「それじゃあ絶対に下りてきたらダメですからね?」
買い物から帰宅するなり、二階の一室に連れてこられた。
都はそう言って部屋から出ようとして、何か思い出したかのように扉の隙間から顔を出す。
「あ、そうです。あまり部屋を物色するのはやめてくださいね。例えば箪笥の中とか」
「箪笥って–––誰がするか!」
箪笥の中に何があるかを察して叫ぶように否定すると、今度こそ都は部屋から出て行った。
残された俺は一人寂しく、勉強机に備え付けられた椅子に座る。薄情にも他の面子はキッチンで夕食作りだ。
弟君は何をしているのかといえば、何もしていないと答えるのが正解なのだが、初恋の人の観察で忙しいようである。
俺はなんとなしに都の卒業アルバムを手に取って、パラパラと捲った。
「あ、あった」
名簿からクラスを確認して、まだ幼かった頃の顔立ちを眺める。
小学生の頃の都はどこか愛理に似ているのだが、目が吊り上がっている印象のあいつとは違って悪戯っぽい蠱惑的な笑みを浮かべている。
この頃から既に男子達を手玉に取っていたのか、少しばかり心配になる笑顔だ。
それからしばらく集合写真や作文を眺めていたのだが、これといって面白い内容は書いてなかった。
どちらかといえば京介の小学生らしいやんちゃな過去がわかったくらいで、都に関して面白い発見はなかった。
「……飽きたな」
物色しないように手頃なものに手をつけてみたが、やはり手持ち無沙汰に周囲を見渡す。
シンプルな白い壁紙の部屋で、壁には冬用のセーラー服が掛けられている。
ベッドは朝起きて丁寧に掛け布団が畳まれており、洗濯物の類が脱ぎ捨ててあるということもなかった。
改めて現役女子中学生の部屋を見回して、今自分が置かれている奇妙な状況につい笑みが溢れた。
「まさか女子中学生の部屋に大人になってから入ることになるとはなぁ」
普通は嫌がるものだと思うのだが、ここはどう考えても都の部屋で、招き入れたのも都本人である。
「さて、暇だな」
下手に動けば変態のレッテルが貼られそうなので大人しくしているが、じっとしているのも数分で飽きて勉強机の棚にある、教科書類を手に取る。
国語の教科書を開けば、誰もが知る文豪のあの作品が目に留まり、つい懐かしさに目を細めて読み出すと止まらなくなった。
「しまった最後まで読んじまった」
そんなつもりはなかったのだが、読み出すと止まらない癖のせいで一作品読み終えてしまい、ちょっとした罪悪感に包まれる。せっかく都の部屋にいるのだから、もっと違う発見をしたい。
勉強机の引き出しを開けると整頓された中身が見えて、筆記用具の他にルーズリーフなどの勉強道具が出てくる。
そうして漁っていると小さな缶のケースが見つかり、俺はなんとなしにパカッと開けた。
出てきたのは様々な写真で、学校行事で撮ったものだろうと推測して再び元の場所にしまう。周りの男子生徒の視線が多いことが気になったが気にしないことにした。
–––ピンポーン。
引き出しを締め直しているとちょうどインターホンが鳴り、来客を報せる。
階下でぱたぱたと足音が聞こえ、来客と問答するとその足音が一部階段を上がってくるようだった。
階段を上がりきったすぐ後で、足音は扉の前で止まる。
コンコンとノックする間もなく、開けられた扉から四人の見知った顔が覗き込んだ。
「やっほー、藤宮君。元気してる〜?」
顔を見せたのは片桐、米倉姉妹、冬海の四人だった。
同僚の突然の来訪に驚いて顔を顰めると、「あ、酷い」と抗議の声を上げる。
「せっかく可愛い同僚が祝いに来てあげたのに、なにその反応」
「祝いにって言われてもな……」
はて、祝われることがあっただろうか。
不思議に思っていると、翠が疑問を口にする。
「あら、今日はお兄様のお誕生日と聞いて参りましたのに」
「ん?あ、そうか。今日俺の誕生日か」
指摘されてその事実に気づき、俺はなんとなしにそう言って都の制服を見上げる。
「あれから随分と歳をとっちまったなぁ」
感慨深げに呟いてみるが、思い返すと愛理の顔しか浮かんでこない。俺の青春の記憶はことごとくあいつに埋め尽くされている。
「女子中学生の制服を見て感慨に耽るあたり、気持ち悪いですね」
メイドの冬海に指摘されて、俺は無言で視線を窓の外に移す。
「相変わらず当たりきつい」
