元メスガキさんをお持ち帰りした件   作:黒樹

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味見してみますか?

 

 

 

数日分の着替えや貴重品をバッグに詰めて、俺達はまだ明るいうちに雪菜宅を出た。そのまままっすぐ俺の家に入るとしっかり戸締りをして、侵入の形跡はないか確認してからようやく落ち着くことができた。

 

「それじゃあ私はご飯作っちゃいますね」

 

荷物を片付けた雪菜はキッチンへ赴き、手始めに米を洗って炊飯器にセットした。

米が炊けるのを待つ間に、野菜の皮を剥いて下拵えをして、今日のおかずを作り始めた。

 

(もうすっかり通い妻……というか、住むのか。ここに。なら何妻だろう?)

 

もはや事実婚では?という謎の考えが脳内に浮かんだが、俺はもし雪菜と結婚した場合を想定してしまう。

こんな風に毎日料理を作ってくれるお嫁さん。それが雪菜であることに何の違和感もなかったのだ。結婚する想像はできなかったが、毎日こんな風なんだろうなという予感はするのだ。むしろ別の誰かと結婚するのは想像できない。

 

結婚するなら俺にだって理想はある。

料理上手で優しいお嫁さんだ。

多少厳しいけど、引っ張ってくれるくらいがいい加減な俺にはちょうどよくて、性格の相性は悪くないと思う。

 

「……あの、先輩?そんなに見られると集中できないんですが……」

「悪い。なんか料理作ってるのって見てると面白いし、なんだか雪菜が通い妻みたいというか……お嫁さんみたいだなと思って」

「……………」

 

正直な感想を告げたら、雪菜は野菜の皮を剥いていた手を止めて沈黙した。そして、俯くと、

 

「……それは、先輩次第ですね」

 

小さく口角を上げて、柔らかく告げる。

それは、ある意味で答えのようなものだった。

 

「なるほど……」

 

思わぬカウンターをくらって俺も何と返せばいいのかわからなくなる。

野菜の皮剥きを再開した雪菜の手つきは、さっきより少しだけ早くて、むしろ実まで向きかねない勢いだった。というか人参の中身まで剥けている気がする。

 

「じゃあ、俺は風呂洗ってくるわ」

 

どう返していいのかわからなくて、俺は逃げるようにリビングを出た。

 

 

 

 

 

 

雪菜手製の夕食後、リビングのソファーで紅茶を楽しむ。

相変わらずプロのお手前で淹れられる紅茶に舌鼓を打ちつつ、真真っ黒なテレビを見つめていると、食器洗いを終えた雪菜が隣に座った。ぴったりと寄り添うように距離を詰めてくる彼女に、俺は内心緊張しながら無言で紅茶を啜った。

 

「……さて」

 

既に中身のないマグカップを数十秒弄んだ後、コースターに戻しつつ平静を装う。いつもは帰る彼女さんとお泊まりだ。緊張しないはずもなく、話す内容も考えてもないのに取り敢えずといった感じで話し出す感じを出してみる。

 

すると雪菜もびくりと反応しつつ、腕に手を添える感じでもっと距離を詰めてきた。

 

「取り敢えず、まぁ……共同生活をする上で何かしらルールとか決めておくべきだと思うんだけど」

「今更ですね」

 

身も蓋もないことを言われて俺は言葉を詰まらせる。

 

「……でも、ある程度は相談しておくべきだろう」

 

通い妻–––同棲一歩手前だった状態で、ある程度うまくいっていたことを思えば今更話し合う必要はないのかもしれない。だがそれだと俺は間違いなく骨抜きにされる。具体的に言うと雪菜がいないと生活ができなくなる。

 

「何か問題が?」

「あるよ。おまえがいないと生活できなくなる」

「じゃあ、おとなしくそうなってください」

 

柔らかく表情を変えた雪菜の甘い誘惑を受けて、俺の中の何かが擽られる。

 

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

 

誘惑に屈した俺はずるずると倒れ込むように雪菜の膝の上に頭を載せて、そのまま鼻先を間に埋めてみた。

 

