元メスガキさんをお持ち帰りした件   作:黒樹

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休暇の初日に戻りたい。


片桐襲来

 

 

 

昼食を終えて、都は一人遊びに出掛けた。お気に入りの玩具を持って遊びに行く子供のような表情に、標的となった既視感のある二人に黙祷を捧げたのはつい先程のこと。

大人三人で温泉エリアへ戻ってきた俺には、将来的に軌跡をたどるであろう二人を心配する余裕などなかった。

右腕に抱きつく愛理の視線の先、俺の左腕に抱きついている志穂さんが原因である。親の仇を見るような目で自分の母親を見ているのだから、それだけでややこしい事態というのはわかるであろう。

 

志穂さん曰く、さっきみたいにナンパされるのは怖いらしい。そんな母親に対してどの面下げて言っているのかと睨んでいるのが、言われなくてもわかる。

 

「えーっと、取り敢えず何処に行く?」

 

現実逃避気味に愛理のご機嫌を窺えば、母親の前でこんなことを言い出す。

 

「二人っきりになれるところ」

 

ホテルの部屋を借りて露天風呂に入るしかない。ただでさえ、ここはスパリゾートだ。他人の目を気にしなくてもいい個人的な空間はそれくらいしかない。

 

「あらあら。この子ったら、二人きりになって何をするつもりかしら?」

「何もしないわよ。……今のところは」

 

ちらちらとこちらの様子を窺ってくるあたり、家に帰ったら何かされる心当たりはあるのだろう。僅かに赤らめられた頰は羞恥に彩られている。

 

「取り敢えず七湯行こう。七湯」

「あら、それも気になってたのよね〜」

 

愛理の代わりに志穂さんが相槌を打ってくれて、三人で移動を開始する。俺が動けば愛理も歩いてくれるので、そこまで不便ではないが両手に花状態で歩けば、それはもう悪目立ちした。多くの男達から視線を掻っ攫い、負の感情が込められた死線とも言えるそれは背中にザクザクと刺さった。

普段から愛理と歩く度に感じていた視線なのでそこまで気にならないが、自慢げに見せつける余裕はなくさっさとその場を離れるように七湯へと足を早めた。

 

「ほら、ついたぞ」

「あら、これが七湯?これは随分といい香りね。ワインみたい」

「あぁ、今日はワイン風呂みたいですね」

「今日は?」

「七湯は日替わりで風呂が替わるんですよ。ワイン風呂だったり、酒風呂だったり、ラベンダー風呂とか、他にも色々」

 

解説すると「じゃあ、今日はラッキーね」と志穂さんが率先して入っていく。ワインは飲むだけではなく、お風呂でも好きなようで手に掬っては零れ落ちていくお湯を見て、楽しそうに笑っていた。

 

「何してるの?二人とも早くこっちにいらっしゃい」

 

呼ばれて愛理と一緒にワイン風呂へと踏み入れる。

赤紫色の湯船中を歩いて志穂さんがいる場所の近くで腰を下ろすと、俺の隣で抱きつくように愛理が身を寄せて座った。

あまり身を寄せられると胸の感触が気になって仕方ないのだが、公共の場で直立するほど俺の愚息は無礼ではなかったようで大人しく湯船に浸かっていた。

 

「あ〜、昼間っから温泉ってなんか贅沢でいいよなぁ」

「そうね。こういう風にゆっくりするのもたまにはいいわよね」

「あら、二人とも普段は何をしてるのやら」

「「…………」」

 

何気ない一言から俺達は顔を見合わせて失言を悟る。明らかにわかっているとでも言いたげな志穂さんに、反論できず愛理はそっぽを向いた。

 

「いろいろと大変なのよ。いろいろと」

「仲がよろしいことで」

 

揶揄うように言って、志穂さんは身体をほぐすように伸ばす。

 

「ん〜、私もこういう時間は久しぶりだからすごく楽しいわ。ありがとう。直人君。娘達だけじゃなく、私まで連れてきてくれて」

「いえ、俺じゃなくても連れてきてくれる人はいたでしょう」

「そうかもしれないけど。あの人を連れて来ると気が気じゃないのよね。身体弱いのに無茶をするから、後のことを考えると私まで羽を伸ばすっていうのは難しいから」

 

プールや海に行くと高確率で体調を崩すそうで、聞いてもいないのに志穂さんは愚痴をこぼすように話を続けた。母娘揃って父親の評価は似たもののようで、俺は何故か愚痴を聞かされているのである。ちゃんと看病するという話を聞くあたり、惚気の類かもしれないが。

 

穏やかな時間を同棲相手とその母親と過ごすという稀有な体験をしつつ、雑談もとい普段の生活の質問攻めを志穂さんから受けて、二人して困りながらも答えられる内容だけを答えていく。

 

まるで酔っているかのように饒舌に質問攻めしてくるのだが、質問が段々とデリケートなものになってきて最終的には性的なものに大変興味を示しているようで赤裸々に語らされた。

 

狼狽える愛理と志穂さんのじゃれあいを眺めていると、背後からちゃぷちゃぷと水を掻き分ける音が聞こえてくる。それは俺の背後で停止すると、女性の声でこう言った。

 

