約十五分ほどで、ウォータースライダーの頂上へ到達した。
公式パンフレットでは、高さ13メートル。スライダーの長さは約80メートル。
このウォーターランドの目玉の一つで、若者を中心に人気があるとか。
「次の方〜、どうぞ〜」
下の案内板で見た情報を思い浮かべていると、目の前のカップルが係員に連れられてスタート位置に誘導される。カップルは説明を受けた後、彼氏君のバックハグでスライダーに消えていった。
「……」
「次の方〜、どうぞ〜」
その様子を凝視していた俺達に、係員からお呼びが掛かる。
「冬海、行くぞ」
「……」
「冬海?」
「ひゃい!?–––あ、そうですね」
心ここに在らずといった様子の冬海さんは、耳の先を真っ赤にしながらスタート位置へぎこちない足取りで向かう。
「それでは説明させていただきますね。このウォータースライダーはそのままでも、専用の浮き輪を使用した滑走も可能です。どちらになさいますか?」
「う、浮き輪を。浮き輪を使用します」
冬海は何故か焦った様子で後者を選択した。その様子を見て、係員さんは微笑ましそうに冬海を見る。そして、推定彼氏君である俺にサムズアップした。
「それではこちらをどうぞ」
おちゃめな係員さんはすぐに傍から小さい長方形の浮き輪を出す。その浮き輪には側面に二つ、取っ手のようなものがついていた。
「前の方が取手を掴み、後ろの方が前の方に抱きつく形で乗ってもらいます。しっかりと抱きつかないと危ないので注意してくださいね」
「えっ……」
係員さんはにっこり、冬海は顔を能面のように固めてしまう。ちなみに俺はこの後の展開にニヤニヤだ。
「それでは、どちらが前になさいますか?」
係員さんのいい笑顔にぎゅんと冬海は振り返り、真面目な顔で聞いてくる。
「どうしましょう先輩?」
「どうって……好きな方でいいぞ」
前なら冬海のおっぱいが背中に、後ろなら冬海の柔らかい体を触り放題。俺にとってどちらにしても損はないのだ。
男の浅はかな欲望に気がついているのか、いないのか、彼女はすごく真剣な顔で悩み始める。
「抱きつくのは恥ずかしいですし、前の方が……いや、それだと先輩にお腹を触られて……?」
「……」
「……先輩、どうしていやらしい目つきでおっぱいを見てるんですか?」
「気のせいだよ」
「嘘です。事故とか言って、触る気ですね」
俺の思惑に気づいた冬海はついに決意を固める。
「それなら私は後ろで」
「はい、それでは彼氏さん、まずは前にどうぞ」
「っ〜〜〜!!」
『彼氏さん』という単語に冬海の口角がぴくりと上がる。どうやら恋人と勘違いされたのが彼女の琴線に触れたようで、そのままそっぽを向いてしまった。
「それじゃあ、まぁ……」
受け渡された浮きに乗って準備すると、そろっと背後に冬海が座った。俺の身体を挟むように脚が伸び、脇の下から腕が伸ばされたかと思うと、きゅっとお腹の前で交差する。
「もっとくっついてください。彼女さん♪」
「は、はい……」
係員に注意(絶対揶揄ってる)されて、冬海は胸を押し付けるかのように密着してくる。おかげで俺の背筋から三角筋あたりには、柔らかな神秘の果実が布一枚で押し付けられていた。
「それではリア充ばく–––いってらっしゃいませ」
ぐんっと浮き輪が蹴られて、アトラクションがスタートする。
「ぬおっ」
「きゃあっ」
急激な傾きに驚いて、冬海さらに強く抱きついてくる。
バナナが熟す暇もなく、俺と冬海が乗った浮き輪はスライダーを流されていく。
「先輩、絶対に浮き輪から手を離さないでくださいね!」
「おまえこそ離すなよ」
右へぐるぐる、左へぐるぐる。小さなアップダウンを経て加速して右に左にふらふらと。
俺ができたのは、せいぜい取手を強く握るのと、背中の柔らかな感触に神経を尖らせることくらいだった。
「あ、トンネル」
薄暗いトンネルに入ったと思った次の瞬間には、視界が開けて–––突然、浮遊感が襲い掛かる。
「っ」
「ひにゃあ!?」
着水と同時に盛大に滑り、浮き輪から投げ出された俺と冬海は背中からドボンと大きな音を立てて水に落ちた。
覚悟もないままに鼻に水が入り、急激な痛みに咽せる。
反射的にプールの底を蹴った俺は、一度沈んだ水面から顔を出した。
「ぶはぁっ、びっくりした!」
「……」
「冬海は無事か?」
背中にはまだくっついている感触がある。
腕が腕に当たり、確かにそこには冬海の腕があることを確認できた。
それでもって肝心の本体は頰までくっつけて必死にしがみついている。さながらセミファイナル起こす前のセミのように。
「おーい、もう終わったぞ」
「……さっきの浮遊感でちょっと腰が……」
「大事じゃねぇか」
「……なのでもうちょっとだけ、このままでいさせてください」
「はいよ。邪魔になるから取り敢えず退くぞ」
そのままおんぶの体勢に移行する。そっと太ももに手を伸ばした時に、布地の部分が触れると冬海はピクンと反応を示した。それが思ったよりもエロすぎて俺はなんとも言えない気持ちになる。具体的にはバナナが実った。
「……先輩、もし重かったら言ってくださいね」
「大丈夫」
「でも、なんだか足取りが重くありませんか?」
「水の中だからだよ」
本当は半勃ち–––もとい立派なバナナさんのせいである。治るまではプールから出られないので、こうして時間稼ぎをするしかないのだ。
