「それじゃあ、また会社で」
片桐を最後に扉が閉まり、来客が全員帰宅する。
それを笑顔で見送ったあとで、愛理は早々に鍵を施錠してチェーンロックまで掛けた。
一仕事終えて小さく吐息を一つ、満足げに「よし」と呟くと俺の腕に抱きつき早く早くと急かす。
ようやく二人きりになれたのが嬉しいのか、後ろから押したり、腕を引くように歩いたりしてリビングへと誘導する。
ソファーまでくるとぐいぐいと押し倒すように半ば無理やり俺を座らせて、そのまま抱きつくようにがばりと覆い被さってきた。半ば押し倒すと云うかもう押し倒されてる。
「おぉ……今日はなんだかやけに積極的だな」
胸の上でおっぱいが柔らかく形を変えて、押し付けられる至上の光景。おまけにVネックのニットセーターから胸の谷間まで見えて、眼福どころではない幸福感が胸に沸く。
抱きしめた腕をさりげなく下方に移動させて、柔らかく緩やかな曲線を撫でると、甘やかな声が愛理から漏れる。それでも気にした様子もなく甘えるように抱きついてくるあたり、お尻を撫でられるのは嫌ではないらしい。
「もっと触って……?」
満更でもないどころか、更なるスキンシップを求めてくる。
そんな彼女を抱きしめ直して頭を撫でると、嬉しそうに首に手を回す。
では、お望み通り……とロングスカートを捲り素肌に触れたところで、対面の座り心地のいいソファーから可愛いジト目が突き刺さっていることに気づいた。
「……あ、どうぞ続けてください」
未成年の同居人がそんなことを言う。
そこでようやく愛理も、妹の存在に気づいてそちらを見た。
「あら、まだいたの?」
「ちょっとまだいたの?ってなんですか。いますよ。帰りませんよ」
所有権を主張するように回された腕が強く絞められる。
密着具合を示すようにぎゅーっと胸が強く押し付けられて、素敵空間が胸板の上に展開されている。
まるで昼間都に独占された時間を取り戻すかのような嫉妬深さに、呆れた顔で姉の方を妹は見る。
「でも実際、もうそろそろ帰る気ないのか?」
「お兄さんは私に帰って欲しいんですか?」
「いいや?」
隣の部屋に妹がいる状況で愛理に悪戯すると愛理の違った反応が見られるので、まだその点は遊び足りないので帰って欲しいとは言えない。都の作る飯も美味いし。
「まだ怒ってるのか?」
「怒りっていうのは持続するのは難しいんですよ。忘れるのも難しいんですけど。なので断続的に思い出しては腹が立つ、と言いたいところですがプリンの件はもういいです。もっといいものが食べられたので」
プリンよりもっといいものに心当たりはあるが、それはどちらかといえば俺からのお詫びであるので弟君とはなんら関係はないのだが、都からすればプリンのことはもうどうでもいいようだ。
「まあ、プリンを食べられたのは許し難いですが」
–––訂正。やっぱり許せないらしい。
「問題は私の作る料理をクソまずいとか言ったことです。その件に関してはまだ許してません」
「ああ、そう」
しかし、不味くないものを不味いというのは確かに許せない。その気持ちはわからなくもないので俺は何も言えなかった。
「……ところでお兄さん、お尻好きなんですか?」
都の視線は、チラリと愛理のお尻へと向けられる。
そこにはまだ、俺の手があった。
半分捲り上げられたスカートの上から、脚の付け根をがっちりと掴み、片手は逃げられないように腰に回している。
弱肉強食–––どちらが捕食者かわからないこの状況を、都は襲われている俺を捕食者と見たわけである。
「いや、尻は別に好きでもないが」
どちらかといえば太ももの方が好き、というと白い目で見られそうなので口を噤んだ。
代わりに捲り上げたスカートを元に戻して、愛理の背中を手持ち無沙汰に弄る。