「へーい、そこのお兄さん。両手に花で楽しそうだね。その幸せをちょっと分けてくれない?」

 

ナンパにしては妙なフレーズに振り返ると、そこに立っていたのは平日によく見る女性の顔。本人曰く、同性愛者ではないらしいから言葉の解読に少しばかり掛かってしまいどう言葉を掛けたものかわからず、しばらくその姿を見つめるだけに留めてしまった。

 

「おや、もしかしてお姉さんの水着姿に見惚れちゃった?」

「いや、おまえの顔見ると休みももう終わりかと思って……休日なのに仕事した気分になる」

「あ、酷い!こんな美女捕まえておいて!」

 

近づいてぽかぽかと殴ってくる自称水着美女片桐。ただその動作一つで胸が揺れて目のやり場に困るので、俺は同伴していたお嬢様とメイドの二人に視線を逸らしていた。

 

「さっきぶりですね。直人さん」

「桜ちゃんと冬海さんか。休憩中か?」

「いえ、手伝いは基本的に午前だけですので」

 

にこやかに微笑む桜と無表情で小さく頭を下げるメイド。何故二人がなんて聞くまでもないだろう。二人から片桐に俺がいることを教えたのであれば、今の状況も大方の予想がつく。

 

「……ねぇ、この人達だれ?」

 

突然現れた美少女美女三人組。それを警戒するように愛理は俺の腕に抱きつきながら、囁くように訊ねてくる。警戒の意味が不審なものを見る訳ではなく、別の意味なのは志穂さんの表情からも明らかであろう。

勝手に嫉妬して警戒している愛理を見ているのも面白いが、あまり意地悪すると拗ねてしまうので早々に紹介しておくことにした。

 

「そっちのライトグリーンの水着が同じ会社の同僚の片桐。ピンク色のビキニが米倉桜ちゃん、米倉財閥のご令嬢。そんでそっちの黒のシンプルビキニがメイドの冬海さん」

「藤宮君と同じ部署で働いている片桐美月です。普段から藤宮君にはお世話になってます」

 

確かに残業は世話してるかもしれないけども。

それを聞いた愛理が、礼儀正しく頭を小さく下げた。

 

「こちらこそ。普段からうちの直人がお世話になってます」

「これが正妻。彼女妻」

「意味わからんことを言うな」

「だって〜、結婚してないのにこれはなんていうかもう正妻じゃん」

 

対面して圧に押されている片桐が、目を丸くしながらそんなことを言う。

 

「で、おまえ何しにきたんだよ?」

「そりゃあ藤宮君が来てるって言うから、挨拶のついでに噂の大恋愛彼女ちゃんの顔でも拝もうかと思って」

「大恋愛彼女て」

「いや、そうでしょ。小中高と同じ学校、同じクラス。卒業式に振った相手と合コンで再会、そのままお持ち帰りしてズブズブの関係って大恋愛と言うしかないじゃん」

「お持ち帰りしたってまるで俺が何かしたみたいに言うな」

「え、してないの?」

 

–––しましたが何か?

 

「というか俺、お持ち帰りしたなんて言った?」

「言ってないけど私の中ではそういう認識になってる」

「……」

 

人の口に戸は立てられまい。俺は即断で諦めた。

 

「お持ち帰り……?テイクアウトですか?」

「お嬢様は知らなくていいことです」

 

女の敵、と言わんばかりに睨んでくるメイドさんがお嬢様を優しく諭している。せめてその優しさを少しでもこちらに向けて欲しいが、なんだかんだ冷たい視線にも慣れたものだ。

 

現実逃避気味にドーム状の空を見上げると、いつになく遠慮気味な声で片桐が口を開く。

 

「まぁ、特に用があったわけじゃないんだけどさ。ご一緒していい?」

「暇かよ」

「こっちは連休中ホテルに泊まって毎日遊んでるんだよ。流石に飽きたから変わったことしたいなって思ったらそこに藤宮君が来たから」

「見ての通りデート中なんだが?」

「デート中にしては、中学生くらいの子供連れてたり、両手に花みたいだけど?」

「そっちは母親な」

「母親!?」

 

初見では見破るのが難しいらしく、驚いて志穂さんを二度見していた。やがて状況を理解すると、微妙な表情をしたまま食い下がる。

 

「まぁ、いいじゃん。両手に花どころか三輪くらい付け足して花束にしちゃおうよ。サービスしちゃうよ」

「おまえがサービスするの残業じゃん」

「綺麗なお姉さんと残業できるんだよ。むしろ自慢でしょうが」

 

あまりにも暇そうなものだから、このまま帰すのもなんだか気が引ける。俺は一番窺いを立てるべき相手を見て、どうするべきか決めることにした。

 

「どうする?」

「……」

 

不満そうな顔だが、決めきれないようなそんな表情で愛理は無言で見返してきた。

 

「今なら藤宮君のあることないこと教えてあげるけど?」

「嘘言うんじゃねぇばか」

「藤宮君の元カノの話とか」

「ご一緒して貰えばいいんじゃないかしら」

 

あまりにも早く迷いを吹っ切った即答に、俺は抵抗する術を持っていなかった。

 

 

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