「おはようござい…ま…す?」
出勤した挨拶をした瞬間、オフィスの視線を集めてしまった。
まるで飾られている人形がぐりんと一斉に動くような、そんな気味の悪さがある光景に尻すぼみに言葉が消えていく。
あまりの怖さに全身を縮こまらせながらデスクに行くと、片桐が微妙な表情でパソコンから顔を上げた。
「おはよう。藤宮君」
「おはよう……。何この状況、怖いんだけど」
もしや付き添いで病院に行くために半休取ったのがまずかったのだろうか。世の中には冠婚葬祭で休むと機嫌を悪くする人間もいるという。そういうタイプの人間はこの部署にはいなかったと記憶しているが、何か不興を買うようなことをしただろうか。
未だにやまない背中に突き刺さる視線に怯えながら片桐に聞くと、微妙そうな表情がさらに深くなった。
「あー、たぶん藤宮君のことに興味津々なんじゃないかなぁ」
「興味津々?なんで?」
「藤宮君が休んだ理由に直結する、かなぁ……」
「おまえなんて説明したんだよ」
「言っておくけど、『藤宮君は同居人が熱を出して病院に連れていくために半休を取った』って報告したよ」
それがどうして興味の対象になってしまうのだろうか。
片桐は目を逸らしながら言う。
「『どんな人か片桐さんは知ってる?』って聞かれたから、女性って答えたんだ。だから、たぶん脳内変換されちゃったんじゃないかなぁ。同棲中の彼女に」
人とは自分の都合のいいように物事を解釈する節がある。女ばかりのこの部署では、恋バナに繋がる情報はもはや美味しい餌でしかない。
「……」
「もうね。同棲中の彼女が心配で半休取った藤宮君の溺愛っぷりが話題になっちゃって。数時間はその話題で持ちきりだったんだよ。後で何か聞かれるかもね」
……転職したい。
そんなことを言ってられないのが社会人である。
今日の業務を確認して、雑務に精を出す。
仕事が山積みかと思えば、意外に振り分けられた業務は少なかった。どうやら気を遣われているらしく、それほど忙しい業務を割り当てられなかったのだ。戦力外通告されているような気もしないでもないが、普段真面目に働いているからそれはないと思いたい。
時計をちらちらと確認しながら、スマホのディスプレイが光る度に注視して、気がつけば定時の時間。
それでも終わらない仕事は終わらない。半休取ったつけが回ってきたのか、はたまた集中できていなかったのか仕事は残っている。
急ぎの仕事ではないのだが、中途半端に終わるのはよくない。それほど時間もかけずに終わる仕事だし、さっさと終わらせるかとデスクに齧り付いているとペシっと背中を叩かれた。
「こら、残業しない。今日は帰りなさい。彼女が家で待ってるんでしょ?」
「主任……」
「今日ずっとそわそわして落ち着かなかったわよ。そんなに大事にしてるのね、その子のこと」
「割と普通のことでは……?」
「その普通のことができない男はいるものよ。時間が経てば愛は冷めていくし、恋は病とはよく言ったものよ。全然女の子に興味ないのかと思ったけど、その様子だと普通で安心したわ」
いったい俺はこの部署で何だと思われているのか。……興味はあるが聞きたくはない。
「ほら、帰りなさい。あとは私と片桐さんでやっておくから」
「ですが……いえ、ありがとうございます」
「それでよし。うちの会社でも風邪が流行ってるから気をつけてね」
何度もぺこぺこと頭を下げて、俺は会社を飛び出した。
近場のスーパーで買い物して帰宅する。
二人で食べられるようにうどんとその他食材、追加のスポーツドリンクと水、あと桃の缶詰だ。
帰り着いた頃には、いつもより一時間近く遅い帰宅だった。
「ただいま」
返事はない。その代わりに、寝室の扉が開いた。
中から出てきた愛理は、俺を見つけると駆けるように近づき、ぎゅっと抱きついてきた。
