夕方、日が沈んだ頃に車の音が屋敷の外に聞こえた。
お嬢様が帰宅した–––定刻通りだ。
既にクリスマスパーティーの準備を終えた私達メイドは、事前の連絡通りに玄関ホールへと整列している。
数秒ほど待つと、ガチャ–––と、音を立てて玄関が開く。
「「「おかえりなさいませ、お嬢様」」」
同時に私達は小さく頭を下げて出迎える。一挙手一投足揃えたお出迎えは軍隊でさえ二度見するほどの統率の取れた動きで、下げた頭の角度から、爪の先まで同じだ。
一番最初に顔を上げた私は、専属メイドとして一番にお嬢様に駆け寄る。当然駆け足などしてはならない。すっと滑るように滑らかな動きで近寄った。
「お嬢様、お鞄をお持ちします」
「ありがとうございます雪菜さん」
「準備がありますのでこちらへどうぞ」
「まあ」
帰宅して早々、桜お嬢様の身支度のために別室へと誘導する。
そこでお嬢様にはお召し替えをしていただく予定なのだ。
目的の部屋には、一着のドレスが用意してある。サンタをイメージした赤いドレスだ。それを見たお嬢様は、嬉しそうに駆け寄っていった。
「まぁ、素敵ですね。サンタさんですか?」
「はい、サンタをイメージして制作されたものです」
説明をしている間に、お嬢様はあれよあれよと脱がされていく。ものの数分で私服からサンタドレスに早着替えしたお嬢様は、用意された姿見の前でくるりと可愛らしく回転した。
世の物理法則とは罪なもので、膝丈ほどのスカートがひらりと宙を煌びやかに舞う。偶然にも下着は見えなかった。淑女たるもの何かしらの不可思議がガードをしてくれるらしい。
胸元には可愛らしい白い綿毛のボンボンが二つ付いている。
『アメリカンクラッカーみたいっすね』と言った某先輩がいたが、私にはそれが何かよくわからなかった。
「お似合いですよ、お嬢様」
「ふふ、雪菜さんもドレスを着ればいいのに」
「私にはメイド服がありますので」
そんなもの私に似合うわけがないと固辞すれば、お嬢様は心底残念そうに落ち込んだ様子を見せた。
「きっと雪菜さんの彼氏さんも大喜びですよ?」
「その手には乗りませんよ?」
前に某先輩にのせられてあんな格好をしたばかりに……翌日、大寝坊をして講義をサボってしまったのだ。それから色々とスケジュールに気を使うことにしたのは今でも覚えている。
「……こういえば雪菜さんは着てくれるって陽菜さんが言ってたのに」
–––やはり元凶は陽菜先輩だった。油断も隙もない。お嬢様を唆すとか。無知なお嬢様を。
「それよりお嬢様、もうそろそろ招待客の皆様が到着する頃ですよ」
「あ、そうですね」
身支度を整えたお嬢様を連れて、化粧室を出る。
廊下を歩いて、大広間へとお連れした。
そして、大きな扉を開けると–––そこには既に二桁ほどの招待客がまばらに散りながら談笑をしていた。
全て使用人が厳選したお嬢様と同年代くらいの招待者だ。お嬢様と良き関係を築ける可能性のある者達をピックアップしている。ただ知らない顔ばかりだとまずいので、お嬢様の親戚筋で歳が近い者にも軒並み招待状が送ってあり、ちらほら見たことのある顔が何人かいた。
「まあ、こんなにたくさん……」
当然立場の近い者だって多い。しかし、そうなるとお嬢様と縁を結びたがる下心のある人間だっていないわけではない。その証左に何人かお嬢様を見て目の色を変える者達がいた。早々に近づいてくる。
「お招きありがとうございます。僕は–––」
こういう輩は次回から招待状を送らないようにメイドチェックが入る。お嬢様のご友人として不適格と見做されれば、ブラックリスト入りとなるのだ。
「やあ、桜ちゃん」
「まぁ、二郎お兄様」
そして、その波が過ぎた頃に声を掛けてきたのはお嬢様の親戚筋の男だった。歳は私と同じ歳くらいで……確か旦那様のご兄弟の次男坊だったか。胡散臭い笑みが私は嫌いで、苦手な人物だ。
「雪菜さんも久しぶりだね」
「はい……」
はて、最後に会ったのはいつだったか……。まったく覚えていない私は適当に米倉の親族が来たパーティーを当てずっぽうで言ってみる。
「確か、夏のBBQ会に……」
「あぁ、その時だね」
そういえばあの時も何かと話し掛けて来た気がするが、あいにくと内容は覚えていなかった。
「–––二郎お兄様、長い話はその辺で」
「あ、あぁ、そうだね。……それじゃあ、また」
長ったらしい話を終えて、名残惜しそうに去っていく。
お嬢様があれのマシンガントークを切ってくれなければ、いったい何時間聞かされていたことか。
「……(話を聞いていただけなのに疲れた。早く帰って先輩に会いたい)」
「恋人が恋しそうな顔をしているね、そこの駄メイド」
私が無表情で念じていると、その雑念を正確に読み取った人物がいたようだ。
