無事に幽霊ラブホを脱出した俺達は、住み慣れた街へと帰ってきていた。
深夜を過ぎた眠る街は車通りも少なく、擦れ違う車はほとんどない。道路を独占状態である。
「そういえばだけど……」
ふと思い出したように、麗花先輩がしんと静まっていた車内で声をあげた。その視線が後部座席でぐったりとしている冬海に向けられる。ミラー越しに見た彼女は本当に疲れ切った様子だった。
「君はこれからどうする?帰る?」
「……どう、とは?」
ミラー越しに目が合って、冬海は僅かに身体を起こした。
「私達はこれから二次会にラブホに行くんだけど、君も来るかい?」
「……」
先輩達の揶揄いが効き過ぎたのかちょっと疑心暗鬼気味の彼女は、思案するように視線をふっと下げた。
「……それは、どういった理由で?」
もう二度と揶揄われたりはしないとばかりに、慎重に言葉を返すと、探るようにミラー越しにガンを飛ばしてくる。
「そう警戒することはないよ。今度はちゃんと本物のラブホだよ」
「……それはそれで問題がありますよ」
薄らと頰を赤らめて、何を想像したのやら。
逡巡した後で、ハッと顎を上げる。
「…………何をするんですか?」
もはや信用も信頼もしていないとばかりに、冬海は警戒心高めの猫のような視線を麗花先輩に向けていた。
「そりゃあラブホで男女がやることなんて一つしかないだろう」
「や、やっぱりこれはそういういかがわしい会合だったんですね」
「半分当たりで半分外れかな?」
慣れたように車を運転しながら、麗花先輩はホテル街の方へと曲がった。もう既に冬海を帰す気はないっぽい。いや、ついてくるのは確定している。
「半分ハズレ?」
「肝試しって命懸けでドキドキしてハラハラしただろう。つまるところ危機感から生存本能を刺激されたわけだよね」
「はい、まぁ、そうですね……?」
「だから今すごくムラムラするし、子供作りたくて仕方ないわけだよね」
「……」
「肝試しのあとするのすごく気持ちいいんだよ」
「……」
「だから、これは仕方のないことなんだ。人間のメカニズム上ね」
オカルト研究会の極致とも言える会長の迷言に、冬海は何故か俺の方を見た。知らん知らん。
「……でも、それって先輩達がやりたいだけでは……」
「君はどうする?」
「……でも、その……そういうのは付き合ってから……結婚してからするもので……」
「今の時代結婚してから体の相性を確かめるカップルは少数派だよ」
「た、確かに……体の相性は大事だとは思いますけど」
話が変な方向に捻じ曲げられているのにも気づかず、冬海は一部同意した。
あともう一押しというところで、割と怖がりな冬海に重要な情報をぼそっと呟いた。
「……それに一人でいると霊に襲われるしね」
それを聞いた瞬間、ピシッ、と冬海が硬直した。
「……それはどういう意味で?」
「心霊スポットに行くと大抵高確率で憑かれるからね。一人でいると危ないんだ。だから私達は、肝試しのあとはいつもお泊まりしてるんだ」
「–––それを早く言ってください」
「いや、君を揶揄うのが面白くてつい」
当然、そうなると選択肢はないわけである。もう既にホテルは目の前だ。
米倉財閥傘下のちょっとお高いラブホテル。当然素泊まりもできて、普通に宿泊も可能な高級宿だ。防音性は抜群で隣の部屋からえっちな音が聞こえてくることもない。逆に言えば漏れる心配もない。防音性皆無の盗み聞きがしたいなら、米倉系列以外が推奨されている。
地下駐車場に車を駐車したあと、俺達は車を降りた。
何故か冬海は、俺の背後に隠れる。
「どうした?」
「……いえ、その……ここ知り合いがいる可能性があって……」
「大丈夫だよ。基本清掃員も鉢合わせることないから」
「来たという事実が問題なんですよ……」
知り合いにバレるのが恥ずかしいのか冬海は顔を俺の背中に押し付けている。
「場所変えるか?」
