クリスマスが終わった翌日には街はすっかり模様替えをしていた。クリスマスのムードなんて最初からなかったかのように模様替えをして、クリスマスイルミネーションも撤去されれば、正月らしい商品が店頭を飾っていた。商魂逞しいやらなんとやらで随分と現金な世の中である。
しかし、クリスマスが終われば約一週間で年末–––大晦日からの年越しだ。端的に言って余韻などないに等しい。
ただその一週間もあいにくと予定が詰まっており、大掃除に駆り出されたのは記憶にも新しい。
「はぁ……なんというかあっという間だったなぁ」
「そうですね」
大掃除を終えたのは昨日のこと。年越しまで数時間と迫った大晦日、俺は大切な彼女とその日を過ごしていた。
普通なら実家に帰ったりするのだろうが、どちらも実家に帰りたくない理由が大なり小なりあるようで、こうしてカップル二人で年越しをすることにしたわけである。
思い返してみれば本当に予想外の一年だった。
こんなに可愛い彼女ができるし、毎日ご飯は美味しいし、こんなに可愛い彼女がいるし。
今でも信じられないし、今も信じられない。
夢じゃないのかと何度も思った。あまりにも幸せすぎて不安にもなった。
いつかこの幸せが終わってしまうんじゃないかと……。
あまりにも現実感がないこの生活は、泡沫のように消えてしまうだろう。
そんな予感めいた不安があって、この幸福を素直に享受することがどこ怖くて……まるで夢のように思ってしまう。
「……先輩、どうしたんですか?」
あまりにも綺麗すぎて現実感のない恋人の顔を見つめてみれば、小さく首を傾げて問い返してくる。
「いや、相変わらず美人さんだなぁと思ってな」
「……ま、まったくもう、そういう歯の浮くようなセリフを不意に言ってくるんですから……」
誤魔化すように率直な感想を言えば、満更でもないようで顔を赤らめながら雪菜は顔を逸らした。
「だって実際、美人だし」
「……」
ますます顔を赤らめる雪菜さんの頰、から先の耳まで朱に染まっていく。
リビングで二人、大掃除をしてから引っ張り出した炬燵に入りながら肩を寄せ合う。入口は四つあるのに当然二人並んで入っているので、少し狭いがむしろそれが心地よかった。
「そ、それより……今年もあと数時間しかないですね」
ぴったりと肩を寄せて太腿も密着した状態の彼女は、甘えながらも照れ隠しに話題逸らしという器用なことをしてきた。
「そうだな。もう今年残りわずか……って、あんまり実感ないんだけどな」
「先輩ってあんまりそういうの気にしなさそうですよね」
もう俺のことは知り尽くしているとばかりに、雪菜は澄まし顔で言ってくる。
「しかし、それはそれとして……先輩は今年、やり残したこととかないですか?」
「やり残したこと、ねぇ……」
言われて思い返してみるもこれといって思い浮かぶものはない。強いて言うならば、
「まだ雪菜の手料理全部のレパートリーを制覇していないこと?」
「ふふ、それは来年の目標ですね」
和洋中作れる雪菜の料理のレパートリーは底知れない。本人も何を作れるか把握していないあたり、底無しと言えそうだ。
そして当たり前のように“来年”の約束をするあたり、今の雪菜には俺を捨てる理由はないのかもしれない。が、それはそれとして言いようのない不安がある。
「雪菜は?」
「私ですか?……そうですねぇ」
白魚のような手が伸びて、そっと指先が顎に触れる。
んー、と唸って……困り顔をした。
「私も特にはありませんね。思い当たりません」
「それじゃあ俺に不満は?」
「……そうですね。誰彼構わず優しく接してしまうところでしょうか」
「そんな記憶はないが、あれば美徳では?」
「そういう無自覚なところも難点ですね」
今度は本当に困ったような顔をされて、俺はなんとなく居た堪れなくなった。
「えぇ……?」
「長所と短所って表裏一体なんですよ」
「それはまあわかるが」
炬燵に入る時に淹れたすっかりぬるくなったお茶を口にして、お茶請けに出していたカシューナッツを一欠片口に放り込む。もぐもぐと咀嚼して、またお茶を飲んで流し込む。
「先輩は私に不満はありませんか?」
「ん〜、ないな。どちらかといえば満たされすぎていて怖いことかな?」
「満たされすぎて怖い?」
「ほら、もうおまえに骨抜きにされてるから、おまえがいなくなったらろくな生活おくれなさそうだなって」
「ふふ、安心してください。来年はもっと溺れてもらう予定なので」
「それは怖いな」
……あまりにも幸せすぎて、どうにかなってしまいそうだ。
「……それに私は絶対に先輩を逃しませんので。だから、先輩も私のこと捕まえておいてくださいね」
そう宣言した雪菜の表情は、一度見れば誰もが見惚れるくらい綺麗で、つい視線が吸い寄せられるように固定してしまう。
彼女も俺のそんな様子を見て、少しだけおかしそうに笑っていた。
「–––来年といえばなんですが、先輩は来年の目標はありますか?」
「ん〜?特には……。ただこうしてまた二人で年を越せたらなとは思うけど」
「そこは断言してくれないと」
「だって俺が一方的にそう思っていても仕方ないだろ?」
俺が冗談めかしてそう言うと雪菜は僅かばかり頰を膨らませる。
「私の気持ちなんてわかってるくせに」
「察しが悪くてすまんな。直接言ってくれると助かる」
「もう……。私も……先輩と、来年もこうして一緒にいたい……いえ、いますよ」
腕に腕を絡めてぎゅっと抱きついてくる雪菜。
言葉通り体現しようとしているようで、その様子は可愛らしいの一言に尽きる。
「あ、あの……先輩……?」
すりすり。さわさわ。密着した太腿が擦れ合う。
その雪菜さんの太腿の間に、巻き取られた腕の先がぎゅうっと締め付けられる。
どうやら無意識に太腿を撫で回していたらしい。
炬燵の中で、さわさわ、すりすりと愛撫を繰り返して……その指先がどんどん奥へと侵入していく。
「ひゃん」
可愛らしく嬌声をあげた雪菜は、頰を赤らめてぎゅうっと腕に抱きついてくる。
「–––せ、先輩!」
「どうした物欲しそうな顔して?」
「し、してません!」
「そうか……?」
「そ、そう言う先輩こそ何してるんですかっ」
「可愛い彼女にお触り」
雪菜のすべすべの太腿の感触を楽しみつつ、恥じらう彼女の可愛い顔を堪能する。
つい暇潰しに手を伸びしてしまったが、彼女も満更でもないようで強い抵抗はなかった。
「…っ……!」
必死に堪える彼女の姿は、より一層の嗜虐心を煽るもので–––つまるところ俺もやめ時を見失っていた。
「……」
雪菜が情欲に濡れた瞳を向けてくる。
『もっと触って』と言わんばかりに、懇願するかのようなその表情はどこか切なそうで。
直接触ってくれないもどかしさに何処か耐えているようでもあった。
しかし俺は、悪戯を続行するのみに留めた。何故なら今日はもうしないとのことなので。
「先輩、なんで……っ」
「ちょっと意地悪したくなっちゃって。いいだろ。約束通り今日は今朝以外してないんだから」
中々押し倒さない俺に痺れを切らして雪菜はついに口を開いたが、俺の返答に瞳が潤んでいく。
「……百八回、だけ、ですからね?それ以上突くのは禁止です」
最終的に折れた雪菜は、懇願するようにそう囁いた。
混乱した雪菜さんの哲学的?(錯乱)なお誘い。