元メスガキさんをお持ち帰りした件   作:黒樹

185 / 190
合鍵

 

 

 

ミーンミンミンミンミー。

ツクツクボーシ、ツクツクボーシ、ツクツク–––。

ミミミミミ゛ミ゛ミ゛ミ゛。

 

「ぬぅぅ……んぅ……?」

 

夢の中で、複数種類の蝉の声が聞こえた気がした。

耳障りな大合唱に叩き起こされて、闇から目覚めるとその音がやけにクリアに聞こえた。

クーラーをガンガンに掛けていたはずの部屋は妙に蒸し暑く、時折肌を撫でる風が心地いい。毛布代わりに掛けていたタオルケットを蹴飛ばしていた俺は、窓から差し込む光に目を細めて抗議の視線を飛ばした。

だがそんなものが自然に通じるはずもなく、負けないように蝉達の大合唱が寝室へと響き渡る。

 

「先輩、おはようございます」

 

未だ状況が読み込めずにベッドに突っ伏しているのをやめて、もっと涼しい場所を求めてベッドから転がり出ると、床に不時着した。

 

「でっ……!」

 

多少衝撃を食らったものの、俺はすぐに機嫌を良くして床に這い蹲る。室温よりも床の温度がひんやりとしていて気持ちよかったからだ。

 

「もう、そんなところに寝っ転がらないでください」

「……んん?あぁ……冬海か、おはよう」

 

そんな俺を覗き込むようにして、薄水色のブラウスに白いスカートを穿いた彼女が、腰に手を当てて仁王立ちしている。

その上にはエプロンをつけており、すっかりエプロン姿が様になっていた。まるで昔からその姿を何度も見ていたかのようである。

 

「起きて顔を洗ってきてください。朝ごはんの用意できてますから」

「ん……」

「私は先に行ってますから。絶対に起きてくださいね?」

「わかってる。……この暑さで二度寝できるほど、図太い神経してないし」

 

のっそりと床から起き上がってみせると、冬海は満足そうな顔をしながらため息を吐くという微妙に難しい感情表現をしながら寝室から出ていった。

 

俺もすっかりと目が覚めて、寝室から出る。

洗面所で顔を洗い、軽く眠気を覚ましてからリビングへと顔を出す。

既にダイニングテーブルには、豪勢な和食が準備されており、焼き魚、卵焼き、味噌汁、白米、おしんこが並んでいた。

 

「さぁ、先輩。座ってください」

「おう」

 

食卓について、静かに合掌をする。

風習や宗教によれば、神や食材そのものに感謝するようだが俺はちょっと違った。

俺が感謝の念を浮かべるのは、決まって作ってくれた人だ。この場合は冬海だろう。だから目の前の冬海に感謝しておくことにする。

 

「「いただきます」」

 

どちらから示し合わせたわけでもなく声が重なる。

そうして俺達の朝食はスタートした。

 

「ずずず……ぷはぁっ」

 

まずは渇いた喉を潤すために味噌汁に手をつけて、程よくぬるい液体をごくごくと飲む。豆腐やわかめをほとんど飲むように咀嚼して、飲み込んだ先で胃袋に収める。

 

「あ〜、赤出汁が染みる」

 

夏は赤出汁、冬は白味噌を好む俺に合わせた完璧なお味噌汁に舌鼓を打ちつつ、白米で一度濃くなった口内を浄化しつつ、おしんこを放り込んでもぐもぐと咀嚼する。

 

「ごくん。……ところで、冬海」

「はい、なんですか?」

「なんでここに……っていうか、どうやって入った?」

 

そこでようやく俺は目の前にある違和感に気づいた。

冬海さんが家の中にいるのだ。

麗花先輩と陽菜先輩は合鍵を持っているから、勝手に部屋の中に入っているのはわかる。

だが冬海にはまだ合鍵を渡していないのだ。

うっかり年若い夫婦のようなやり取りに流されてしまいつつあったが、脳内の片隅にあった奇妙な違和感が明確な形になった。

 

