元メスガキさんをお持ち帰りした件   作:黒樹

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陽菜先輩との邂逅

 

 

 

大学生活始まって初めての冬が到来した。

クリスマス前のそわそわとした空気もピークを迎えた頃、大学構内には新たな熱気が生まれていた。

掲示板にはいつものように新聞部のゴシップ記事が張られ、それを囃し立てる野次馬がゴロゴロといる。

また新たな犠牲者が出たらしい。

伝え聞く噂によると先輩の誰か(ただしイケメンにつき)が浮気をしたという記事のようだ。別の女性とホテルに入るところを激写され、それが公開されているらしいのだ。

 

つい先日、麗花先輩とホテルに入ったところを写真に撮られて、第三者に追い駆けまわされた俺としては「なんだそんなことか」くらいの反応である。

掲示板のゴシップ記事にはすっかり興味を失って、最初の講義が行われる教室へと移動を続けた。

 

人の噂も七十五日。

一週間もすれば誰か彼もが忘れるだろう。

たかが浮気程度のゴシップ記事だ。

次第に気にされなくなり、三日後どころか明日の記事に話題を攫われているだろう。

 

俺も講義が始まる頃にはすっかりその噂のことを忘れて、午前の講義が終わる頃には全く別のことを考えていた。

いつも通りにオカルト研究会で昼食を摂ろうと移動して、扉を開けようとしたのだが……。

 

「あれ、開かない……」

 

その日は珍しくオカルト研究会の部室は鍵が掛かっていた。

いつもなら麗花先輩が先に来て真っ先に開けているはずなのに、来ていないのである。

部室の鍵を取り出そうとポケットに手を伸ばした時、反対側のポケットが振動する。マナーモードのスマホが着信した時特有のバイブに反応してアプリを開くと、先輩から『遅れる』と一言だけメッセージが届いていた。

 

「仕方ない。先に湯でも沸かしておくか」

 

部室の合鍵を使って扉を開き、荷物をソファーに放る。

テーブルに放置されているアルコールランプにマッチで火をつけて、水を注いだビーカーをセットした。

それから程なくして、バタバタと足音が聞こえたかと思うと部室の扉が乱暴に開け放たれた。

 

「麗花匿って!」

「先輩、遅いです……よ?」

 

声を出したのはほぼ同時。声が被さり入室してきたのが別の人物であることにようやく気づいた。

オカルト研究会の部室に飛び込むようにして入ってきたのは、緋色のポニーテールにホットパンツから覗く絶対領域が眩しいスレンダーな体型の美人女性だった。

その人は俺と顔を合わせると、

 

「–––うげっ!?」

 

「やばい見つかった」と言わんばかりに顔を歪めた。

 

自動的に扉が閉まり、外からドタバタと騒がしくなる部室棟内の音が聞こえてくる。

 

「くそっ、見失ったぞ!」

「バカここは三階だ虱潰しにドアを開けてよく探せ!」

 

部室の外からは男達の怒号が聞こえてくる。

男達の声のように、ここは人気のないサークルが使う三階の角部屋。

窓から逃げようにも飛び降りるには高過ぎる。

絶体絶命のピンチに、女性は窓まで駆け寄るとその扉を開けて、下を覗きこむのもほどほどに首を引っ込めた。

 

「やめておいた方がいいですよ。怪我します。それより–––」

 

隣の部室からガチャガチャと音がする。おそらく鍵が開いているかどうかチェックをしているのだろう。

次はこの部屋だ–––、そう直感した瞬間、俺は咄嗟に彼女を抱き寄せるとソファーに放るように投げた。麗花先輩が使っているブランケットを頭から被せて、

 

「動くな。寝てろ」

 

俺はそう忠告して、客人を出迎えるためにソファーの横に立った。

 

「お、開いた」

「よし、入るぞ」

 

次の瞬間には、憤りも露わに興奮状態の男達が勝手に侵入してくる。

俺は毅然とした態度でその前に立つ。

 

「どうしました?先輩方」

「ここに新聞部の倉崎……緋色の髪の女が来なかったか?」

「来ていませんよ」

 

ガタイのいい肌の焼けたリーダー格の男がちらりとソファーに視線を投げる。そして、何を思ったのかブランケットに手を伸ばした。

反射的に俺はその腕を掴んで止めた。それに驚いた男は、こちらを睨み返しながら「邪魔をするな」と視線で訴えてきた。

 

「……悪いな。そこにいるやつの顔を確認させてくれないか?」

「お断りします。悪いんですけど、彼女徹夜明けで疲れて眠ってるんですよ。大切な恋人の寝顔を見られるのはちょっと……」

 

起こすのも嫌だ、と主張も含めて顔の公開を拒否する。

 

「……嘘をついて匿っていないとも限らないだろ?」

「倉崎先輩を追っているようでしたが、いったい彼女にどんな用があるんですか?」

「……」

 

どうやら後ろ暗い目的があるらしく、先輩達は沈黙した。

 

「それにひとつだけ言わせて貰えば俺が倉崎先輩を匿う義理なんてないでしょう。一月前、俺もあの人には色々と手を焼かされましたから。恨みがあるのは俺も同じです」

「……悪かった。邪魔したな」

 

自分が同じ被害を受けたと申告すると、ようやく先輩達は俺の主張を信じて帰っていく。どうやら俺の知名度も随分と上がったようだ。

来た時とは違い静かに閉まったドア。しかし、その後も隣の部屋がガチャガチャと音がして、最後まで確認すると部室棟から台風は去っていった。

 

