元メスガキさんをお持ち帰りした件   作:黒樹

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片桐美月の計画

 

 

 

–––約四ヶ月前。

 

残業終わりの月曜日。

スーパーで弁当を買って帰った私は、一人寂しく味気ない夕食を食べながら缶チューハイを飲んでいた。

さっきまで一緒に話していた相手は、今やパートナーと温かい食卓を囲んでいる。

その落差に虚しさを覚えていると、机の上に置いていたスマホが震える。誰かが電話を掛けてきたようで、私は藤宮君かもなんて少しだけ期待しながらスマホを手に取った。

 

「……沙也加ちゃん?」

 

西宮沙也加。私の幼馴染からだ。

定期的に連絡してくれる幼馴染からの電話に出ると、すぐに通話口から知っている声が聞こえた。

 

「美月ちゃん。久しぶり」

「うん。久しぶり。元気だった?」

「うん。私は元気–––」

 

挨拶から始め、久しく会っていない幼馴染ととりとめのない会話に興じる。

それからしばらくして、沙也加はこう切り出した。

 

「実は今日電話したのは、街でたまたま美月ちゃんを見かけたからなんだけど」

「え、声を掛けてくれればよかったのに」

「それがそういうわけにもいかなくて。だって美月ちゃん、男の人と一緒に歩いてたでしょ?」

 

男の人と言われて思い浮かぶのは、藤宮君だ。

私は顔が熱くなるのを感じる。幼馴染に見られた恥ずかしさで一杯で。

 

「た、ただの同僚だよ。ほら、前にも話したでしょ」

「–––藤宮君」

 

電話口から聞こえた名前に、私は驚いて声が出なかった。

私が話す時は、毎回“同僚”と呼んでいる。

だから、知るはずもないのだ。–––ある一つの可能性を除いて。

 

「……なんで知ってるの?」

 

すぅと小さく息を吸う音が響く。

沙也加は、一拍置いて淡々と告白した。

 

「–––元カレなの」

「え……?」

 

その言葉を聞いた瞬間、私は頭が真っ白になる。

幼馴染の吐いた言葉が信じられなくて、何度もその言葉の意味を反芻した。

藤宮君を傷つけた女が自分の幼馴染だったなんて信じられなくて、私はもう一度彼女に確認したのだ。間違いないのかと。

 

「ねぇ、まさか一番目じゃないよね?」

「……私のことを初めての彼女、って言ってたよ」

 

よりによって藤宮君の歴代の彼女でも最悪で、私は頭を抱えたくなった。それ以前に私は我も忘れて電話口で怒鳴ってしまった。

 

「自分が何をしたかわかってるの!?」

「……その様子だと、私のこと彼に聞いたんだ」

 

落ち着いたトーンで喋る幼馴染に余計に腹が煮え繰り返って、胃の中のものを吐きそうだった。まるで度数の強いお酒を一気飲みしたみたいにお腹がカッと熱くなる。

 

「聞いたよ。酷いこと言われて捨てられたって。私は沙也加がそんなことする酷い人とは思わなかった!」

「それは本当に反省してるの。バカなことしたなって」

 

–––反省してる。その言葉を聞いて僅かに溜飲が下がる。

 

「だから、ちゃんと謝罪したくて、その仲介を頼みたくて電話したの」

「……自分が言ってることわかってる?」

「うん。身勝手なお願いってのは重々承知。それでも会って話がしたくて。別によりを戻そうなんて思ってない。だって、美月ちゃんの大切な人でしょ」

「……別に、私のじゃないよ」

「じゃあ、私がよりを戻してもいいの?」

「それはダメ。藤宮君には、もう素敵なパートナーがいるから」

「……そう」

 

本当に残念そうに呟く。それがどこか本当に反省しているようにも感じられて、同時に何か私の知らない幼馴染の一面を垣間見たような気もした。

 

「……とにかく無理だよ。藤宮君はもう沙也加ちゃんのことなんてなんとも思ってない。むしろ蒸し返すのは、お互いのためによくないとも思う」

 

私だってできるなら手伝ってあげたいし、自分が同じ立場で本当に反省してるなら藤宮君に何度だって許しを乞うだろう。許してくれるまで、なんでもするつもりだ。

 

「……そう。じゃあ、自分でなんとかする」

 

忠告した。けれど、沙也加は聞く耳を持ってくれない。

藤宮君と、もしくは愛理ちゃんと不意に最悪な出会いをしてしまった場合が不安だ。

今の幼馴染からは、少し異常なまでの執着を感じる。

私に残された選択肢は–––協力しかなかった。

 

「……わかった。協力してあげる」

 

私はため息交じりに了承した。

 

「ありがとう。美月ちゃんなら協力してくれるって信じてた」

 

どの口が言うのだろうか。ほとんど脅迫じゃない。

私は言いたいことを全部飲み込んだ。

 

「それで具体的にはどうするの?」

「会わせてくれたらあとは自分でなんとかする」

「……じゃあ、取り敢えず伝えとくね。会ってくれなかったらどうするの?」

「その時はその時でまた別の方法を考えるから」

 

電話は切れた。

 

「……変わったね。沙也加ちゃん」

 

私はできるだけ穏便にことを済ませるべく、どうするべきか苦悩するのだった。

 

 

 

 

 

 

–––パタンッ。

 