だからもう一度、言う。

『冬海が家にいる』

それも朝から通い妻のように優しく起こしてくれて、朝ごはんまで用意してくれる。

夢にまで見たシチュエーションだ。だからこそ、現実になったことで俺はうっかりスルーしかけたのである。

 

卵焼きを一口で頬張り、咀嚼していると彼女は後ろめたそうに目を逸らす。

 

「えっと……まずは、勝手に入って申し訳ありませんでした」

 

謝罪から始まった事情説明に、謝罪を受け入れたことを示すように俺は静かに頷いた。すると冬海の説明が続く。

 

「実は、朝の七時くらいに来たんですけど、インターホンを鳴らしても出なくて、だから陽菜先輩から借りた鍵で勝手に入ってしまいました」

 

勝手に人の家の合鍵の貸し借りが行われている件について。怒りたいところだが、勝手に鍵を複製してストーカーしたあの人ならありえない話ではないと納得してしまう。

 

「私も突き返そうとしたんですけど、朝は絶対に起きてないだろうから、インターホン鳴らしても起きなければ入ってもいいと陽菜先輩が……だから、念のため借りた鍵で」

「そうか……」

 

–––結論、陽菜先輩が全部悪い。

 

「それはいいとして、なんでそんな時間に?」

 

俺は皿の上に転がっていたプチトマトを口に放り込む。潰した時に果汁が弾け、口内に甘い味が広がった。

半分興味なさげに質問を返すと、冬海は途端に真面目な顔になる。

 

「……先輩」

「なんだよ?」

 

物凄い圧を感じて、一瞬言葉が詰まる。

冬海は箸を置いて、こちらを見据えた。

 

「先輩はこの夏、どうお過ごしですか?」

「どうって……」

 

蘇るのは二人の先輩とのめくるめくえっちで自堕落な性活の日々。とてもではないが言える内容ではなかった。

 

「バイトして、ご飯食べて、寝て。その繰り返し。たまに先輩達が遊びに来るけど」

「それって先輩達といかがわしいことしてるんですよね?」

「……」

 

誤魔化す言葉が咄嗟に出ず、俺は一瞬詰まってしまった。その隙を冬海が逃すはずもない。やっぱりという顔になる。

 

「昔はもっとかっこよかったのに……」

 

ぼそり、と冬海が何事かを呟いた。

それを再確認として、彼女は顔を上げる。

 

「そんな生活ばかりしてるから、私が先輩のことを矯正しに来たんですよ」

「なら、窓が開いて網戸になっていたのもお前の仕業か」

「一日中クーラーの下では不健康ですから。そういう自堕落な生活を終わらせるため、私がこの夏休みの間お世話します」

 

なんてありがた迷惑だろうか。俺は露骨に嫌そうな顔をする。

 

「えー」

「拒否権はありません」

「俺が素直に言うことを聞くとでも?」

「聞きますよ。先輩は」

 

自信満々というよりは確信を得ているかのようなそんな不適で可憐な笑みを見せて、冬海は卵焼きを半分に齧った。

 

「そう上手くいくとは思わないけどな」

「そうですね。付き合ってもいない人に合鍵を渡しちゃう非常識な先輩の矯正は骨が折れそうです」

「一応言っておくけど、陽菜先輩のは勝手に複製されただけだからな」

「回収していないのであれば、それは同意と変わりありませんよ」

 

確かに今では陽菜先輩の合鍵所持は許可あってのものだ。元の理由はどうあれ、結果的に合鍵を渡したという事実に変わりはない。

 

「それならおまえは合鍵いらないな?」

 

テーブルの上にまた自分用に作った合鍵を載せる。するとそれを見た冬海が、そろそろと手を伸ばしてしっかりと掴んだ。

 

「合鍵を恋人以外に渡すのは非常識じゃなかったのか?」

「それとこれは別です。自堕落な先輩の生活を矯正するためには、自由に出入りできた方が都合がいいので」

 

淡々と用意していたような言い訳を口にして、冬海は何食わぬ顔で合鍵をポケットにしまったのだった。

 




この話を書くにあたって私のしたことは、蝉の鳴き声の動画をYouTubeで検索することです。なにしてんだろうね。
一番好きなのはひぐらしなんだけどね。出しませんでした。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。