元メスガキさんをお持ち帰りした件   作:黒樹

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週末の居酒屋で

 

 

 

約束の週末。定時に仕事を終えて、半ば強引に片桐に引っ張られて会社を出た。そのまま上機嫌の片桐に腕を組むように引っ張られれば恋人同士のようにも見えなくもなく、会社で変な噂にならないかと内心恐々としている俺をよそに彼女は随分と楽しそうだった。

 

–––わかる。仕事が終わって明日から休みなら誰でも嬉しいだろう。

 

内心共感しながらちょっとした役得に頰を弛緩させつつも、腕を振り払わずに仕方なく歩調を合わせた。それにしたって歩き難いが。

 

しばらく歩くと、居酒屋が立ち並ぶ夜の街につく。

『炭火焼鳥屋・関ヶ原』が目的の店だ。

引き戸を開けて、片桐が入る。俺がそのあとに続き戸を閉めた。

まだ比較的空いている時間らしく、客はまばら。

俺達は適当に座れ、と言う顔見知りの大将に案内されていつもの壁際の席に陣取った。

 

「おじさん。ビール二つと焼き鳥の盛り合わせ、それからだし巻き卵とナスの煮浸しで!」

 

着席と同時にメニュー表も開けず片桐は注文する。来たら取り敢えずと考えずに頼むメニューで、後半二つは俺がよく頼むものであった。

 

「ビール二つとだし巻き卵です」

 

それから程なくして、一品の料理と共に酒が提供される。持ってきてくれたのは見ない顔の店員で、この半年のうちに新しく雇った人のようだ。とても美人な茶髪の女性で、どこか落ち着いた雰囲気があった。ポニーテールが揺れる。

 

「な〜に見てるのかな〜?」

「いや、見ない店員だと思って」

「あー、彼女三ヶ月前くらいに雇ったんだって。夜は忙しいから」

 

一人でも通っているのか片桐は知ったようにそう言って、まずは一口と大ジョッキに口をつけて半分ほどをごくごくと喉を鳴らしながら飲む。実に爽快な飲みっぷりである。

 

「くぅ〜、やっぱり仕事終わりのお酒が一番美味い!」

「本当に幸せそうに飲むよな、おまえ」

「だって美味しいんだもん」

 

最初は色気もへったくれもない豪快な飲みっぷりではなかったのだが、仲良くなるにつれてあら不思議。いつの間にかこんな風に豪快にビールを飲み干す女になってしまった。昔は可愛くカクテルをちびちび飲んでいたのに、どうしてこうなってしまったのか。

 

愛理がこんな風になったら嫌だなー、と思ったが志穂さんは上品に飲むタイプだ。たぶんならないことに俺は一抹の不安を消し去った。

 

「焼き鳥の盛り合わせとナスの煮浸しです」

 

最初に頼んだ品が全部届き、片桐は嬉しそうにもも串を手に取る。そのままかぶりついて、ビールで流し込むともう三分の二が行方不明である。相変わらず最初の一杯が早い。

俺も負けじとナスの煮浸し、だし巻き卵、かわ串を食べてビールで流し込む。家庭では味わえない焼き鳥の美味さに舌鼓を打ちつつ、ビールの余韻に少しだけ胃が熱くなる。

 

「はぁ〜。生きかえるぅ〜」

「大袈裟だな」

「そういう藤宮君だって、美味しいもの食べると元気になるでしょう」

 

干からびた大地に雨が降るが如く、お酒を吸収して元気になる社会人の現金なところに多少目を瞑りつつ、俺もちびちびとビールを飲み進めていく。二本目の串に手を伸ばしたところを片桐はばっちりと見ていた。

 

「毎日のように彼女ちゃんに癒されてる藤宮君には、必要ないかもしれないけど」

 

少しばかり刺々しい言葉に、俺は涼しい顔をして受け流す。

 

「そんなことはない」

「ふーん。まぁ、別にいいけど」

 

羨ましげな視線が突き刺さった気がしたが、彼女はジョッキに口をつけてそのまま黙々とビールを飲み干す。

 

「大将。もう一杯!」

「はいよ」

 

ほどなくしてビールのお代わりをさっきの店員が持ってきた。

 

「ねぇ、さっきからあの人のこと見過ぎじゃない?」

 

浮気か?報告するよ?と言わんばかりの片桐に、俺は誤解を訂正するように首を横に振る。

 

「どこかで見た気がしてな……」

「すっごい典型的な口説き文句だね」

 

