元メスガキさんをお持ち帰りした件   作:黒樹

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冬海雪菜視点


倉崎陽菜の囁き

 

 

 

今日の講義を終えて大学を出たあと、送迎用の高級車に乗ってとある目的地へと向かっていた。

約三十分程の道程を走行すると、目的の場所が見えてくる。

この国有数の豪邸だ。敷地面積はドームにも劣らない。贅沢にも庭が広大でその敷地全てを塀が囲み、侵入者を拒んでいた。

まずは外の正門を通り抜け、車は本邸へと進む。

玄関口前で降りた私は、運転手にお礼を述べて送迎車を見送った。

 

「はぁ。……やはり、慣れませんね」

 

いつもここに来ると緊張感が身体を駆け巡る。昔からずっと仕えているはずなのに、私はもう何度目かもわからない緊張感に震えていた。

 

裏手の方に回り裏口から屋敷に入る。

使用人専用の更衣室でいつものメイド服に着替えて、私はとある部屋へ足を運んだ。

ノックを二回、これは専属の使用人であるという合図だ。

私は自分の身分を示したあと、口頭で再度親愛なるお嬢様へ告げる。

 

「お嬢様。冬海です」

「はい、どうぞ」

 

中から返事がきて数秒待ってから扉を開ける。

机に向かっているお嬢様が勉強をなさっているところだった。

お嬢様は今年で十二歳。今年小学校を卒業する。

既に来年のことを見据えて英語の勉強に手をつけていた。

 

米倉桜。それが私の敬愛するお嬢様の名前だ。

毎日ギチギチのスケジュールに色々と詰め込んでいるけど、今日は週に一度のオフの日だった。

大学生である私は週に一回、彼女の専属のメイドとしてその日だけ出勤を命じられていた。

 

「おかえりなさい雪菜さん」

「はい、ただいま戻りました」

 

クスクスとお嬢様が笑う。勉強する手を止めて、彼女は振り返った。

 

「もう、二人っきりなんですからもう少し肩の力を抜いてくれてもいいんですよ?」

「……メイド服着るとどうもそういうの苦手で」

 

親しき仲にも礼儀あり、と言うがまさにそれ。

たとえ姉妹のように育ったとしても、メイド服を着れば彼女は私の“主”だ。

そういう風に私は刷り込まれている。有名な監獄実験がそれだ。私と桜の間には、幼い頃から御主人様とメイドとしての上下関係があった。

 

「真面目ですねえ。私の前ではもう少し肩の力を抜いて欲しいんですけど」

「申し訳ありません」

 

気を張っていないと厳しい父や母に叱責されそうで、私にはそれができない。

お嬢様は私の態度にも慣れた様子で、ぽんと手を打った。

 

「ちょっと休憩してお茶にしましょうか」

 

拍手がぽんと鳴った数秒後、再度扉がノックされて別のメイドが入ってくる。手にはティーセットの載ったお盆を持っており、それをソファー前のテーブルに置くと静かに下がっていった。

 

「さぁ、あちらへいきましょう雪菜さん」

 

お嬢様に誘われるままソファーへ。

私と桜お嬢様は並ぶようにソファーに座った。

するとお嬢様手ずからティーカップに紅茶を注ぎ、二人分用意すると片方を私に差し出してくれた。

 

「さぁ、どうぞ」

「……ありがとうございます」

 

ティーカップを傾けて移動で冷えた身体を温めて、喉を潤すと空を見計らって口を開く。

 

「大学生生活は楽しいですか?」

「ええ、まあ……大変なこともありますが楽しいですよ」

 

“楽しい”というところである男の顔が浮かぶ。それを誤魔化すように皿に盛られたクッキーに手を伸ばし、水分を吸われたところで紅茶をまた一口、

 

「恋人ができたんですよね?」

「ぐっ、ふっ……どうしてそれを!?」

 

思わぬ言葉がお嬢様の口から飛び出たせいで、咽せた口を隠しながら声を荒げた。

 

「陽菜さんが言ってました」

「(あの雌猫……!)」

 

つい心の中で暴言が出てしまったがそれも仕方ないと思う。勝手に個人情報を漏らすあの盗撮魔が悪いのだ。

お嬢様の私生活の盗撮に加え、着替えまで盗撮している。おまけに目についた美人なメイドは全て被写体扱い。この前は厨房担当のクラウディアが裸を盗撮された。

 

「どんな人なんですか?」

「ど、どんな人、ですか……」

 

今は目先の問題である。私はお嬢様の質問に集中せざるをえなかった。

考えようとするとあの人の顔が浮かぶ。好きな人の顔が。思わず頰が熱くなってしまうが、私はポーカーフェイスを保つためにスカートの上から太腿を抓った。

 

「……優しい人ですよ。とても」

「優しい人ですか」

「ええ、結構適当なところありますけど、それだけは変わらないと思います」

「……変わらない?以前に会ったことあるんですか?」

「……そうですね。昔、一度だけ」

 

私としたことが失言をしてしまい冷静になる。でも、いつかお嬢様に紹介する可能性があることを思うと口は軽くなった。

 

