都の家出?から約一週間と少し。
定時に仕事を終えて帰宅するとぱたぱたと駆ける足音がして、LDKから都が顔を出した。
制服の上にエプロンをつけて、サイドテールを揺らす姿はどこか愛おしく、そんなことを思っていると出迎えにきた都は悪戯っぽい笑みを浮かべてこう言った。
「おかえりなさいお兄さん。ご飯にします?お風呂にします?それとも……わ・た・し?」
品を作って唇に指を当てる仕草がとても可愛く、仕事で疲れ切った心体に染み渡る。
それはさておき。いつも出迎えてくれる姿がないことに違和感を覚えて、取り敢えずスルーを選択する。
「ただいま。愛理は?」
「お風呂です。なのでこの隙にこれだけはやっておかないとと思いまして」
「様式美かよ」
「ちなみにお風呂を選択すれば、お姉ちゃんの裸を見ることができますよ」
「それは魅力的な提案だな」
最近は都がいるせいで溜まるばかりで発散ができていない。寝室で少しばかりの悪戯は許してくれるのだが、一緒にお風呂などは入れていなかった。
「今日の夕食は?」
「グラタンとミネストローネ、あとサーモンのカルパッチョ。あとがっつり食べたいかと思ってコロッケとエビフライです」
「グラタンか〜、いいな」
「お兄さんが帰ってくるのに合わせて出来上がるようにしてますから、グラタンはもうすぐできますよ」
実によくできた義妹である。お嫁さんに貰える男が羨ましい、というか欲しいくらいだ。
「私にすれば、もれなく現役女子中学生のハグがついてきますよ」
「それじゃあ、都をもらおうかな」
鞄を置いて、都をぎゅーっと抱きしめる。
香水等を使っていないいい匂いがして、少し落ち着くような気がした。
「ちょっと何が『都をもらおうかな』よ!」
都とハグをしていると、脱衣所の扉がバンッ!と開く。
髪を濡らしたままバスタオルを身体に巻きつけた愛理が、怒った様子で距離を詰めてきた。
「おまえなんて格好で出てくるんだよ」
「あんたが変なこと言うからでしょ!」
「なんだ『お風呂』を選んで欲しかったのか?」
「そ、そんなわけないでしょ!」
「あ、そんな暴れたら–––」
躍動感たっぷりに怒るもんだから、ついにはバスタオルが耐えきれなくなってはらりと剥がれ落ちる。おかげですっぽんぽんの丸裸で全部丸見えだ。
「きゃあっ!?」
今更何を恥ずかしがる必要があるのだろうか。
咄嗟に局部を手のひらで隠して、その場に蹲る。
「まるで生娘みたいな反応ですね」
よく毎晩あんなどすけべなことしておいてそんな反応できたものだ。
「まあ可愛くていいじゃないか。適度に恥じらいは必要だぞ」
「二人とも煩い!」
バスタオルを拾って、愛理はスタスタ歩くと脱衣所に戻る。
「……ところで、揚げたての揚げ物とお風呂上がりたてのお姉ちゃんどっち食べます?」
「じゃあ、先にご飯食べるか」
顔を見合わせてから、俺たちはリビングへと移動した。
◇
夕食を食べ終えてしばらくしたあと、都に『さっさとお風呂入ってください』と言われて、リビングを追い出されてしまった。
仕方なく脱衣所にやってきた俺は、服を脱ぎ捨ててよたよたと重い足取りで浴室に突入する。
風呂椅子に残った冷えた水を風呂から掬ったお湯で流し、腰を下ろして小さくため息を吐いた。
思ったよりも疲れているようで身体が重い。その理由の一端は禁欲のせいなのだが、やはり人間にとって三大欲求とは重要なのだとしみじみ思う。
「……さて、と。さっさと洗って上がるか」
寝室で愛理に悪戯しようそうしよう。と、意気込んでシャンプーの容器に手を伸ばす。しかし、押してもぱすぱす鳴るだけでシャンプーが出てこない。
