某県某所。去年、国内最大級の屋内プール施設が建設された。
その名は『アトランティス16』
数十種類の温泉とプール、宿泊施設を複合した世間一般ではスパリゾートと呼ばれる施設だ。
夏は適温の水を使用し、それ以外は温水を使用することで年中使用可能なプール施設と、温泉を併用することでオールシーズン対応しているのが特徴である。
誰もが知っている大手企業が関わっていることがオープン前から話題を呼び、オープンから一年経った今も客足は途絶えることがない。カップルのデートスポットや、家族の旅行先としても話題だ。
約束の土曜日。俺達は『アトランティス16』を訪れていた。
朝九時に集合して、車で一時間ほどの距離を走行。
午前十時を少し過ぎたところで到着して、そのまま入場して着替えるために更衣室へ別れ、着替え終わった俺は更衣室出口前の時計の下で女性達を待っていた。
「……ぅぅ…っ」
そんな俺の隣には、路上でグロッキー状態のおっさんみたいになっている京介が、背中を柱に預けて項垂れていた。
右手には彼をそんな状態に追い込んだ英単語帳が握られており、水着に着替えたあとでも手放していないところを見ると、その執念を感じられた。
酔ったおっさんというのも言い得て妙。京介は酔っていた。
車の中で揺られながら勉強していたものだから、脳が想像以上の負荷を受けてしまったらしい。
外に出て多少はマシになったものの、復活まであと少しかかりそうだ。
「大丈夫か?」
「大丈夫に決まってんだろ。それより約束、忘れてないだろうな」
耳尻尾を垂れさせながら唸ってくる犬みたいな京介の姿に、俺は心配することをやめた。
「当然だろ。つーか、おまえ夏休み明けのテストで取る気かよ」
「当たり前だろ」
早くても中間テストあたりに結果が出るかと思ったのだが、京介は最短で取るつもりらしい。
今は基礎的な英単語の意味と綴りを記憶しようとしており、分厚い単語帳には一年生から三年生までに習う英単語が記載されている。
丁寧で、綺麗で、丸っこい文字。きっと都の文字だろう。古い傷が多く残っているあたり都が昔使っていたものらしく、それを譲り受けたのだろうか。
–––噂をすれば、だ。
女子更衣室から都が出てくる。
不安そうにきょろきょろあたりを見回してから、こちらに知っている顔を見つけると花が咲いたような笑みを浮かべる。
そのまま早足で駆けてくると、鼻先ほどの距離で彼女は停止した。
「お待たせしました。どうですかお兄さん、可愛い義妹の水着姿は」
都が着ているのは、オフショルダーの白いビキニだ。
胸元を隠すようなレースアップのフリルが付いたトップスからは、女子中学生の健康的なデコルテが剥き出しになっており。
逆三角形のボトムスからは細くもしっかりと肉付きのいい脚が伸びており、隠そうともしないそれがまた都の魅力を引き立てていた。
髪はポニーテールに結ってあり、デコルテを邪魔していないのもまた素晴らしい。
頭の上から爪先まで。何度も眺めてしまう俺に、都は満足そうに微笑んだ。
「どうやら気に入ってもらえたみたいですね」
「あぁ、来てよかったよ」
「そう思うにはまだ早いんじゃないですか。まだ二人控えているわけですし」
そう言って、都は女子更衣室の方を見た。
「お姉ちゃん。早く出てきなよ。じゃないと、お兄さんの視線私が独り占めしちゃうよ?」
「わ、わかってるわよ」
妹に脅されて–––否、挑発されて愛理が柱の陰から出てくる。
パーカーを羽織って、上までチャックを閉めており水着は隠れている。脚は赤いパレオで隠されていて、完全防御態勢だ。
「……ど、どう?」
「どうってそれじゃあお姉ちゃんの水着姿見れないでしょ。そういうボケいらないので早く脱いでください」
恥じらう姉の姿に少し苛ついたのか、都は強行手段にでた。姉が着ているパーカーのチャックを掴むと強引に下までファスナーを下ろして前をはだけさせてしまったのだ。
前開きになったパーカーからは、緋色のクロスホルタービキニがのぞいている。胸の下でクロスした布がただならぬバストをさらに強調しており、いやらしさが倍増していた。着て後悔したと言ったところだろうか。
