昼食会が終わった午後の時間。
鹿島家二階。とある部屋の前に二人並んでいた。
「ここが弟、京介の部屋です」
案内してくれた都はそう説明すると、ノックもせずにドアを開けた。
「京介いる?いますよね。入りますよ」
「だからおまえノックしろって言ってんだろ!」
「別にいいじゃないですか。元々は私の部屋でもあるんだし」
「元々はな。今は違う」
「ええ〜?急に開けられて、見られて困るものでもあるんですか〜?」
開幕姉弟喧嘩を始める二人をドアの前から見守る。
都の揶揄うような口調に、京介はわかりやすいくらいに動揺した。前に困ることでもあったのか、苦虫を噛み潰したような顔で視線を逸らす。
親しき仲にも礼儀あり、とは言うが都はまったく配慮する気がないらしく満面の笑みだ。
「つか、なんであんたまでいるんだよ」
ゲームをしていたらしい京介が、不機嫌そうな顔を向ける。
コントローラーを片手に、「こいつなんでまだいんの?」と言わんばかりの不満顔だ。
「俺はおまえの母親に頼まれて、勉強見てやることになったんだよ」
「……はぁ?」
不機嫌そうな顔が、より不機嫌そうに歪んだ。
テレビの前で座布団に座っている京介の横に、俺は何も言わずどっかり座る。
都はベッドに腰掛けて、勝手に漫画を読み始めていた。
普段からこんな感じなのか、あまりにも自然な動作だったためか京介はそちらに視線を向けない。その最たる原因は、俺の存在かもしれないが。
「なんで俺がおまえなんかに教わらなきゃいけないんだよ」
「このままだとおまえの進学が危ういから?まぁ、努力を怠った自分を恨め」
「はぁ?姉貴といちゃいちゃしてればいいだろ」
「別にいちゃいちゃはしてない」
何故か双子揃って怪訝な顔をする。こうして見ると双子は双子らしく似ていた。
「さて、それじゃあ始めるか」
置いてあった予備のコントローラーをゲーム機に繋げる。
勉強を教えに来たと言ったはずなのに、突然ゲームを始めようとする俺に二人はまたも首を傾げる。
都は漫画から視線を外して、興味津々な様子だ。
「いいんですか?勉強しなくて」
「じゃあ、勉強しろって言ってやるか?俺だったらやらないね」
「……」
都の質問は巡り巡って、京介へと届く。
反応は返ってこなかったが、無言は肯定とはよく言ったものだ。
「つか、何ゲーム普通に始めようとしてんだよ。帰れよ」
「そうしたいんだけどな。それが夕食もここで食うことになって、志穂さんと愛理は夕食の材料の買い出しに行った」
「またかよ」
その間に勉強を見ておいてくれ、という話ではあるが京介の反応を見るに素直に勉強をする気配はない。どうやら俺は嫌われているようで、今すぐ部屋から出て行けという無言の圧を感じる。
「俺も不本意なんだよ」
「勉強なら、都のでも見てればいいだろ」
「俺もそっちが良かったんだがな。それだとむしろ俺が教えられることになりかねない」
「お兄さんになら手取り足取り教えてあげますよ」
愛理と比べると僅かばかり見劣りのする胸を張った都に対して、思わず視線が膨らみに向かってしまうのは仕方ないことだろう。俺は誰にともなく言い訳をしておく。
「あれぇ〜?お兄さんどこを見てたんですか〜?」
「……ノーコメントで」
「よし。都に目移りしてたって姉貴に送っとこう」
「やめろ。面倒なことになるから」
口ではそう言ったが、二人ともスマホを取り出す素振りはなかった。
「そんなことよりゲームやろうぜ。ゲーム」
「やらねぇよ」
なんともつれない反応だ。斯くなる上は。
「俺に勝ったら千円やるぞ」
「……どのゲームで?」
–––食いついた。
「これ」
俺が提示したのは、並んでいた一つの対戦ゲームだ。
京介がプレイしているハードは二世代くらい古いハードだが、当然そんなものやり尽くしているのである。
俺も慣れ親しんだタイトルで、負けるつもりは毛頭ない。
やる気満々になった京介が、プレイ中のゲームをセーブした。