疑うような視線も、実は面白がって揶揄っているのだろう。だから俺はあえて焼き鳥の盛り合わせの中にあったレバーを手に取った。

 

「あー、私のレバー!」

 

大好物を取り上げられて、悲しそうに見てくる片桐の目の前に串を差し出す。すると彼女は恥も外聞もなく先端にパクりと喰らいついた。

 

「う〜ん、美味しい〜!」

 

気分は雛に餌をあげる親鳥だ。残りは取り皿に置いておく。

 

「まぁ、それはそれとして愛理ちゃんに報告しておくね」

「余計なことするなよ」

 

–––めんどくさ可愛いことになるから。

 

それはそれで俺に利がないわけではないので、あくまで釘を刺しておく程度に留めておく。というかどうやって報告するつもりなのか。

 

「おまえ愛理の連絡先知ってたっけ?」

「プールで会った時に連絡先交換したよ」

「いつの間に……」

 

思ったよりも仲良くなっている二人に、ちょっとだけ危機感を覚えた。女同士どんな情報交換をするかわかったものではない。

 

「それにしてもよくできたお嫁さんだよね。いいなー、私もあんなお嫁さん欲しい」

「いや、おまえが貰うのは嫁じゃないだろ。あと嫁じゃないし」

「仕事から帰ってきたらご飯作ってくれてるんでしょ。専業主婦もいいけど、結婚したってそう簡単にはいかないだろうし。家事だって大変だよ」

「育児とかな」

「藤宮君的には子供は?」

「別にいらない」

「とか言って、娘とかできたら藤宮君って溺愛しそう。娘は嫁にやらん!って」

 

–––否定できる気がしないので、俺は黙秘した。

 

「ちゃんと避妊してる?」

「だいぶ酔ってるなおまえ。心の中のスケベオヤジが顔出し始めたぞ」

 

片桐の顔が赤い。その理由は間違いなく、酔っているからだ。

 

「だってさー、私にもセクハラしたい時とかあるんだよ?」

「知らねえよ」

「この前なんてさ、長期休暇中連絡もよこさなかったからって、お母さんが電話してきてさ。いい相手はいないのか、早く孫の顔を見せろって煩くてさぁ。だから帰るのが嫌なんだけど」

 

グビグビとビールを飲みながら、愚痴をこぼし始める片桐。レバーの残りを噛みつくように口に入れた。

 

「そういやうちも連絡はしてないな。帰ってもないし」

「藤宮君はいいよね。相手がいるからそういうの言われないだろうし」

「おまえも家に帰ったら、同棲している相手と母親がエンカウントしている地獄を味わってみるか?」

「なにそれ怖い」

 

机の上が片付き始めたので、俺はメニュー表を手に取る。

 

「大将。ジンジャーハイボールとかわ、ねぎま二つ。あとピーマンの肉詰めで」

「はいよ」

 

メニュー表を戻して、俺は残りのビールを胃袋に片付けた。

 

「ねぇ、藤宮君の友達に良い人いない?」

「じゃあ、ギャンブルやるタイプとタバコ吸うタイプと酒飲むと気が大きくなって騒ぎ始めるやつどれがいい?」

「私は誠実で、真面目で、思いやりのある優しい旦那さんが欲しいの」

「該当するやつはいないかな」

 

残念。要望に合う友人はいないみたいだ。

 

「ご注文のジンジャーハイボールと串焼き、ピーマンの肉詰めです」

 

そうこうしている間に注文の品が届いた。視線を感じて振り返ると、女性店員がちらちらとこちらを気にしながら配膳していく。去る時もこちらを気にした様子だ。

 

「ん……?」

 

どうやらあちらも見覚えがあるらしい。

気になって様子を見てみたが、仕事中何度か目が合った。

 

–––そんな時、どこかのテーブルからこんな声がした。

 

「沙也加ちゃ〜ん。こっち〜」

 

誰かを呼ぶ声だ。その声にあの女性店員が応えた。

俺は酔いが醒めるような感覚と同時に、頭の中でパズルのピースがハマるような晴々とした感覚を味わっていた。

再び女性店員が目を細めるようにこちらを見てきたので、俺はさっと目を逸らす。わざとらしい反応に悲しそうな顔をして、その人は奥に引っ込んでいった。

 

「どうしたの藤宮君?」

 

–––西宮沙也加。元カノかもしれないとは、今この場では言えなかった。

 

 

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