「……いえ、いいです。このままで」
深く深呼吸したあと、冬海は強く俺の服を握った。
「……もう大丈夫です」
「そうか」
「大丈夫っすよ。あたしなんてモロバレですから」
「私は陽菜先輩とは違いますからっ。そういうことしないのに入るのは、なんとなく勇気がいるというか……」
「わかるぞ。俺も初めて入る時は緊張した。……どこぞの本屋の十八禁コーナーで知り合いと顔を合わせた時は羞恥で死ぬかと思ったけど」
思い出したくもない黒歴史を語ると、冬海は緊張を僅かにほぐしたようで服の掴みが緩くなった。
「……何を買ったんですか?」
「…………行くぞ」
深掘りされたくない方向に話が広がり始めたので、俺は無視して歩き出した。
エレベーターに乗り一階ロビーへ。
到着してドアが開いた瞬間、若いカップルと鉢合わせた。
相手は一瞬こっちを見てギョッとする。
知り合いだったわけじゃない。羨望の眼差しから察するに、俺がハーレム状態なのが羨ましかったのだろう。おまけに全員絶世の美女。言ってて状況がおかしいことに気づいた。
見惚れていた男の方は、腕を引っ張られるようにパートナーに連れて行かれる。俺は御愁傷様と心の中で合掌しておいた。
「適当な部屋でいいかい?」
「SMプレイできる部屋がいいっす」
「はいはい」
米倉の理念はお客様のニーズに応えることである。当然、そういう専用部屋もある。
麗花先輩は偏り過ぎず、かつ陽菜先輩の要望を取り入れた部屋を選んだ。
再びエレベーターに乗って、借りた部屋へ。
陽菜先輩はいの一番に部屋へ入り、もはや実家かと思うくらいに寛ぎ始めた。
「さて、それじゃあまずはお風呂の順番を決めようか」
会長らしく麗花先輩が声を上げると、俺の背後で「お風呂……」と過剰反応する可愛い後輩の姿が。
「じゃあ、あたしと直人君が一緒に」
「それじゃあ私も一緒に入ろうかな。冬海君はどうする?」
もはや当然のように俺が美女二人と入浴するという展開に、とんでもないキラーパスが麗花先輩から冬海へ。すると瞬時に彼女の頰が赤くなった。
「せ、先輩と一緒にだなんて……!」
「本当は二人一組がいいんだけどね。ほら、幽霊の件もあるだろう?」
「……た、確かに」
よっぽど幽霊が嫌なのか冬海は納得した。しかし、その言い分なら当然反論もあるわけである。
「ですが、それなら二人一組がいいですよね?」
一人で入るのは嫌っぽい。よっぽど今日の心霊体験が堪えているみたいだ。
「じゃあ、誰が藤宮君と入るかだけど……」
「当然あたしですよ」
「意見が割れるんだよね」
三人で入るという結論に達する理由を証明してみせた麗花先輩は肩を竦める。
「……それなら、じゃんけんで決めるというのは?」
「ダメだよ。勝った方は絶対裏切ってお風呂場で藤宮君とイチャイチャするし。っていうか私も裏切る」
自信満々に言い切ってみせた麗花先輩に、陽菜先輩はうんうんと頷いて同意した。
「絶対あたしが先です」
「私だよ」
普段は仲のいい二人が一触即発の状態で、冬海は迷ったように瞳を揺らした。
視線を下げて、胸の上で手を握る。
そうしてしばらく二人の言い合いを眺めていると、そろそろと手を挙げた。
「そ、それなら私が……!」
思わぬ一声に、麗花先輩達が喧嘩をやめる。俺も驚き過ぎて「えっ」と言葉が飛び出た。
「だそうだけど藤宮君?」
「どうします?」
決定権が女の争いに割って入らないと傍観していた俺に委ねられて、戸惑いながらも冬海を見た。
「……いいのか?」
「……絶対に見ないって、先輩が約束するなら」
恥じらいながらも紡がれた言葉に、俺は動揺する。欲望と理性の狭間で、二度とないチャンスに揺らいでいた。
「…………善処する」
俺が約束できるのは、それくらいだった。
お嬢様ルートはどういう風にするか案はあるんだけど、冬海さんルートが終わらない件について。