深夜。
「……ん……ふぅっ……!」
奇妙な動物の鳴き声に目を覚ました。
首筋を撫でる生温い吐息。
耳元で唸るような声に、意識が覚醒する。
野良猫でも迷い込んだのかと寝惚けた頭で考えたが、ペット禁止のこのマンションで迷い込んでくるなどありえない。
ただ何者かに狙われている、という危機感を感じた。
おまけに右腕はがっちりと拘束されており、柔らかな二つの弾力に挟まれている状態だ。そして指先は、何やら湿った布地と肌に挟まれてベトベトだ。
「……ん……きもちぃっ……」
「……」
–––間違いなく狙われている。俺の貞操が。
いや、貞操が危ないって言うなら間違いなく襲ってきた奴の方だろう。返り討ちにすれば立場は逆転だ。
取り敢えず、容易には逃げられないよう指先を釣り針のように曲げておいた。
「ひゃんっ」
突然、大きな声を上げた愛理が慌てて口を塞ぐ。
パンツに手を突っ込まれたまま、こちらを濡れた瞳で見上げてくるのは中々に情欲を誘う光景であった。
「一人で何やってるんだ?しかも、勝手に人の手まで使って」
「そ、それは……あんただって勝手に私の身体触ったりしてるでしょ」
慌てるかと思いきや、鋭い切り返しに正論を口にされては反論もできなくなる。
「おまえの身体は全部俺のものなんだからいいだろ」
その証拠にと、寝る前につけた首筋のキスマークを上書きする。
「それはそうだけど」
「何か不満があるのか?」
「……心も、よ」
お返しに首筋にキスを返される。
寝ている間に何回したのやら。
「それに私をこんな風にしておいて、さっさと寝るあんたが悪いのよ」
ころんと俺の上に寝返りを打って、そのまま馬乗りになる。
薄紫色のベビードールが月明かりに透けて、濡れた瞳が妖しく光った。
「おっぱいに濃い臭いが染み付いて、拭いても気になって眠れないし」
「いや、だっておまえが合体は禁止って言うから仕方ないだろ。その分相手してやったし」
「指じゃ足りないもん」
「いや、だからそれは–––」
「都も寝たし、あまり音を立てないようにすればいいと思うんだけど」
あれほど頑なに妹がいるからと合体したがらなかった愛理が、そんなことを言って誘惑してくる。
「……それに、あまり我慢させておくと妹に手を出しそうだし」
「さすがに女子中学生はなぁ」
そんなことを言っている間に、愛理は自らの胸元に俺の手を誘導する。私のおっぱいの方が大きいでしょと言わんばかりだ。
「声我慢しろよ。心配なら塞いでおいてやるけど」
「キスしたいならそう言えばいいのに」
「姉の威厳とやらが保てるといいな」
威勢のいい姿がどこまで続くか、俺はニヤリと笑ってそう言ったのだ。
◇
翌朝、割と早い時間に起床した。
平日はどれだけ寝ても眠いのに、休日はどれだけ寝ようと思っても目が覚めてしまう。
まだ眠いと言って布団に引きこもりたいところだが、自分は一度起きて二度寝に失敗すると眠れないタイプなのでその選択肢も無くなってしまう。
疲れた様子でベッドに眠る愛理を一瞥して、頰を突いたり、おっぱいを揉んだりして起きないことを確認すると、さっさと一人だけ服を着てベッドから起き上がった。
寝室から出ると、ふと都の姿を探してしまう。
何故か姿が見当たらず、首を傾げながら洗面所へ向かった。
そのまま洗面所の扉を開けて、
「あ」
「え、きゃっ!」
何故か裸の都とばったり遭遇してしまった。
水の滴る肌。身体を伝う水滴が女子中学生にしては肉付きのいい身体をなぞり、落ちていく様はなんとも扇情的で目が離せず、つい視線で行方を追ってしまう。
愛理とはまた違った細身の体躯はまだ未成熟な美しさを秘めていて、実に将来が楽しみである。
「ちょっといつまで見てるんですか!閉めてください!」
そんなことを思っている間に、タオルで身体を隠した都に怒鳴られてしまう。
願わくばいつまでも見ていたい光景だが、嫌われてしまうのは不本意なので俺は素直に従って扉を閉めた。
しばらく身体を拭く音がして、衣擦れの音がしたかと思うと、シャツと短パン姿の都が扉を開けて出てきた。
「昨夜は随分とお楽しみでしたね」
開口一番、そんな台詞を吐く。
「さて、何のことだか」
「おや、じゃあ隣の部屋の方だったんですかね。三時くらいから軋むような音がして、喘ぎ声が煩かったの」
「エロゲのやりすぎだろ」
「コンシューマー版でそんなシーンないですよ」
「そういうことに興味出る歳頃だからな。俺は何も言わない」
「なんで私が悪いみたいな言い方になってるんですか!おかげで私は寝不足ですよ!」
「じゃあ、今日のデートはやめとくか?」
怒る美人は怖いというが、むしろ可愛いの部類である。
普段は揶揄われているので、つい揶揄いたくなってしまう。
「それに寝不足なのは覗いてたからじゃないのか?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
