張と共にぎゅっと腕が締め付けられる。同時に柔らかな感触が強く二の腕を襲った。

 

「それに引き換え君の話を聞く限り、恋人役は誰でもいいのだろう?それなら別の人を当たったらどうだい?」

「……っ」

 

麗花先輩の正論に冬海は僅かに眉を歪ませる。

 

「……確かにそうかもしれませんね。ですが、私だって誰でもいいわけではないですよ。藤宮先輩が信頼できる人だから頼んでいるんです」

「信頼できる、ねぇ……本当にそれだけかい?」

「……どういう意味ですか?」

「なんていうか固執しているように感じるんだよね。藤宮君に」

「それは……」

 

的外れな意見のように見えて、実は本質を突いていたのか麗花先輩の指摘に冬海が動揺する。

 

「その程度の気持ちで私と藤宮君の間に入ろうなんて三年早いんだよ」

 

まるで越えられない強キャラのような台詞を吐いて、麗花先輩は俺の肩に頭を寄せた。

 

それを見た冬海は少しムッとした表情を見せたあと、膝の上に視線を落とす。膝の上で握った手はスカートに皺がつくほど強く握られており、微かに震えているようだった。

 

「……先輩、ひとつだけいいですか?」

 

迷いを秘めた声が漏れる。冬海は深呼吸をすると、奇妙な質問を口にした。

 

「昔、米倉主催のBBQ懇親会に参加したことはありませんか?」

 

質問の意図はわからないし、米倉主催のBBQ懇親会とか知らない。その質問の意図さえも。

 

「米倉主催かどうかは知らないけど、BBQはしたな。なんか凄い数のメイドがいた気がする。その中に同い年くらいのメイドがいて、凄く可愛いかったことは覚えてるんだけどなぁ」

「かわ……っ!?」

 

目に見えて冬海が狼狽えた。頰を赤らめて、年相応の少女のような反応だ。

何故照れたような反応を冬海がするのかわからず、俺は首を僅かに傾げた。

 

「……そうですか。やっぱり先輩が……」

 

何やら確信を秘めた表情で、冬海は何事かを呟くと今度はしっかりと麗花先輩を睨み返した。

 

「そういう倉科先輩こそ、少し束縛がキツイんじゃないですか?」

「私はいいんだよ。彼とは長い付き合いだからね」

 

バチバチ火花を散らす二人の視線のぶつかり合いに巻き込まれた俺は、すっかり冷めきった紅茶を飲んで喉を潤す。

 

「ここは藤宮君に決めてもらうとしようか」

「……そうですね」

 

二人の視線が一斉に俺を見つめる。

相反する二つの意思が、俺を板挟みにしていた。

既に断った事実があるからか麗花先輩は余裕の表情。私達の絆に入る余地なしと自信満々だ。

対する冬海は、既に断った事実を覆さなければならない。

彼女は持っていた弁当箱を広げて、蓋に卵焼きを載せる。そして、それを俺の方へずいっと差し出してきた。

 

「どうぞ」

「……いただきます?」

 

賄賂だろうか。

俺は訝しみながらも卵焼きを摘んだ。

口に放り込み、咀嚼すると広がる出汁の味。

卵の柔らかさが出汁と混ざり合う。

ふんわりとした食感はすぐに消えて、食べたことのない卵焼きの美味さに思わず目を見開いた。

 

「えっ、うまっ!?」

「先輩が仮の恋人になってくれたら、毎日お弁当を作ってあげますよ」

「……マジ?」

 

毎日このレベルのお弁当を食べられるなら、掌を返す選択は致し方なかった。

 

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