一月最後の週、家を追い出された。
バレンタインチョコを作る練習をするために、場所を借りたいのだとか。それなら鹿島家を使えばいいのでは、と提案すれば「父親が邪魔」と姉妹揃って言うのだ。
当日まで作るチョコは内緒。楽しみにしててくださいねと言われては、家を明け渡すしかなかったのである。
そういう事情があり、その日はお昼から暇だった。
「さて、どうするかな〜」
久しぶりに親友の顔でも見に行くか。どうせパチ屋にいるだろう。
そう当たりをつけて、親友とよく行ったパチンコ屋に向けて脚を向けた時だった。
ポケットが振動する。通知音からして、誰かからメッセージが飛んできたようだ。
短いポコンという音に立ち止まり、スマホを取り出すと画面には件の羽柴小太郎から一枚の画像が送られてきたと通知が来ている。
なんだろう。と、思ってトーク画面を開けると写真が一枚。二の句が『飯行こうぜ』だ。
「……そういうのは脅迫って言うんだよなぁ」
取り敢えず行く、とだけ返して俺は再び歩き出した。
◇
某所。ファミレス。近くには当然の如くパチンコ屋があり、そこで合流した羽柴と入店した。
案内されたボックス席に向かい合って座り、羽柴は早速メニュー表を取るとそれを眺め始める。
「おまえ何にする?取り敢えずカツ丼でいい?」
一応聞いてはいるが、意見を聞くつもりはないらしい。
返事を聞く間もなく、店員を呼び鈴で呼ぶ。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
睨むように羽柴を見ていると、どこか聞き覚えのある声が聞こえた。
顔を上げると見慣れた顔がいた。桃色の髪に、碧眼。どこぞの財閥令嬢である。
「ミックスグリル、ライスセットで。あとカツ丼とドリンクバー二つ」
「はい、ミックスグリルのライスセットに、カツ丼とドリンクバー二つですね。ドリンクはあちらにサーバーがありますのでセルフサービスとなっております。それではごゆっくり」
去り際にウィンクをして、桜ちゃんは去っていった。
「あの子めっちゃ可愛いよな。っていうか今、こっちにウィンクしてなかった!?」
裏へと消えるその瞬間まで、じっと見ていた羽柴が興奮気味にそう言う。
「やめとけ。綺麗なものには棘があるのは常識だろう」
まして相手は高校生。おまけに財閥令嬢。
下手すれば人生が終わる。
「くっ、せめて俺が大学生くらいであれば!本気で狙ってたのに!」
「そうであっても高嶺の花だが?」
「……はぁ。まぁ、そうなんだろうね。取り敢えずドリンク取りに行こう」
二人でドリンクを取りにサーバーへ向かう。俺はジンジャーエール、羽柴はコーラを選択した。
ドリンクを片手に戻ってくると、羽柴がスマホを操作して、一つの画像を表示したままテーブルに置く。
「ところで直人さんや」
「なんですかね」
「これっておまえだよな」
スマホに表示された画像には、一組の男女の姿が写っている。仲良く手を繋ぎながら駅前を歩いている姿だ。その男の方は毎日鏡で見る顔で、その隣の女性は毎日合わせる顔である。
遠回しに言ってみたが、どう見たって“休日デートをする藤宮直人と鹿島愛理”の写真として残されていた。
「被写体に許可取ったのか?盗撮みたいだけど」
「SNSとかに出回ってる写真や動画って大概盗撮だよ」
「まぁ、確かに」
「というか話逸らしたな?」
「何を言ってるんだかわからないな。この世には自分と似た人間が三人はいるという話だ。そうじゃなかったらドッペルゲンガーとかじゃないか」
あくまでしらばっくれる俺を、羽柴はジト目で見る。
「お待たせしました。こちらカツ丼です」
見慣れた桃色髪の店員、桜ちゃんが出来上がったカツ丼を持ってきた。本当にどこにでも現れる娘である。
「まぁ、食えよ。カツ丼でも」
昔の刑事ドラマみたいにカツ丼を勧めてくる羽柴は、ニヤニヤと薄気味悪い顔をしている。
「俺をカツ丼一杯で吐かせようとしても無駄だぞ。三杯は食える」
「物理的に吐かせようってんじゃないんだよ。あとおまえ本当胃袋の容量おかしいな」
呆れた顔で羽柴がそんなことを言っている間に、ミックスグリルのセットが届く。伝票を差して桜ちゃんは去って行った。
「いや〜、本当に可愛いよなあの店員。俺ここに通っちゃおっかな」
「通っても会えないと思うぞ。神出鬼没だし」
