時刻は正午を過ぎた頃。
昼食を一緒に摂る約束をしている愛理と志穂さんを探して、温泉エリアへと訪れた俺と都は周囲を見回す。二人とも美人だからそれなりに目立つので、捜索は簡単だなんて誰が言ったのだろうか。
最大規模のスパリゾートは広大な敷地を利用して、他ではみない数の設備が用意されている。当然そんな広大な場所で特定の人物を探すのは容易ではなかった。
愛理達がいる温泉エリアも例外ではなく、特別な露天風呂も合わせて数十種類の風呂だけでドーム一つほどの広さなのだ。移動だけでも一苦労である。
「いませんねぇ〜。連絡とか取れないんですか?」
「スマホはロッカーだしなぁ」
「お姉ちゃんがいそうなお風呂とか、心当たりないんですか?」
「だいたい回った。たぶん志穂さんに付き合って回ってるんだと思う」
「お姉ちゃんの居場所は当てられるんですね」
「それなりに長い付き合いだからな」
待ち合わせるわけでもなく探しに来たのは、ある予感があったからこそなのだが、その予感は的中しそうだ。
施設の構造を思い出しながら歩き、なんとなくそっちにいる気がして歩いた風呂の方向からそれは聞こえてきた。
「一緒に遊ぼうよ。昼食とか一緒にどう?」
神殿のような形状をした入浴施設。その片隅に男二人に言い寄られている愛理と志穂さんがいた。片や困ったような呆れたような顔をしながら母親を見ており。片や満更でもなさそうな顔でやんわりと受け答えしていた。
「ごめんなさいねぇ。私達も連れがいるから」
「なんならそのお連れさんも一緒に」
「そうそう。なんなら全員分奢っちゃうよ」
「でもぉ〜、悪いわぁ〜」
テンプレートなナンパの台詞に悪い気はしていないような志穂さんの受け答えに、都は「またお母さんの悪い癖が始まった」と愚痴をこぼした。
なんのことかわからないが、まず間違いなく若く見られて満足げな表情を見るに、ナンパされたことを少しだけ楽しんじゃっているらしい。
そんな母親の姿に愛理は呆れており、困った顔はナンパしてくる相手に向けた顔だろうか。
持ち帰られる心配はないとはいえ、見ているのは面白くない。
俺は都の手を握りながら二人–––否、四人に近づき声を掛けた。
こういう時なんて声を掛けるのが正解かはわからない。だが、考えるよりも早く口が先に動いていた。
「俺の連れに何か?」
割って入った俺に男二人の視線が向けられる。手を引いていた都に向いた瞬間、見惚れたようだが隠すように背後に庇うとその視線が再び俺に向けられる。
男二人の年齢は二十代前半といったところだろうか。
歳は愛理や俺よりも下と見るべきだろう。
男二人でいるところを見るに、ナンパ目的の施設の利用か。
珍しいことでもないし出禁にもなっていないところを見るに、常習犯などではなさそうだ。
状況を整理しつつ俺はわかりやすく愛理を抱き寄せて、関係性をアピールすることにした。
「悪いけど、ナンパ目的なら他を当たってくれ。こいつは俺のだから」
–––え、じゃあ他の二人は?という視線が向けられる。
「こっちは妹。未成年だから手出したら犯罪だぞ。あっちは母親。人妻」
「「–––えっ!?」」
バッ、と高速で男二人の顔が志穂さんに向けられた。
「推定四十代。一応、これの実母」
「「–––えっ!?!?!?」」
男二人の視線が愛理と志穂さんの間で行ったり来たりしている間に、俺の腕に志穂さんの腕が絡みつく。
「も〜、ダメよ〜。女性の年齢を勝手に暴露しちゃ」
「そういう志穂さんこそ、姉妹に見られて楽しんでたでしょう」
「え〜、だって嬉しかったんだもん」
「旦那さんに言いつけますよ」
「うふふ。それはそれでいい反応をしてくれるから楽しみだわ」
意味がなさそうなので報告はやめておく。そもそも連絡する気はない。
「じゃあ、昼食食べに行きましょう」
ナンパ男二人を置いて、四人でその場を離脱する。
志穂さんがこんな大きな子持ちだったことが衝撃的だったのか、しつこく言い募る様子もなく振り払うことができた。
少し離れてから、愛理が身を寄せながら聞いてくる。
「ねぇ、そういえば京介は?」
「あー、あいつはクラスメイトのお嬢様と一緒」
「ふーん」
「邪魔するのも可哀想だろ」
「そうね。っていうか、そういう相手いたんだ」
「残念ながらお嬢様の一方通行らしいが」
「なんで?」
「お前と一緒」
突然、愛理が胸を押さえる。古傷を抉られたような、辛そうな表情だ。思わず手を伸ばして慰めるように頭を撫でれば、彼女は少し気持ちよさそうに目を細めてからもっと撫でろと頭を押し付けてきた。
「おまえから離れていかない限り、手放す気はないから心配すんな」
「……そうね。絶対離れてなんかやらないから覚悟しなさいよ」
