元メスガキさんをお持ち帰りした件   作:黒樹

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裸の心

 

 

 

ラブホテルの洗面所は、特別大きな鏡が貼ってあった。洗面台から上を覆うように壁一面の大きな鏡が。

 

「……先輩、あっち向いてください。それと絶対に見ちゃダメですよ」

 

そこに映るのは俯き恥じらいながらも、なんとか平静を保とうとする健気な後輩女子の姿。声も震えて、念を押すように注意してくる。

 

「はいはい」

 

おざなりに返事しつつシャツを脱ぐ。床に衣服を脱ぎ捨てた瞬間、ぱさっという音にビクッと反応した冬海がなんだか妙に愛らしくて、嗜虐心が湧いてくる。

 

「脱がないのか?」

「お、お先にどうぞ」

 

ちらり、と視線が俺の上半身へ。するとほんのりと頰が赤く染まった。

 

「ひぅ……っ」

 

異性に裸を見られ慣れている俺が続けてズボンとパンツを下ろすと、変な悲鳴を上げながら冬海は顔を両手で覆う。

 

「……おまえ大丈夫か?」

「ま、前、隠してくださいっ」

「俺は見られても一向に構わんが」

「私が気にするんです」

「……すけべ娘め」

「ち、違います!」

 

たまに開いた指の間から瞳を覗かせては「きゃっ」と顔を覆う。それを三度繰り返した冬海は、なんとか俺の剥き出しの股間から視線を外す。

 

「は、早く行ってください。私はあとから行きますので。……あ、あと絶対に入口から背中を向けて座っていてくださいね」

「俺は待っていてもいいんだが」

「……無理です。先輩に見られていると思うと死んでしまいます」

「悪い悪い。冗談だって」

 

冬海のストリップショーが見られないのは残念だが、そう言われては仕方がない。俺は脱衣の観察を諦めて先に浴室への扉をくぐる。

 

そこはラブホテルにしては普通の浴室だった。

バスタブだって家庭でよく見るサイズだし、ガラス張りというわけでもない。

壁には浴室鏡が一つ。縦約百センチ。横約五十センチ。

その前には風呂椅子が置いてあり、シャワーでお湯をかけてから座った。

 

「……風呂でも沸かしておくか?」

 

しかし、一分待っても冬海は来ない。痺れを切らした俺は浴槽を軽く洗ってお湯を貯め始めた。

 

普段、夏の間はシャワーで手早く済ませる俺だが、先輩達の要望で夏場でも半身浴ほどのお湯を沸かしたりする。だからこれはその一環で冬海と同じ浴槽に浸かりたいという下世話な欲望はないのだ。これっぽっちも期待してない。断じて。

 

「……お、お待たせしました」

 

満足して再び風呂椅子に腰を下ろしていると、浴室と洗面所を通じるドアが開いた。

そっと顔を覗かせた冬海が、不安そうに顔を覗かせて、俺が背中を向けているのを確認する。

 

「……ちゃんと言いつけは守っているみたいですね」

「当たり前だろ。おまえに嫌われたくないからな」

 

俺は当然前を向いて答える。ついうっかり振り返りかけたが、俺は誤魔化すように応えて目の前の鏡面に視線を固定する。

安心した冬海は、ゆっくりと浴室へ入ってくる。前は小さなタオルで隠しており、胸と下腹部を布地が覆っていて見えなかったが、彼女の横乳や側胴、くびれ、腰のラインはものの見事に丸見えだった。

 

俺はつい鏡を凝視して、“映る冬海の姿”を堪能してしまう。事件はその最中に起こった。

 

「ひゃぁっ!?」

 

突然、冬海が素っ頓狂な声を上げたのだ。

 

「だ、大丈夫か?」

「だ、大丈夫ですから振り返らないでください!」

 

つい振り返りそうになったが、懇願するように叫ばれては振り向けやしない。その代わりにリアルタイムで背後の状況は鏡に映っていた。

 

鏡には先ほどと同じように顔を覆うように隠した冬海が映っている。するとどうなるかというと支えを失ったタオルは重力に従って落ちるわけである。彼女の秘密の場所を隠していたタオルが。

