『あと五分……』
もう少しだけ愛理の膝枕を堪能していたい定番のセリフは、早く出掛けたい双子によって阻止された。
腹に乗ってきた都がきっちり五分間揺すり続け、催促してきたからである。
出掛ける準備をして、車に乗り込む。
車で約三十分の距離–––そこに、目的の店があった。
『なんでも売ります、なんでも買います、高価買取』そんな決まり文句のリサイクルリユースショップ。
ゲームから玩具、漫画、洋服、時計やアクセサリー、釣具や他にも色々と売っているお店である。
新品のゲームソフトが並ぶこともあって、常日頃から利用している店舗だ。
「ついたぞ」
そわそわしている京介がバックミラー越しに見えて、なんだかんだで子供なんだなと認識する。
目当てのゲーム発売日目前は自分も眠れないことがあるので、子供だけではないのだが、やはりそういった反応は子供らしいと感じた。
「まだ決めてないなら先に見てこい」
「うん」
車を降りて、駆け出したいのを堪えて後ろをついてくる京介だったが、一声掛けるとリードを外した犬みたいに足早に駆け出していった。店内では早歩きになっているあたりそこら辺の常識は脳の片隅に残っているようである。
残された俺と都、愛理は顔を見合わせながら肩を竦めて、店内に入った。
「それでおまえ達はどうする?何か見てくるか?」
「そうですねぇ。時間が掛かりそうですし、お姉ちゃん一緒に見て回ろう」
「そうね。私も色々見たいし。何か欲しいものでもあるの?」
「そうですね〜。今後の参考に、手につけるアクセサリーとか」
わざとらしく強調して伝える都に、愛理がちらりと俺の顔を窺ってくる。思わぬ催促に俺は苦笑するしかない。
ただ少し突くだけで満足したのか、都は姉を連れてアクセサリーや服が並ぶ区画に向かった。
それだけ確認すると、俺も京介を追うべくゲームコーナーへと向かう。
先にゲームコーナーに行った京介は、陳列されているゲームソフトをぐるぐると回りながら吟味していた。
最初から幾つか候補を決めていたのか複数のパッケージを見比べている。財布の中身を確認しているあたり、ソフト一本分くらいはお小遣いを貯めていたのだろう。
あまりにも真剣に選ぶ京介をそっとしておき、俺もまたゲームコーナーを見て回る。
ここ最近は愛理と常に一緒にいるため、積みゲーの消化どころかDLCも最新のゲームもチェックできていない。
休日に一人でゲームを始めれば、暇だ構えと言わんばかりに妨害してくるのである。おかげで一人の時間はそうそうできるはずもなく、予期せぬボス戦攻略に勤しむことになってしまうのだ。
「ほぉ〜……」
愛理と再会する前、チェックしていたゲームが発売している。
ここに来る道中でコンビニのATMで十万円ほど引き出したものの、個人的な買い物をするほどあるだろうか。
京介のゲームだけで四万くらい消えるとして、都も同等だと考えるとそんなに残らない。
普段世話になっている愛理にも、とは思うが彼女には洋服など買い与えているのでそれほど気にしなくてもいいだろうが、まったく何もしないのは不公平だと思う。既に妹弟の分で申し訳なく思っているだろうが。
忘れてはいけないのが、今回はテスト結果のご褒美ということだが。
「……もう少し安くなってからにするか」
個人的な買い物を諦める。
どちらにしろ積みゲーになるだけだろう。
そう思いつつ屈んでいた腰を上げようとした時だった。
「おにーさん」
覆い被さるようにして、誰かが背中に乗る。
柔らかな感触が背中に触れた。まだ小ぶりだが、年相応にしてはそれなりに大きい胸だ。背筋と自らの身体に押し潰されて形を変え、広がる感触は意識せざるを得ない。
「……愛理は?」
「今はお手洗いです。私は暇なので、戻ってきました」
耳元で囁かれたおかげで吐息が耳を擽り、妙な気分になってしまう。
都はそのまま首に腕を回してきた。
「離れろよ。立てないだろ」
