一週間が過ぎた。
愛理は宣言通り毎日来た。
再会してまだ一週間しか経っていない。
それなのにどうしてか、学生の時より親密な関係が出来上がっている。
最初は戸惑うこともあったのに、今は彼女が家にいることが当たり前になりつつある。
学生の頃を考えるとそれがどうにもおかしくて、同時に悪くないと思ってしまう自分がいることに気づいた。
再会してから二度目の週末。実質一度目。
帰路につこうと軽い足取りで会社を出ると、目を疑うような光景があった。
会社の前に愛理がいるのである。誰かを待っているようだ。
スルーしようと前を横切ると、不意に肩を掴まれた。
「ちょっと。なんで無視するのよ」
「……俺待ってたのかよ」
「それ以外に誰がいるって言うのよ」
嫌そうな顔を隠そうともせず、俺は身を反転させる。
「で、なんでこんなところで待ってたんだ?」
「私の仕事が終わったのもちょっと前だから、一緒に帰ろうと思って」
「それはいいがせめてカフェで待つとかあっただろ」
「なに?見られたら困る理由でもあるの?社内に好きな人がいるとか?」
むっとした顔をして、愛理はそんなことを言う。
「アホか。それだったらおまえを家に入り浸らせるなんてしないだろ」
「そ、そう……」
何故か今度はちょっと嬉しそうに頰を染めて顔を逸らす。
「会社の奴らに見られると面倒なんだよ。同じ部署の人には一日中そういう話題で玩具にされる」
特に女性ばかりの部署のせいか、座っているだけで社内恋愛の噂が聞こえてくる。本人が目の前にいるとあれば、色々と詮索してくることは間違いないだろう。片桐がいい例だ。
「大変ね」
「悪い人達じゃないんだけどな」
話している間にも、目撃される確率は上がる。
俺は彼女の背中を押して歩かせた。
「ねぇ、今日は何食べたい?」
「肉が入ってたらなんでもいい」
「んー、じゃあ生姜焼きね」
大雑把な注文にも嫌な顔一つせず、愛理は献立を決める。
二人で最寄りのスーパーで買い物をして、俺が住むマンションへと帰った。
愛理は夕食の準備。
俺は風呂の準備。
それぞれ役割分担をして作業に取り掛かる。
風呂掃除を終えて戻ると、彼女は味噌汁用の野菜の皮を剥いていた。リビングのソファーから、その姿を眺めるのも慣れたもので自然と目が吸い寄せられた。
「……」
特に会話はない。
料理が先に出来上がって、白米が炊けるまでの時間。
愛理は俺の隣に来ると、そのまま身を寄せてくる。
「んー、やっと週末ね」
座ったまま伸びをして身体を解す。僅かばかりおっぱいが揺れたのに視線を一瞬だけ奪われ、上に視線を戻すとニヤニヤと楽しそうな顔をしていた。
「もう、えっち」
「視界の端で何か動いたら見ちまうだろ」
「そう?視線がやらしかったけど」
「不可抗力だ」
今度はわざとらしく胸を寄せる。際どい格好なら谷間が見えただろうが、きっちり着込んでいるためそんなことはなかった。
「それやるならボタン一個くらい外せよ」
「じゃあ、外してみる?」
わざと挑発してくる愛理。だから俺は、躊躇なく一番上のボタンを外した。次いで二番目のボタンも。
「こ、こら!」
ボタンを二個ほど外して胸の谷間を露出させたところで、慌てふためき胸元を両手で隠す愛理の腕を掴む。羞恥に頰を赤く染める彼女に嗜虐心が湧き上がり、露出した胸の谷間に持っていたそれを挟んだ。
「ひゃっ、冷たっ、何入れたの!?」
「さぁ、なんだろうな?」
「へ、変なものじゃないでしょうね?早く取ってよ!」
僅かばかり涙目になってしまう愛理が可愛らしく、俺は彼女の要求を無視した。
「ほ、本当に何入れたの……?」
「生き物じゃないから安心しろ」
「……それならいいんだけど」
おそるおそる手を自らの谷間に突っ込む。ごそごそと谷間を漁ると何かを見つけて引っ張り出した彼女の顔が、それを見た瞬間、喜色と困惑の入り混じった複雑そうな顔になった。
「か、鍵?」
「毎日俺が帰ってくるまで待つのも面倒だろ。まぁ、いらないならいいが」
「ほ、本当に私が貰っていいの?」
「他に誰に渡すんだよ」
渡したのは合鍵であるが、貰った当人は嬉しそうに鍵を握りしめている。ソファーの上に置いていた鞄からキーケースを取り出すと、別の鍵と一緒に仕舞い込んだ。
「返したくなったら、適当に机の上にでも置いておいてくれ」
この関係がいつまで続くのかはわからない。
だから、先にそう言っておく。
愛理に他の好きな人ができるかもしれないし、俺が彼女を捨てるかもしれない。
そんな可能性を考えて、そう口にすると彼女は俺の腕に抱きついてきた。
「返さないわよ」
「もしかしたら、引っ越すかもしれないし。その時は返せよ」
