元メスガキさんをお持ち帰りした件   作:黒樹

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妄想が激しい愛理さん

 

 

 

その日は外に出る気にもならず、一日中ゲームをしていた。

数ヶ月の間に溜まった積みゲーを消化するべく動き出した俺は、リビングの机に紙パックのジュースや手を汚さずに食べられるお菓子を用意して、テレビの前に設置されたソファーで一日中ゴロゴロする予定であった。

テコでも動かない盤石の態勢で、一人ゲームに熱中していると横に置いていたスマホが振動する。常にサイレントマナーモードに設定されたスマホが震えたことで、一旦ゲームを中断してスマホを手に取ると、チャットアプリにメッセージが届いていた。

 

『晩御飯何がいい?』

 

差出人は数時間前に別れた愛理で、簡潔な文面が物語るのはまず間違いなく夕飯の相談であり、そして今日の夜も家にお邪魔するという趣旨の連絡であった。

 

そういう約束をした覚えはないのだが、来ることは確定している文面に、俺はふと疑問を持ったものの敢えてスルーする。

送る相手の間違いの可能性も考えて、俺は無難に返信した。

 

『送る相手をお間違えではないですか?』

『え、嘘っ!?』

 

それから数分後、怒りのメッセージが飛んできた。

 

『もう脅かさないでよ直人!』

『俺宛で間違いなかったんだな』

『誰宛だと思ったのか問い詰める必要がありそうね』

 

そこにいないのに、ツンとした表情で睨め付けてくる愛理の姿を幻視して、俺は思わず視線をスマホから逸らした。

しかし、愛理はそんなこと許してくれるはずもなく、次のメッセージを送りつけてきていた。

 

『あんたの好きなもの作ろうかなって連絡したんだけど』

『じゃあ、肉じゃが。じゃがいも、牛肉、糸蒟蒻、玉ねぎは必須』

『はいはい』

 

何故だろう。–––笑われている気がする。

 

『笑ったな?』

『そんなことないわよ。ただちょっと可愛いなあって』

 

返信するまで微妙なタイムラグ。

あと、可愛いなあは間違いなくフォローしきれてない。

 

『じゃあ、買い物したら帰るから』

『了解』

 

会話を切られて文句を言う隙もなく、返事をしてはたと気づく。

 

–––帰るってなんやねん。

 

無意識なのか、意図的なのか、俺はその言葉の意味を考えては悶々とするのだった。

 

 

 

連絡から一時間ほど、インターホンの音が鳴る。

やっていたボス戦を中断して、来客を迎えるために玄関へと出向いた。

覗き穴を覗くこともせず、扉を開けるとそこに立っていたのは着替えてきたのか今朝とは違う服を着た愛理が、大きなバッグを肩に掛けて、手にスーパーのレジ袋を持っていた。

 

「重いから早く入れなさいよ」

「……おう」

 

そのバッグはなに?と質問する間もなく、愛理は身を玄関へと滑り込ませてきた。

 

「なにそんなに買ってきたんだよ」

「あんたの家、調味料足りないから色々ね。みりんとか」

「そういえば切らしたままだっけ……」

 

薄めて使えるつゆが万能過ぎて、半年以上前から切らしたまま買ってすらいない。たった一日で台所事情を把握されて、俺は思わず視線を逸らしてしまった。

 

「それじゃあ、そっちのバッグは?」

「着替え」

 

間髪入れず答えた愛理に、俺は鸚鵡返しに聞き返す。

 

「着替え?」

「そう。着替え。必要でしょ」

「また泊まる気かよ……」

「ご飯作ってあげるんだから、それくらいいいでしょ」

 

そう言われると言い返すことができず、俺は口を噤むしかなかった。

昨日と同じくベッドは一つしかないし、そういうことを期待していないわけではない。そう思えば、悪くない話ではある。

一度、タガが外れてしまった今、期待してしまうのは仕方ないことだった。

 

「それにしたって荷物多くないか?」

「い、一応多めに持ってきただけよ。よ、汚されるかもしれないし……」

 

その汚されるがどういう意味かは顔を赤くしていることから明白だが、突っ込むとカウンターをくらいそうなので気付かないふりをしておいた。

 

「そ、それより、ご飯作っちゃうからあんたはゲームでもしてなさい!」

「へいへい」

 

これ以上の詮索は許さないとばかりに背中を押されて、リビングのソファーでボス攻略に戻る。

愛理は荷物を適当な場所に置いて、買い物袋から冷蔵庫に色々と入れ始めた。明らかに明日の分の食材も含めて今日使わない材料を冷蔵庫や冷凍庫に突っ込み、米を洗い炊飯器にセットすると今度は肉じゃがの材料の下処理を始める。そんな彼女の姿を眺めてから、俺はテレビへと視線を戻してゲームに集中するのだった。

 

コントローラーを構えて、いざボス攻略に戻ったはいいが、BGMに交じって聞こえてくる炊事の音に中々ゲームに集中できない。

ちらっと視線を向けると、愛理が機嫌良さそうにジャガイモの皮を剥いていた。続いて具材を切り始めたところで、玉ねぎ相手に少しだけ涙目になっている彼女の姿に何故か心臓が高鳴った。

