「ありがとうございましたー♪」
入店時より少しテンション高めのバニーガールに見送られて、俺達は店を出た。
行き交う人々に交ざり、十数メートルの距離を歩いたところで、都が一歩先に出るとぴたりと足を止める。
くるりと振り返って向かい合うと、いつものように笑顔を浮かべていた。
「さて、そろそろ私達はお暇させてもらいましょうかね。あとは若いお二人だけで」
「お見合いじゃないんだからもう」
調子良くそんなことを言う妹に対して、愛理はすかさずツッコミを入れた。本音は「早よ帰れ」だろうか。
「その前にもう一枚」
ポケットからスマホを取り出して、パシャリと写真を撮る。
しかし出来栄えに満足しなかったのか、難しい顔で注文を付け足した。
「すみません、もっと寄ってください」
「だとよ」
「はいはい」
適当な感じで返事をしているが、満更でもないのか愛理はもぎゅっとくっついてくる。これ見よがしに腕に抱きついて、肩に頰を乗せてくるあざとさ。
傍で見守っていた黒川も何故かパチパチと音の鳴らない拍手を繰り返していた。
「よし、これでお母さんとお父さんに土産ができた」
「ちょ、ちょっと。それ見せるの?」
「見せるよー。お母さん見たいって言ってたし」
「……まぁ、百歩譲って志穂さんはいい。あの親父さんにも見せるのか?」
問題はそこで、俺も都に再確認する。
「ふふ、どんな顔するかなぁ〜?」
「それがわからないから嫌なんだけどな。おまえ楽しそうだな」
「お父さんに見せるのはついでですよ〜」
「本音は?」
「そっちがメインです」
悪戯心に溢れる都は、実父に対してはドSらしい。
スマホをポケットに戻して、都は続ける。
「でも、今日の夜に顔を出すんでしょう。お父さんもちょうど帰ってきますし、顔を合わせることにはなると思うんですけど」
そう言われて、俺と愛理は揃って渋い顔をする。
何事もなければいいのだが、何事もない保証がないのだ。
「そんなに嫌なら顔を出さなければいいのに」
都の主張も尤もだが、そうなれば後が怖い。
愛理の誕生日に合わせて帰ってくるのに、その当日に会えなければどうなるだろうか。たぶん凄く面倒なことになる気がする、とは愛理と俺の共通認識である。
今の状況で関係の悪化を招くのは不本意なので、最善策を取ったと考えれば被害は少ない。
「それだとクリスマスに顔を出さなければならなくなるだろ」
「そっちは既に予定が埋まってますもんね」
桜お嬢様の提案で、クリスマスパーティーに誘われているのだ。
性なる六時間以外の夕方から夜に掛けてパーティーをする予定で、ミニスカサンタはその時に着用する予定である。
当然夜は二人だけの時間を作るつもりで、都はその時別の予定があるとか。気を遣われたことは確実である。
「それじゃあ二人とも、ちゃんと夜には帰ってくるんだよ。料理作ったのに来れなくなったとかなったら……おじさんたち悲しむから」
父親は娘に会えなくて、母親はウキウキで作った料理が無駄になってだろうか。父親はともかく志穂さんに関しては心が痛むので無下にしづらい。
「それじゃあ、また。あ、今日は潔く帰ってあげますので存分にいちゃいちゃしてくださいね?」
「余計なお世話だ」
一言余計に囁いて、都と黒川は去って行った。
妹と幼馴染が帰っていくのを確認して、愛理は口に出して確認する。
「行ったわね?」
「そうみたいだな」
確認したと同時、恋人繋ぎに手を繋ぎ、するりと腕を絡ませて抱きつかれる。よっぽど我慢していたのか約一時間ぶりの密着に腕に強く胸が押し付けられて、肘に当たるその感触を俺はしばし無言で楽しむ。
「これからどうしよっか?」
「そうだな」
ちらりとゲートエリアの時計を確認すると、時刻は十二時半過ぎ。昼食には少し遅いがちょうどいいくらいの時間だった。
「軽く何か食べるか」
「そうね。どこへ連れて行ってくれるのかしら?」
「そりゃついてからのお楽しみだ」
当然、下調べはしてある。
目的の店に向かって、俺達は歩き出した。
◇
ゲートエリアを抜けて、新しいエリアにやってきた。
それがここ“妖精の森エリア”である。
物語上では、お姫様が最初に迷い込んで大冒険する場所だ。
ジェットコースター、空中ブランコ、メリーゴーランドなどの主要なアトラクションが多いエリアになっている。
パーク内では一番緑が多い場所であり、迷いの森と称した広大な迷路が一番の売りとなっている。
その中にひっそりと佇む、小さな建物があった。