「はいお兄さん、新しいシャンプー」
「お、ありがとう」
できれば詰め替えておいて欲しかったなー……と、シャンプーのボトルに詰め替え用の液体を詰め込んでいるところで驚いて後ろを振り返る。
「えっ!なんでおまえいるの?」
「なんでって背中を流すために決まっているじゃないですか。あとはイベントスチルの回収ですかね」
「エロゲかよ」
後ろにいたのは、バスタオルで身体を隠した都だった。
愛理とは違った上品な体の起伏が艶かしく、つい視線で身体をなぞってしまう。
すると都は胸元を押さえるようにして、ジト目を向けてきた。
「お兄さんのえっち」
そう言いつつも都は、背中にのしかかってくる。
背中に感じる膨らみの柔らかさに全身が喜んでいるのを感じたが、なんとか表情に出さないように堪えた。
「あ、溢れてますよ。もったいない」
気がつけばシャンプーボトルから液体が溢れ出しており、それを都が手で掬う。白い液体でドロドロに汚れた都の手は、なんというか形容し難い艶かしさを帯びていた。
「もうお兄さん出しすぎです」
変な意味に聞こえるあたり、もう末期かもしれない。
「あ、手汚れちゃった。バスタオル外してくれません?」
「え゛っっっ!?」
「用意しているタオル、これしかないんですよね〜。汚れたら体拭くタオルがなくなっちゃうんですよ」
「それなら愛理に持ってきてもらって……」
「お姉ちゃんにバレてもいいんですか?」
にやにやしながら「ほら、早く〜」と急かす都に言われるまま、身体に巻かれているバスタオルに手を掛ける。そうして引っ剥がすと下からプールでも見た白い水着が姿を現した。
「女子中学生を脱がせるなんてお兄さんのえっち」
「そうかそうか。じゃあ、脱がすか」
そんなことだろうとは思っていたのだ。俺は無表情に都の水着に手を掛けると、そのまま結ばれた紐を解く。
「えっ、きゃっ!」
はらりと落ちそうになったトップスを手で押さえて、その場に蹲る都。その頰は羞恥で赤く染まっており、しばらくして状況を理解してから上目遣いに睨んでくる。
「お、お兄さんのすけべ!変態!」
「おまえが大人を揶揄うからだろ?そんなことばかりしてると痛い目見るぞ」
「うぅ〜。この仕返しはいつか必ず」
「まだやる気かよ」
大人の恐ろしさを教えたつもりだが、まだやる気のようだ。
「というかなんで入ってきたんだよ?」
「背中流してあげるって言ったじゃないですか。それにお兄さんに水着を買ってもらったのに一回しか使わないのはさすがに申し訳なくてですね。せっかくなのでお兄さんに堪能してもらおうかと」
都は水着の紐を結び直して、風呂椅子に座った俺の膝に腰を下ろした。
布一枚隔てた程度では防御が甘く、都本来の柔らかさが伝わってくる。つい身体は正直に反応してしまった。
「お〜、昔お風呂で見たお父さんのより大きい」
「それ完全体になる前だろ。忘れてやれ」
何やら一点を見下ろす都に、そう軽口を返す。
都も都で恥ずかしくないわけではないらしく、僅かに頰が赤らんでいる。
「というかさっき注意したばかりなのに、おまえなあ」
「別に私はお兄さんに襲われてもいいんですよ?お兄さんにそんな度胸があるのならですけど」
さすがに女子中学生に手は出さない。というか、出せない。
俺がそうやって思い止まるのを知っているから、都は強気な態度だ。
「合法的に手を出せる年齢になったら覚えておけよ」
「え〜、なにされるんだろ〜。こわーい」
膝の上でくすくす笑う都の腰に手を回す。
「きゃっ」
がっちりと抱きしめると、僅かに強張る身体。
