ランチタイムの時間になって、社内食堂やコンビニに向かうためにオフィスから人が消えて、閑散とした状況になる。
残ったのはデスクで食べる上司や同僚達のみ。その中の一人が、席を立って近づいてきた。
「鹿島さん。一緒にランチどうかな?」
同じ部署の男の人。名前は不動さん。二十代でこの部署ではかなり仕事が出来る人という噂だ。
社内でもだいぶモテるらしく、前にランチを一緒にしたという同社内の女性達が黄色い悲鳴を上げていたのを覚えている。
–––ただ私は彼に一切興味がなかった。
「すみません。友人と食べるので」
そう言って毎回、男性からのお誘いはお断りしている。
最初はどう断ればいいのかわからなくて、済し崩し的にご一緒したことは黒歴史だ。
「では、そのご友人も一緒に」
何故か引き下がらないしつこいお誘いに何度辟易としたことか。昔はそこまでではなかったのに、最近は特に酷い。
「悪いけど、他を当たってくれるかしら」
困っていたところに、横から助け舟が出る。
眼鏡をかけた黒髪ポニーテールの女性が、冷めた視線を不動さんに浴びせていた。
彼女は“及川陽菜”。会社の同僚で数少ない私の友人である。
地味な見た目には似合わず、はっきりと物事を言う人で私は何度も彼女に助けられていた。
そんな彼女にはっきりと拒絶されて、不動さんの笑顔が引き攣る。
「そ、そうか……すまなかった。なら、今度夕食でも……」
「彼氏持ちにそういうお誘いはご遠慮してください」
「そ、そうか……すまなかった」
私の代わりにはっきりと宣告した陽菜。その迫力に押されて、不動さんはすごすごと退散していった。
「ありがとう。陽菜」
「はぁ。こういうことは自分で言って欲しいんだけどね……」
「ほんとにごめん……」
「まぁいいわ。さっさとランチにしましょう」
「そうね」
お弁当を引っ提げて、社内にある休憩室へと向かった。
コーヒーサーバーでブラック珈琲を二人分淹れて、確保した席へ移動する。
手作りのお弁当を広げて、ランチを始めた。
最初に摘んだのは、卵焼き。直人の好みに合わせて出汁巻きにしてある。
今頃私が作ったお弁当を食べてるのかなー、と考えながら砂糖を入れてないはずなのに甘い気がする卵焼きを咀嚼した。
「相変わらずモテるね愛理は」
「私は別にそういうの望んでないんだけどね」
そう。私にとって直人以外の男の人なんて興味もない。
既に男の影はちらつかせているのだが、未だにお誘いが絶えないのだ。不思議なことに。
「なんでなのかしら?」
「来月はバレンタインでしょ。印象よくして愛理から貰おうと必死なんでしょう」
「そんな中学生じゃあるまいし」
「あとあわよくばお近づきになれるかもって思ってるのかもね」
「そんなまさか」
だとしても私には直人がいるし、望み薄どころか可能性すら皆無なのだが。
たこさんウィンナーを口にしながら、私は白米を口に入れる。
「まぁ、最近は目に見えて綺麗になったからね。男達も放っておきたくないんでしょう」
他人事のように呟く同僚に、私は嫌そうな顔を隠そうともせず視線を返した。
「それよりバレンタインはやっぱり愛しの彼にあげるの?」
不意をつくようにそう言われて、千切れたたこさんウィンナーの脚が喉につっかえる。
咽せて慌てた私はまだ少し熱かった珈琲で諸々を流し込んだ。
「きゅ、急になに言いだすのよ」
「同棲までしておいて“愛しの”以外に表現する方法ある?」
「う……まぁ、否定はしないけど」
指摘されるとつい頰が熱くなってしまう。
私は顔の熱を誤魔化すように、パタパタと手で仰いだ。
「……あげるけど」
「そう。頑張ってね」
すごい淡白な応援に肩の力が抜ける。
「そういう陽菜こそあげる人いないの?」
「いないわよ」
彼女は断言したあと、プチトマトを口に放り込んだ。
「……それで、彼とは上手くいってるの?」
「……うん」
「そう。でも、付き合ってないのよね?」
「……うん。でも、幸せだしあんまり欲張りすぎるのもよくないから」
「本当に消極的ね。毎日ずぶずぶの交尾してるくせに」
冷淡に事実を突きつけられると、思いの外恥ずかしくなってくる。
「し、してるわよ、悪い?」
「そんなに彼上手いの?」
「……たぶん。比較対象いないからわかんないけど」
「それで生理の時はすごく優しくしてくれて、家事は全部やってくれるし、身体の心配もしてくれる。そんな完璧な彼氏がこの世にいるわけないじゃない。いるなら見せて欲しいものだわ」
なんだか八つ当たりのように吐き出す陽菜に、私は反発するようにスマホの待ち受けを見せた。
「いるわよ」
「はいはい、ご馳走様」
直人と撮ったツーショット写真を見せると呆れた顔をされる。
「結婚とか考えてるの?」
「したいけど……今はまだ、いいかなって」
「本当になんでそれで幸せそうなんだか」
娘を心配する母親のような顔で、そう言われた。