元メスガキさんをお持ち帰りした件   作:黒樹

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出来心だったんです

 

 

 

月明かりにぼんやりと浮かぶ古城のシルエット。西洋の城を思わせるその建物の前には、文字が欠けたネオン看板が一つ。英語で表記されたそれは、日本語に訳すと『不夜城』だろうか。

小さな看板には『ご休憩』『一泊』という文字の横には基本的な料金が記されており、あくまで宿泊施設という建前の裏には、なにやら別の用途が透けて見えた。

 

「冬海、宿泊か休憩どっちがいい?」

「どっちも嫌ですよ!–––っていうか、なんでそれ私に聞くんですか!?」

「緊張が解れるかなぁと思って」

 

冗談めかして問い掛ければ、冬海は顔を真っ赤にして噛み付いてくる。俺はそれがおもしろ可愛くてケラケラと笑った。

 

「さて、それじゃあ入場と行きますか」

 

興奮状態の冬海を宥めつつ建物を見上げる。入り口を一瞥してから、麗花先輩へと視線を移す。

 

「それで麗花先輩、ここの霊は?」

「いるよ。まずは入り口に一人。禿頭のおっさんがこっちを食い入るように見てる」

「……あの、先輩方?わざと私のこと怖がらせようとしてません?」

 

若干震える声で抗議してくる冬海に、俺と麗花先輩、陽菜先輩は顔を見合わせた。

 

「言ってなかったっけ?麗花先輩は霊感あるんだよ」

「……ふふ、面白い冗談ですね。そんな非常識な……」

 

霊の存在を絶対に認めようとしない冬海。

俺は陽菜先輩にアイコンタクトを送った。すると陽菜先輩は鞄からカメラを取り出して、麗花先輩にパス、そのまま麗花先輩は入口の写真を一枚撮った。

 

「ふむ。こんなものかな」

 

そう言って麗花先輩は、画面を冬海に見せた。ホテルの入口の写真には、何故かいないはずの四十代くらいの禿頭の男性の姿が写っており–––。

 

「……あ、ははは、先輩方そうやって私を騙そうとしてるんでしょう?そうなんでしょう?」

 

それを見てもなお、冬海は認めなかった。

 

「先輩だって、霊なんて非現実的だと思いますよね?」

 

光のない瞳でそう同意を求める彼女から、俺はそっと目を逸らす。

 

「……そうだとよかったな」

「なんですかその意味深な顔は?」

「俺も昔見たことあるんだよね。パジャマ姿の女の幽霊を」

「う、嘘ですよね?」

「小さい頃の話なんだけどな。夜中何故か目が覚めたんだよ。それで目を開けると、パジャマを着た透明人間が上に跨ってたんだ。俺はびっくりして声出なくて、しばらくその透明人間と見つめあってたんだ。動けるようになったのは一分後、布団に潜って、十分くらい籠城してそっと布団の外に視線向けたらじっとこちらを見下ろしててさ」

「ま、待ってください。それ、作り話ですよね?だ、だって、透明人間だったのに女だったなんて、わかるわけがないじゃないですか!」

 

必死に俺の心霊体験を否定する冬海に、俺は確かにと同意しながらそう断定した理由を明かす。

 

「その幽霊が着てたパジャマ淡色系でオレンジと黄色のチェック柄で、胸の膨らみがあったんだよ。直感でも女だと思ったし、間違いはなかったと思う」

 

あの時は本当に怖かった。恐怖で声が出ないという体験は初めてで、今となっては笑い話だが後悔していることが一つだけある。あの幽霊に触れてみたかった。具体的にはおっぱいに。感触はあったのか?それだけが謎だ。カムバック幽霊。

 

「……」

 

もはや否定する材料が見つからず、冬海は黙りこくってしまった。カメラを一瞥して、入口を見て、そっと俺に近寄りぎゅっと右手を握ってきた。

 

「それじゃあ私はこっちを握らせてもらおうか」

 

反対の左手を麗花先輩が握った。

 

「むむ、出遅れましたね。それじゃああたしは……」

 

陽菜先輩は鞄を漁り、輪っかのような物を取り出す。そして、それを俺に手渡した。

 

「はい」

「……?」

「それでもって、こっちの輪っかを……」

 

するすると鞄から紐が出てくる。その先には金具が付いており、首輪のようなものが接続されていた。それをあろうことか自らの首に嵌める陽菜先輩。いきなりの奇行に俺含めた三人は絶句した。

 

「はい、これであなたの雌犬陽菜ちゃんの完成です」

 

尻尾があればぶんぶんと振りそうな嬉しそうな顔で、にっこにこで俺を見ると、早く首輪を引っ張ってとばかりに金具をジャラジャラと鳴らした。

 

「お望みとあれば、今すぐにでも服を脱ぎます。いえ、むしろ脱がせてくださいお願いします」

 