内側から鍵を掛け直して、俺はソファーに戻る。

ブランケットの下には怯えたように震える女体。

俺はその背中をポンポンと優しく叩いて、脅威が去ったことを教える。

 

「倉崎先輩、行きましたよ」

 

念のため外には聞こえないように声量を抑えて、優しく声を掛けるとブランケットから緋色の瞳が室内を忙しなく観察する。その瞳が俺を捉えて、ほっとしたように緩んだ。

 

「……ありがとうございます。藤宮直人さん」

 

ソファーに身を起こした倉崎先輩は、綺麗に脚を揃えてお礼を言う。ブランケットは肩に掛けたまま、まだ警戒している素振りを見せた。

その不安はしっかりと瞳に残ったまま、彼女は俺を見据えておずおずと尋ねる。

 

「……あの、どうして助けてくれたんですか?」

 

どうやら彼女、俺を記事にしたこともしっかり覚えているようで、最初の「うげっ」という呻き声もそこからきているらしい。さっきの恨んでいる発言も絡んでいるだろう。

 

しかし、俺に明確な理由というものがあるわけでもない。

 

どう説明したものかと思って思案していると、ビーカーの水がコポコポと音を立て始めた。

慌ててアルコールランプの火を消して、ビーカーを厚手の布で掴み、用意していたティーポットに注ぐ。それからほどよく蒸らして味が出たところで、ティーカップに二人分注いだ。

片方を倉崎先輩に差し出し、もうひとつは自分で飲む。俺がまだ熱いハーブティーに舌をつけると、ようやく倉崎先輩もカップに口をつけてくれた。

 

「理由なんてないですよ。……でも、あそこで差し出すと何されるかわからないでしょう。だいぶ頭に血が昇っているみたいでしたし」

「いや、その……先月君の記事書いたじゃないですか?恨んでないんですか?」

「あぁ、まぁ特には……。さっきああ言ったのはあいつら納得させるためなんで気にしないでいいですよ。確かに先輩の記事で迷惑を被りましたが、たいした被害はないですし。あぁ、でも麗花先輩の名誉を貶めるような内容は控えて欲しいですけど」

 

なんでもないように言うと、納得してくれた様子で彼女の強張っていた肩がようやく下がったのを目視する。

 

「それで、何で追われてるのか理由を聞いてもいいですか?」

「……あぁ、いいっすよ。助けてくれましたもんね。話します」

 

口調も僅かに砕けて、倉崎先輩は滔々と語り始めた。

 

「あたしを追ってきたあの四人、実は前にあたしが記事を書いた人達なんですよ。浮気して何股もするヤリチン野郎で、前にあたしが書いた記事で破局して彼女にフラれたらしいんですよ。あの色黒も今日記事書いたやつで、クリスマス前に彼女にフラれた詫び入れろって逆恨みして追いかけてきたんですよ。捕まったらきっと今頃あの人数で慰み者にされてましたよ」

 

その恐怖を思い出したかのように自らの肩を抱き、倉崎先輩はぷるぷると震えた。

 

「大丈夫ですか?」

「……はい。おかげであたしの純潔は守られたっす」

「それはよかった」

 

ふーふーとカップの中身を冷まし、飲んだらじんわりと温まったようでほっと息を吐く。

 

「いやー、今回ばかりは本当にダメかと思いました。ありがとうございます」

 

ようやく表情を柔らかくした倉崎先輩は、確かに熱のこもった微笑みを向けてくれる。

 

「そうだ。お礼になんでもしますので言ってください。どんなお願いも叶えてあげますので」

 

そう言って倉崎先輩は胸を張る。

 

「なんでもですか?」

「はい。あたしにできることならなんでも」

 

と、言われても思い浮かぶものはない。虚空へ視線を彷徨わせながら考えて、ふと視線を落とすと倉崎先輩の眩しい太腿が目に入る。

 

「……倉崎先輩の写真とか」

 

つい衝動的に漏れ出た欲望の声に、倉崎先輩は跳ねるように顔を上げる。

 

「うぇっ!?あ、あたしっすか!?」

 

顔を真っ赤にして狼狽える倉崎先輩は、求められることに慣れていないらしい。恥ずかしそうに俯くと、ブランケットで口元を隠した。

 

「……あ、あたしの身体なんて、麗花に比べて見ても面白くないっすよ?」

「そうですか?綺麗だと思いますけど」

「うへっ。……そ、そうっすか……」

 

もじもじと恥ずかしそうに身を縮めた倉崎先輩は、考え込むように瞑目する。

 

「……うぅ……まさか、あたしの写真とか……」

 

それから数分間、小さく唸りながら考え込んだかと思うと、ゆっくりと目蓋を開いた。

 

「…………わ、わかりました。でも、条件があります」

「なんですか?」

「……陽菜って名前で呼んでくれませんか?あたしも君のこと、名前で呼びますから」

「それじゃあ、陽菜……先輩」

「……まぁ、それでいいでしょう。直人君、これから末永くよろしくお願いします」

 

伸ばされる手。まだ冷めやらぬ頰を微かに赤くしたまま、陽菜先輩は握手を求めてきた。

 

「よろしくお願いします。陽菜先輩」

 

–––後日、何故か送られてきたのは下着姿のえっちな写真だった。

 

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