同じ色のパレオで脚を隠しているのは、都ほど自信がなかったからかもしれない。
二つ結びにした髪が胸の起伏によってなだらかな曲線を描き、それがまた彼女のスタイルの良さを強調していた。
「……視線がいやらしいんだけど。何か言いなさいよ」
羞恥に耐えきれなくなったのか気丈に睨み返してきた愛理の頰は、恥じらうように赤く染まっている。胸を隠すように組んだ腕は、むしろ持ち上げているように見えなくもない。
「家の中じゃないのが残念だな」
「いったい私に何するつもりよ!?」
「水着で添い寝してもらうとか……?」
十分えっちなお願いではあると思うのだが、「それ以上やる気でしょ」という怪訝な視線を感じる。
傍で聞いていた双子は顔を真っ赤にしていた。
「あら、いいじゃない。水着で添い寝」
「お、お母さん!?」
そんなお子様たちが赤面するほどの破廉恥なお願いに肯定的な意見を示したのが、更衣室から出てきた志穂さんだ。
「–––ッ!?」
その姿を見た瞬間、衝撃が走る。
推定四十代とは思えないきめ細やかな肌には、シミ、シワ、たるみ一つなく。
豊満な胸と、引き締まった腰、丸みを帯びた尻は三児の母とは思えないほどに綺麗で。たった二枚の黒いビキニのみしか纏っていない状態だったのだ。
「ふふ、どうかしら。直人君から見て、おばさんは」
「……とても綺麗です」
特に少ない布地に覆われたおっぱい。形も瑞々しい果実のようで、おっぱいが何故おっぱいたるかを見せつけられたようであった。
あまりの美貌に見惚れた俺の頰が両側から引っ張られる。
左は都、右は愛理。姉妹揃って俺の頰を抓っていたのだ。
「なーに見惚れているのかしら?」
「お兄さん私たちと反応が違いすぎませんか?」
「いや、これはしょうがないだろ。あの年齢であんだけ美人なんて誰だって二度見する!」
「ふふ、若い子にそう言ってもらえて嬉しいわ」
褒められて上機嫌な志穂さんは、そっと近寄ってくると俺の胸板を撫でた。掌で感触を楽しみ、指先で優しく押して、そのまま腹筋をなぞっていく。なんか触り方がえっちでぞわぞわしてしまった俺は悪くない。
「直人君だっていいからだしてるわよ。男の子ってこんなに身体硬くなるのね」
男の子にはもっと硬くなる場所があってですね?と口に出したかったが、相手は愛理のお母さんだ。さすがにそんなセクハラを口にする勇気はない。
「愛理は毎日こんな逞しい身体に抱かれてるのね。少し羨ましいわ」
「ちょっとお母さん!?」
その代わりに酔っていないはずの志穂さんがとんでもないことを口にした。
「ふふ、冗談よ」
冗談も何も実際に起きていることなのだから、どう反応したものか困る。最後の一文も含めて俺ができたのは聞かなかったことにするくらいだ。
「さて、全員揃ったことだしどうする?」
「別に全員で行動する必要はないから、自由行動でいいんじゃない?」
話を逸らすように今後の予定を決めようとすれば、愛理はそう言って双子を見やる。若い子にはついていけないと言わんばかりの表情だ。
「まぁ、そうだよな……」
俺もこの歳になると遊ぶという欲求はインドア派へと傾いている。若い頃は友人達と遠出や川遊びをしていたものだが、この歳になるとどうもそういう遊びとは無縁になっていた。
「じゃあ、お兄さん。一緒にウォータースライダー滑りましょう!二種類あるらしいですし、きっと楽しいですよ!」
そんな俺の手を引いて、都が遊びに誘う。
愛理の方を見れば、既に諦めた様子だった。
「いいんじゃない。午前中だけは、あんたに貸してあげる。午後からは一緒に温泉回ってもらうから」
「それじゃあ、私と愛理は温泉回ってくるわね」
珍しく玩具(俺)の貸し出しを許可した愛理は、志穂さんと一緒に温泉の区画へと消えていく。
残された俺は、なんとなく面倒ごとを押し付けられたことを感じ取った。
「……京介と滑ってこいよ」
「え〜、弟と一緒にウォータースライダー滑って何が楽しいんですか〜」
「俺と滑っても何も面白くないと思うがな」
「少なくとも一人で滑るよりは楽しいですよ」
はしゃぐ都に半ば引き摺られるように、ウォータースライダーの列に並んだ。