充電器買ったけど、たぶん本体の方がダメなんだ……。
季節は巡り、夏から秋へ。かと思えば冬になった。
何を言っているのかわからないと思うが俺にもわからない。秋になってもまだ暑くて服装に悩んでいる間に冬になったのだ。
気がつけば店先にあったはずのカボチャの置物が消えて、赤い服に白い髭のおじさんが街を占拠していた。“あの日”に住居不法侵入しても無罪になる通行手形を持った有名なあの人である。
「サンタクロースってなんかすげえよな」
「唐突になんですか先輩?」
「いや、よく住居に不法侵入して訴えられないなって」
「先輩が名誉毀損で訴えられますよ?」
突然そんな話をすれば、何を馬鹿なことをといつものように呆れた目で彼女に見つめられる。
「というか子供達の夢を壊すような話をこんなところでしないでください」
店先にあるサンタの置物を視界の端に置きながら、雪菜はくっつくくらい近づいてそんなことを囁いてくる。
「だって、なぁ……?」
「先輩って夢も希望もないですよね」
「現実を見ていると言ってくれ」
「そういう発想ばかりするから友達できないんですよ」
今のはぐさっと刺さった。–––ように見せかけて言葉のナイフがあらぬ方向に勢いよく跳ね返る。
「いいんだよ別に。今はおまえがいるし」
「……」
何気なく放った言葉だが、雪菜は顔を真っ赤にして黙り込んだ。わなわなと震えると視線を逸らして、さっきよりも声を一段下げてこう囁くように呟いた。
「……先輩のバカ」
周りの雑音に消え入りそうな声だったが、なんとなく照れ隠しで言っていることがわかる。その証拠に彼女の手は俺の服の袖を摘んでいた。
「もう十二月か……」
話題を逸らすように視線は店先へ。
十二月の駅前は、クリスマスの景色へと様変わりしていた。
店先には大小様々なサンタ人形に、クリスマスセールの文字がある幟。いつの季節もある期間限定という言葉が、クリスマス限定と書き換えられていた。
他にもクリスマスイルミネーションを施した喫茶店やら、商業戦略に勤しんだ様子が垣間見られて競うように客を取り合っていた。
「もうすぐクリスマスだな」
正式にお付き合いを始めて三ヶ月を過ぎている。カップルの別れ目が“三ヶ月”を過ぎれば一年、“三年”を過ぎれば……。と聞いたことはあるが、俺達の関係は順調と言えよう。
別れる気配などさらさらなく、喧嘩も起きずむしろ熟年の夫婦も斯くやという雰囲気だ。周りは冷えているように見えるという客観的な意見が多いが、気づく人は雪菜の変化を見て“尊い”と呼ぶものもいた。前者は嫉妬、後者は厄介なファンだろうか。
普段の雪菜は冷たく見えるが、こう見えて家の中ではよくくっついてくる。外では恥ずかしいから手を繋がないだけだ。
「先輩、なにニヤニヤしてるんですか?」
「……彼女さんが今日も可愛いと思って?」
「そうやって茶化すのやめてください」
照れたように雪菜はそっぽを向いて、ぎゅっと袖を強く握ってきた。
「先輩ってそうやって茶化さないと本音を言えないんですか?」
「真面目に可愛いって言うのなんか恥ずかしいというか、難しいというか……な?」
「まったくもう……」
おどけて言うと、拗ねたように雪菜は睨んできた。
「話を戻すけど、もうすぐクリスマスだな」
「そうですね」
「一応聞くけど予定は?」
「………………」
雪菜は口を開けて即答しようとして……何故か、そのままフリーズした。
それからたっぷり数分固まると、そっと視線を逸らす。
「……すみません。イブもクリスマスも予定があります……」
「………………」
それを聞いた瞬間、俺も状況を理解できなくてフリーズした。
しかし、それに反して脳は高速回転を開始する。
