部屋が茜色に染まっていく頃、ようやく軟禁が解けた。
呼びにきた都の先導に従い、一階のリビングへと移動する。
「さぁ、お先にどうぞお兄さん」
何故か都は扉を開けず、俺が先に行くように促した。
その行動を訝しみながら扉を開けた瞬間、パンッパパンと何かが弾けるような乾いた音がした。
大量の紙吹雪に、銀のテープが舞う。髪に降り積もったそれを摘み上げて、ちょっとばかり大袈裟な歓待に言葉を失う。
「せ〜の」と誰かが言って、
「お誕生日おめでとう!」
全員が声を揃えて、お祝いしてくれる。
ちょっと気恥ずかしくて「……おう」と声が出た。
「あ、ありがとう……?」
大勢にお祝いされるというのは初めてのことなので、若干戸惑ったものの反応はできた。
面食らった俺に満足したのか、小さく笑いながら都が背中を押す。
「はいはい、入り口で突っ立ってないで早く座ってください。じゃないとせっかく作ったお料理が冷めちゃいますよ?」
「おっと。それはいけないな」
誘導されるままにダイニングテーブルへとつく。両隣は愛理と都に挟まれており、実にいい特等席だ。
改めて匂いに釣られてテーブルに視線を向けると、色とりどりの料理が並んでいる。八品目ほどの料理の中央にはローストビーフが鎮座しており、主役の座を勝ち取っていた。
「さぁ、みんな揃ったことですし食べましょう。あ、お兄さんには私が取り分けてあげますからね」
甲斐甲斐しく世話を焼こうと画策する都が、取り皿にメインのローストビーフを切り分ける。
他にもテリーヌ、ボルシチ、パエリア、エビのフリットなど様々な料理があるのだが、どれも美味しそうでどれから手をつけていいかわからないのが悩みだ。
ふと向かいの席を見れば、京介が大量の野菜を皿に載せている。
俺の記憶が正しければ、ラタトゥイユと呼ばれる料理だ。
少なくとも京介は肉が好きだったはずだが、ローストビーフには目もくれず取り分けているあたりあれが黒川の料理だろう。
あまりにもわかりやすすぎる態度に、俺はちょっとだけ微笑ましく口角が吊り上がってしまった。
「はい、お兄さん。あーん」
「おう。–––うまっ」
横から差し出されたローストビーフを口に入れると、しっとりとした柔らかさの中から旨みが溢れ出てくる。掛けられていたソースがさらに肉の旨みを引き立てており、京介と黒川の動向など頭の中から綺麗に消え去った。
「そうでしょうそうでしょう。随分といいお肉が手に入りましたので」
随分といいお肉、というと米倉姉妹に視線を向けてしまう。
翠が自慢げに胸を張っていた。……実に乏しいが。
「誕生日プレゼントですわ」
「それはいいものを貰ったな。ありがとう」
お返しに京介を婿に送り出したいところだが、今は初恋の相手に夢中である。できるだけ協力してやろうと心の中で誓う。
「こっちのパエリアだって美味しいわよ」
ローストビーフの美味さを噛み締めていると、スプーンでパエリアを掬って愛理が差し出してきていた。
都の「はい、あーん」を受け入れた手前、断る理由がない。俺は大人しく受け入れて食べさせてもらった。
「魚介の旨みが染み込んだ、この米!きのこもいい味出してるし美味いな」
「ふふん。そうでしょう」
「あ、じゃあ、こっちのフリットも食べてくださいよ」
エビのフリットを口に放り込まれて、咀嚼する。
「……」
鹿島姉妹に世話されるそんな姿を、ばっちりと見る視線が三つ。
片桐、桜、冬海の三人だ。
「……なんだよ」
「べっつに〜ぃ?いつもこうなのかなぁ〜と思って」
「す、すごく仲がいいんですね」
「お嬢様。ああいう男には気をつけてください。たいていろくな男ではありませんので」
三者三様の反応に俺は顔を顰める。
そこのメイドに至っては、どの口が言うのか。
「いつもこうなの?」
「まぁ、だいたいそうです」
裏付けを取ろうとする黒川に、「違うから!」と愛理が否定するがたぶん聞いていない。