なんだか聞き慣れた声に視線を向けると、ニットセーターにロングスカートの落ち着いた雰囲気の美女が歩いて来た。
普段の様子とはまるで違う気品のあるオーラを纏ったその人は、呆れた表情でこちらを見下げている。
「なぜここに倉科先輩がいるんですか?」
「それはそっくりそのまま返すよ」
「私はお嬢様のメイドですので。……というか、倉科先輩は知っているでしょう」
何度かこういうパーティーで倉科先輩の姿は見たことがある。滅多に出てこないが、夏のBBQ会は必ず来ていたはずだ。
「答えになっていないんだけど」
そう言ってやれやれと肩を竦める。
そんな様子の倉科先輩に、お嬢様がにこやかに話し掛けた。
「お久しぶりです麗花さん」
「相変わらず可愛いね、桜は。今日の衣装も似合っているよ」
「ふふ、ありがとうございます」
「ところでなんでこのメイドがここにいるんだい?」
『このメイド』と人差し指で指して、お嬢様に尋ねる。
「はい……?」
お嬢様は案の定、首を傾げた。
そこで全てを察した様子。
「クリスマスイヴっていうのはね、カップルにとって大事な日なんだよ。それが彼氏をほっぽりだしてこんなところで油を売ってるなんて、人生の損失なんだよ」
「まぁ、そうなんですね!」
大変だと言わんばかりに、お嬢様は顔色を変える。
「雪菜さん、もう今日はいいですから帰ってください」
「ですが……」
「帰らないなら私にも考えがあります」
名案を思いついたとばかりにお嬢様が自信満々の笑みを浮かべる。そして、こう宣うのだ。
「雪菜さんの彼氏さんをお招きすればいいのです」
「っ!?」
「さぁ、遠慮なさらずお呼びしてもいいんですよ。私も興味ありますので」
私の恋バナを聴く時のキラキラした目で、お嬢様は詰め寄って来た。
「私、見てみたいです」
「それなら私連絡先知ってるよ」
その後ろで楽しそうな笑みを浮かべながら、倉科先輩がスマホを振る。許可さえあれば連絡する気満々だ。
「だ、ダメです!」
「なぜですか?それに一度くらい、雪菜さんがお世話になっている人にお会いしないと……」
「それだけは絶対に駄目です!」
考えてみてほしい。もしお嬢様が先輩に会えば、まず間違いなく気に入る。先輩はお嬢様と会っても特別扱いしないだろうし、どちらかといえば可愛がるはずだ。そんな友人候補筆頭の先輩にお嬢様が懐くのは間違いない。その感情が恋心に変わる可能性だってある。それにもしそんな感情を抱いてしまっても、お嬢様は隠し通そうとするだろう。そういう人だから。
「帰るか、呼ぶか、二つに一つです」
「くっ……卑怯ですよ、そんな手口いったいどこで覚えたんですか?」
「雪菜さんに言うことを聞かせるためにはこうすればいいと陽菜さんが」
–––あの先輩本当余計なことしか教えないな、と心の中で愚痴っておく。
「…………わかりました。帰ります」
「……そ、そうですか……」
苦渋の決断の末、帰宅を選択するとお嬢様は残念そうに肩を落とした。きっと本命は私の彼氏をここに召喚することだったのだろう。そして、色々と根掘り葉掘り聴く気だったに違いない。
「それではお先に失礼します」
私はお暇する意思を伝えて、足早に会場をあとにする。
「雪菜さ〜ん、今度今日のことたくさん教えてくださいね〜」
そんな私の背中に聞き捨てならないお嬢様のおねだりが聞こえた気がしたが、半分以上は聞かせられないような内容になる気がするので誓うこともできない。
私は聞こえなかったフリをして、廊下を歩いた。
メイド用の更衣室でメイドを服を脱ぎ、私服に着替えた。
屋敷を出ようとしたところで、とある男性とすれ違った。
「あれ?雪菜さん?」
「あぁ、えっと……二郎さん」
お手洗いにでも行っていたのか廊下を一人歩いていた、お嬢様の親族の方に。よりによって一番苦手な相手に。
苦手な理由といえば、毎度私を見る目がいやらしい気がするのだ。それが堪らなく不快で、今も何度か胸元に視線を向けられた。
「どうしたんだい?こんなところで」
「あ、はい。帰宅しようかと」
「あれ?この屋敷の使用人用の部屋に住んでいるんじゃなかったかな?」
「あぁ、いえ、今は大学に通うため一人暮らしを……」
–––ということには基本的にはなっているけど、本当は先輩と同棲中だ。父親にバレると面倒なことになるので前住んでいた部屋も契約はそのまましてあり、表向きはそういうことにしている。
そんな嘘をしれっと吐いて、私は隣を抜ける。
「それではお先に失礼します」
「あ、待って。送って行くよ」
「結構です。まだ電車も動いていますので」
呼び止める声も無視して、私は屋敷を出る。
空を見上げると、夜空に星が光っていた。
すると急に寂しくなって、早く先輩に会いたくなってしまう。
私は足早に米倉邸を離れるのだった。