その場に膝をつき、土下座で懇願する哀れな女の姿に女性二人の顔が引き攣る。あまりに度が過ぎた変態にドン引きだ。当然俺もいい気はしない。なのに二人は俺の反応をちらちらと窺っている。

 

「……陽菜先輩、何やってるんですか?」

 

あくまで俺も初耳という体を明確にするために、俺も知らないという意味を言葉に含める。すると陽菜先輩は、とてもいい笑顔でこう言った。

 

「だって両腕塞がってるし、背中にくっついて歩くわけにはいかないじゃないっすか。ならもうこうするしかありませんよね」

「……それは、そうだね」

 

手を繋ぐという行為を明け渡したくない麗花先輩が同意する。自分への利益を考えた結果、親友の奇行には目を瞑った。

 

「えー……」

「直人君が日を改めたいなら、あたしは近所の公園でも……」

「はーい、行きますよ雌犬先輩」

「わんっ」

 

陽菜先輩の脅迫に屈した俺は、ぐいぐいとリードを引っ張る。リスクヘッジを考えた結果だ。これで危険を回避できるなら致し方ない。

 

両手に花+α。

幽霊よりも珍妙な状態で、俺達は城へと進む。

入口の自動ドアを手動でこじ開け、中に入ると内部は月明かりすらない真っ暗闇だった。

 

「麗花先輩」

「明かりだね」

 

名前を呼ぶだけで察した彼女は、スマホのライトを点灯する。

遅れて冬海も、自分のスマホでホテルのロビーを照らした。

 

「あ、案内板があるっすよ」

 

陽菜先輩の誘導に従いロビーの奥に行くと、パネルのようなものと一緒に大きな案内板があった。ホテルの内部構造と各部屋の紹介が載っており、写真と共に料金が表示されていた。

 

「キングスルームにクイーンズルーム、プリンセスルームにプリンスルームか」

「表の料金表のスタンダードな部屋とは別みたいだね」

「見てください。地下牢もあるっすよ」

 

王族に関わる部屋は普通のホテルで言う“スイートルーム”。

陽菜先輩が興味を示したのは、地下牢とは名ばかりの“SMプレイ部屋”だ。

 

「冬海はどの部屋がいい?」

「……最短ルートでお願いします」

 

ぎゅっと手を強く握り締めて、冬海はそわそわびくびくと周りを気にしている。何か視線でも感じるのか、手を握るだけでは飽き足らず、身を寄せて腕を抱き込んできた。おかげで冬海のおっぱいが肘に当たって気分はハッピーだ。

 

「……」

 

当然、幸福を享受する俺は無粋なことは言わない。

彼女の名誉のためにも。

 

「それじゃあ人気のあったらしいスイートルームから行こうか」

 

事前情報を得ている麗花先輩の誘導に従い、俺達はロビーを出てスイートルームを目指す。

エレベーターは当然使えないので、階段で最上階へ移動した。

 

「せっかく四部屋あるし、それぞれ一部屋ずつなんてどうだい?」

「なんでですかっ!」

 

会長による一人で逝ってこい宣言に、思わず声を荒げてしまう冬海は控えめに言っても冷静ではなかった。普段の彼女なら声を荒げるなんて絶対にせず、淡々と述べただろう。が、今回に限っては語義が強かった。

 

「その方が面白いかと思って」

「それは倉科先輩だけでやってください」

「私だって嫌だよ。一人で行くの」

「じゃあなんで提案したんですか」

「こういうの定番かと思って」

「それじゃあ先輩、俺が一人で行きますね」

「「「それはダメッ!!!!」」」

 

他の三人を残して行こうと提案すると強く腕を引かれる。

冬海はお腹がくっつくくらい強く腕を抱きしめて、逃がさないといわんばかりだ。

 

「君は肉の盾だろう?」

「そうっすよ。置いて逃げたら直人君の性癖大学中にばら撒きますよ」

「そ、それなら、私は一週間ご飯作ってあげません」

「嫌だなぁ冗談ですよ。俺だってここで一人とか嫌ですし」

 

改めて、端の部屋へ。

案内板的にはお姫様の部屋だ。

ポケットから手袋を取り出し、保護のためにつけるとその手でドアノブを捻った。

 

「そういえば今更だけど、鍵ないんですね」

「あぁ、営業停止した時に鍵は撤去したらしいからね」

 

そのままドアを引き、扉を開けたままにする。中に入ったところで両手の空いた俺は、スマホのライトで全体を照らしてみた。

 

「お〜、お風呂はガラス張りで部屋から丸見え、お姫様の人権とは……」

 

中に見えるのは広く豪華なバスタブとタイル張りの床。おまけにバスタブはハートマークという利便性と世界観的にはどうなんだと物議を醸す形状をしていて、ツッコミどころ満載だった。

しかし、ベッドは天幕がついており古びてはいるものの上質そうなシーツが敷いてある。見た目だけは立派だった。

 

「結構いい寝具を使ってるね」

 

麗花先輩のお墨付きを貰いベッドがどこか誇らしげに見える。

 