このエリア唯一の食事処で、名前を“野兎亭”と呼ぶ。
広大な迷路“迷いの森”を抜けてお姫様が辿り着く場所であり、腹ペコのお姫様が食事をしたところだ。そのためか隣接した場所にこの食事処はあった。
「……なんだか隠れ家みたいなお店ね」
「まあ、実際隠れ家みたいなもんだな。公式ホームページには載ってないから」
「え?」
「文字通り“隠れ家”にするために、公式ページにもパンフレットにも載ってないんだよ。徹底してるだろ?」
外観をしばらく眺めて店に入ると、ドアベルが来店を報せる。
するとすぐに店員がやってきて、予約していることを伝えると奥へと案内された。
店内は薄暗く、照明の光は柔らかい。
この雰囲気がカップルに人気で、お洒落な雰囲気を楽しめてデートには最適と噂されているのである。
順番待ちをしていた客にカップルが多いのもこれが理由で、おひとり様で迷い込んだ客がアンケートに『カップルに囲まれて泣きそうになった』と書いていたこともあるらしい。
「それではごゆっくりどうぞ」
店員が去っていき、二人になるとさっそくメニュー表を広げてみた。
パスタやシチューなどの洋食に始まり、珍しいジビエ料理もある。ただこの手の料理は取り扱いが難しいため、あまりにもこだわりすぎた結果、本職のシェフを呼び寄せ赤字覚悟の庶民価格で提供しているらしい。それでも割高なのにはかわりないがテーマパーク価格に収まっている。故に広報はされておらず、口コミでしか拡散しない。ネットにその手の記事が上がれば削除する等の徹底ぶりである。
メニューに一通り目を通したあと、ちらりと目の前に視線を向ける。彼女はまだ悩んでいるようで、ある二点を視線が彷徨っていた。
「うぅ〜、どれも美味しそうね」
見本として差し込まれた料理の写真を見て、そんなことを言う。実際全部食べたいので否定はしない。
「直人は決まったの?」
参考とばかりに聞いてきたので、俺は指を差して答える。
「俺は野兎のソテーと人参と季節野菜のテリーヌとカルボナーラ」
「……いっぱい食べるのね」
一皿で二千円くらいの料理を三つ。愛理が気にしているのは値段なのか、量なのかはわからないが微妙な表情で視線を落とし、パタリとメニュー表を閉じる。
「決まったわ」
呼び鈴で店員を呼び、それぞれメニューを注文する。
愛理も三品選んだようで、ボロネーゼとコーンスープ、サラダのセットを頼んだ。
三十分と経たないうちに料理が運ばれてくる。
そして、一口。
家庭では出せない味に、目を見開いて驚く。
「……」
あっという間に皿が空になり、食事が終わる。
カロリーと値段を気にしないのであればもっと食べたいところだが、たぶん夕食はそれなりの量が出てくるので抑えておかないといけない。
ただ少し物足りないので、食後の珈琲とデザートを頼むことにした。
「デザート食べるか」
「そうね。何がいいかしら?」
「ケーキ、はあと二回食べることになりそうだしな……」
「それならワッフルなんてどう?」
「じゃあ、それにしよう」
珈琲と蜂蜜のかかったワッフルを二人分注文して、食後のデザートを二人で楽しんだ。
会計を済ませて外に出ると忘れていた寒さが直撃する。
どちらともなく手を繋ぎ合わせながら、示し合わせたわけでもなく“迷いの森”へと足を向けた。
食後の散歩がてら挑んでみようと足を踏み入れると、野兎亭でも見たカップルが順番待ちをしている。
物語上では迷いの森を抜けて野兎亭に辿り着くが、カップルには逆に辿るのが人気でこうして散歩がてら巨大迷路へと足を踏み入れるらしい。
例に違わず俺と愛理も係員に送り出されて、巨大迷路へと足を踏み入れた。
約三メートルほどの生垣に囲まれた迷路に足を踏み入れると、あまりの生垣の高さに方向感覚を失う。二度三度曲がれば、完全にどちらが北かわからなくなってしまった。
「……なんていうか本格的な迷路ね」
「あの爺さん、こういう物作りに関してはこだわるからな」
採算度外視で良い物を作って、それが利益に転じているところさすがはあの御老人といったところだろうか。
「お、最初のチェックポイントだ」
しばらく適当に進んでいると、色取り取りの花園が現れた。季節に合わせた花を植えた庭園が広がっており、山茶花や雛菊などの可愛らしい花が美しく咲き誇っている。
「わぁ、綺麗」
一瞬で目を奪われた愛理は、屈み込んで花を観察する。
そっと手で触れて、小さく笑っていた。
「どっちかといえばおまえは情熱的な花の方が似合いそうだな」
