元メスガキさんをお持ち帰りした件   作:黒樹

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新聞部の問題児

 

 

 

十分くらい拝み倒してようやく麗花先輩の機嫌が直った。

新しく湯を沸かして紅茶を淹れ直して、三人で食後のティータイムを楽しむ。

今回、紅茶を淹れたのは冬海だ。

アルコールランプとビーカーという使い慣れない器具に苦戦はしたものの、紅茶を淹れることには慣れているらしく手際良く準備を終えた。

 

「……言っておくけど、私は紅茶の味には煩いよ?」

 

小姑のように小言を言いながらティーカップに口をつけた先輩は、瞠目してから半目になる。

 

「…………くっ、美味しい」

 

アルコールランプとビーカーで紅茶を淹れているやつが何言ってんだ、とツッコミたいところだが麗花先輩は銘柄もわかるほどでその紅茶愛は明白。その先輩が素直に(若干悔しそう)褒めるのだから相当なものだろう。

 

俺も同じくティーカップに口をつけて、これが普段飲んでいるまったく同じ茶葉かと疑ってしまった。

 

「……本当だ。めっちゃ美味い」

「先輩紅茶の味もわかるんですか?」

「ん〜、まぁ、多少は?いいか悪いかというより違うな〜ってことくらいは」

 

味の良し悪しはほぼ好みで決まると思っている俺としては、自分が好きならそれでいい人間だ。

俺は普段とは違う紅茶の味を楽しみながら、すっかり忘れていた問題を思い出してしまう。

 

「そうだ。どうだ大学生生活は?」

「先輩は私の父親ですか?」

「いや、ほら……俺が仮の恋人になった結果というかさ。影響とかあるだろ。今後についても話し合わないといけないし、擦り合わせとかあるだろ」

 

気になっているのは現状がどう改善されたかだ。冬海は一瞬だけ瞑目して、目蓋を開く。

 

「そうですね……。直接的なアプローチは減りましたよ。彼氏持ちとわかれば分別のある人間は諦めますので」

「分別のある人間は、か……その様子だと『俺の方が断然良い男』って自意識過剰なタイプとか、鞍替えを狙うやつは振り払えないか」

「そういうタイプだってわかってる時点で扱い易くはなりましたよ。こちらも遠慮する必要はないので」

 

モテるというのは何も良い話ばかりではなく、面倒ごとばかり引き寄せるようで冬海は辟易した様子だ。モテるというのも考えものだ。

 

「一番厄介なのは曖昧な人達の対応でしたね。明確な好意を示してないのに振るっていうのも変な話ですからね。……対応さえ決められれば、あとは処理するだけですから」

 

ようやく人心地ついた、と冬海は紅茶を啜る。まったく音を立てずに一口飲むと、これまたカップも最小限の音しか立てずにソーサーに置いた。

 

「先輩のおかげで少しは落ち着いた大学生生活が送れそうです」

「そりゃよかった」

 

新たな問題が俺に押し付けられた気もするが、それで冬海が楽しい大学生活を送れるなら御の字である。

おまけに俺は可愛い後輩の美味しい手料理を食べられてwin-win。あとの問題は……。

 

「残るは新聞部か……」

 

一番憂鬱なイベントが残っており、俺は億劫な気持ちになってしまう。あそこには大学屈指のゴシップモンスターがいるから。

 

「その件に関しては大丈夫ですよ」

「ん?」

「ちょっと伝手がありまして、記事を出すにも穏便に済ませてもらえるよう交渉しましたから」

 

–––と、思ったら冬海はだいぶ優秀なようで先手も打っていたらしい。思わず麗花先輩と揃って感心した。

 

「へぇ〜、まだ入学して一ヶ月程度なのにそんな伝手があるのか」

「バイト先の先輩が新聞部に所属してまして、ちょっと脅–––頼んだら快く受けてもらえました。昼食を食べ終える頃に訪ねてくるように頼んでおいたので、もうそろそろかと……」

 