おかげですっかり彼女の裸体は余す所なく鏡に映っており、おっぱいは谷間どころか山頂までくっきりだった。惜しむらくは下腹部が俺の体に隠れて見えなかったこと。非常に残念でならない。

 

「うそ……さっき洗面所で見たのと違う……」

 

しかし、あちらからはガッツリと見えていたようだ。

 

「……」

 

彼女は無言で自らの下腹部に手を当てて、何かを確認するかのようにつぅーと臍の辺りまでゆっくり撫でるとそこで止める。

 

「……教科書とちがっ。あんなのが私のお腹に……入るの?でも、赤ちゃんが通るんだから……」

 

本人は無意識に独り言を呟いているのだろうがいかんせん場所が悪かった。ここは風呂場で音が響きやすい場所である。普段は聞こえない独り言もバッチリだ。

 

「冬海」

「……でも、先輩に襲われたら、抵抗なんて……」

「冬海っ!」

「–––っ!?ひゃい!」

 

本人にそのつもりはないのだろうが、これ以上誘惑されては敵わない。俺は強制的に彼女の艶かしい葛藤を強制停止させ、そこで冬海の意識が戻ってきた。

 

「……す、すみません。取り乱しました」

「あぁ、うん、なんかすまん」

「い、いえ……でも男の人のあれって花の成長を倍速再生させたみたいに大きくなるんですね」

 

どうやらとんでもないところを見せつけてしまったらしい。何故かうちの愚息は誇らしげだ。

 

「……変なところを見せたみたいだな」

「そ、そんなことないですよ。だって裏を返せば……それって私で興奮してくれた、ってことですし……」

 

尻すぼみに冬海の言葉が消えていくが、当然風呂場なので全部反響していた。どうやら風呂場では鈍感系主人公の難聴は使えないらしい。

 

「どうした?」

「い、いえ……なんでもありません」

 

しかし、冬海はそのことに気づいていないようだ。藪蛇を突きたくなかった俺は、素知らぬ顔で聞こえていないふりをした。

 

「そうか……」

「そ、それより先輩。背中流してあげるのでそのままいてください」

 

誤魔化すように声を出した冬海が、洗面器を手に取る。

蛇口から湧き出るお湯を洗面器で受け止めて、お湯の温度を確かめるとそれを俺の頭に優しく掛けてくれた。

 

「まずは髪から洗いますね」

「別にそこまでしなくていいぞ?」

「私こういうご奉仕は得意なんですよ。やらせてください」

「……え、おまえこういうこと普段からやってんの?」

「え、あ、や……まあ、そうですが」

 

それを聞いた瞬間、もやっとした黒い感情が浮かんだ。

一瞬、彼女が言い淀んだのもどうしてか、他の男にしているのかもと思うと心がざわめいてささくれ立ってしまう。

 

「……男に?」

 

つい聞きたくなくてもでた平静を装った声は、思ったよりも低く剣呑だった。

 

「なっ、違いますよ。女の子です。歳下の」

 

その答えを聞いて、ほっとする。

そんな俺に追い討ちをかけるように、ぼそりと冬海がこう呟く。

 

「……しませんよ。先輩以外にこんなこと」

 

その言葉の真意を測る前に、頭をわしゃわしゃと掻き混ぜられる。シャンプーが泡立ち、俺は反射的に目を閉じた。

細い指先が優しく頭皮を撫でるように感触が、余計に鋭敏に感じられるようになる。おまけに冬海の緊張に満ちた息遣いも、心臓の鼓動の音も、彼女の存在も近くに感じてしまった。

 

「はい、目を閉じてくださいね」

 

よりその存在を確かめようとしている間に、頭からお湯が掛けられる。二、三度繰り返したところで、

 

「もう目を開けていいですよ」

 

と、許しを得た。

 

「次は背中お流ししますね」

 

間髪入れずに冬海はボディータオルを手にしている。ボディーソープ塗れにしたタオルは既に泡立っていて準備万端だ。

 