 

しばらく眺めてから、俺はテレビへと視線を戻す。的確に敵の攻撃を避けながら、落ち着かない気持ちで反撃を叩き込み続ける。

 

「あ、死んだ」

 

しかし、中々集中できずHPを削られて、気がつけば操作ミスで操作キャラがボコボコにやられていた。自らの心情を表すようなプレイングに思わず悪態を吐きたくなったが、セーブデータからやり直す。ボス戦をリトライさせてくれない鬼畜仕様だった。直前にセーブしていなければ、危うく発狂ものである。

 

「ねぇ、直人。味は濃いめがいい?それとも薄め?」

「それはお前に任せる」

 

投げやりに答えるものの意識は完全に彼女に奪われていた。

傍から見ればゲームに集中して話を聞いていないように思えるが、全くその逆でゲームに集中できていなかった。

愛理はそんなこと気にもせず、答えに文句を言うでもなく具材を炒めていく。パチパチと油の弾ける音に、牛肉の良い香りが漂ってきたおかげで一旦彼女のことは意識から外れたが、一度でも視界に収めてしまうと無理だった。気になって仕方がない。

 

一度抱いた以上、意識せざるを得ないというか……。

 

女性が自分の家にいるという慣れない状況に、ドギマギしてしまって冷静になれない。

いっそ開き直ってしまえば楽なのに、俺はそう簡単に割り切れる性格ではなかった。

 

「これでよしっと」

 

醤油、みりん、料理酒を加えて煮込み始めた肉じゃがに落とし蓋をして、愛理は別の料理を作り始めた。卵を溶いて何かを入れると、軽く熱したフライパンに投入した。すぐに卵焼きが出来上がり、皿に盛られた。

 

気がつけば俺は、ゲームそっちのけでずっと彼女の様子を窺っていた。

 

 

 

一時間もしないうちに料理が出来上がり、食卓に夕食が並べられた。

白米、肉じゃが、卵焼き、他にも細々とした料理が二つ。野菜を中心とした料理が。

どれも見た目通り美味しく、口に入れるだけで口元が緩む。

そんな姿を正面の愛理に見られて、俺は思わず言葉を返していた。

 

「……なんだよ」

「美味しそうに食べてくれるなーって」

「当然だろ。美味いんだから」

「そう。よかった」

 

感想に満足したようで、愛理は機嫌良くしながら自分の食事に手をつけていった。

 

それから食べ終わるまで黙々と食事を進め、食べ終わると同時に食器を重ねてキッチンに持っていった。昼間の失敗を活かすべく先手を打って食器を洗いに流しへ置くと、そのまま水を出して軽く汚れを流してからスポンジを取る。

 

その途中で、愛理が声を上げた。

 

「皿洗いなら、私がやるわよ」

「やだね、俺がやる」

 

話も聞かず俺は皿洗いを敢行する。まだ食べ終えていない愛理は急いで食べると、食器を持ってキッチンへと入ってきた。

 

「代わりなさいよ」

「悔しかったら、俺より先に食べ終えることだな」

「ぐぬぬ……」

「ほら、それよこせ。洗うから」

 

素直に渡せばいいのに、何故か愛理は食器を渡さずこんなことを言い出した。

 

「自分のは自分で洗うわよ」

「じゃあ、昼間は洗ってもらったからお前の分も俺が洗わなきゃな」

 

そう言うと反論できなくなったのか、大人しく愛理は食器を開け渡す。

正直、なんでこんな小競り合いが起きているのかわからないが、まず間違いなく互いに譲れない何かがあったのだろう。

俺は何もしないことが許せず、愛理は……。

理由まではわからないが、そうでもなければこんな小さな喧嘩が起こるはずもない。

 

愛理の分まで食器を洗い終えると、ふと思い出したことがある。そういえば材料費払ってないなと。

 

俺は財布を取り出すと、適当に三千円くらい抜き出すと差し出す。

差し出された当の本人は、首を傾げていた。

 

「えっ?」

「ほら、材料費。他にも色々買ってただろ」

「い、いらないわよ。私が勝手にやったことだし……」

「いいから受け取っとけ」

 

無理矢理手に押し付けると、彼女は俯いたままぼそりと小さく呟く。

 

「び、びっくりした……このお金でヤらせろって意味なのかと……」

「安いわ」

 

あまりに煩悩に塗れた残念な思考すぎて、思わずスルーできず突っ込んでしまった。

 

「頼めばいつでもいいのに……」

 

勘違いと妄想が加速している愛理は、何やら顔を真っ赤にしている。何を言ってもダメそうなのでさっさと風呂に入ってもらうことにした。

 

「もうさっさと風呂入ってこい」

「わ、わかったわよ……」

 

頰を染める朱が耳にまで伝染していく。覚悟を決めたような顔で、風呂に逃げ込む彼女の背中を見送るのだった。

 

 

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