冬海がちらりと壁時計を確認したちょうどその時、コンコンとオカルト研究会の門戸を叩く音が響いた。

 

「新聞部の倉崎です。失礼しまーす」

 

返事など知らんと言わんばかりに一拍遅れて扉が開かれる。するとそこから緋色のポニーテールが顔を覗かせた。

 

「お、みなさんお揃いで。新聞部の一番星、倉崎陽菜です!–––って、みなさん顔見知りですから自己紹介はいりませんよね!」

 

妙なハイテンションで入室してきた女性は髪と同じ緋色の瞳を悪戯っぽく輝かせながら、室内にいた俺達を順繰りに見た。

彼女こそが新聞部が誇る問題児–––ゴシップクイーン、三年の倉崎陽菜先輩だ。

髪型はトレードマークのポニーテール。服はラフに淡いチュニックといつものホットパンツに黒のニーハイソックスで動き易い服装だ。

体型は細身ながらも引き締まっており、均整のとれた体付きで胸の大きさはCカップ(本人の自己申告)らしい。

大学内の美女ランキングでは常に上位だが、書く記事があまりにも攻めた内容なため嫌われがちな人である。陰ではマスゴミ予備軍とか散々な言われようだった。

 

「「……」」

 

俺と麗花先輩はよりによって一番やばいやつが来て唖然としてしまう。

 

「どうしましたー?みなさん元気がないっすよー?」

 

当の本人はこちらの心中も気にした様子もなく、ケラケラと笑いながら対面のソファーに座った。

 

「……よりによって陽菜先輩ですか」

「えー、せっかく愛しの陽菜先輩が遊びに来たのになんですかその反応は。あたしと直人君の仲じゃないですかー」

 

わざと襟元が見えるように前屈みになりながら、上目遣いに見つめてくる陽菜先輩は、俺が一瞬でもその隙間を覗くとニヤニヤと楽しそうに笑った。

 

「いま見たでしょー。もうエッチなんスから」

 

うきぶら、ちくちらは男のロマンである。

つい見てしまったことは否定しないし、許可があるなら覗いてしまうのが男の性だ。

 

「……先輩」

 

隣から絶対零度の冷気を叩きつけられて、俺は反射的に首を縮めてしまう。

 

「麗花ちゃんもさっきの講義ぶりっすね」

「そうだね。まさか多忙の君がここに来るとは思ってなかったよ」

「あたしも今回の件についてはノータッチのつもりだったんですが、ちょっと状況が変わりまして……」

 

その間に旧知の仲の先輩達は、気軽なやり取りをしていた。

その様子を見た冬海が首を傾げる。

 

「おや、先輩方はお知り合いで?」

「学部は違うんだけどね。友人だよ–––去年も彼とラブホに入ったのをすっぱ抜かれたばかりだよ」

「ラ、ブ、ホ……?」

 

“彼”のあたりで俺を顎で示した麗花先輩は、肩を竦めて戯けてみせる。

それを訊いた冬海は表情を強張らせながら、ギギギと首を不自然な動きで回し俺を見た。その瞳が凍えるように冷たく、冷え切った色を浮かべている。

 

「先輩達、付き合ってないんですよね……?」

「……そうですね」

「なのにラブホに行ったんですか……?」

「……そうですね」

「……したんですか?」

「……」

 

やましいことは何もない。–––いや、やましいことしかしてないがどう答えていいか分からず口を閉ざす。

俺は何故か正式に付き合ってもいない彼女に責められており、浮気男の気分を味わう羽目になった。

 

「……不潔です。先輩の変態」

 

彼女の貞操観念からすればごもっともなので言い訳もできない。する必要もないのだが、俺は自分が悪いことをしている気分になった。

 

「まぁまぁ、その辺にしておいた方がいいっすよ。覚えたての男性の貞操観念なんてそんなもんですよ、雪菜。それにその程度で幻滅するようなら、最初からその程度の淡い恋心だったってことっす」

 

