元メスガキさんをお持ち帰りした件   作:黒樹

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夏の予定

 

 

 

六月。梅雨の時期。

その日は朝から雨が降っていた。

予報通りに夜中に降り出した雨は今もパラパラと降り続けており、小さな雨音を奏でている。アスファルトや水溜りを跳ねる音が心地よくて、つい目を閉じて聞き入ってしまう。

 

「……」

 

そのまま大自然の音色に耳を澄ませ、意識を委ねようとしたその時、鍵を開く音が耳に届いた。

 

「……?」

 

入ってきた足音はキッチンのあたりをうろうろすると、冷蔵庫を開閉して何やら詰め込み作業を始めてしまう。

それから数分して冷蔵庫を再び閉めた後、その足音はゆっくりと寝室へと迫ってきた。

 

そして、音もなくすっと扉が引かれる。

 

「おや、起きてるなら顔を見せてくれてもいいのに」

 

寝室に顔を見せたのは、麗花先輩だった。

彼女はにんまりと笑みを浮かべると、トトトっと駆け寄ってきてベッドにダイブしてきた。そして、そのまま布団の中に潜り込んでくる。

 

「今日は朝からどうしたんですか。麗花先輩?」

「わかってるくせに意地悪だなぁ君は」

 

そう言って、ぐいぐいと身を寄せてくる。

 

「最近毎日来ますね」

「仕方ないだろう。毎日雨が降るんだから」

 

心細そうに呟いた麗花先輩は、額を俺の胸に擦り付けてきた。

 

「雨の音を聞きながら寝るの好きなんだ。雨の音を聞いていると、落ち着いてよく眠れる……でも、それと同じくらい心細くて、人肌恋しくなるんだ」

 

猫のように甘えてくる先輩は、じっと俺の顔を見つめてくる。

 

「そして、この思いを共有する添い寝フレンドの君には私と添い寝する義務があるんだ。おとなしく抱き枕になりたまえ」

 

そして、手を伸ばすとガッチリと腰を固定してきた。

 

「ところで先輩」

「なんだい少年?」

「なに買ってきたんですか?」

「今日の分の食糧だよ。今日一日は外に出なくていいように。どうせ君のことだから、面倒くさがって外に出ないだろう。代わりに買ってきてあげた私に感謝してくれてもいいんだよ?」

 

ドヤ顔で褒めて褒めてと主張してくる麗花先輩はとても可愛い。なので俺も素直に褒めることにした。

 

「ありがとうございます先輩」

「それじゃあ後顧の憂いは断ったね。これで存分にお昼寝できるわけだ」

 

ニコッと笑った先輩の顔が、しかしすぐに歪む。

 

「ただ君ねぇ、気が早過ぎやしないかい」

 

下腹部に押し付けられる感触に気づいた麗花先輩は、困ったようなジト目を向けてきていた。

 

「そういうのは添い寝してからと決めただろう。まったく……これじゃあお昼寝どころではないな……」

「そういう先輩こそ、わざとらしく脚を絡めたり誘惑してきてるじゃないですか」

「あくまでこの行為は添い寝の延長線上だよ。断じて私がエッチだからだとかじゃないから」

 

嘯く麗花先輩の瞳が妖艶に濡れる。その瞳に吸い込まれるように、顔が接近する。

 

「……まぁ、適度に運動して疲労した状態で眠るのが効率がいいかもしれないけれど」

 

これは添い寝をするための、健全な準備運動である。添い寝の延長線上にある健全な行為だ。そう言い募る麗花先輩は、微かに頰を染めていた。

 

 

 

 

 

 

二度目の目覚めは随分と遅い時間だった。

朝食をすっ飛ばして、昼食にも遅い時間帯である。

質の良い睡眠を取ったおかげで、完全に眠気は飛んで清々しい気分である。

 

「麗花先輩はぐっすりか……」

 

同衾している裸の先輩を見やり、起こさないようにゆっくりと抜け出す。今朝方脱ぎ捨てた衣服を再び着て、寝室をこっそりと出た。

 

「それにしても、腹減ったな……」

 

なんとなしにキッチンへ赴き、冷蔵庫を開ける。その中には今朝麗花先輩が言った通り、食料の類がこれでもかと詰め込まれていた。

 

「……軽く何か食べるか」

 

卵とベーコンを取り出し、冷蔵庫を閉める。

フライパンを火にかけて、油を引き十分温まったところでベーコンを投入。片面を軽く焦げ目がつくまで焼くと、ひっくり返して卵を二つ投入した。

 

「サラダサラダ、と」

 

プチトマトを四つ取り出しヘタを雑に抜き、軽く洗うと皿に載せる。ミックスサラダの袋から一掴みを盛り付ける。

サラダができたところで電気ケトルに水を入れてセット、マグカップに粉のコーンスープを入れ、沸騰したお湯を注いですぐに掻き混ぜた。

 