「次の鍵と交換ね」
どうあっても離れるつもりはないらしい。どこへ行ってもついてきそうだ。
それから二人で何をするでもなく時間を潰していると、炊飯器から米が炊けたと電子音が鳴り響いた。
味噌汁や豚の生姜焼きを温め直し、食卓の上に並べ二人で夕食を摂った。普段は手を抜いた料理なのに、彼女が来てから食生活も随分と豪華になったものだ。
外食も美味いが、それよりも愛理の手料理の方が断然美味い。
胃袋は既に掴まれつつある。
食後に時計を見れば午後八時。ソファーに深く腰を下ろして、しばらく食後の満腹感に寛いでいると何もやる気が起きなくなる。食器を愛理が洗っているのを眺めていると、不意にスマホが鳴った。
これが上司とかなら嫌な顔をするのだが、表記には昔から仲の良い友人からの連絡である。反射的に通話ボタンを押して、慣れたように電話に出てしまった。
『よう直人、元気か?』
「おう羽柴。元気なわけないだろ。用がないなら切っていい?」
学生時代とは違う社会人生活への不満を露わにすると、友人の羽柴はケラケラと笑う。相変わらずテンションの高いやつで、電話越しでもそのうざったらしさが伝わってくる。
『まぁ、そう言うなよ。明日暇?暇だよな?』
常々思うのだが、暇かどうか先に聞いてくる奴は何なのだろうか。
俺はちらりとキッチンを見て、答えた。
「暇じゃないな」
『なんだ仕事か?』
「そういうわけじゃないけど」
『じゃあ、暇だな』
「残念ながら俺にも予定があるんだよ」
『へぇ、どんな?』
どんなと言われても困った。
予定などないし、愛理が家にいるだけだ。
特に何かするわけでもない。
何かヤるかもしれないが、それは置いておこう。
『どうせ暇だろう。パチンコ行こうぜ。最近、行ってないだろ』
「俺はな。おまえは?」
『今週は毎日行ってる』
「暇かよ」
『月曜日も今日も勝ったんだぞ』
「で、今週は?」
『負けた』
「他の趣味でも作れよ」
『ないから行ってるんだよ』
「趣味あっても行くだろ」
『まあ、そうだな』
友人の収支報告を聞いて、俺は苦笑した。もっとも愛理と再会するまでは、週に一回は行っていたから他人のことは言えないのだが。
『それよりおまえ何してんの?物凄いガチャガチャ音してるけど』
「食器洗いだが?」
食器を洗っているのは俺ではないが、そう言っておく。
『それにしては音遠くね?』
「どう聞こえてるか知らんが、そういうもんだろ」
適当に誤魔化すと追求は止んだ。
同時に食器洗いが終わって愛理がリビングへ戻ってくる。
傍に座って、ぴったりとくっつく。
こんな光景を小中高と知る友人が見たら、間違いなく揶揄われる。
羽柴はその小中高と同じ学校だった友人だ。
「また今度な」
『あ、おい–––』
構って欲しそうに寄りかかってくるので通話を切ると、おとなしく隣で静かに待っていた愛理が口を開いた。
「誰と電話していたの?」
「羽柴。おまえも知ってるだろ」
「あぁ、羽柴君ね」
ほっとしたような表情をする愛理に、俺はなんとなくその理由を察した。
「言っておくが、おまえ以外の異性の連絡先は家族と職場の人くらいだからな」
「ふーん。職場の連絡先を私的に利用してないといいけど」
探るような視線を送ってくるが、これが本当に何もない。
「ねぇ、明日はどこか行くの?」
「いや、行かないけど」
小さなやり取りだが、少しだけ愛理の雰囲気が和らいだ気がする。
「そう」
嬉しそうだ。
やっぱり週末は一緒にいるつもりだったらしい。
羽柴には悪いが、断って良かったと思う。
愛理を優先するあたり、俺も既に毒されているのかもしれないが。
「それより早く風呂入って来いよ。湯冷めるぞ」
「そういうあんたこそ、先に入ってきなさいよ」
「俺は後でいい」
しばらくダラダラしていようと風呂を勧めると、愛理と押し問答になる。
それから数十秒ほど考えて、彼女は小さく呟くように言った。
「……じゃあ、一緒に入らない?」
視線を伏せて、頰を赤くして提案してくる表情は窺えないものの、だいぶ恥ずかしい提案であることは理解しているようだ。その証拠に頰どころか耳まで赤く染まっている。
「そうだな。毎日の夕食の礼に背中洗ってやるよ」
「そう言って、えっちなことする気でしょ」
「ソンナコトハナイ」
「も、もう……」
「一緒に風呂に入るって言ったのおまえだろ」
「そ、それは関係ないでしょっ」
善は急げ。思い立ったが吉日。使い方を間違った気をしなくもないが、愛理の気が変わらないうちに風呂場に連れ込む必要がある。俺から提案しても断らないのであろうが。
–––こうしてまた長い週末が始まった。
もう渡すしかないよね……。