『ディスティニーランド』
米倉グループが六年前に建設し、開園したアミューズメントパークである。
ナンバリングもあり、その名は『アイランド10』
米倉桜の十歳の誕生日記念に建設計画を立てられ、建設されたというのは米倉グループの社員にとっては言わずと知れた話でもある。
外観は西洋の街並みを再現しており、中央部には立派な城が建造され、内装も豪華で居住も可能らしい。
最初、お嬢様本人から聞いた時は話の内容を疑ったが、関係者以外立ち入り禁止の城内部を見せられた時は愕然としたものである。
駐車可能台数は二万台。
広大な敷地には開園前だというのに既に百台近い車が駐車している。
その一角に停めて、俺と愛理は車を降りた。
「……すごいわねぇ」
駐車場からも見えてしまう巨大な建造物–––城を見上げて、キラキラと輝く瞳を向ける。そういうところは女の子だなぁと俺はつい笑みが溢れた。
「いつもは安っぽい城だもんな」
ぺしん、と無言で背中を叩かれて、俺は降参とばかりに両手を挙げた。
「それより早く行こうぜ」
「それはいいんだけど、それは?」
目敏く俺が持っているエコバッグに気づいた愛理が、疑問符を浮かべる。その片方を俺は彼女へと差し出した。
「ん。これはおまえの」
「……なんか嫌な予感するんだけど」
「嫌も何もおまえの要望に応えただけなんだけどなぁ」
訝しみながらもエコバッグを受け取った愛理は、中を覗き込んで絶句する。
「……制服?」
「高校の時のな」
状況を理解した愛理が、嬉しいけどやっぱり恥ずかしいという微妙な表情を見せる。
「俺三十になって着るのは嫌だからな。今のうちにやっとこう」
「……そう言って私には着せるくせに」
文句を言いつつも、「ん」と手を差し出してくる。その手を握り返して、入場ゲートへと歩いて向かった。
入場から三十分、懐かしい高校の制服に着替えてゲート前のモニュメントで一人待つ。
やはりこの年齢で着るのはキツイものがあるのか通る人達は一度こっちを見て、何やら話しながら中央部へと去っていく。
何度もその背中を見送りながら、今更ながら羞恥心に制服デートをしたことを後悔していた。
「……俺、なんでこんなことやってるんだろ」
冷静になって考えてみる。いい考えだと思ったんだよ。夜も盛り上がるし。ついでに夜はそういうプレイに興じようなんていう下心にバチが当たったのかもしれない。そう考えれば悪くない?
「お、お待たせ」
やっぱり自分の判断は間違ってなかった。と、再確認したところで声が掛かった。
そちらに顔を向ければ、懐かしい高校の制服に身を包んだ愛理の姿がある。ただその姿は昔とは違い何か色気のようなものが増して見えた。
僅かに胸も大きくなっている気がするし、太ももの具合もどこかむっちりしている。
「ほう……」
「な、なに見てるのよ……やっぱり変?」
スカートとニーハイに包まれた脚の境界–––絶対領域に目を向ければ、精一杯隠すようにスカートを引っ張って恥じらう愛理の姿に俺はついつい鼻の下を伸ばす。
「いや、すごく似合ってる」
「それはそれで複雑なんだけど。……まあ、ありがと」
そう言って愛理は、トトトと距離を詰めて腕に抱きついてきた。
「そういうあんたも似合ってるわよ」
「ん〜、そうか?」
「うん。すごくカッコイイし。昔から、ずっと」
「……複雑だなぁ」
おそらく考えていることは少し違うが、なんとなく気持ちを共有できた気がして悪くない気分ではある。
連れ立ってメインストリートを歩きながら、土産物を売っているショップを抜けてまずは城へのルートを進む。
「さて、取り敢えずどうする?」
「ん〜、これといってやりたいことってあんまりないのよね」
「そうだよな」
制服を着て、デートをする。
目的は既に達成されたも同然である。
過程はどうあれ、結果は成されたのだ。
こうして制服を着て一緒に歩いているだけで、なんだか感慨深いものが浮かんでくる。
「……って、またそれつけてるのかよ」
ふと彼女の頭を見れば、ポニーテールの根元にくすんだワインレッドのシュシュが付けられていた。
もうだいぶ古く色だって褪せているのに、愛理はそのシュシュを捨てる気配がないどころかデートの時は決まって付けてくる。新しいのは何度か贈ったのだが、これがいいと言って聞かないのだ。
「だって、私にとっては特別なものなんだもの」
「……嫌な思い出の方が多いだろ」
「初めてあなたから貰ったものだし、これがあったからまた巡り逢えたような気がするのよね」
「呪いのアイテムかよ」
「やーね、運命の赤い糸よ」
だとしたら俺は自分から赤い糸を結びつけた、ということになるのだが……。
「–––あ」
突然、愛理が何かを見つけて立ち止まった。
そして指を差して、興奮気味に聞いてくる。
「ねぇねぇ、あれなに?」
「あれ?……あぁ、あれはロップルちゃんだな」
その先にいたのは、トコトコ歩いている垂れ耳のうさぎの着ぐるみ。このデスティニーランドのマスコットキャラクターである。
「可愛いわねえ」
「名前は安直だけどな」
「覚えやすくていいじゃない」
「実はあれ、他にも名前の候補があったんだよ」
「へー」
「その名も“バニーガールちゃん”」
「……なんだか一悶着ありそうな名前ね」
「まあ、だから却下されたんだが」
当時は“バニーガール”も候補ではあったのだが、女性社員からの大変な不評により没となった名前である。その中でも安牌だったのがロップルであり、そういった名前になった経緯がある。
「–––っていうか、なんでそんなこと知ってるのよ?」
「お嬢様に教えてもらった」
「また他の女の話して」
不満そうに頬を膨らませる愛理の頰を指先で突くと、ぷしゅっと間抜けな音を出して萎んだ。
「……」
そんな愛理の気の抜けるような姿に、笑いを抑えきれずに顔を背けるとばしばしと背中を叩かれ、二人でじゃれているとロップルちゃんがトコトコと近寄ってくる。そして、ぬっと顔を近づけてきた。
「な、なに……?」
びっくりした愛理が、俺の背中に隠れる。
普通そこは「きゃー、可愛い」とかだろうに。怯えた様子の愛理にキグルミは凹んでウサ耳を垂れる。まあ元から垂れているが。
「……」
「ん〜、どうやら写真撮ってくれるらしいぞ?」
ジェスチャーでなんとか意思を伝えてくるロップルは、ぺしぺし垂れ耳で肩を叩いて最後に親指をグッと握って立てる。
随分とユニークな性格のようで、「はよカメラ寄越せや」と言わんばかりにくいくいとジェスチャーを繰り返していた。
「じゃあ、一枚だけ」
スマホを取り出すと速攻でスマホを奪われる。
うさ耳で器用にハートマークを作り、くっつけと指示された。
「いや、どうなってんのその耳……?」
あまりにも理解不能な生態?に首を傾げながら、愛理にされるがままに腕に抱きつかれているとバシャバシャバシャと物凄い連写で写真を撮り始めた。
ロップルちゃんは生粋のカメラマンなのか、いろんな角度から俺と愛理を撮影して、やがて一仕事終えたかのように額を拭う仕草をして、スマホを返してくれた。
「……っていうか、写真を一緒に撮るわけじゃないのか」
「……?」
きょとんと首を傾げるロップルちゃんに、俺も愛理も何も言えなかった。
バイバイと大きく手を振って、ロップルちゃんはスキップをしながら去っていった。
「……あんなキャラ設定あったかなぁ」
マニアじゃないので、俺はよく知らない。