訳知り顔で説教をする陽菜先輩は、俺からカップを奪い取ると勝手に紅茶を飲む。

 

「あ、これ雪菜が淹れましたね」

 

そして、当たり前のように誰が淹れたかを言い当てた。

 

「それより私は君達が知り合いという方が驚きなんだけどね」

「ちょっとしたバイト仲間っすよ」

「へぇ〜、なんのバイトなんですか?」

 

俺も話題を変えるべく話に乗っかると、陽菜先輩は腕を組みながら瞑目して唸る。

 

「う〜ん、ひらたく言えばメイド服を着てご奉仕する仕事っす」

「「メイド服を着てご奉仕……!?」」

 

俺と麗花先輩は顔を見合わせた。

 

「あんなことやこんなことをするいかがわしいバイトですかね……?」

「まぁうちの大学にもキャバ嬢とかやってる人いるしね。そういう仕事を好んでしている可能性はある」

「失敬な。あたし達をなんだと思ってるんですか。あたし達は由緒正しい–––」

「倉崎先輩」

 

陽菜先輩が何かを言い掛けた瞬間、冬海が突如遮る。

そして、にっこりと笑ってこう釘を刺す。

 

「それ以上余計なこと言ったら、オーナー(会長)にお客様(お嬢様)の盗撮をしていることを報告しますよ」

 

釘を刺された陽菜先輩は、顔を青くさせてガタガタと震えながらソファーから飛び退いた。床に膝をつき、床に頭を擦り付ける。

 

「そ、それだけは何卒ご勘弁をっ。そんなことされたら一族郎党、路頭に迷ってしまいますぅ!」

「それがわかってるならさっさと仕事をしてください。何のためにここに呼んだと思ってるんですか?」

「はい、仕事をさせていただきますっ!!」

 

床に正座をしたまま居住まいを正した陽菜先輩は、そのまま説明を始める。

 

「あたしがここに来たのは、可愛い後輩に頼まれて記事を書くためです」

「思いっきり脅されてたような–––」

「それは忘れてください」

「はぁ。……じゃあ、やっぱり俺に……冬海の恋人に懸賞金かけたの陽菜先輩ですか?」

 

気を取り直して問い掛けると、彼女はふるふると首を横に振った。

 

「いいえ、違いますよ。あたしがそんなことするわけないじゃないですか」

「友人のゴシップすっぱ抜いた人がよく言いますね」

「心を入れ替えたんですよ。……それに直人君には借りがありますし」

 

指先をもじもじと突き合わせながら、照れたように頬を赤らめる。

 

「懸賞金かけたのは同じ新聞部の部長です。あたしに対抗意識燃やしてて、もうなりふり構ってられないみたいな?」

「……結局、陽菜先輩も原因の一端じゃないですか」

「あ、酷い。今回あたしは本当に関係ないっすよ。惚れた男のゴシップ書くほど落ちぶれてはいないっすよ」

「友人のゴシップは書くのに?」

「それはまた別です」

 

きっぱりと言い切るあたり、また麗花先輩のゴシップを書くかもしれない。それはさておき。

 

「今回は先に“白雪姫の恋人”の記事を書いて、無難に消化しようって作戦っすよ」

「あぁ、なるほど……。陽菜先輩の記事は“嘘だけは絶対に書かない”で定評ありますからね。信憑性においては抜群で、それ以外の記事は何を書いても内容が違えば気にされないってことですか」

 

陽菜先輩は“絶対に嘘を書かない”。印象操作の一つくらいはするものの誇張表現は最小限だ。元の話を絶対に逸脱しない。

それが彼女の信条であるのだが、どんなものも記事にするため嫌われている。

おまけに大学構内の学生全員–––教授も含め、様々な人間の弱味も秘密も握っており、情報屋でもあった。それが恨みを買う原因の一つである。

 

「さて、それじゃあ仕事を始めましょうか」

 

新聞部のゴシップクイーンは、メモ帳とボイレコを用意すると聴取を開始した。

 

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