パチン、と音が鳴ったのはその時。何やら母性の象徴が存在感を増して自己主張するように胸の上で弯曲した。
「もう、妹の前で何してるのよ」
「いや、わざとじゃないぞ。なんかあるなーと思ったら外れた」
「我慢できなくなっちゃったのかしら?」
「ナチュラルに私を蚊帳の外に出して、いちゃいちゃしだすのやめてくれません?」
妹様の苦情も今の愛理には聞こえていないらしく嬉しそうに頰にキスしてくる。そんな姉の姿を見て、「お姉ちゃんを揶揄うと面白いな」は妹様の談。
「さっきはどうぞ続けてくださいとか言ってたじゃない」
「そうは言っても実の姉がメスの顔してるのを見るのは、なんていうか両親の夜の運動会を見たくらいの衝撃があるんですよ。思わず魅入っちゃいますね」
「まるで実際に見てきたかのような物言いだな」
想像もしたくなければ、目撃もしたくない光景である。
つい志穂さんの顔が脳裏によぎってブンブンと振り払った。
「……お兄さん達ほど獣じみた真似はしてませんでしたけど」
一言余計である。
「まあ、人間って動物だし」
「身も蓋もありませんね」
「種を残すのはむしろ動物として当たり前のことなので」
「女子中学生を前にして、よくもまぁ堂々と」
「でも実際興味あるんだろう?」
「それはそうですよ。私だって動物ですので」
薄らと頰を赤くしながら、都は力説する。
「男子中学生がそういうのに興味を持つように、女子中学生だって興味あるんですよ。昨今は高校に上がる前に卒業しちゃう子だっているらしいですし、高校生なんてもうずぶずぶですよ。物語のように清い交際なんて、もう物語の中にしかないんですよ。目の前に実例があるわけですし」
実例その一は、俺に抱きついたまま妹に反論する。
「大人だからいいのよ。責任だって取れるし」
「お兄さんが責任とってくれなかったらどうするんですか?」
「その時はその時よ」
妖しい笑みを浮かべる愛理に、何を見たのか妹ちゃんはドン引きで言う。
「うわっ、重ッ」
「どんな私だって直人は受け止めてくれるもん」
食い気味に返す愛理は、誘惑するようにおっぱいを顔に押し付けてきた。
「まあ、それはさておき」
ソファーとおっぱいの隙間から顔を覗かせて、都に視線を向ける。
「このままっていうのも随分難しいんじゃないか?」
俺と愛理の母校である都の通う中学校は、数駅隣である。
その事実が示す通り、登校するには電車に乗らないといけないし、実家とは違って早く起きないといけない。
そしてその金すら惜しむ都は、自転車で実家まで帰り、徒歩通学するという手段をとっているのである。
つまり普段の家を出る時刻よりも早く家を出て、学校に登校しなければならないのだ。
俺が車で送迎ができればいいのだが、それができないので都にはそれが負担になっているはずである。実際、土日はお昼寝と称してソファーで寝てることも多いのだ。
「ん〜、でも私この生活好きなんですよね〜」
考え込むように人差し指を顎に当てながら、都は虚空を見つめながらそう言う。
「まあ、いいじゃないですか。私が幸せなので。それにそれが理由で受験に失敗しても、お兄さんが責任を取ってくれますし」
「あ、あげないわよ」
「シェアしましょうよお姉ちゃん」
「い、嫌よ!」
「昔はおやつとか半分こしたじゃないですか〜」
おやつ感覚で半分こされるのは、男としてもどうかと思うので俺も微妙な顔をして都を見てしまう。
そんな俺の視線に気づいているのか、目が合った都はくすくすと楽しそうに笑っていた。
「まあ、少なくとも十二月までは帰る気ありませんよ。だってお姉ちゃんの誕生日がありますし、ケーキも二回食べられるので!」
もはや弟君のことよりも、そちらの方が重要なような気がして俺は苦笑した。