「なに?まさか知り合い?」
「……あの子は米倉財閥のご令嬢だよ」
「うっそ、マジ?」
「だから、下手なことすれば人生終わる」
事の重大性がようやくわかったようだ。
これ以上、桜については何も言わなくなった。
フォークとナイフを手にハンバーグを切り分ける。付け合わせのブロッコリーをフォークで刺して口に放り込むと、コーラで流す。
「まぁ、仮にこれがおまえだとして」
「断定するのかよ」
「見間違うわけがないだろう」
羽柴が画面をスライドすると、また別の写真が表示される。しっかりと尾行していたらしく場所はカフェの中であった。
「それで相手の女性、なんか見覚えあるな〜って思ったら鹿島さんじゃん」
「この世には自分にそっくりな人が三人–––」
「それはもういいから」
「見間違えだろう。俺と愛理が手を繋いで歩いていたって言いたいのか?あり得ると思うか?」
それどころか同棲した上でぬるぬるずぷずぷの関係と言えば、こいつはびっくりするだろう。間違いなく。
「だから、見間違えかと思って尾行したんじゃん」
「ストーカーかよ」
辛辣なツッコミに羽柴は笑顔を崩さない。
「まぁ、おまえがそう言うと思って黒川さんに連絡したら、『付き合ってはないけど、よく二人でデートしてる』って教えてくれたんだよ」
「ちっ。もう裏を取った後だったか」
黒川も証拠があっては言い逃れできなかったのだろう。同棲については伏せてくれているのはありがたい。
「それで随分とラブラブなようですが?」
「手を繋いでるだけだろう」
「こんなしっかり恋人繋ぎしておいて、手を繋いでるだけとか(笑)」
揶揄うような笑みを向けてくるので、俺は不機嫌な顔で不服を申し立てる。声には出さない。
「……はぁ。それで何が言いたいんだ?」
「ほう、つまりこれは二人であると認めるのか」
「認めるしかないだろう」
開き直ってカツ丼に食らいつく。一切れを半分食べ、米をかきこむ。
「…………なんだよその顔は」
「いやべっつに〜ぃ?」
形容し難い腹立つ顔というのを初めて見た気がする。あまりにもムカついたのであいつのミックスグリルからポテトを一本奪う。
「あ、僕のポテト!」
「ソーセージじゃなかっただけマシだと思え」
肉汁が染み込んだポテトは、また普通のとは違って美味い。
「でも、これで付き合ってないんだ」
「……」
「どう見たって幸せそうなカップルだけどなぁ」
客観的にはそう見えるのだろう。
確かに俺にも、愛理は幸せそうに見えた。
この関係でも何も不安がないってくらい。
彼女は幸せそうに笑う。
「……好きって、どういう感情だと思う?」
「なにそれどういうこと?」
「俺昔好きなやつがいたんだよ。もう別れてしまったんだけど」
「え、おまえに好きとかそういう感情あったの?」
……この友人は俺のことをなんだと思ってるのか。いや、俺も知らなかったけど。
「俺にも人並みの感情はあったらしい」
「そりゃびっくりだ」
ハンバーグを食べながら、興味なさそうに羽柴が言う。
興味はなさそうだが、聞き耳は立てているらしい。
「別れてもずっとそいつのことが忘れられなくて。その数年後、再会したんだ」
「へぇ〜」
「より戻せるかもしれないって期待もした。でも、俺にそんなことを言い出せる勇気はなかった。振られた理由もわからんし」
「え、振られた理由知らんの?」
「言われてないし、聞いてない」
「なんで?」
「だって言われなかったし、聞いてほしくなさそうだったから」
というか元カノの話は深掘りしなくていいのだ。むしろ、今深掘りされると困る。お嬢様経由で耳に入りそうなので。
「あぁ、なるほど。そういうことか」
「何が?」
「いや、おまえが鹿島さんと付き合わない理由。元カノとのこと引き摺って、より戻せるかもしれないって思ってどっちつかずになってるんだな」
なるほどわかった、と友人が言う。俺も否定はしない。
「つーか、どっちも中途半端にしたせいで抜け出せなくなったと」
「まぁ、中途半端も何も元カノとは終わってるんだけどな」
「でも、これ逆に言えば二人を天秤に掛けるくらい好きってことだろう?」
「……」
元カノが好きなことは認める。……しかし、ここで愛理のことも好きだと認めていいものだろうか。
「優柔不断なのはいつも通りだな」
悪いところを指摘されて、俺は唇を引き結んだ。