「あら、薔薇の花束でも贈ってくれるの?」
「一輪で勘弁してくれ」
手を挙げて降参した俺に、愛理が抱きつく。
少し観察して満足したようで、巨大迷路攻略へと戻った。
「おっと、行き止まりだ」
「じゃあ、戻りましょ」
くるりと踵を返して、新しい道に進む。
「あ、また行き止まりだ」
「そうみたいね」
「そういやどっちから来たっけ?」
何度か行き止まりのハズレルートを選ぶこと四回目、来た道すら忘れてそう言うと愛理は首を小さく傾げた。
「さぁ、知らないわよ?」
まったく覚えていないようで自信満々にそう言われてしまうと、俺もなんだか毒気を抜かれて脱力してしまう。
「なんで覚えてないんだよ」
「ついてきただけだもの。それにこういう時って直人が一番頼りになるし」
投げやりに見えて信頼し切っていると言わんばかりの主張に、俺は肩を竦めてしまう。
「まあ、いいけどさ」
どことなく投げやりに言って、通っていないルートへと進む。
「そういえば前に、こんな話があったんだが」
そうして俺は思い出したように話をする。
隣で呑気に聞いている愛理は、可愛らしく身を寄せてきた。
「なに?」
「実はこの迷路、昔本当に迷子になったやつがいてな」
「ふ〜ん」
「それが閉園時間になっても迷路から出られず、誰にも気づかれずに取り残されたらしいんだよ」
「なにそれ。そんなことあったの?」
「そして一人取り残されたその人は脱出するために一人頑張っていたらしいんだが、運悪く点検も兼ねた休園日の三日間出られなかったらしくてな。衰弱した状態で発見されたんだと」
「……」
ちょっと怖い話になったところで、腕に抱きつく力が強くなった。
「もし出られなかったら、俺たちもそうなるかもな。冬だから最悪死ぬかも」
「そ、そうなったら一緒に死んでやるわよ。きっとお母さんが一緒のお墓に入れてくれるわ」
「えっ」
–––怖い話をしたら、怖い話のカウンターを喰らった。
「……結婚してないし無理じゃね?」
「慰霊碑とかあるじゃない?」
「お嬢様が本当にやりそうだから怖いなぁ」
割と現実的な話に背筋が凍る。
ちょっと肌寒くなったところで、えいやと後ろから愛理を抱きしめた。
「……まぁ、最悪迷路には共通の攻略法があるし出られないことはないだろ」
「そんなのあるの?」
「壁に片手を当てながら辿っていけば、効率は悪いが最終的には出口にたどり着くからな」
「あぁ、そっか。なら迷わないわね」
そんなことを言っている間に、最後のチェックポイントへ。
最後のチェックポイントは、迷路出口付近に建てられた植物園である。
「パーク内に植物園もあるのね……」
「お嬢様が花好きだからな。ここも手が込んでるんだよな」
植物園内の植物の大半は、珍しい花や綺麗な、或いは可愛い花だ。あくまで植物園の規模ではあるが、孫娘のためだけあって驚くほど綺麗な花達が咲いていた。
「……私も花育ててみようかな」
植物園を出たあと、感化されたのか愛理がそんなことを言い出す。
「俺はもう花は十分かな」
「それはいったい何のことを言ってるのかしら?」
「これ」
「ねぇ、ちょっと……あら?」
冗談めかして彼女の鼻を摘むと、ふと何かに気がつく。
視線を辿れば、何処からかガラガラと音を鳴らして馬車のようなものが走ってくるところであった。
この時代に似つかわしくない馬が引く本物の馬車。
パレードでもないのにいったいなんだろうと、迷いの森の出口付近で止まっていると馬車はこちらに近づいてくる様子だ。
やってきた馬車は目の前で停止した。
扉が開いて降りてきたのはメイド。
それも見慣れた顔で、その顔を見た愛理はびっくりして声を上げた。
「冬海さん!?」
愛理に名前を呼ばれて一礼すると、彼女は一言だけ告げる。
「招待状をお持ちでしょうか?」
そう言われてきょとんとする愛理を横目に、俺は財布から一枚のプレートを取り出す。金箔でサインを施された鉄製のプレートだ。
「確認しました。それでは馬車へお乗りください」
「え?え?」
「ほら、乗るぞ」
馬車に愛理を押し込んで、自分も乗車する。
最後に冬海が乗って、馬車は再び走り出した。
「ねぇ、これどこ行くの?」
「城への招待状ですから、当然城ですよ。奥様」
「おくっ–––いや、城ってさっき見た城よね?」
「見たのは外観だけ、この馬車は城内部への直通となっております」
淡々と告げる冬海の言葉を聞いて、混乱した様子で「おしろ」と愛理は繰り返した。