ガタガタ鳴っていた車輪の音が、馬車の停止と同時に止む。
ほどなくして外側から扉が開き、それに合わせてメイドが立ち上がると一礼する。
「到着しました。それでは旦那様から、外へ」
スタスタと歩いて外に出たメイドに続き、馬車を降りるとそのまま後ろを振り返る。おっかなびっくりついてくる愛理に向けて手を差し伸べた。
「お手をどうぞ姫」
背後で小さく笑ったメイド–––冬海の気配を感じたが、なんとか表情を取り繕う。
気を取り直して愛理の方を見れば、こちらもこちらで肩を震わせて顔を逸らしていた。
「ぷっ…くふっ……ふふ」
「……ちくしょう。やるんじゃなかった」
「ごめんなさい。似合わないなぁって思ったらつい」
「もうやらん」
笑いながらも手を合わせてきた愛理を強引に引っ張り、下車させるとそのままメイドについて城内へと向かう。
人が通るにしては大きな門をくぐり抜け、中に入るとそこは既に別世界だった。
床はピカピカの大理石で、シャンデリアの光を眩いくらいに跳ね返している。おまけに人の姿が映るほどだ。ところどころに植物のモザイクが施されているのは、姫の趣味に合わせてだろう。
入口正面にはその姫の特大サイズの肖像画が飾ってあり、その容姿が直近の桜嬢に見えるあたり一年に一回張り替えられているらしい。
複数の通路があり、その一つに冬海は進んでいく。
その後を俺と愛理は追従した。
しばらく進むと、一人のメイドが控えた扉の前にたどりつく。その前にいたメイドが一礼して扉を開けた。
「それではおく……いえ、お嬢様はこちらへ」
「へ?直人は?」
「彼にはこちらで待っていただきます」
「えっ、ちょっと……!」
あれよあれという間に愛理は冬海によってその部屋に押し入れられ、パタンと静かに扉が閉められる。
奥にいたメイドに捕まって、何やら困惑した様子で説明を受けていた。
「それで、俺は?」
「藤宮様にもこちらで支度を整えてもらいます」
「支度って、なんかあったか?」
当初の予定では、愛理がドレスアップして記念写真の撮影と城内の見学を行う予定であったので、俺に支度が必要なはずもない。
そう思い返して聞き返すと、呆れた様子で冬海は淡々と述べる。
「記念撮影なんですから、当然藤宮様も着替えてもらいますよ。“正装”に」
少し離れた場所に移動して、扉を開ける。
内部はお洒落な彫刻や壁画のある部屋で、大きな磨りガラスの向こうには美しい浴場のようなものが見えた。現代風に言えば脱衣所であり、隣は浴場である。
俺は冬海に軽く小突かれながら入室し、背後で扉が閉まる音を聞いて呆然とする。
「何をしているんですか?早く脱いでください。時間が押してますので」
当然のように脱衣所にいる冬海が急かすが、俺は一言物申したくて振り返った。
「いや、なんで風呂に–––」
問いかける言葉が、尻すぼみに消えていく。
背後では、メイドが服を脱いでいた。
ガーターベルトを外し、ニーソックスを脱ぎ、ホワイトブリムを外す。
生着替えならぬ、突発的なストリップショーについ視線が釘付けになってしまった。
凝視する俺に気づいた冬海が、冷めた視線を向ける。
「とんだド変態ですね、先輩」
メイドの仮面をメイド服と共に脱ぎ捨てて、プライベートな顔を覗かせた冬海。その下には黒の下地に白いレースをあしらったメイド風水着を着用している。
期待した展開とはちょっと違った展開に少し残念に思いつつ、ほっとしながら俺は胸を撫で下ろした。
「……俺がド変態なのは否定しない。けど、俺はこんなプラン聞いてないんだが」
当初の予定では、愛理に豪華なお風呂(メイド付き)を体験してもらい、エステにマッサージで歓待、そうしてドレスアップして記念撮影といった流れであったはずである。
自分のプランについてはノータッチであったため、こんな風営法に違反しそうなサービスの提供は頼んでいないはずなのだが……そんなことを思っている間に、メイド水着の冬海が支度を終える。
「そんなの決まってるじゃないですか。私が先輩を風呂で歓待して、監視するためです」
「監視……?」