おかしそうに笑う愛理の宣言に、俺は苦笑する。
「お母さん。あんないちゃらぶしてるのにあの二人付き合ってないし、結婚もしてないんですよ」
「いいじゃない。これはこれで素敵な関係だと思うわよ」
半歩後ろから聞こえてきた小さな声を無視して、屋台の立ち並ぶエリアへと進んでいくのだった。
◇
「お〜、すごいいっぱい屋台がありますよ!」
アトランティス16は主に五つのエリアで形成されている。
宿泊施設のあるホテルリゾートエリア。
本格的な飲食店が複数あるフードエリア。
数々の温泉が楽しめる温泉エリア。
この施設のメインであるプールエリア。
そして、そのプールエリアにある屋台エリアである。
屋台エリアはプールエリアのいわゆるフードコート的な扱いなのだが、ただのフードコートと違うのはその品数の多さだろうか。祭の定番、焼きそばやフランクフルトに始まり、焼きとうもろこしやかき氷の他、海の家のような水着で入れるレストランが設置されているのである。当然、そのメニューも海鮮系が多く、海の家とは違った本格的な料理を楽しめるのが特徴だ。
屋台の数だけでも、なんと二十種類。
施設の充実は当然といったように配置されているのである。
そんな屋台の数々を見て、都は楽しそうに声を上げた。
さながら祭気分になってしまうのは子供だからだろうか、ウキウキといった様子で端から端まで屋台を眺める。
「焼きそばにかき氷、イカ焼きにイカ飯、たこ焼きまであるじゃないですか!うわぁ〜、いい匂い。どれにしよっかなぁ〜」
「おまえ夕食のこと忘れてないだろうな」
「うぐっ、食べ過ぎると夜が辛いですね。ここは抑えるべきでしょうか」
焼肉のことを口に出すと、思い出したように悩む。でも、あれも捨て難いと何を食べるか悩んでいるようだ。
「夜ご飯って何の話よ?」
「夕食は焼肉なんだよ」
「ふ〜ん。……なんで?」
「都が食べたいらしい。それに帰ってから夕食作るのも疲れるだろ。だから、外食は焼肉に決まった」
穴のない説明だったはずだ。なのに何故か、愛理は俺のことを訝しむように見る。
「どんな弱みを握られたのかしら?」
「べ、別に弱味なんて握られてないぞ」
どうして何も言ってないのに密約がバレるのか。
100%善意の俺の言葉を信じてもらいたい。
「まぁ、いいけど。あんまり甘やかさないでよね」
追求する代わりに釘を刺して、愛理ははしゃぐ様子の都に視線を向ける。おそらく都の方を問い詰めるつもりなのだろう。都の口が堅いことを信じるしかない。
「それより昼飯何食うか決まったか?」
「私はたこ焼き。あんたは?」
「俺は塩焼きそば。都、決まったか?」
まだ店の前で悩んでいる様子の都が、困った顔をする。
「二択まで絞りました。塩焼きそばとフランクフルトです」
「じゃあ、塩焼きそば半分こするか?」
「あ、それいいですね!じゃあそれとフランクフルトで!」
「それじゃあ、おまえはフランクフルト買ってこい。その腕輪が認証キーになってて後払いできるから」
「へ〜、これにそんな機能あったんですね」
都は腕につけられたブレスレット型の入場パスを見る。
財布を取りに更衣室に戻らなくてもいいように、取り付けられた機能だ。
もちろんあとで全部俺が支払う。
都はぱたぱたとフランクフルトの列に並びに行き、俺は塩焼きそばの列に並ぶ。
もう既に志穂さんは食べるものを決めていたようで、席を探して勝手に座っていた。そんな彼女を遠巻きながら見つめる男達の視線に、早くもナンパ男達の気配を感じる。
急いで塩焼きそばを買って二人分の割り箸を貰い、志穂さんがいる席に戻るとフランクフルトを二つ持っている都と、六個入りのたこ焼きを買っていた愛理が先に席に戻っていた。
「悪い。ちょっと並んでるの多くて遅れた」
「見てたらわかるわよ」
「はい。お兄さんの分のフランクフルト」
空いていた席に座って、フランクフルトを受け取る。
手早く塩焼きそばを分けて、まずはフランクフルトから齧った。
良くも悪くもフランクフルトの味。ケチャップとマスタードが効いており、特筆するべきことはない普通のフランクフルト。夏祭りで買う屋台のフランクフルトによく似ている。
「水着でご飯食べるってなんだか新鮮でいいですね」
楽しそうにフランクフルトを食べる都を見れば、なるほどと納得せざるを得なかった。
「水着でご飯を食べる女性……確かにいいな……」
フランクフルトの油で唇が艶々と光り、それがまた色っぽく感じる。なんだかいけないものを見ている気がした。
「塩焼きそば食うか」
アトランティス16名物塩焼きそば。
新鮮な海鮮類を大量に使っただけあって、とても美味しかった。