「ふふ、賑やかでいいわね〜」
いつの間にやらワインを開けていた志穂さんは、上機嫌に頰を赤くしていた。
「ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデートゥーユー」
聞き慣れたお誕生日ソングに合わせて、ゆらりと揺れる灯火。
何本もの蝋燭が刺さったケーキの上で、火が揺れると踊って見えてすごく幻想的だ。
そんな時間も、ふっと掻き消せば終わる。
真っ暗になった部屋を、再び室内灯の明かりが照らし出したところで感慨もなく用済みになった蝋燭をメイドがテキパキと取り除いていく。
目の前で的確に人数分切り分けられたケーキは、用意された皿に載せられて配られていく。心なしか俺のケーキだけちょっとでかいように見えるのは、気のせいだろうか。
「実はそのケーキ、私たちが作ったんだよ。私とメイドさんと桜ちゃんの三人で」
自慢げに語る片桐だが、おそらくその大半の指導は冬海だろう。言われずともわかる。
今もお嬢様が手ずから作ったからありがたく食べろ、と言わんばかりの視線を向けてくるのだ。想像に難くない。
「お口にあうといいんですけど……」
控えめにそう言って、桜はかしこまる。
あのメイドが監修してる時点で、失敗はないようなものだ。
あいつは料理もお菓子作りも上手い。
下手な品物を出すとは思えないし、お嬢様の不名誉になることなど絶対にしないだろう。
そう思ってスタンダードなショートケーキを口にすると、口の中に程よい甘さが広がった。俺が好きだった冬海のケーキの味だ。
「甘すぎずいちごと生クリームが引き立てあってる。美味い」
「そ、そうですか。よかった〜」
安堵して胸を撫で下ろす桜の胸元をつられて見ると、冬海から射殺さんばかりの視線をもらった。ただ一瞬も見逃さない厄介なメイドである。
「それじゃあそろそろプレゼントタイムに移りましょう」
ケーキを食べている途中だが、都がそう言って席を立つ。
そうしてソファーの裏から、赤いリボンを取り出した。
「お姉ちゃんちょっとこっちきて」
「なによ?」
訝しむ愛理だが、席を立って妹のもとへ。
「手出して」
「どっち?」
「どっちも」
「こう?」
「そう。お縄につく感じで」
「なんでよ」
そんな応酬を繰り返している間に、愛理の手がリボンで縛られた。
そしてそのまま姉を押して、俺のもとへ連れてくる。
「私からのプレゼントはお姉ちゃんです。好きに使ってください」
「どうせなら身動き取れないくらい縛ってから差し出して欲しかったな」
「おや、その手がありましたか」
「二人して何くだらないこと言ってんのよ……」
妹の冗談に愛理が呆れたように言って、頰を赤くしながらそっぽを向いた。満更でもないらしい。
「まぁ、冗談ですけど。本当のプレゼントは私です」
都が両手を広げてハグの体勢になる。
俺はそれを間に受けて、片腕で抱くと共に膝裏を揃えて掬い上げるように抱っこした。
突如訪れた浮遊感に、「きゃっ」と可愛い悲鳴が上がる。
必死に俺の首に抱きついた都は、楽しそうに笑う。
「まぁ、それも冗談なんですけど」
「それは残念だな」
–––本当に貰っていいのならうちの子にしたのに。
床に降ろすと、都はまたソファーの裏へ。
そこから小さな包装された箱を持ってきた。
「これが本当のプレゼントです」
「開けていいか?」
「どうぞ」
渡された小さな箱の包装を破くと、中から翡翠色のマグカップが姿を現した。デザインも中々に好みだ。
「おぉ、マグカップ……」
「お兄さんの家にはいっぱいありますけど、うちでは来客用のしか使ってませんよね。だから、うちにもあったほうがいいと思って」
「頻繁に来るわけじゃないんだけどな」
「クリスマスや年末年始だってくる予定があるじゃないですかー」
そんな予定作った覚えはない。