「……おう」

 

あまりの手際の良さと彼女の真剣な表情に、俺は口を挟むことができなかった。

 

 

 

 

 

 

冬海の健全な洗体を受けたあと、一人で湯船に浸かっていた。

浴槽の外では、風呂椅子に座った冬海が体を洗っていた。

彼女の体は泡塗れになっても綺麗で、むしろ見えないことが余計にいやらしさを引き立てていた。

 

泡と汚れをさっぱり落とした彼女は、身体を隠すように抱きしめながらこっちを睨んだ。

 

「……先輩の変態。見ないでって言ったのに」

「……すまん」

「もういいです。……最初からわかっていたことですから。そこ詰めてください」

 

呆れた彼女の許しと一緒に脚が伸びる。俺に太腿の内側を見せないように、注意しながら湯船に脚を入れてきた。

 

「もうちょっと詰めてあっち向いてください。次見たら本当に怒りますよ」

「それは本当に悪かった」

「……鏡越しに色々見たくせに」

 

どうやら全てバレていたらしい。俺は聞こえないふりをした。

 

湯船の中で、背中に別の温度が加わる。

冬海の背中が湯船の中でくっついた。

背中でもわかる男とは違う肌の感触に、どこか安心と興奮を覚えた。

 

「「……」」

 

お互いに無言で背中を合わせる。

息遣いと、心臓の音、両方を感じていた。

 

「……ねぇ、先輩」

 

数分ほどそうしていると、冬海が弛緩した声を出す。どうやら緊張は湯に溶けてしまったようで、普段の口調に一番近いものだった。

 

「なんだよ?」

「……襲わないんですか?」

 

冬海の思わぬ一言に、俺の心臓は強く脈打ち動揺した。

 

「……それどういう意味だよ」

「こんな状況になっても、先輩は襲ってこないので、私には魅力がないのかと……」

「そんなわけないだろ」

「じゃあ、どうしてなんですか?」

 

どうして、と言われても……それじゃあまるで襲ってほしいみたいに聞こえるではないか。

俺は彼女の言葉の意味を黙考する。もしかしてこいつ俺のこと好きなんじゃ?という考えが浮かんだが、慌てて打ち消した。

 

ため息をひとつ、動揺を打ち消す。

 

「俺は偽物の恋人だろ。襲ったらダメだろ」

「……先輩ってそういうところ真面目ですよね。まあ、そういうところも好きになったんですけど、今は腹立たしいです」

「なんて理不尽な」

「女心ってそういうものですよ」

「意味わかんねぇ」

 

背中合わせになっていた感触が、突然離れた。と、思えば不意に背中に柔らかな感触が押し当てられた。

 

「……先輩」

 

そして、俺の体を綺麗な細い腕が絡めとる。

俺のお腹の上で、結ばれたのは冬海の手だ。

 

「なんで抱きついてくるんだよ」

「鈍感な先輩に、女心というものを教えてあげようと思いまして」

「……」

「……ねぇ、先輩。本当は薄々気づいていましたよね?私の気持ちに」

 

優しい抱擁が、ぎゅっと強く抱き締めるようなものへと変わる。彼女の体の感触がより強く肌に触れて、心臓の鼓動がよく伝わった。彼女の心臓の音は随分と早かった。それに釣られるように俺の心臓の鼓動も早くなる。

 

「……好きでもない人に手料理なんて作りませんし、家に招いたりもしません。家に行ったりもしませんし、一緒にお風呂入ったりなんてするわけないじゃないですか」

 

……言われてみれば確かに、冬海の言い分は正しかった。

 

「好きです。……好きです、先輩」

 

一度、口にしたからか、堰を切ったように冬海は何度も愛を囁く。

 

「先輩……直人、先輩。もう偽物なんて嫌です。私だけを選んでください」

 

熱い水滴が、肩に落ちる。

それを合図に、冬海は俺から離れた。

 

「……えっと、返事は考えておいてください。私は先にあがりますので。そ、それでは」

 

言いたいことだけ言うと、彼女は逃げるように浴室から出ていった。

 

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