「そうですか」
俺は無言でプールの中を歩く。すると冬海はぎゅーっと背中に強く抱きついて、肩に顎を乗せてきた。
「……ちゃんと捕まらないと、落ちてしまいますので」
「そう、だな」
–––水の中でよかった。心からそう思った。
◇
ウォータースライダーを楽しんだ後は、片っ端から色々なプールに入ってみた。
定番の流れるプールや、波を生み出すプールなど。
泳ぐのはあまり好きではないが、気がつけば思ったよりも楽しんでしまっていた。
「もう十二時ですね」
「もうそんな時間か。一旦飯にするか?」
「はい」
時計の針は既に頂点を過ぎており、思い出したかのように疲労と空腹で脱力する。
「屋台みたいなのがあるっぽいな」
「焼きそばにかき氷、フランクフルト、唐揚げ、たこ焼き、カレーライスでしたよね?」
「縁日みたいだよな」
「どちらかと言えば、海の家ですよ」
「確かに。まぁ、海の家とか行ったことないんだけど」
俺が知っている海の家は、漫画やアニメのような空想上の世界である。実物は見たことがない。
「取り敢えず、いくか」
「はい」
プールサイドを歩き、フードコートを目指す。
目的の場所は、施設内の片隅に設置されており、飯時故か設置されたテーブルは殆どが埋まっていた。
「まぁ、考えることはどこも同じだよな」
「そうですね。……あ、あそこ、もうすぐ空きそうですよ」
「どこ?」
「あの奥の方です」
「お、本当だ」
冬海の言う通り数分でその席から先客が立ち去る。
俺と冬海は、運良くその席を確保できた。
あとは屋台で飯を買うだけだ。
「んじゃあ、俺が行ってくるわ。何がいい?」
「そうですね。たこ焼きをお願いします」
「了解。あ、飲み物はどうする?」
「アイスティーをお願いします」
「わかった」
席に座って留守番をする冬海を置いて、俺はたこ焼きを買うために屋台へと向かう。
屋台の前には五組ほどの列ができており、さほど時間はかからなさそうだった。
「へい、らっしゃい」
約五分ほどで順番が回ってくる。
たこ焼き用のプレートには夏に負けない熱気の上で、音を立てて焼けるたこ焼きがこれでもかと並んでいる。端の方にはまた入れたてのたこ焼きの元がひっくり返される前の状態で焼かれており、昼間は回転率重視でずっと焼いているらしい。今も接客をしながらタコを放り込んでいた。
「たこ焼き二つ、それとアイスティーも二つで」
「たこ焼きセット二つですね!毎度あり!」
店員は夏の暑さとホットプレートの暑さに挟まれながらも、元気よく声を上げて注文を確認すると、慣れた手際でパックに熱々のたこ焼きを放り込んでいった。その上からソースを塗り、鰹節、青のりを塗し、マヨネーズをかける。一分もかからずにたこ焼き一パックが完成する。
もう一人の店員が後ろのサーバーでアイスティーを紙コップに注ぎ、蓋をしてトレイに載せて注文した商品が揃った。
「へいお待ちぃ!」
入場時に配られた腕輪に記載されたバーコードで決済をして、注文の商品を持って屋台を離れた。
「–––と、どこだっけ?」
一瞬、冬海の姿を探すように視線を巡らせれば……何故か冬海の側には、見慣れない男二人の姿があった。
–––ちょっと目を離した隙にこれである。
俺はできるだけ急いで席へと戻る。
ある程度近づくと、周囲の喧騒に紛れて、その会話内容も聞こえてきた。
「そんなこと言わずにさぁ、一緒に遊ぼうぜ?」
「彼氏君なんてほっといてさぁ」
「……」
話の断片から察するに、一人でいた冬海に声を掛けたものの、彼氏がいるからと詳細に語った上でのお断りをしているらしい。しかし、彼らはその上で冬海を口説いているようだ。
どう考えたって冬海は上玉と呼ばれる美人さんだ。諦めの悪い厄介な連中が、簡単に諦めるはずもなかった。
「先ほども言いましたが、彼を待っているので–––」
「おう。待たせたな」
「先輩」
ドン、とテーブルにトレイを置く。
そして、そのまま男達の方を睨むように見る。
「それで、こいつらおまえの知り合いか?」
「いえ、まったく存じませんね」
聞くまでもなくやっぱりナンパだったらしい。眉間に皺を寄せてしっかりとその顔を見ようとすると、
「「ひっ、し、失礼しました〜〜〜!!!!」」
何故か奴らは、大慌てで蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「…………えぇ???」
「先輩みたいな目つき悪い人に睨まれたら当然ですよ。それに先輩って……その、だいぶ体つきが男の人っぽいというか、かっこいいですし」
「さっきまでの威勢はどこにいったのやら」
「ふふ、まったくですね。勝てないとわかると一目散に逃げて行きましたよ」
「おまえは愉快そうだな」
「それは迷惑してましたから。これくらいバチは当たりませんよ」
「それもそうか。そんなことより冷めないうちに食べようぜ」
「ええ、そうですね」
冬海の対面に座り、アイスティーを飲む。
汗をかいて渇いた喉に、独特の風味のある味が広がった。
「……おまえの紅茶に慣れると、市販の紅茶が不味く感じるな」
苦い味が口内に広がったことに顔を顰めつつ、俺はたこ焼きを口に放り込んだ。
「あっふぅ!?!?」
その後もはふはふ言いながら、たこ焼きを頬張り続けた。