「そんな予定聞いてないんだけど」
「今作りました。それともお姉ちゃんにとって不都合なことでも?」
「べ、別にそういうわけじゃないけど……」
「恋人たちの性夜とも言いますしね。どうせ二人でいちゃいちゃと保健体育の教科書にも載せられないようなことをするんでしょう」
「し、ししし、しないわよ!」
顔を真っ赤にして否定する愛理に、きょとんとした視線が刺さる。
「保健体育の教科書にも載せられないようなことってなんですの?」
「はーい、米倉さんは気にしないでいいからね」
興味を示した翠を教師である黒川がやんわりと止める。が、もう手遅れである都のことは気にした様子もない。
「それはさておき、次行こう次!」
微妙な雰囲気になりかけた空気を、片桐が無理やり流す。
次に出てきたのは、桜である。
「あの、直人さん。私からもどうぞ」
「おう。ありがとう」
「あ、開けてみてください」
マグカップよりも小さな箱を受け取って、包装を剥がしてみる。
中から出てきたのは、透明なケース。その中にはクッション材が敷き詰められており、中央には貝殻のストラップのようなものが置かれていた。
おまけに紐のところどころにキラキラとした翠と青の石がついており、海のようにキラキラと輝いている。
「……貝殻のストラップ?」
「はい。材料を取り寄せて作ってみました。し、素人の作品なので、お気に召すかはわからないのですが……精一杯作ったつもりです!」
「ありがとう。大事にするよ」
お嬢様らしからぬ可愛らしい贈り物に頰が緩む。
そんな俺のところに、メイドが寄ってきて耳打ちする。
「最高級のアズライトと翡翠を使っております。そうでなくともお嬢様の手作りです。失くしたり、売ったりしたらわかっていますね?」
–––材料が全然可愛くなかった。
「そんなことするわけないだろ。可愛い女の子の手作りだぞ」
「それならいいですが……」
去り際にポンと手に何かを押し付けられる。見れば小包で、中には俺がよく飲んでいるエナドリと一緒にお嬢様と一緒に作ったであろう組紐のようなものが入っていた。
「藤宮君。私は前と一緒ね」
「はいよ」
去年、片桐には誕生日に夕食を奢ってもらっている。例年通りということだろう。
「それじゃあ次は私の番かしら。はい、これ」
残り四人となったところで、志穂さんが立ち上がった。
何か長方形の大きな包みを待ってくる。
渡された包みは重く、何やら液体のように揺れる。
「私の好きなちょっと高めのワインなの。愛理に飲ませるとすっごい解放的になるから、上手に使いなさい」
「ちょっとお母さん!?」
志穂さんは楽しげに笑って娘の抗議を受け流す。
俺は酔った愛理を今度襲おうと決めた。
「それじゃあ、次は私かな」
母娘が争っているうちにと黒川が何か小さな包みを取り出して、俺に手渡してくる。長年付き合いがあったにも関わらず初めてのことに、俺はなんとも言えない顔をして受け取った。
「ありがとう。なにこれ?」
「志穂さんがワインを贈るって言ったから、つまみになりそうな珍味の詰め合わせ」
普段そういうの買わないから、それはそれで楽しみだ。
両腕を紙袋やら、包みやらいっぱいにしているとポケットのスマホが震えた。
都が大きな紙袋に全部詰めてくれるので、受け渡してから開いてみると京介から一枚の画像が送られてきていた。
都があどけない寝顔で寝ている写真である。制服も壁に掛けず、そのまま疲れて眠ってしまっているようだ。
俺はスマホのフォルダに画像を迷わず保存した。
「ねぇ、ちょっと。早くこのリボン外しなさいよ」
まだ解けていなかったのか、愛理が腕をグネグネと動かしている。
「あれそのまま持ち帰るから、放っておいていいぞ」
「そうですね。そのままにしておきましょう」
「こんな姿で外歩けるわけないでしょ!」
リボンが解かれたのは、帰る直前だった。