「でも、耐用年数までは持ちそうにないっすね……」

「まぁ、お姫様がギシギシガタガタベッドの上で暴れたらしょうがないだろ」

 

姫様の名誉的には“癇癪”か“夜伽”か。非常に悩みどころである。

 

「鏡は大きいですね」

「そうだな。姿見というか壁の三分の一鏡張りって、なんだかダンスのレッスン室みたいだけど。危ないから鏡には触るなよ」

 

そう言って念のためコンコンと鏡を軽くノックしてみる。すると不自然な音と感触が返ってきた。

 

「ん……?」

 

まるで薄い板を叩いたような……。そう、向こう側は空洞のような奇妙な感じだった。

 

俺は部屋の中から出て廊下を確認する。扉は基本的に等間隔だが、姫様の部屋と王の部屋の間にはもう一つ扉があった。従業員が使用するのか関係者以外立ち入り禁止の文字。シーツや掃除用具でもしまってあるのかもしれない。

 

ドアノブを回して扉を開く。と、そこには古びたソファーが一つ置いてあった。他には何もなく壁に一枚の鏡があるだけで、他には何もない。

 

「は……?」

 

なんとなしに足を向けて近づくと、鏡に写ったのは部屋内を探索している三人の姿。

 

「あれ、そういえばあたしの飼い主はどこ行ったんすか?」

「知らないよ。誰か腕を組んでなかったのかい?」

「せ、先輩!?ど、どこですか!?」

 

今まで気づいてなかったんかい、というツッコミは後にして俺は声を掛けることにした。

 

「俺は隣だよ」

「せ、先輩?どこですか?」

「おかしいな。さっき声が聞こえた気がしたのに」

「またあの人あたし達のこと脅かそうとしてるんじゃ……」

 

それじゃあお望み通りに……。

バンッ、バンバンと鏡を強く叩いてみた。

 

「ひゃあっ!?!?!?」

「な、なんか壁ドンされました!幽霊がいるんすよ!」

「っ、きっとお楽しみの最中だったんだよ!」

「違うんです違うんです許してください私騙されて連れてこられたんですぅ!」

 

珍しく饒舌に言い訳をする冬海に、俺は声を抑えてくつくつと笑う。思わず大爆笑しそうになるのを必死に堪えた。

 

これ以上揶揄うと俺の命が危ういため、仕方なく部屋を出て元の部屋に戻る。わざとスマホのライトを消して忍び寄るのを忘れない。

 

「呼んだ?」

「ぁ、ぅぁ……っ」

 

下から顔を照らすという演出も忘れずに突然出現した感を出すと、驚いた冬海が声にならない声を上げて–––。

 

「うごっ!?」

 

手に持っていたスマホを投擲してきた。

クルクル回りながらスマホが顔面にクリーンヒットした俺は、思わず顔を仰け反らせながらタタラを踏む。

 

「あっ、ご、ごめんなさい先輩大丈夫ですか!?」

「……ぎゅってしながら頭よしよししてもらわないと大丈夫じゃないのかもしれない」

 

冗談交じりに要望を加えると、冬海は大慌てで俺の頭を胸の中へぎゅっと抱き、さわさわと頭を撫でてきた。

 

「大丈夫ですか?どこか痛いところは?」

「額に当たっただけだから大丈夫……」

 

鼻が冬海のおっぱいに埋没するという幸せ体験で痛みが引く。–––否、引いた気はしたけどめっちゃ痛い。

 

「それより面白い部屋見つけたんだよ」

「面白い部屋っすか?」

「また君は勝手にいなくなって……まったく手を離すとすぐこれだ」

 

麗花先輩に左手を再度繋がれて、そのままぐいぐいと冬海から引き剥がされる。

 

「それで面白い部屋って?」

「こっちこっち」

 

三人を連れて隣の“関係者以外立ち入り禁止”の部屋に戻ると、麗花先輩が鏡らしきそれを注視してすぐにその正体を看破した。

 

「これまさかマジックミラー!?」

「そのマジックミラーですね。さっき麗花先輩達の姿がここから見えたんで」

「このホテルこれがバレて営業停止になったらしいんだよ。まさか本当にあるとは……」

「おお、あっちの部屋が見えるっす。あっちからは何も見えなかったのに。あたしも欲しいです」

 

興奮気味にマジックミラーを調べ始める二人の先輩の姿に、俺は我が子を見守る親の気持ちで眺めていた。

 

「……先輩」

「ひっ」

 

その背後から背筋も凍るような冷気が漂う。

真夏なのに肌寒く感じて振り返ると、無表情の冬海が俺の腕に指を絡めてくる。

いやらしく、淫蕩に……そして、その指先が、爪が、肌に食い込んだ。

 

「帰ったらお説教です。……わかりましたか?」

 

幽霊なんかより、今の冬海の方がよっぽど怖くて、俺はただ首を縦に振るしかなかった。

 

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