元メスガキさんをお持ち帰りした件   作:黒樹

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短め


お誘い

 

 

 

最初の一杯は何を飲んだか全然覚えていない。

もう何杯目かわからない酒を口にしながら、ふと目の前にいる愛理を盗み見た。

酔いを覚さないように気をつけながら、ちびちびと酒を口にする。

グラスを呷るように見せかけて、ずっと彼女の様子を窺っていた。すると彼女もグラスのお酒をちびちびと飲みながら、時折視線を投げかけてくる。その度に愛理は泣きそうな顔を堪えながら、ぎこちない笑みを見せた。

 

お互いにまだ会話はない。それぞれ投げ掛けられた質問に答えるだけで、俺とあいつの間に会話は成立していなかった。

 

何度も目があったが、それだけだ。

個人的な会話は何一つない。

 

『久しぶり?』

『元気だった?』

『今何してるの?』

『どこに住んでるの?』

『あれからどうだった?』

 

……なんて聞けるわけもない。それ以前に、俺と愛理はそういう間柄ではなかった。

 

犬猿の仲、と思っていたのは俺だけ。

あいつは俺のことが好きで、俺はあいつのことが嫌いで。

嫌悪感があったはずなのに、今はそれがない。

今の彼女を見ていると、嫌悪感より先に言いようのない不安が募ってしまう。

儚く消えてしまいそうな雰囲気が、憐憫を誘うのかもしれない。

 

それが気になってしょうがなくて、でも今更どんな顔して話し掛ければいいのかわからなくて、俺はまた酒を飲みながら彼女のことを考えないようにしていた。

 

「ちょっと鹿島さん、大丈夫?」

「ん。大丈夫…よ…」

 

ちびちび飲んでいるとは言うが、酒は酒である。

愛理が飲んでいる酒は、スクリュードライバーのような飲み易くて度数の高いお酒が多い。

それを何杯も飲めば、お酒に強くなければすぐに酔ってしまうのは当たり前だ。

さっきまでの生気のない顔に赤みが刺したが、それはアルコールによるもので健康になったとかそういうわけじゃない。愛理は酔っているだけなのだ。

 

「今はね…とても気分がいいの…」

 

さっきまで泣きそうな顔をしていたのに、今度は嬉しそうに笑う。

 

「ふーん。そうなんだ……」

 

愛理の視線の先をたどって俺にたどり着いた女が、訳知り顔で頷いた。

 

「じゃあ、今日はもうお開きにしよっか」

「そうだな。あまり遅くまで女性を引き止めるのもな」

 

腕時計を見ながら、池谷も同意する。

 

「それじゃあ、今日はありがとう」

「うん。それじゃあ、また機会があればということで」

 

会計を終えて、外に出る。そのまま解散、気が合った者同士は別の店に二人で行くだろうと、散り散りに別れていく者達の姿を見送って俺も帰ろうとした。

同期二人に個別に「またな」と言われたので、軽く手を上げて見送る。

一人になって、夜の冷たい風に少しセンチメンタルな気分と共に、やっと一人になれた安心感が胸をいっぱいにする。

 

そんな時だった。

 

「おまえまだ帰ってなかったのかよ」

 

スーツの袖を軽く引っ張るような感触に振り返れば、見送った筈の愛理が俯いたまま俺のスーツの袖を掴んでいる姿が。

何か忘れ物でもあったのかと、ちょっと現実逃避気味に考えて、そのまま彼女が発する次の言葉を待った。

 

「……せっかく会えたんだし、もう少し付き合ってよ……」

 

嫌だ、帰りたいと言うのは簡単だ。同時にそれはもう会えないことを意味するのでは、と自分らしくもない心配をしてしまう。何より捨てられた猫のような顔で懇願してくる女性に敵うはずもなく、俺は溜息交じりに頭を掻いて彼女の誘いに乗ってみることにした。

 

「何か食うか?」

「あまりお金ないし、外食はちょっと……」

「奢ってやるよ」

「それは悪いし。……じゃあ、あんたの家で私が作るとか」

「酔っ払いに包丁なんて持たせるかよ。それにそうほいほいと男についていくもんじゃないぞ。それも男の一人暮らしに」

「……私は、気にしないけど……」

「俺が気にするんだよ」

「それともあんたが私に何かするの?」

 

そう言われて考え込んでしまった。

見てくれだけは愛理は昔から良かった。

何かしたいかと聞かれれば、おそらく否定はできない。

問題は自宅の場所を知られることだ。だから自宅に連れ込むよりかは、多少高くついても外食にしようかと思ったのだが、愛理の発言を考えれば外食にすると負けた気がする。

 

「見た目だけはいいからな。もし何かあっても、知らないぞ」

 

何かしてしまうかもしれない、と示唆すると彼女は顔を真っ赤にした。

 

「や、やってみなさいよ……」

 

ちょっぴり喧嘩腰で挑発すると、腕に抱きついて柔らかな双丘を押し付けてくる。

 

「離れろよ」

「まだ私のこと嫌い……?」

「……」

 

胸を押し付けてくる女性に、嫌いとは言い難かった。

もうとっくの昔に忘れたことだし、今更それをねちねちと言い返すのも気が重い。

俺の中では既に終わったことなのだ。

もう関わることもないと思っていたからこそ忘れていた。

嫌なことはやられた方は覚えているというが、最後の最後に好きだったなんて言われて揺らぐくらいの“嫌い”という気持ちを持っていた俺からすれば、許せてしまう範囲だったのだ。

 

「さあ、どうだろうな」

 

好きでもない。嫌いでもない。無関心とも違う。

曖昧に誤魔化しながら、夜の街を自宅へ向けて歩き出した。

 

 




歩けないほど泥酔したヒロインちゃんを持ち帰らせようか迷った。
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