俺は女の子らしい悲鳴が出た都に、つい耐えきれなくなって口元がニヤける。
「い、いまわざとやりましたね!」
「おまえが人のことを散々揶揄うからだ」
さて、次は何をしてやろうかと企む。
そうして思いついたのは、耳元で愛を囁くという行為。
愛理も耳元で囁かれると耳を赤くする。
それを思い出して、実行に移した。
「随分と可愛い反応をするんだな」
「ひにゃっ!?–––あっ」
びっくりして飛び上がった都が、つるっと脚を滑らせる。
「ばっ」
咄嗟に手を伸ばしたが、受け止めきれそうにもない。
何故か自分までつるりと滑り、咄嗟に下敷きになろうと抱き止めるだけで精一杯だった。
ドンッ、と重い音が鳴り、天井を見上げること数秒。
重なるようにして倒れている都が、「んっ」と甘やかな声を漏らして身動いだ。
「大丈夫か?都?」
「……はい。その、えっと……いつまで触ってるんですか?」
「お、おお、悪い」
右手には布越しに柔らかな感触がして、離すまでの間に何を触っていたか悟ってしまう。
俺の身体の上から退いた都は、耳まで顔を真っ赤にして、胸を隠す仕草をした。もうこれ以上触られないように。逃げるように。
「……座ってください。洗うので」
「はい」
俺は黙って従うしかなかった。
「……」
その後はトラブルもなく二人揃って湯船に浸かる。
俺の目の前には、脚に挟まるよう体育座りに都がいる。
わかりやすくぷくっと頰を膨らませて、無言の抗議を続けていた。
「……」
こちらも無言になって、状況を分析する。
どうやら本気で怒っているわけではなさそうだ。
少女のおっぱいに触ったのだから、然るべき処遇が待っているはずなのだが一向に沙汰が下ることもなく。膠着状態が続いていた。
「……フルーツ堂」
そんな中、ぽつりと都が呟く。
水滴が落ちて、続けて都は零した。
「フルーツ堂の期間限定“森の切り株ロールケーキ”で許してあげます」
『フルーツ堂』とは今人気の洋菓子店である。そこのロールケーキといえば、一つ二千円近くする品だ。SNS映えするとか女子高生の間で人気らしく、最近テレビで見た記憶がある。
期間限定商品といえば、今は二種の栗を使ったモンブランロールのことであろう。
「わかった。明日な」
明日は土曜日なので、そう言うと都は頰を緩めた。
「約束ですよ」
「わかったよ」
「私、約束破る人嫌いですからね」
そこまで確約されて、ようやく都はご満悦の表情で背中を預けてくる。
二千円で女子中学生のおっぱいに触った罪が消えるのなら、実に安い取引である。
「じゃあ、明日はデートですね」
何故そうなるのか。悪い気はしないが、間違いなく愛理は良い顔をしないだろう。絶対についてくるはずだ。
「お姉ちゃんに買ってあげるのはダメですよ。これはお兄さんの誠意の問題なので」
「それは説明すればいいだろう」
「私のおっぱい触ったって正直に話すんですか?」
「……」
そう言われると、説明できる気がしない。
お持ち帰り、という選択肢はなかった。
「まあ、それよりも先に私達生きてここから出られるかどうかはお兄さんに掛かっていますが」
「不吉なこと言うなよ。もうさっさと上がるぞ」
不可解な言葉を吐く都に危機感を感じて、浴室から出ようと浴室の扉を開ける。
「ねえ、二人揃って何をしてるのかしら?」
脱衣所から浴室への扉の前には、とても冷めた目をしているお姉様がいた。もう纏う気迫だけでお湯の温度が三度くらい下がった気がする。
「混浴、ですかねぇ……」
「そういうことを聞いてるんじゃないわよ」
だよね。知ってた。回れ右をして、俺は湯船に戻った。