柔らかくも温かい感触が心地よく、もっとその感触を味わいたくて、彼女を抱きしめるように手を伸ばす。
「どうした?」
「……帰ってこないのかと思った」
何故そんな発想になるのやら。少しいつもの時間を過ぎただけだろうに、いつもとは違う弱々しい力で抱きつく愛理はさらに強く力を込めた。それでも普段の力には届かない。
俺の胸に顔を埋めながら、すんすんと鼻を啜る。どうやら泣いていたようで、目の端には涙が光っていた。
「そんなわけないだろ」
「じゃあ、証明して」
「何を?」
疑問には答えないまま愛理は動かない。
仕方がないので、頰を撫でて少し離れるように誘導して、解けた腕の隙間から身を外し、屈んで頰にキスを落とす。
「……」
上目遣いに見てくるその顔には、不満が浮き出ている。
どこにして欲しいか、なんて聞くまでもないだろう。
今度は頰に手を添えて、顔を上げさせてから、物欲しそうに引き結ばれた唇にキスをした。
「……移っちゃうわよ」
「強請ったのはおまえだろうが」
もう一度、唇を塞ぐ。
「ん……ふぅん……っ……」
ぺろりと唇を舌でこじ開けて、舌で口内を蹂躙するように割り込ませると、いつもより体温が高いのがよくわかる。突然の濃厚なキスに戸惑いながらも合わせてきた愛理は、荒く喘ぎながらもしっかりとキスをせがんできた。
間違いなく移るだろうな、なんて他人事のように思いながら、繋がる気持ちよさに身を任せてキスを堪能する。数分後、お互いに息をするのも苦しくなってどちらともなく唇を離すと、銀の橋が彼女の唇から垂れた。
「はぁ…はぁ…」
荒く息を吐く愛理が艶っぽく目に映る。
息も絶え絶えだが、今朝よりは気分がよさそうに見えた。
「さて、飯にするか。うどん食えるか?」
「……うん。その前に、着替えたいんだけど……」
汗を吸水したせいか、パジャマが湿っている。発汗は身体の老廃物や不純物を吐き出しているとかで、身体がウイルスに対抗している証拠なのだとか。
寝苦しくて開けたのか、パジャマの第一ボタンが外されており、妙にくたびれた印象を受ける。すぐに用意することにした。
「わかった。着替えの準備な」
「そ、それと……身体、拭いて欲しいんだけど」
「それじゃあ、とりあえずベッドに戻ってろ」
赤い顔で懇願してくる愛理を、そのままお姫様抱っこして寝室のベッドに戻す。
洗面器にお湯を半分、タオルを一枚突っ込んだ俺はそれを持って寝室へと戻った。
「あ、そうだ。着替えだ」
ベッド傍に洗面器を置いて、衣装ケースから愛理の下着と替えのパジャマを用意する。
今度こそベッドに戻ると、耳まで真っ赤になった愛理がいた。
「……なんでおまえ真っ赤なの?」
「だ、だって、緊張しちゃって……」
「何を今更、裸なんて見せ慣れてるだろ」
「こ、こういうのは初めてだもん」
羞恥心の基準がわからん。俺は呆れた顔で頭から爪先まで見つめる。
「ほら、脱げ。それとも脱がして欲しいか?」
「……いつも通りで」
「いつも通りって?」
「……うぅ。いじわる。……脱がして」
「よくできました」
褒める言葉を掛けながら、パジャマのボタンに手を伸ばす。一つずつ外していく感覚はいつやっても雑誌の袋とじを開けるが如く、少しばかりわくわくしてしまう。
全部外すと、形のいいおっぱいと、それを支える可愛いブラジャーが姿を現した。それも一瞬でホックを外して、するりと脱がせてしまう。俺も随分と手慣れたものだ。
「それじゃあ、まぁ……触るぞ」
洗面器からタオルを拾い上げて、水気を飛ばすために絞る。可能な限り力を込めて絞るのを三回繰り返して、ようやく愛理の身体にタオルをつけた。
「ん……っ」
まずは顔を拭いて、その流れで首筋に下る。その流れで肩から背中を拭いて、脇の下から腕、脇腹あたりを綺麗にしていく。