「……ええ、お嬢様も一度会ったことがあると思いますよ」

「私が会ったことある人、ですか……」

 

真剣に考え込むお嬢様は、記憶の中を深く探すように瞑目した。

 

「……うぅ、わかりません」

 

しかし、すぐに記憶の海から戻ると疲れたようにクッキーを一口齧った。

 

「いつか紹介してくださいね」

「……はい。必ず」

「それじゃあ他にも話してください」

「えっ」

 

お嬢様にせがまれて、彼の話を続けた。

 

 

 

すっかり日が暮れた頃、屋敷内を歩いていると向かいから見知った緋色髪の女性が歩いてきた。うちのメイドとしてはちょっと丈の短いスカートを穿いた姿に目を鋭くして、私は彼女に声を掛けた。

 

「陽菜先輩」

「おっ、雪菜じゃないっすか。今日は出勤–––」

 

何か言い掛けた先輩に詰め寄る。私の鬼気迫る様子に「うわっ、やっべ」と彼女は反転した。

 

「逃しませんよ」

 

私は彼女の腕を掴んで止めると、すっと背後に立った。

 

「……何の用っすか?あたし忙しいんですけど。今日はこれから“ご主人様”の家に行って、お泊まりしてくる予定なんですから」

「最近、先輩が入れ込んでいる男の人のことですね」

 

なんでもメイドの間では、「ちょっとインモラル」と称される関係らしい。陽菜先輩の趣味にとやかく言うつもりはないけど、米倉家に仕える者としてどうかと物議を醸していた。

 

「そのことは別にいいんですよ。私には関係ありませんので」

「おや、関係ないと。……でも、いずれヤるんっすよね?」

 

にやっと笑い陽菜先輩は揶揄ってくる。

話を振られた私は、つい卑猥な話題に頰を熱くした。

 

「……そ、それは、そうかもしれませんけど、私と先輩にはまだ早いというか……」

「ほーん。偽の恋人だったはずなのに、随分と先を見据えているんですね」

 

揶揄われているのはわかっている。わかっているけど、私はつい反応せずにはいられなかった。具体的には顔を真っ赤にしてすごく動揺していた。

 

「うぶっすね。そういう可愛いとこ彼好きだと思いますよ」

 

今度はまともなアドバイスをくれる不良メイド。そんな彼女に、私は振り回され気味だった。

 

「それより陽菜先輩、お嬢様に余計なこと喋りましたね」

「余計なこと?……あぁ、雪菜に恋人ができた件っすか」

「それです」

「別にいいじゃないっすか」

「よくありません。……その、正式にお付き合いした時に話そうと思ってたので」

 

特にお嬢様は他人の恋情に興味津々だ。読書を嗜むのも恋物語ばかりで、ちょうどそういうことに興味津々の時期である。さっき色々と聞かれて喋らされた。ついうっかり惚気た私も悪いけど。

 

「まあまあ、代わりにいい情報あげるっすよ」

「……いい情報?」

 

私は訝しみながらも興味を示し、陽菜先輩の話を静聴する。

「そうっす。まずはライバル関連っすかねぇ。オカ研の会長、倉科麗花はうちとも取引のある倉科重工の一人娘です」

「倉科重工……。確か自動車から重機まで幅広く扱う会社ですよね」

「そうっすね。最近は医療系にも多額の投資をしている会社っす。つまり彼女はお嬢様っすね」

 

どうりで所作のひとつひとつに気品を感じるわけだ。紅茶の趣味といい、オカルト研究会に置いてある銘柄も高級なものが多かった。それは納得である。

 

「……強敵ですね」

「そうっすね。それにもう知ってるかもしれませんけど、あの子とはずぶずぶの関係ですよ」

「ずぶずぶ……」

 

それが何を指している知らないほど子供ではない。

私はつい顔を真っ赤にして、スカートを握ってしまった。

 

「……まぁ、あの歳で性欲がない男なんていませんから。いつまでも“偽物”で繋ぎ止めたまんまだと、今後は危ういですよ。それに他にももう一人そういう関係の相手がいるわけですし」

「…………ちょっと待ってください。まだ他にも女がいるんですか?その……か、身体の関係の人が」

「それはもうずぶずぶっすよ。朝まで三人でしても体力持つくらいですから」

「さ、三人で!?」

 

さ、三人で。先輩ってそんな性豪なんだろうか。

悶々と考えている間に、陽菜先輩はこっそりと耳打ちする。

 

「今なら裸の写真とかありますよ。チェックしときます?大きさも一応知ってますけど」

「なっ–––い、いりません!」

「自分で確認したいタイプっすか」

「そ、そうは言ってないでしょう!」

「ちなみに日本人成人男性の平均よりだいぶ大きいです」

 

とんでもない情報が耳を右から左に通過していく。

 

「きっとそういうことするようになったら、朝までいっぱい犯されますよ」

「あ、あ、あぁ、ぁ、朝まで……っ?」

「それじゃああたしは“彼”に朝まで可愛がってもらいにお暇します。それでは」

 

軽快な足取りで離れていく陽菜先輩。

一人取り残された私は、豪邸の廊下で顔を真っ赤にしたまま立ち尽くしていた。

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