「もうたってるから、立てないの間違いでは?」
「揶揄うなよ」
「お兄さんだって女子中学生に抱きつかれて嬉しいくせに」
–––否定はしない。
戯れてくる都とくっついていると、視線を感じる。
可愛い女子中学生というのもあるだろうが、好奇の視線だけではなく、羨望や嫉妬の眼差しも交じっている気がする。
おまけに都は薄着だ。まだ夏の暑さが残っており、ホットパンツにニーソ、ニットキャミソールなのだ。パーカーを羽織っているものの、視線を集めること間違いなしである。
公衆の面前でなければ、ずっとこうしていたいところだが、衆目を集めるのは社会人には厳しい。
怪しい関係ではないことは確かだが、どう見るかは人それぞれである。
遠巻きに眺めている客達だが、ふと動きがあった。
その中の一人が、近づいてくるのである。
ゲームコーナーに用があるのかと思えば、その人物は俺達の隣に立った。
靴を見るに男物で、そいつは立ち去ることもなく興味深そうに俺と都を見下ろす。
「やっぱり直人か」
名前を呼ばれて顔を上げれば、茶髪が目を引く。
身長160くらいの弛んだ目元の優しそうな男。
小中高と見た、付き合いの長い友人–––羽柴小太郎だ。
「……羽柴」
「お兄さん、お知り合いですか?」
「あぁ、小中高と同じ学校に通っていた友人だ」
紹介すると都はじっと羽柴の顔を見上げる。
観察するように、その顔がどこか警戒するような視線になっているのは、知らない人間だからだろうか。
「なんでこんなところにいるんだよ」
「酷いなぁ。久しぶりに会う親友にその態度って」
あまりにもタイミングが悪い遭遇に心底嫌そうな顔をすると、彼もまた顔を顰めて訝しげに見下ろしてくる。
俺に妹がいないことは知っているため、それ以外の可能性を邪推しているのであろう。
「–––で、その子誰?」
「あ〜………………妹みたいな存在?」
「いや、おまえ妹いないじゃん」
「だから妹みたいな存在なんだろ」
どう説明しても怪訝な表情で都を見る。
そうして眉間の皺が一つ増え、「んん?」と唸った。
「あれ、おかしいな。どこかで見たような気がするんだよな……」
小中高と同じ学校に通っていた–––それもよく俺に絡んでいた愛理の妹なのだから、見た覚えがあるのも無理はない。本当に都は昔の愛理に似ているのだから。
自己紹介なんてすれば、一巻の終わりである。
そうでなくとも、愛理が戻ってくれば……これ以上は考えたくもない。
今はあまり詮索されたくはないし、話を逸らすべきだろう。
ただの時間稼ぎにしても、やらないよりはマシだ。
「それよりおまえなんでこんなところにいるんだよ。いつもならパチ屋にいる時間だろう」
この店は、よく二人で来ることがある。遭遇するのは仕方ないにしても、この時間帯なら羽柴は大人の遊戯を楽しんでいる最中のはずなのだ。だから遭遇の心配はないと思っていたのだが、こうして見つかってしまったのは誤算だった。
「たまにはゲームでも買って暇を潰そうかと。そっちは?」
「俺は子供のお守りだ」
そう言った瞬間、不服そうに都が背中をペシペシ叩いてくる。
「デートだ」
機嫌が直ってまた抱きつかれた。
「……ロリコン」
「煩え。どうせ僻んでるだけだろ」
「そうだよ。悪いかよ。半年会わないと思ったら、親友が可愛い女の子と遊んでて羨ましいなとかおまえマジでふざけんなよ」
–––そこまで僻むやつにロリコンとか言われたくはない。
「兄貴」
また誰かが誰かを呼ぶ声がする。
「あ、兄貴!」
その声は、こちらを呼んでいるようだ。
声のした方には京介がいて、その手には一本のソフトのパッケージが握られている。
それを見れば、欲しいハードウェアも明らかだ。
ただ若干恥ずかしそうに顔を赤らめているのは、何故なのか。
「ん」
「お、決まったか。じゃあ、俺達は行くわ」
「お、おう」
何故かおとなしい都を背中に引っ付けながら、その場から逃げるようにレジに並ぶのだった。