「もうダメですよ。直人さんに優しくしないとメッです」
「お嬢様は優しすぎます。この男にそこまでする必要はありません」
澄まし顔で言い切る冬海に、も〜と頰を膨らませて桜が可愛らしく抗議しているが、それでもメイドは動じなかった。
「お誕生日おめでとうございますお兄様。それでは私は京介様に挨拶してきますね」
もう用は済んだとばかりに一礼して、翠は部屋を出て行った。
「あ、もう。それじゃあまたあとで直人さん」
「じゃあね、藤宮君」
「おう」
また一人お祝いの言葉を述べてから去っていく。味方は一人もいないのか。
……果たして、俺は本当に今日が誕生日だったのだろうか。疑心暗鬼になる。
残ったのはメイドの冬海だけ、俺は気まずい空気に視線を向けられずにいた。
「……まったくあなたという人は。そういうところは変わりませんね」
珍しく怒りの感情を顕にしながら、冬海が刺々しい口調で言う。
「なに怒ってるんだよ?」
「別に。怒ってませんが?」
声がとても冷たい。いつも通りといえばそうなのだが、淡々と吐かれた言葉の節々には触れたら火傷しそうな熱情がこもっている。
「別にいいだろ。俺がどんな生き方をしようと」
他人にとやかく言われたくない、と主張すると頰に痛みを感じる。俺は何故かメイドから頰を抓られていた。
「誕生日の一週間後に恋人の誕生日を知った相方の気持ちそろそろ理解していただけましたか?」
「いや普通自分から誕生日とか言わなくない!?」
抗議すると擦るように一撃を加えられて、抓られていた頰が放される。まったく暴力的なメイドだ。
「いてぇ……」
「先輩の自業自得です」
普段の業務用の表情に戻って、冬海は壁際に立った。
「懐かしい呼び方だな」
「……本当にあなたといると調子が狂います」
苦虫を噛み潰したような……むしろ指を噛み砕きかねないほど苦々しい顔をして、冬海がそっぽを向く。
その様子がどこか懐かしくて、思わずくつくつと笑いが込み上げてしまった。
「なに笑ってるんですか。藤宮先輩」
「また戻ってるぞ」
言われてハッとするメイド。
そして、照れ隠しに脹脛を蹴ってきた。
痛がるふりをして降参する。
するとメイドは冷ややかな視線を浴びせながら、気を取り直した。
「それより下行かなくていいのか?お嬢様たち行っちゃったけど」
「別にこういうところまで一緒にいる意味はないでしょう。監視をつけるような状況ではありませんし。一番危険な狼から目を離す方が危険です」
「一番危険な狼って誰のことやら」
「私を口説き落としてよくもまぁそんなこと言えたものですね」
「別に口説き落とすつもりはなかったんだがなぁ」
むしろ口説き落とそうとしていたのは大学の連中で、俺は無実だと主張する。
「監視も何も俺はこの場から動けないぞ。下にくるなって言われてるからな」
「そう言って女子中学生の部屋を漁るつもりでしょう」
「そんなまさか変態みたいなことするはずがないだろう」
机はセーフだろう。……たぶん。
「何かやましいことがある顔ですね。それは」
「机はセーフ。セーフだろ」
「アウトです」
冬海にキッパリと言い切られて、俺は抵抗虚しく肩を落とした。
「おや、なにやら楽しそうですね」
二人で言い争っていると、扉からするりと都が入ってくる。
俺と冬海の顔を見比べるように視線を移動させて、そのまま椅子に座る俺の膝に飛び乗ってきた。
しっかりと受け止めて落ちないように抱きしめると、メイドの冷ややかな視線が首を刺すように貫いたが俺は気にしないふりをした。
「料理はもういいのか?」
「下拵えは終わりましたので、あとは仕上げだけですから」
「ふーん」
適当な相槌を打ったところで、都がキランと目を輝かせる。
「ところで二人とも随分と仲が良さそうでしたが、いったいどういう関係なんですか?」
突然の質問に、俺は言葉が出ない。代わりに冬海が口を開いた。
「別に大学が一緒だったというだけです」
「えー、本当ですか〜?それであんなフランクな会話はお兄さんには無理だと思うんですけど」
目敏く突いてくる都だが、冬海は無表情なままだ。
「……そういえばこの人が、引き出しを開けていましたよ」
「お兄さんのえっち」
「机の引き出しだ!箪笥のじゃない!」
人身御供に差し出されて、俺は誤解を解くために必死で弁明した。