「言ったな。つまらない嘘つくんじゃねぇぞ」
「男に二言はないね」
「ふ〜ん、二言はないんですね」
何やら怪しい笑みを浮かべる都に、俺は一瞬たじろいだ。
「ところでお兄さん、私も参加していいですか?」
「いいけど、やったことあるのか?」
「まぁ、それなりには」
賞金目当てか都まで参戦してきた。
ゲームソフトの挿し替えが終了して、三人仲良くコントローラーを握る。詳細なルールの設定をしていなかったが、暗黙の了解でアイテム無しだ。残機は三機である。
ステージの選択が終わると、好きなキャラを選択する。
好きなキャラとは言ったが、得意なキャラだ。大人気ないとは思うが負けるつもりはない。
「おら、死ね!」
開幕早々である。
京介が操作するキャラが猛攻を開始した。
「殺意エグ」
ガードして、カウンターを狙う。
適当にいなして、逆にダメージを与えた。
そこから更に追撃して、撃墜を狙う。
ステージ端の方でアピールボタンを連打してる都は無視だ。
下手に狙うと後が怖い。
「なっ、嘘だろ。もう撃墜された!」
余所見をしている間にも、数回被弾しながら一機墜とした。
このレベルなら千円で十数回は遊べそうだ。
弟君にはモチベを維持してもらいつつ、なんとか夕方まで相手してもらわなければならない。
仲良くなれるかは、微妙なところだ。
「つか、おまえも戦えよ」
「え〜、やだ、こわ〜い」
場外乱闘ならぬ、口喧嘩が始まってしまった都はのらりくらりと躱す。
遠距離攻撃で攻撃してみたが、都は回避くらいはできるらしく当たる気配はなかった。
「っていうか、自信満々に挑んでおいてなにやられてるんですか。早くやっちゃってくださいよ」
「言われなくてもわかってるっての」
再度突撃してくる京介の猛攻についに一回死んでしまったが、復活時の無敵時間を利用して勢いで二回目の撃墜。ついには残機一で京介は追い込まれてしまった。
「はい、さよなら」
「あ、くそっ!?やられた!?」
最後の残機が失われる。
多少ダメージをくらったものの、都を墜とすには十分だろう。
そう思っていた瞬間だった。
遠距離から砲撃され、大ダメージを受ける。
撃墜されることはなかったものの、ステージ場外へ飛ばされてしまった。
「……都さん?」
「ふふ〜ん、貴様はいつから私が普段ゲームをしない初心者だと錯覚していた」
崖に掴まった自キャラを見下ろす、都のキャラ。
そんな画面を京介は冷めた目で見ていた。
「暇だと一緒にゲームするから、それなりに都は強いぞ」
「おい謀ったな!?」
「別に私ゲームできないとは一言も言ってませんけど?」
確かに言ってない。奇妙な行動ばかりしていたからあまりできないのかと勝手に思い込んだだけだ。そこまで計算して初見殺ししにきたのだろう。
「ふふふ、私の勝ちですね」
「ところがそうはいかないんだよなぁ」
その数分後には、逆転して勝利した。
時間にして約二時間。
何戦やったか覚えていないが、全勝した。
危なかったのは最初だけ。
相手の力量と癖を把握すれば、俺が圧勝した。
「くそっ、邪魔すんなよ都」
「そっちが下手なんじゃないですか」
二人とも狙いは完全に俺だけで、バトルロイヤル形式だとお互いの攻撃に被弾して場外へ墜とされる状況が続き、ことあるごとに口喧嘩を始める。二言三言で終わるものの、仲が良いんだか悪いんだかわからない双子だ。
「というかお兄さん、少しは手加減してくださいよ。なんで戦うごとに強くなってるんですか。主人公ですか」
「社会人のくせにゲームばっかりしてんじゃないだろうな」
「社会人関係ないだろ」
賞金が懸かっているからか二人は本気である。
「そうだ。お兄さんを羽交い締めにしてその間に……」
「物理攻撃は禁止な。ゲームの中で勝負しろ」
もうなりふり構わないほどに熱くなっている都は、何か閃いたようである。
「攻撃は……?」
「妨害行為全部禁止」