「きゃっ!」

「うべっ!?」

 

その瞬間、後頭部に固い凶器が振り下ろされた。雪菜専用のマグカップだ。

後頭部に物凄い衝撃を受けた俺は沈黙。その様子に慌てた彼女が、おそるおそるといった様子で覗き込んできた。

 

「……せ、先輩?」

 

マグカップをテーブルに置くと両手で頭を掴み、ヒットポイントを弄る。血の類は見られないことから一瞬安堵したものの、すぐに慌てた様子で再度声をかけてきた。

 

「せ、先輩、大丈夫ですか?」

「……ここが天国か」

「……大丈夫そうですね」

 

いつも通りの俺を見て、視線の温度が数度下がった。

それでも頭を撫でる手つきは優しくて、太腿は温かい。

くるりと反転して、後頭部を膝枕に預ける。

目の前には形のいい膨らみがあって、とても素晴らしい景色に大口を開けて見惚れてしまう。

 

「……まったくもう。先輩はいつからそんな変態になったんですか」

「大学生になってから?」

「なんで疑問系なんですか?」

「たぶん高校まではむっつりだったから」

「そういう告白は要りません」

 

額を雪菜の白い指が跳ねて、ぺしっといい音がした。

 

「まぁ、ルールとか適当でいいか。その都度不満があればお互いに隠し事はなしってことで。俺陰口とかダメなタイプだから。はっきり言って欲しいし」

「私も不満があるなら言って欲しいですね。改善したいので」

 

取り敢えずはお互いにそれで納得しておく。

 

「じゃあ細かいルールは先延ばしにしておくとして、取り敢えず今日のお風呂どっちから先に入る?」

「先輩からどうぞ」

 

基本的に甘やかしてくれるらしい彼女さんは、俺が先に入ることを推奨してくる。

 

「雪菜からどうぞ」

「いえ、私は長風呂なので」

「風呂上がりに髪乾かしたり時間が掛かるだろ?」

「そうですけど……」

 

そう言って雪菜は口を噤む。が、俺の頭を無意識か撫で続けている。

数秒沈黙していたかと思うと、はっと顔を上げた。

 

「……まさか先輩、覗くつもりじゃありませんよね?」

「アホか。覗くくらいなら一緒に入るわ」

「なっ」

 

薄らと頰を赤くして、雪菜が狼狽える。

 

「そ、それはまだ……心の準備が……」

「一度一緒に入っただろ」

「あれは不可抗力です!」

「俺はてっきりお風呂場でも甘やかしてくれると思ったんだけどなぁ」

 

期待していなかったと言えば嘘になるので、馬鹿正直に欲望を垂れ流すと雪菜はますます顔を赤くしてしまう。

 

「……それはまた、後ほど……」

 

言質を取ったので今はそれで納得しておく。あまり苛めすぎて怒らせると有耶無耶になりかねないので。

 

「……先輩」

「なんだ?」

「その……本当に、何もしないんですか?」

「……」

 

本音を言うと今すぐにでも押し倒したい。が、何があるかわからないのでできないのだ。

俺の顔色を見て何を察したのか、雪菜はますます顔を赤くする。既に耳の先まで真っ赤だ。

 

「……味見、くらいしてもいいと思うんですけど……」

 

艶々の唇を動かして誘う雪菜。

何をしろ、と言っているのかは俺でもわかった。

身を起こして、彼女の頬を撫でる。

すると雪菜はぎゅっと目を閉じて、完全にキス待ちだった。

 

「んっ……」

 

軽く押し付けるだけのキスを落として、彼女を手の内から解放する。するといつも以上に頰を緩ませた彼女が目の前で恥じらうように鼻の下を腕で隠してしまう。

 

「ほら、とっとと行かないと食べちまうぞ」

「そ、そうですね。ではお先に失礼します」

 

逃げるように雪菜はリビングを出ていく。俺はその後ろ姿を見送って、ソファーに崩れ落ちるように横になった。

 

「……あれは反則だろう」

 

……軽く触れただけの唇は、ダージリンの味がした。

 

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