「–––と、そろそろか」

 

半熟に焼けた卵を確認して、塩胡椒を振る。

火を止めて盛り付けたところで、寝室の扉が再び開かれた。

 

「……」

 

裸にワイシャツを着ただけの麗花先輩が眠そうに瞼を擦りながら、ゆっくりと歩いてくる。リビングのソファーに持っていくと、待ち構えていた先輩にぎゅっと抱きつかれた。

 

「……起きたらいなかった」

 

人肌恋しいらしい麗花先輩は、そう言って密着してくる。ボタンをひとつ留めただけのワイシャツの下で、布一枚の柔らかなおっぱいの感触が押し付けられる。

 

「腹減ったんで飯作ってたんですよ。先輩の分も用意してありますよ」

「……食べる」

「トーストは何枚ですか?」

「一枚」

「はいよ」

 

オーブントースターに食パンをセットする。その間も麗花先輩は背中にくっついていた。

食パンが焼けたら別の皿に載せて、ソファーに移動する。並んで座ると先輩はべったりくっついてくる。

 

「……はぁ。疲労感のある体にコーンスープの温かさが染み渡るね」

 

マグカップを両手で包み込むように持ちながらコーンスープを飲んでほっと一息吐いた麗花先輩は、流し目をこちらに向けてきた。

 

「……軽くって言ったのに」

 

途端、ぼそりと呟かれた言葉は責める内容ではあるのだが、口調は照れが混ざっていて恥ずかしげだった。

 

「そういう先輩こそ、自分から求めてきたじゃないですか」

「君が上手すぎるのが悪い。君はあれかな、感度十倍とか、エロ同人限定チートスキル持ちの主人公なのかい?」

「先輩も知っての通り、大学入るまでは未経験でしたし、そんなスキル持ってませんよ」

「じゃあ、あれだ。性的な才能があったんだよきっと。もうまさに繁殖のために生まれた的な」

「動物ってだいたいその機能ありますよね」

「君の場合は特化型だね」

「……それ喜んでいいんですかね?」

「でも、そのおかげでこうして私や陽菜を虜にできてるんだから、無駄な才能じゃなかったんだよ」

「披露する機会なければ腐りませんかそれ?」

「逆に言えば、一度ヤったら確実に堕とせるっていうことだよね……」

 

しみじみと呟く麗花先輩が、その視線を俺の下半身に移した。

 

「……まぁ、私は君の以外知らないから比べようもないんだけど」

 

まじまじと人の下半身を見つめたあと、彼女はベーコンを口に運んだ。

 

「–––冗談はさておき」

 

プチトマトを口に放り込み、もぐもぐと咀嚼する。ごくりと喉を鳴らして飲み込むと、トーストを手に取った。

 

「もうすぐ夏休みだね」

「そうですね」

「時に藤宮君、夏休みはどうするつもりだい?」

 

突然変わった話題に俺はぼーっとしながらトーストに齧りつく。

 

「……まぁ、いつも通りバイトですかね。休みだからシフト増やすかもしれませんけど」

「君はせっかくの大学生活をバイト漬けで過ごすつもりかい?」

 

責めるような麗花先輩の視線に、俺は意味がわからず首を傾げる。

 

「おっしゃっている意味がよくわかりませんが……むしろ、いつも以上に金を稼ぐチャンスだと思いますけど」

「私達はいずれ社会人になって働く日がきっとくる。いや、むしろ社会人になったらろくな休みはないと言ってもいいよ。君は覚えがないかな?子供は夏休みなのに、両親が働きに出ているのを」

 

その一言に俺はハッとさせられる。

 

「そう。こんな長い休みを取れるのは学生だけの特権さ。大人になれば二度とないと言っても過言ではないよ」

 

麗花先輩のその言葉で、俺はようやく理解した。事の重大さを。

 

そんな俺に身を寄せて、耳元で彼女はこう囁いた。

 

「それに今年は私と陽菜もいるし、朝から晩まで時間を気にせずエッチなことできるんだよ?それなのにバイト漬けなのはもったいなくないかい?」

 

おまけに麗花先輩はこんな囁きで耳朶を擽る。「労働なんてくそ」だと。まったくもってその通りだ。

 

「すみません先輩、おかげで目が覚めました。夏休みのシフトについては店長と相談してきます」

「うん。それがいい。……で、その夏休みの予定についてだけどね」

 

勿体ぶるように言葉を区切り、麗花先輩は真剣な表情をする。

 

「夏だし、オカルト研究会っぽいことしたいだろう。心霊スポットに肝試しに行きたいんだけど……」

「懲りませんね。今年もやるんですか」

「だって一人で行くのは怖いし、君がいてくれたら大抵なんとかなるし、一緒に来てくれたら心強いなぁってね」

 