時折気持ち良さげに甘い声が漏れて、愛理はされるがまま身を預けてくれた。彼女が病気の手前、自粛していた愚息が、呼んだ?とばかりに首を持ちあげる。呼んでない。
一旦落ち着くため、タオルを洗面器に戻した。
一呼吸してから、またタオルを絞る。
「じゃあ、前やるぞ」
背中側から腕を回して、抱きしめるように拭く。
お腹のあたりを撫でまわし、胸の下から遡るように谷間を通過して、また戻って下乳の汗が溜まりやすい箇所を念入りに。そのまま左側のおっぱいを下から掬い上げるように撫でまわし、それから先端をタオル越しに摘んだ。
「ちょっと、あっ、触り方がやらしいんだけど……!」
「いや、すまん。そういうつもりはないんだが……」
さすがに病人相手には自重する。
看病と称してえっちなことをするシチュエーションには興味あるが、考える余裕はなかった。
「そ、そう……」
自分だけそう思っていたのが恥ずかしかったのか、愛理は頰を赤くして俯いてしまった。
その間に拭き終わった左胸を手で退けて、右胸をさっきと同じように拭いていく。
「あっ、ん……」
悩ましげな声が時折漏れて、吐息が荒くなっていく。
自制心が崩壊しかけだ。
「はぁ…ふぅ…」
鎖骨まできっちりと拭き終えた頃には、肩で息をしながら胸を上下させていた。
念の為、濡れタオルで拭いた上から、水気を取るためにもう一枚のタオルで拭いておいた。
おかげで時間が掛かってしまったが。
「下はどうする?自分でやるか?」
「……お願い」
三度、洗面器に入れられたタオルを絞って聞けば、愛理は潤んだ瞳で俺を見上げてそう懇願してきた。
「じゃあ、まぁ……」
パジャマのズボンを脱がすために愛理のズボンを引っ張ると、それに合わせて愛理は脱がしやすいように腰を浮かせる。
その下からは予想以上に体液でぐっしょりとしたパンツが顔を出した。足の先からズボンを剥ぎ、パンツに手を伸ばすと愛理がびくりと腰を振るわせる。
「あ、あんまり見ないでよ……恥ずかしいんだから」
彼女の主張も無視して、じっくりと見ながらパンツを下ろすと、少し粘っこい汗が糸を引いて……。
「拭くぞ」
恥ずかしそうに顔を手のひらで隠しながら、愛理はこくんと小さく頷いた。
俺は無表情で呟く。
「……エロ」
「だって仕方ないでしょ!あ、あんたがあんな風に触ったりするから!それにおっぱいをいじくり回すとあんな風になるように私の身体を変えたのあんたなんだからね!」
「それにしたって何考えてるんだか」
俺も人のこと言えた義理ではないが、愛理は性欲が強い。そのことを強く実感した。
「そ、そっちこそ、えっちなこと考えて–––ひゃっ!?」
このまま無言で愛理の身体を拭いていると我慢できなくなってしまいそうだったため、軽口を叩き合いながら大事なところにタオルを当てる。
びっくりした愛理が艶声を上げるのもお構いなしに、拭く作業に徹する。そうでもしないと本気で襲ってしまいそうだ。
「だっ、やっ……あ……っ」
もう少し丁寧に拭いて欲しい、のはわかるが無理だ。理性が持たない。
股のあたりを入念に拭いて、お尻まで綺麗にしてから、膝裏、足首と続けてようやく終わった。
「ふぅ。終わったぞ。服は自分で着ろ」
服を着せたくない自分がいて、そこまでは面倒見きれずにタオルを洗面器へと放り込む。
ベッドの上に裸で横たわる愛理が、脚を投げ出して仰向けに寝ているのは実に目に毒と言える光景である。
しばらく愛理の艶姿に魅入るように視線を奪われていると、立てるようにしていた脚が僅かばかり開かれるように動く。
「……いれて」
–––座薬を処方してもらった覚えはない。
※念のために言っておきますが座薬です。他にお薬があるかどうかは存じ上げません。