「一応、許可があるとはいえ“監視”は当然です。それがここの利用規約なのお忘れですか?」
確かに常に監視が付き纏うとは聞いていたが、ここまでやるとは思っていなかった俺は天井を仰ぐ。
「–––チェンジで」
「残念ながらそういった対応はしておりません」
元カノは勘弁してくださいいやマジで、それか人員の追加お願いしますと面と向かって言えたなら苦労はない。
「まぁ、体裁は必要ですよね」
何かぼそりと冬海は呟き、二回手を叩く。
その音が鳴り終わる瞬間には、扉が開いて大勢のメイドが雪崩れ込んできた。
「近衛メイドの皆さん、あの男から服を剥ぎ取ってください」
「「「はい、冬海様!!!」」」
数の暴力により、俺は瞬く間に身包みを剥がされた。
「はぁ……」
湯船につかるとため息と共に色々なものが溢れ出た。
メイドさんによるえっちなご奉仕を期待する男心だったり、元カノと一緒に風呂に入っている緊張感とか。
提供されたメイドのご奉仕はごくごく健全なもので、普通に髪を洗ってもらい、背中を流してもらうというだけ。しかしその度に布地に包まれた柔らかな感触が背中に当たるものだから、反応した愚息を見て「変態」と罵られ、愚息は叱られる始末。
終わった頃には精神的に疲れて、癒されるどころか気怠さを感じていた。
ずるずると滑るように湯船に肩までつかりながら縁に頭を起き、天井を見上げていると湯船に冬海が侵入してくる。その姿をローアングルから眺めるという望外のご褒美に呆けていると、
「むぎゅっ」
「おっと、脚が滑ってしまいました」
思い切り顔面を踏まれた。ただ圧迫感はなく、痛みもない。わざと絡んできた彼女はそのまま跨いで、隣に腰を下ろした。
頭の横に女性の腰があるという異常事態にドキドキと胸を高鳴らせつつ、動揺を悟られないように湯船に身体を戻す。すると彼女も合わせるように湯船に身を沈めた。
「……なんで俺、おまえと混浴してるんだろうな」
冷静になってみて、一番の疑問が浮かぶ。
デート中に他の女と混浴。おまけにその相手は元カノだ。
罪悪感にも似た後ろ暗い感情が沸々と浮かび、立ち上がろうとするも腕をぐっと掴まれる。
「出る」
「今出ても女性の身支度は二時間掛かりますよ」
急いでも仕方ないと指摘する冬海に、俺はずるずると湯船に引き戻された。
「こうして二人きりでお風呂に入るの、随分と久しぶりですね」
「そうですね」
「まぁ、厳密に言えばプールの時も一緒でしたが」
「そうですね」
「……先輩、話聞いてませんね?」
「そうですね–––って、痛ッ、聞いてる聞いてる!」
頰を抓られて顔を向けると、至近距離に冬海の顔があった。
怒ったように僅かに頬を膨らませる微妙な変化に、彼女が本気で怒っているのを感じて即行で両手を上げる。
降参の意を示した俺を見て、満足したのか頰から手を離した冬海は幼子を叱るように言う。
「先輩、話をする時はお互いの顔を見てと言いましたよね?」
「この状況で直視は無理がある!」
今も下がりそうな視線を上に向け、元カノの色っぽい姿を直視しないようにしているというのに。
抗議の代わりに思いっきり胸元に視線を寄せると、
「……本当に相変わらず変態ですね、先輩は」
胸元を隠すように腕を動かして、そう罵倒してきた。
「猛獣の前にそんな格好で出てきたおまえが悪い」
「デート中に他の女と混浴している人の台詞じゃありませんね」
「誰のせいだ、誰の。おまえの考えか?それともお嬢様か?あの爺さんか?」
ハニートラップの一つや二つ、あの御老人なら仕掛ける。割合的には米倉の御老人が発案者で間違いないだろうな、と考えていると冬海はついと視線を逸らす。
「さて、誰の陰謀やら」
はぐらかすように冬海は言って、肩まで身を沈めた。
「……」
お互いに無言で、ただ湯船に浸かる。
肩が触れ合う距離で、実際に何度も肩をぶつけながら。
それどころか彼女からくっつくように身を寄せてくる。
数分、何も語らず冬海はそうして。
「……お嬢様を待たせるわけには行きませんし、出ましょうか」
一人だけ満足すると、浴場を出て行った。