自分の要求を突きつけたあとで、これまたぼそっと俺にご褒美を提示する。

 

「当然、そのあと一人で眠れないからお泊まりも予定してるんだけど」

 

「なぜそんな危険地帯に行くのか?」という問いによって傾きかけた心は、「果てしなき欲望」によって叩き伏せられた。

そして、自分の要求だけではなく、俺に対するメリットを提示した彼女は上目遣いに懇願してきた。

 

「……ダメ、だろうか?」

「わかりました。行きましょう」

 

当然、即答である。恐怖に欲望が打ち勝った瞬間だった。

 

「それじゃあ決まりだね。陽菜にも連絡を–––と、噂をすればだ」

 

同じ幽霊部員の陽菜先輩にも連絡を入れようとスマホを手にしたところ、玄関の鍵が再び開く音がリビングに聞こえてきた。

この家の合鍵を持っているのは二人、そのうち一人がここにいれば、施錠された玄関を開けられるのは一人しかいない。

 

予想通り、リビングに足音が近づいてくる。しかし、その足音は二つだ。

 

「おや、やっぱりここにいたっすね。麗花も」

「ちょうどいいところに来たね。陽菜」

 

遊びに来た陽菜先輩は、麗花先輩の姿を見ると驚くこともなくニヤニヤと笑みを浮かべた。

その背後から、もう既に見慣れたと言っていい顔が覗く。

 

「おじゃまします先輩」

「おー、冬海か。おはよう」

「もう昼ですよ先輩」

「起きたばかりだからおはようでいいんだよ」

「そうですか……。なんというか当たり前のように倉科先輩がいるんですね–––って!?」

 

麗花先輩の姿を見た冬海が、眦を吊り上げる。

 

「倉科先輩、なんて格好してるんですか!?」

「彼シャツってやつだよ。いいだろう?」

「そっちは問題じゃありません!–––いえ、とても羨ましいですけどそうではなく、なんでノーブラなんですか!?」

「やだなぁ、私が藤宮君の家でどういう格好してようが私の勝手だろう?」

 

挑発的に冬海を煽った麗花先輩は、脚を組んで不敵な笑みを見せる。

 

「–––って、下も穿いてないじゃないですか!」

「言っておくけど私が脱いだんじゃないよ。脱がしたの藤宮君だし」

「っ」

 

突然の暴露に冬海さん絶句。その視線が原因に向けられた。途端に絶対零度の息吹が押し寄せる。

 

「…………先輩?」

「添い寝。添い寝してただけだから……ほら、裸じゃないと寝られないって人いるじゃん?麗花先輩はその類なんだよ」

 

堂々と嘘偽りなく告白できればいいのだが、俺が選んだのは言い訳がましい逃げの一手だった。突き刺さる視線から逸らすように顔を背ける。

 

「……先輩は、もう少し自分の立場を自覚すべきだと思います」

「偽物の彼氏だろう?」

 

横合いから麗花先輩が正論をかますと、「っ」と冬海が喉を鳴らす。

 

「それより陽菜、ちょうどいいところに来てくれた」

「お、なんすか?」

「実はさっき藤宮君と話してたんだけど、今年の夏休みにラブホに行こうって話してたんだ」

「おぉ、いいっすね〜。三人でっすか?」

「当然、オカルト研究会の活動としてね」

「なるほど。それは面白そうっすね」

 

アイコンタクトを交わした二人は、ニヤリと笑った。

 

「なっ……!?」

 

それを聞いて愕然とした冬海は、信じられないものを見るような目を俺に向けてくる。めっちゃ視線が痛い。

 

二人は冬海の反応を知ってか知らずか、無視したまま話を続けた。

 

「三人でしっぽりやろうってことっすね」

「うん。日程は改めて伝えるけど、それも藤宮君のバイト次第になると思う」

「わかりました。それじゃあ、あとはおいおい」

 

話がまとまりかけた、その時だった。

 

「わ、私も行きます!」

 

冬海が、大声で割った入ったのは。

耳の先を赤くして羞恥に震える彼女は、一大決心したような悲壮な覚悟を胸に、話題に入ってきたのだ。

しかし麗花先輩は、彼女の覚悟を見てニヤニヤと悪戯めいた笑みを浮かべる。

 

「残念だけど、これはあくまでオカルト研究会の活動だから部外者は連れて行けないんだ。わかってくれ」

「そ、それなら、私もオカルト研究会のメンバーになります。それでどうですか」

「それじゃあ、これにサインして」

 

こんなこともあろうかと、麗花先輩はオカルト研究会のサークル入会届を出した。

 

「……わかりました」

 

都合よく用意された悪魔の契約書。

それにサインした冬海を見て、麗花先輩はほくそ笑んだ。

 

–––『新入部員ゲット』

 

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