藤宮君を見送って私と沙也加は家の中に入った。

私はさっさと靴を脱ぎ捨てて、すたすたとリビングに向かう。

そんな私の背中を睨む、幼馴染。

それもそのはず、当初の予定とは違う方向に話が進んだのだから、その怒りが計画を狂わせた私に向かうのは当然だろう。

 

「……どういうつもり?」

 

腹の底から唸るような声が廊下に響く。

私は素知らぬ顔をして、振り返った。

 

「何が?」

「今日のことよ。彼本当に驚いているみたいだった」

「そうだね。沙也加ちゃんのことは黙って連れてきたんだもん」

 

それとなく教えておいた方がよかったのかもしれない。そんなこと私だってわかってる。

 

あっけらかんと言う私に、彼女は靴を脱ぎ捨てて迫ってきた。

 

「何を考えているのよ!これじゃあ私が相手の都合も考えず押しかけてきた迷惑な女みたいじゃない!」

「その通り迷惑な女なんだよ」

 

だから勝手なことをしないように。勝手なことをさせたのだ。

 

「それに沙也加ちゃんも嘘をついたよね。許して欲しいなんて言わない、とか言いながら本当は許して欲しかったんでしょ。それで復縁を迫るつもりだったよね」

「それは……」

 

あわよくば復縁を狙っていた。それは事実らしい。

 

「そういう美月ちゃんだって藤宮君のこと好きなくせに。なにあればっかみたい。わざと嫌われるような真似して……私、あんなこと頼むつもりはなかった!」

 

反撃とばかりに言われた言葉が胸に刺さった。–––思いの外痛い。

 

「す、好きじゃないもん!」

「私が電話すると毎回『同僚君が〜』って惚気てたじゃない。どっからどうみても好きでしょ」

「の、惚気てなんか……」

「それに共謀して騙してたみたいな言い方なんかして!」

「だってそうでしょ。私達は共謀して、藤宮君を騙したの!」

 

自分で言っていて涙が出てくる。……情けない。

 

「……私、こんなの望んでない。美月ちゃんに迷惑かけるつもりはなかった。それがどうして、なんでそんな嫌われるようなことばかり言って……本当にわけわかんない。あんなの予定になかったのに」

 

幼馴染の脱力した声が届く。

私はもう、何が何だかわからない涙で前が見えなくなっていた。

 

「……泣くほど好きなんじゃない」

「……あれ?なんで?おかしいな……」

 

拭っても拭っても涙が溢れてくる。

もう諦めて、踏ん切りをつけるためにあんなことしたのに。

それからしばらく涙が止まるまで時間が掛かった。

 

「……はぁ。本当に昔からバカだよね。美月ちゃんは」

 

その間待ってくれたと思ったら、急に沙也加が罵倒してくる。

慰めるような声で罵倒しないでほしい。

 

「そんなに好きなのに嫌われる真似するとか。本当にバカ」

「さっきからバカバカ言い過ぎじゃない?」

「本当にバカだから言ってるの」

 

ため息を吐いて、壁に背中を預けた彼女は紡ぐ。

 

 

 

「–––だって、あの二人を再会させたの美月ちゃんでしょ?」

 

 

 

幼馴染から出た虚をつく話に驚いた。

思わず、涙が引っ込んだほどだ。

 

「池谷って人に聞いた。藤宮君を誘って合コンに行くように、その話を持ってきたのが美月ちゃんだって」

「それだけじゃ私が二人を再会させたとは限らないよ」

「相手も美月ちゃんがセッティングしたって言ってたけど」

 

どうして私の幼馴染はそんなことを知っているのか。

あの二人でさえ、その事実を知らないのに。

 

「バカだよね。好きな人を譲り渡すとか。私美月ちゃんのそういう貧乏くじ引くところ今でも嫌い」

 

さっきからバカバカバカバカ聞いてると腹が立ってきた。私は思わず沙也加を睨みつける。

 

「私、今の生意気な沙也加ちゃんが嫌い」

「じゃあ、両思いだね」

 

–––あぁ、確かに。

 

「二人を再会させなければ、藤宮君は美月ちゃんのものだったのに。本当になんでそんなバカなことするかなぁ」

 

自分で口に出して仕舞えば、死ぬほど後悔しそうだ。

私は廊下の隅に座り込みながら、ぽつぽつと語りだす。

 

「–––ねぇ、覚えてる?小学生の頃、私がいじめられてたこと」

「……うん」

 

その思い出が苦いものであったのか沙也加は渋面を浮かべて、小さく頷いた。

 

「実はね、藤宮君も愛理ちゃんも覚えてないけど、私達一緒の小学校だったんだよ。小学四年生の頃、いじめられていた私を助けてくれたのがあの二人なの。上履きが隠されたら、喧嘩しながら一緒に探してくれて。教科書に落書きされたら、自分の教科書を貸してくれたの。いつも喧嘩してたけど、喧嘩しながらも息ぴったりでさ。その光景が眩しくて、私それが好きだったんだ」

 

私がそう告白すると、沙也加も何かを思い出したように目を見開いた。

 

「まさか、あの二人?」

 

沙也加も気づいていなかったらしい。

 

「うん。だから、私は全部忘れることにしたの。この恋心も。でも全然上手くいかなくて、だから嫌われて無理やり終わらせようかなって。でもそう簡単にはいかないんだね」

 

幼馴染はやっぱり呆れた顔で、バカだと言った。

 

 

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