顔を真っ赤にして珍しく狼狽える都は、どうしていいのか分からずおろおろと視線を彷徨わせて、何故か俺の下半身に目を向けてふいと逸らした。
「……覗いたのか?」
「……後学のために?」
興味が有り余っていたらしい。目を逸らしつつも正直に答える都に、俺もなんと言い返していいのかわからず困る。
「ま、まあ、そんなことはいいんですよ。朝ごはん作ってますので早く来てくださいね」
扉の前に立っている俺を押し退けて、都はキッチンへ向かう。
俺もすぐにシャワーを浴びて、歯を磨いてすっきりしてからリビングへと向かった。
その頃にはベーコンの焼けるいい匂いがしており、三人分の朝食が用意されていた。思い出したように空腹を訴える腹が、ぐるぐると鳴る。
「愛理は?」
「まだ寝てるんじゃないですか?お兄さん起こしてきてくださいよ」
「……まあ、放っておいても大丈夫だろ」
朝日が昇る頃に眠ったので、まだ起きないはずだ。
「先に食べよう」
「あとで文句言われますよ」
「その時はその時だ」
寝室は振り返らず、ダイニングチェアに座る。そのまま二人で朝食を食べ始めた。
カリカリに焼けたベーコン、半熟の目玉焼き、オニオンレタスのサラダ、トーストに卵スープ。忙しい朝の献立みたいだが、卵スープは都のアレンジが加わっていて美味しい。
「はぁ〜、ほっとするな」
「オヤジくさいですよ」
「いや、なんかこう愛情がこもっているみたいで」
「寝ぼけてるんですか?」
卵スープに関して正直な感想を述べれば、恥ずかしそうなジト目が返ってきた。
「美味いって言ってるんだよ」
「そうですか」
素っ気ない感じで返すが、そうでもないらしい。
頰は僅かに弛緩して、眉根が下げられている。
上機嫌な都を眺めながら無心でサクサクと食べ進めていると、あっという間に完食してしまった。
すると満腹になったことで眠気が戻ってきて、眠たくなってしまう。
「さて、と」
僅かな気力を振り絞ってシンクに皿を置いて、リビングのソファーに腰を深く落とすと眠気が襲い掛かってきた。俺はもうダメかもしれない。うとうとしながら何度か意識を保ったものの、終いには重い瞼が上がらなくなってしまった。
「お兄さんダメですよ〜。ちゃんと布団で寝ないと」
「ん〜……」
「ほら、敷いてあげますから」
畳んであった布団が広げられる。俺は誘惑に争うことなく、ソファーの上から転げ落ちるように布団にダイブした。
「私も寝ちゃいましょうかね。なんだか私も眠くなってきましたし」
隣にくる柔らかな感触。それを抱きしめれば、俺はすぐにでも夢の世界へ旅立ってしまうのだった。
「んがっ!」
酷い夢を見た。愛理の父親にしこたま殴られる夢だ。
「俺の娘を傷物にしたな!」「二股をかけやがって!」みたいなことを言っていたような気がする。
土下座する間もなく殴りかかってきて、愛理と都が止めようとするも、二人の説得虚しくボコボコにされた。幻の痛みを感じるくらいリアリティがあった。
–––その原因がすぐ判明した。
寝ている俺を挟むように、愛理と都が眠っていたのだ。
なるほど「二股」の意味がよくわかる状況だ。
これは二股と言われてもおかしくない。この状況を写真に撮って送れば、おそらくすっ飛んで帰ってくるだろう。
「しかし、何故……?」
考えてもわからないので、都の寝顔を眺めることにした。
「そういえばこんな風に無防備に眠ってるのって、初めて見るな……」
子供らしいあどけない顔をして眠る都に保護欲を擽られる。が、悪戯もしたくなって頰を突いてみた。
「んみゅ……」
奇妙な鳴き声のようなものをあげて、ぐいぐいと頰を擦り付けるように寄せてきた。
「…………なにこの可愛い生き物」
料理ができて、こんなに可愛い。
将来旦那になるやつは最高の人生になるんだろうな。
そう思うと、もやっとした感情が生まれる。
これが娘を結婚させたくない父親の心境かと、少しだけあの人の気持ちがわかるような気がした。
「まあ、俺は奪う側なんだけどな」
冗談めかしてそんなことを独り言ちる。
「おや、何を奪うんですか?」
独り言に返事をしたのは、目の前にいる少女だ。ぱっちりと目を開けて不敵に笑みを浮かべている。
「いや、一夫多妻制ならと思ってな」
「え〜、お兄さんにそんな甲斐性あるんですか〜?」
「妻一人、娘一人と考えれば三人家族だぞ」
「誰が娘ですか。それともお兄さんは娘とえっちなことしちゃうんですか?」
「そういうことは言ってない」
鼻を摘んでお仕置きしておく。するとすぐに反撃されて、指を甘噛みされてしまった。
「ただ現実問題として、そんなことすれば結婚できない男性が増えちゃうんじゃないですか?」
煽るようにニヤニヤとした笑みを向けてくる都。
「まあ、それはあるかもしれない」
現実問題愛理が他の男に目も呉れないので、そんな可能性無きにしも非ずだが。
「少なくともあんたは結婚できるわよ」
背中に組みついたおっぱいが強く押し付けられる。
どう足掻いても、あの親父さんが怒る展開は避けられなさそうだなと悟るのだった。