「妨害じゃなかったらいいんですね?」
「正々堂々と勝負すれば文句はない」
変な妨害をされて負けるのも嫌なので言い直すも、都には勝算がある様子だ。
当然、どんな作戦を用いても負ける気はしない。
二人で連携を狙ってきたこともあったが、上手く躱して仲間割れを誘導してきたのだ。
今更どんな手を使おうと言うのか。
「それじゃあ〜、こうします」
一度立ち上がった都が、次の瞬間には俺の腕の中にいた。
胡座を描いた俺の足の上に、腰を下ろしたのだ。
まるで恋人のように密着する都に動揺して、一瞬だけ思考が停止する。
戻ってきた俺の思考が最初に思い浮かべたのは、女子中学生の柔らかなお尻の感触の感想だった。
「問題ないですよね?」
「……問題ないな」
「言っておきますけど、コントローラー握るふりしておっぱいとか触らないでくださいね」
膝の上でゲームを再開する都に、俺は動揺してゲームに集中できなくなる。
柔っこくて、甘い香りがして、可愛らしい笑みを至近距離で眺めれば、中学生男子なら間違いなく恋に落ちるだろう。
愛理で慣れていなければ、ちょっといいなとか思ってしまったかもしれない。
「ふふふ、作戦成功ですね。お兄さんが私に見惚れている間に追い詰めました」
気がつけば、残機は一つ。もうあと一撃で脱落しそうだ。
「むう。ちょこまかと動き回って。そろそろ諦めてくださいよ」
「そう簡単にやられるかよ」
「少しは女の子に花を持たせようって思わないんですか!」
「手加減してもらって嬉しいか?」
「女子中学生と密着してるんですから、一回くらい勝たせてくれても良いじゃないですか。というかむしろもっと報酬を貰いたいところですけど」
ゲームで勝つよりもそっちで金取れるんじゃないか。
そんなことを言われたら、都になら金を払ってもいいと思ってしまう自分がいる。
「えい。や、とー」
「動くのやめろ。色々とまずいから」
「えー、何がまずいんですかぁ?」
膝の上で暴れ回るものだから、お尻の感触が凄い。
ゲームどころではなくなって、その間に都に撃墜されてしまった。
「やったー!やっとお兄さんを倒した!」
「よし、よくやった!」
ハイタッチする双子。
ただひとつだけお忘れでないだろうか?
このゲーム、勝者は一人だ。
最後までステージに立っていた者のみが勝者となる。
二人とも協力していたが、チーム戦ではないのだ。
「負けたのはわかったが、勝者は一人だぞ。忘れてないか?」
はっ、と我に返る二人。
最初に動き出したのは京介だった。
「死ね、都!」
「うわっ、ちょっ、私の作戦勝ちでしょ譲ってくださいよ!文字通り一肌脱いだ姉に対する態度がそれですか!」
「はっ、おまえのお色気なんて知るかよ」
「ちょっと私結構勇気振り絞ったんですけど。お嫁に行けない覚悟まで決めたんですよ」
「姉貴と比べて、大したことないくせに」
「あ、言ったな。私の胸が小さいって。どうせ私の胸はお母さんやお姉ちゃんに比べて小さいですよ」
画面の中だけではなく、双子は口汚く罵り合いを始めた。
「……このシスコン短小男」
「誰が短小だ!他の男の見たことないくせに!」
「見なくてもわかりますよ。お父さんの遺伝ですかねー。可哀想に」
「見たの身内だけだろそれ!」
「じゃあ、お兄さんのと比べてみましょう。今すぐにでも」
「煩いまな板!」
「どこ見て言ってるんですか。Cはありますよ!」
「んなもん姉貴や母さんと比べれば、ないのと一緒だろ」
「そのうち大きくなりますし。遺伝しますから」
「もう絶望的だろ」
「な・る・ん・で・す!お兄さんもそう思いますよね!?」
突然、飛び火した。くるりと振り返って聞いてくる都に、俺は返す言葉を探す。
「まぁ……可能性はあるんじゃないか。今のままでも、可愛いと思うけど」
リアルファイトを始めそうな雰囲気の都を、俺は必死に宥めた。
結局、ゲーム大会は勝者を二人にして終わりを告げたのだった。