クリスマスに彼女と過ごせない理由。
第一位。バイト。
きっと彼女がしているというバイトもクリスマス商業戦略で忙しいのだろう。メイド服を着る仕事らしいし、メイド喫茶なら世の報われない男性達から金銭を搾り取り夢を売る程度のことをしているのかもしれない。特にクリスマスは掻き入れ時だ。
第二位。家族と過ごす。
家族で祝ったりするのかもしれない。
第三位。雪菜に限ってありえないと思うが、浮気だ。
恋人とクリスマスに過ごせない場合、浮気の可能性があるととあるサイトに書いてあった。もしかしたら浮気とかじゃなく俺が本命じゃない可能性もあるが、雪菜はそんなことをする女性ではないと断言する。が、俺に問題がないとは言えないので否定もできない。俺なんかよりいいやつはいっぱいいるし俺が選ばれるのが間違いなんだろう。そう考えるとしっくりくる。
結論、取り敢えず藪を突いてみることにした。
「……その、なんだ。俺なんかに飽きたらいつでも捨ててくれていいからな」
「………………」
「ちょっ、痛ッ、痛い!?」
無言で手の甲を抓ってくる雪菜は、無表情でじーっと睨んでくる。その瞳には周囲の温度が数度下がったと錯覚するほどの怒気を孕んでいた。
「ッ」
「先輩、私が何を言いたいかわかりますよね?」
「いや〜、はい……」
「私が先輩を捨てると本気で思ってるんですか?」
「いえ……」
「私が浮気してると思ってるんですか?」
「いえ……ただ、俺よりいいやつは–––ッ!?」
ぎゅっと手の甲が抓られる。地味に爪が刺さっている。
「私が世界で一番愛しているのは先輩です。それはきっと生涯変わりません。……いえ、絶対です」
いつもより大きい声で宣言した雪菜は、抓っていた指を一度離した。それからすぐに手を握ってくる。
「先輩のそういうネガティブなところ嫌いです」
「しつこい男は嫌われるって聞いたが?」
「先輩も私が大事なら、死んでも追いかけてくるくらいしてください」
良い男を演じようとすれば、雪菜さん的には追いかけてくる方がいいらしい。でも、本当にしつこいだけなら嫌われるのは間違いない。
「女心って難しいな……」
女心は秋の空だったか、雲のようだったか……ふと冬空を見上げてみる。雲のない気持ちいいくらいの快晴だった。
「先輩が勘違いしないように言っておきますけど、用事があるだけですから。なんというかホームパーティーのようなものです」
「二日間?」
「あまり遅くならないうちには帰る予定ではありますけど。だから、夜だけは空いてます」
「そうか」
念を押されるように言われれば、俺の中に浮かびつつあったドロドロとした疑念は綺麗に洗い流されていった。
「安心しましたか?」
「ああ」
「それならよかったです」
そのまま流れで手を繋ぎつつ雪菜と通りを歩く。
さりげなく手を繋ぐ理由を作った雪菜は、少しだけ機嫌良さそうに寄り添ってくれていた。
「だからと言って、先輩が浮気しちゃダメですからね」
「わかってるよ。おとなしく待ってる」
「わかってるならよろしい」
そう忠告した雪菜の頭の中には、ある特定の女性が浮かんでいるようだった。
「倉科先輩とか」
名指しで釘を刺された。
「陽菜先輩も」
おまけでもう一人。
「他もダメですよ」
「俺の知り合いが少ないこと知ってるだろ」
「先輩の天然ジゴロに引っ掛かる女性は多いと思います」
「そんな大袈裟な」
「大袈裟じゃないです」
雪菜は歩きながらぐいぐいと距離を詰めてくる。やがてそれがゼロになっても、彼女は爪先立ちになりながら身を寄せてきた。
「……ちゃんと待っていられたら、その時は私も頑張りますから」
至近距離で見た雪菜の顔は真っ赤で、寒さでは言い訳できないくらいの熱を帯びていた。